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2008-08-24 本能に支配される時間

本能に支配される時間

私の一週間の夏休みは今日で終わりです。後悔も込めて、このエントリを書く。

やりたい、と思っていたことが思うように進まないのはなぜか。振り返ると、どう考えても欲望のままに振り返っていた自分がそこにあり、やるべきこと、自分のあるべき姿と行動とが恐ろしくマッチしない現実がそこにあった。

食欲、睡眠欲、遊び欲、性欲が、私から多くの時間を奪っていたように思います。もっと、機械的に動かなければならないと思いつつ、いざその場になると横道にそれまくる意志の弱い自分がいる。

今日も、自分が生産的だと思える時間は、多くて・・・1時間強。それ以外は何をしていたのか。よく覚えていないが、非生産的なことに終始していたように思う。

結局、自分をどのような環境におくかである。思い切ってネットを断てばもうちょっと生産的な行動を取るかもしれないが、そんなことを仕様などとは想像もつかないくらい体がネットに慣れきっているし、一時的にネットにつながらなくなっただけで、ネットを絶えず恋しく思う禁断症状が出る。ネットにつながっていないのに、ブラウザを開くあたりが禁断症状でているな、と思う。

本能に一日の大半をささげているループを、恥を忍んで書くならば、遊び欲⇒性欲⇒食欲⇒睡眠欲・・⇒再び遊び欲⇒・・・・(以下ループ)といったところだろうか。欲望のままに行動して、日々の時間はあっという間に過ぎていく。自分があるがままに行動することがそんなにいけないのか、と思わせる現象である。

ちなみに、上記ループの中に、たまに「欝時間」や「迷い」が入ることがある。自分でもこれではいけないなということは理性で「認識」しているため、実際の行動が伴わない自分にウンザリしているのだ。この欲望ループは続いていくほどに欝時間や欝量の割合も増えていくため、しまいには、焦燥感を持ちながら、楽しくないのに遊ばされているという、なんとも残念な非生産的状況が生まれてしまうわけだ。だから、長い休日でも、一度リズムを崩すと、全然物事が進まないことがよくある。

ちなみに、非生産的=ダメとは思ってはおらず、これもバランスである。非生産的で、時間の無駄かどうかなんて誰が決めるものでもないし。ただ、自分がとりたいと思っている行動が、ちょっと、いや結構苦痛の伴う行動であったりすると、頭や体がそれをいやがり、その行動をとってくれないのだ。

自分をコントロールすること。自分のもてる力を100%近く生かせれば、たぶん世間で言うような勝ち組に誰でもなれるんではないだろうかと素朴に思う。だが、それができない。コントロールできない。人はよくそれを何かのせいにする。人や、金や、環境の不足を理由に挙げる。それは決して間違っていないが、だからどうなんだ、と状況は改善しない。

ゲームの主人公には感情がない。素直に辺境の地でレベル上げをしても文句の一つも言わずモンスターを倒し続け、金をため続ける。やるべき大きな目標のため、最善の行動をとることができるのだ。人間はそれができない。ただのレベル上げなんておもしろくないからヤダヤダヤダと、脳内で駄々をこねる。感情や本能というのは、まったくもってやっかいなものである。

本能に支配される時間を・・・一日3時間ほどにとどめ、それ以外の時間は大きな目標にとりくむ。その行動を日々、けじめをつけてきちんとできれば、やがて数年もしないうちにその差は歴然とするほどの大きな差となっていくことだろう。感情を持っている人間だからこそ、いかに機械的に行動できるか、が求められる。時には、自分を自分と思わずに、徹底的に自分を含む全てを第三者的にみて、次の行動をとっていくことも、大事なのかもしれない。・・・・といっても、体はたえず欲望の充足を求めるので、それをうまくいなしてやる必要があるが。

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