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2014-01-21

私はいかにしてナンパ中毒を克服して儀式としてのセックスに身を捧げるようになったか

最近特に思うんだが、セックスはすごい。自分は今の恋人との付き合いが一年を越えて、彼女との性行為がなにか新しいステージに到達したように思う。具体的にはセックスのことをある種の儀式だと捉えるようになった。儀式というのは必ず日常とは隔離された時空間を必要とする。「シンジくんは気分のムラがありすぎる」といろんな人たちからいつもよく言われていた。気分のムラは集中力に差を生み、集中力はタッチの繊細さに大きな影響を与える。それを解消するために、今はひとつひとつのセックスをバッターボックスに立つイチローのように迎えている。つまり儀式化のための予備動作というものを取り入れている。そのうちセックス教団立ち上げるかもしれない。彼女は日常空間からの自然な延長線上でグラジュアルにセックス空間に入り込んでいくやり方のほうがお気に入りらしいけど。


おもえば、、(回想のはじまり。はじまりは静かに訪れる)小学校低学年の時の寝る前のお気に入りの妄想は、クラスで上位の女の子を3人自分の家に住まわせて、1人ずつ個室に入れて順番に訪問していくというものだった。訪問してどうするんだと言われたら一緒の布団で寝るだけ。しゃぶしゃぶの豚肉にごまだれとぽん酢とエバラ黄金のタレを順番につけて食べるような感覚であった。それでその上位3人が随時入れ替わった。私の心のトップ3が常に家にやってきた。いわゆるハーレム状態のさきがけである。どうだ、男は小さい頃からバカだろう。それからセックスという言葉を初めて聞いたのはいつだっただろう。お決まりの質問をお決まりの調子で両親にぶつけてははぐらかされたりもした。ほどなく集団登校の上級生からセックスというのはこれとあれの摩擦だと教えてもらい、それ以来自分はこの「これとあれのまさつ」というフレーズが頭から離れなくなって、呆けた顔で同級生たちにこれでもかとばかりしったかぶったりしてやった。あのおなじみの指のジェスチャーを添えて。

たしかにセックスというのは相異なるふたつの物質の摩擦に相違ない。けれどもそこにはアスファルトと車輪の摩擦以上のなにかが確かにこすれあっている。「女子は性器の奥深くに幸せスイッチがあって、月に2、3回しっかりと押してもらうだけで毎日がハッピーに過ごせるんだよ」とはとある女性のセックス後のコメントだ。そのスイッチをなんとしても押すために男子は毎日がんばって腰を振っているんだよ。幸せスイッチはなんていったって二人の間に生じた心の軋轢もなくしてくれるのだから。

そうだ、、(回想の続き)小学校高学年のときに家からだいぶ離れた道の自動販売機で売っていたAVを買ってきてこっそり見てみたときのことが忘れられない。なにげない顔をしながら自分はまるでのどが渇いたからファンタグレープを買うんだよというような涼しい顔で紙幣を自販機に入れてボタンを押した。誰か知り合いに見つかったら、なんだよ喉が乾いてもファンタグレープ買っちゃダメなのかよ!の勢いで逆ギレするつもりであった。厳重にガードされた網の向こう側からドサリとVHSが落ちた。からの〜〜、かつてない脚力で猛ダッシュ帰宅。そこに映っていた女性の非日常の姿が自分を捉えて離さなかった。幸せスイッチはこの画面の向こう側、このモザイクのどこかにたしかに存在している。自分はそれを頭の中でなぞるようにリモコンのスイッチを撫で回していた。ウソです。

それからほどなくして自分は性の目覚めをむかえた。ある日突然、自宅のリビング、母親のいる前で、頭が真っ白になって腰が砕けてその場にヘナヘナと倒れこんでしまった。そして情けない声で「お、おかあさん、なんかでた…」と漏らした。母親は冷静な顔で「ああ、心配ない」とだけ言ってスルーしようとした。何の前触れもなく自分の世界が新しいステージに突入したのをその時たしかに予感した。大人になるともらえるボーナス;性的快感。それからは当然オナニーの日々が始まった。中学に進学し、高校へと進学した。けれども自分は女色とはまったく無縁の生活を送っていた。同級生たちが1人ずつ彼女を作って自分の元から離れていくのを寂しそうに眺めていた。自分にとっては恋愛よりも友情のほうが100倍も大事だったが、同じような価値観の男はいないようだったのですごく失望していた。高校一年の時にふと好きになった女の子がいたが、彼女を自転車の後ろに乗せて一緒にカラオケに行く想像で満たされていた。もちろんカラオケではギラついたりしません。その先には展開が進みようがなかったのだ。(ちなみに後にストーカー化しました。この話はめっちゃ面白いんですけど割愛。)にもかかわらずオナニーだけは欠かさず毎日していた。想像や意思とは無関係にリズミカルにあふれてくる性エネルギーを処理する必要があったからだ。合同合宿などで1週間近くオナニーできないときなどはなにか身体が火照って仕方なくなっていた。父親の書棚にあった官能小説でオナニーすることもあったが、おかしな話自分の勃起したペニスの造形に興奮することが多かった。オナニーに幻想の追求という側面は少なかったように思う。

大学に入って19歳で初めて大恋愛をした。まるで何かに仕組まれたように彼女のことしか考えられなくなってしまった。幸せだった。けれどもその関係にもセックスという概念が入り込むことは一切なかった。彼女を全く性の対象として見れなかった。彼女は私の人生のイノセントパートを担当する全てであった。そうしているうちに彼女はある日簡単に友人に奪われてしまった。あまりにも傷ついて自分は海外にまで逃亡して1年近く帰ってこなかった。帰国してから初めてセックスした女の子は幸せスイッチとは無縁の澄まし顔で自分を受け入れた。彼女は幸せそうに入り乱れはしなかったけど、優しさに溢れた女性だった。ああ、セックスとはこういうものなのかと感慨深げにそう思った。

しばらくして自分は目をぶっこわした。詳細はここを読んでください。そしてその時にどういう因果か本格的なインポにもなった。半童貞なのにインポというのは喩えるなら、8月に稲刈りするようなものだ。8月に稲刈りする農家は気が狂っているだろう?自分も気が狂っていた。そんな状態で自分のナンパはいよいよスタートする。今でこそ「あなたはナンパに何を求めてますか?」みたいなドヤ顔の質問を教わりにきた人たちにしているが、当時は自分が何を求めているのか皆目見当もついていなかった。

ゲットに先駆けて、まず自分はソープランドに行った。うまくスムーズに性行為を乗りきれるか不安だったからだ。そこで指名せずに入った先のおばちゃんに「彼女ができたけどやり方がいまいちわかりません。教えてください。」と率直に嘘を語った。彼女は手取り足取り優しく教えてくれた。シワシワだけどキュッと引き締まった胴体をしていた。ふにゃふにゃな状態で自分のペニスはおばちゃんの中ににゅるりと入っていった。おばちゃんは小さく呻いていた。少しうれしかった。帰り際に「がんばって、愛があれば大丈夫。」と励ましてくれたけど、愛なんて実はどこにもなかった。

初期の頃のナンパでのセックスはおおむね淡白なものだった。セックス自体が淡白なものだと思っていたから特になんの違和感もなかった。自分にとってAVこそがフェイクであり、自分と目の前のマグロこそが現実であった。それから自分のペニスが目の状態とともに徐々に少しずつ復活してきたころ、自分はある年上の女性にキープされた。彼女は自分とのセックス中にこれでもかとばかりよがりまくった。同じモーションをかけると必ず深逝きする女性だった。「あなたの角度と硬さが絶妙なの」というお褒めの言葉を頂いた。角度も硬さも自分のあずかり知らぬ領域のことだったのでそんなことを言われてもあまり嬉しくなかったが、彼女がよがっている姿を見るのはこちらもすごく興奮したしうれしかった。彼女からはたくさんのセックスに関する作法と技術とを叩き込んでもらった。恋愛感情は少しはあったように思う。それから妊娠が発覚し、それから流産が発覚した。自分はまたちょっとしたインポになった。

そのインポから回復して自分はいわゆるセックスアニマルになった。なぜか自信満々になった。女性という存在にネガティブな感情はかけらもなかったので、彼女たちといる時は心底楽しかった。口説くときに囁くように「本当に気持ちのいいセックスってどんなのか知ってる?」みたいな口説き方をよくしていた。ちなみに自分は知らなかった。公家流準即スタイルはこの時期に確立されたようだ。セックスではバックから突き下げるスタイルが好みで、女性が興奮すればするほど自分も興奮した。女性がよがればよがるほど次から次へとナンパ欲が高まった。「セックスの良し悪しは自分のペニスの勃起硬度にのみ依存している。」これが私の打ち立てた公式である。自らの内部の男性性を意識して、それをしっかりとアピールするようになってから、AVが少しずつ現実味を増してきた。いろんなスポーツにも着手し、筋トレを始めてプロテインを摂取しだした。それでも一日かぎりのセックスで到達できるところなどたかがしれていた。一日かぎりのセックスではもともとの相性とその日の性的コンディションがほぼ全てであるように思う。相性がいいと関係が性行為後急速に深まった。運良く幸せスイッチが押されると彼女との関係が一気にせばまって、コントロールすることが容易くなる。その当時の自分の名言に以下のようなものがある;「全てを台無しにするようなセックスもあれば、全てを帳消しにするようなセックスもある。」いまだに自分はセックスを関係を深めるためのひとつの機能だというふうにとらえていたということだ。



それからある日突然「トランス」という概念が自分のもとにやってきた。それはいわゆる一昔前のギャルが好きな音楽のジャンルではなく、変性意識状態のことをいう。日常で知覚している時空間が変形してしまうこと。トランスに入るセックスこそが至高だとロフトプラスワンにてナンパイベントを共にした宮台さんも友人の高石さんも口をそろえて言う。(ちなみにイベントの文字おこしをした書籍が出たので買ってください。めっちゃ売れててめっぽう面白いとの評判です。)これが自分のこれまでのセックス観を粉微塵に吹き飛ばした。『性とナンパについて考えた』というブログを書いておきながら自分は性そのものについてはついぞ一度も深く考えたことがなかったのだ。トランスとはなんだ。それはどうやって入るのだ。かくして自分のトランス道中膝栗毛が始まった。まずはともにトランスに入れる誠実な相棒が必要だったがそれを見つけるのが至難の業だった。自分はいまだかつて性行為と愛情とを深く結びつけたことがなかったからだ。自分のセックスにおける最初の顕著なトランス体験はクンニであったように思う。クンニをすると即座に情報の海にダイブする。頭がクラクラしてきて異空間がもやっと立ち現れるのだ。それまではあまり積極的にやってこなかったが、それからはクンニばかりする日々が続いた。そうして「クンニ=幸せ」という刷り込みが始まった。

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今の恋人と出会ってからもセックスは紆余曲折を繰り返した。もとより信頼関係がめちゃくちゃだったため、最初はそれこそ毎日やっていたがそのうち自分が新鮮さを味わえなくなって飽きてきてしまった。それで彼女はおかしくなって、それでなんだかんだあって私は彼女の奴隷になった。その後なんだかんだあって私は奴隷の地位を脱却し、それからなんだかんだあって関係はピリピリし常に反発しあっているものになった。その後なんだかんだあって関係は穏やかなものとなった。彼女とは様々なことを共に体験した。複数プレイもやったし、アナルプレイもやった。寝取りも寝取られもやった。そうやって自分の内のさまざまな感情を呼び覚まして性行為と感情とを結びつけていった。それでも本当にトランスに入れる日は限られていたし、そこにどのような法則が渦巻いているのかも見当がつかなかった。うまくいくときは万事がいい感じの空気感で二人にトランスがおとずれる。けれどもまさにその翌日には二人の空気感ははちゃめちゃになって一触即発の険悪ムードになったりする。自分たちの間にはまだ確固とした溝が堂々と残っているように思えた。そうして自分はセックスを儀式化するにいたる。

客観的にざーっと振り返ってみると、(回想のおわり)自分は性愛の幻想と肉体のリビドーとが分離した状態で思春期のスタートラインに強制的に立たされたように思う。様々な感情のぬけおちたセックスはそれこそ動物のそれに近しい。それらの融和に対して自分には激しい抵抗があった。もちろん当時は意識にも上がらない。そこから少しずつ、陰陽のマークのようにこれらはニュルンと交じり合わさり、性行為は肉体のリビドー性愛の幻想とが融和したものとして行われるようになってきた。人間である。

男子の幸せスイッチはいったい身体のどこにあるんだろうか。自分はそんなものはないように思う。放出する側の性として、常に身体の内部に性エネルギーの蠢きを感じながら日々を過ごしていく。そのような殺伐状態が男子の日常だろう。それを自分の納得するスタイルで放出できればいいのかもしれない。今はまだまだ自分の内なる感情を追求しきれていないし、それゆえ彼女のそれも追求しきれていない。セックスにおけるトランスは決して自分勝手なトランスのペアであってはいけない。そこには二人の同調というものが必要不可欠になってくる。すなわち儀式とは、1、同調のための儀式である。演技などのドラマ仕立てのセックスが入り込む余地はない。裸に。より裸に。毎回毎回自らの限界を越えようと頑張っていたが、それでも空回りをしてしまう回もたくさんある。いわゆる意気込みすぎというやつだ。すなわち肉体のリズムに丁寧に耳を傾けないとそうなる。そういうときは必ず自己嫌悪に陥ってしまうので、自分の中でエネルギーが漲ってきたと感じたときに最高の集中力でもって臨むという規律を設けた。すなわち儀式とは、2、集中のための儀式でもある。セックス空間はそうやって二人で儀式の中で徐々に作り上げていくようなものであるような気もする。なんとなくわかったこと。セックスもナンパと同じように適切なメンタル(対人態度)と技術との双方を必要とする。儀式の積み重ねが双方の全貌をより明確にしていくが、どちらの道のりもまだまだ先は見えない。ちなみに私とロマンチックデートしてみたい好奇心旺盛で奇特な女性読者の方いらっしゃいましたら qqille@gmail.com までお問い合わせください。最先端公家シンジが2万円プラス諸経費にて体験できるように取り計らいます。匿名でも結構ですのでお気軽にご連絡ください。3P可。