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性とナンパについて渋谷で考えた RSSフィード

2017-07-08

物理学者ファインマンのナンパエピソードが面白い

以下のリンクが面白かったので、適当に補足しながら紹介することにする。

https://restructure.wordpress.com/2009/08/07/sexist-feynman-called-a-woman-worse-than-a-whore/

エッセイ本『ご冗談でしょうファインマンさん』の一節より。

ファインマン物理学のスーパースター。


バーでのナンパがぜんぜんうまくいかないファインマン(彼はいつも女にいろいろ大判ぶるまいしてしまう)に、友人夫妻がアドバイスするシーンから引用が始まっている。ちなみにその友人はバーのマスターか何かで水商売歴が長く男女の機微にとても長けている。

「よし、大原則はこうです。男ってのはジェントルマンになりたい。男は無礼だとか粗野だとか特にケチなやつだと女から思われたくないんですよ。男のそういう心理をよく知っている限り、女が男を思うように舵取りするのは難しいことじゃない。」


「だからね、」とマスターは続けた。「どんな状況であっても決してジェントルマンになってはいけないのです。あなたは彼女たちを侮蔑してないといけない。さらにいうと、一番のルールはこう。女には何もおごっちゃダメ。タバコ1パックさえもね。彼女に「おれと寝たいか?」と尋ねて、彼女がそうするだろう、それが決して嘘ではないだろうと確信するまではね」


「うー、ってことは、ただただ彼女たちに尋ねればいいんですか?」


「オッケー。これがあなたの最初のレッスンで、あなたにとってそこまで大胆になるのが難しいかもってことは知ってますよ。あなたはそのことを彼女に尋ねるまえに、なにかおごっちゃうかもね。たったひとつ小さななにか。だけどそうしちゃうと、セックスはもっと困難になるんですけどねえ」


なんだろう、このお決まりの、失敗して、マスターが現れて、試練が与えられて、克服していくっていうスターウォーズ的な。

ここからファインマンはピックアップアーティストになろうと奮起するわけだ。ストーリーはファインマンの一人語りで、次のように続いていく。

そうだな、ぼくは原則さえ教われば、それがどういうことなのかわかるんだ。その次の日は一日中ぼくは自分の心理を新しく構築するのに使ったよ。<バーにいる女っていうのはみんなビッチであり、彼女たちは何にも値しない> <彼女たちがそこにいるのは男からドリンクをおごってもらうためで、それでセックスさせるわけではない> <ぼくはそういう無価値のビッチに対しては絶対にジェントルマンにはならない> という態度をとることを採用した。ぼくはそういう態度が自動的にでてくるようになるまで練習したんだ。


それからある夜のこと。ぼくはさっそく試してやろうと思っていつものようにバーに入っていくと、すぐさま友人が「よお、今晩のおれの女が来るのをみろよ。彼女は服を着替えなくちゃいけなかったんだけど、もうすぐ戻ってくるぜ」と言ってきた。

「オッケーオッケー」と言って、ぼくは退屈そうに別のテーブルに座ってショーを観ることにした。ショーが始まるとすぐに、友人の女がやってきた。ぼくはこう考えた。(おれはこの女がどれだけかわいいかなんてぜんぜん信じないぞ。彼女はただ彼にドリンクをおごらせているだけで、彼には何も返さないだろう!)


最初のショー演目の後、友人がこう言った。「よお、アンを紹介するぜ。これがおれの友人、ファインマンだ」

ぼくはただ「やあ」といって、ショーを観続けた。

それからしばらくしてアンはぼくに言った。「ここにきて、私たちと一緒に座ったらどう?」

ぼくはこう思った。(こいつは典型的なビッチだ。ぼくの友人が彼女にドリンクをおごっているのに、彼女は他の誰かをテーブルに招待しようとしている。)

それでぼくは言った。「ここから観るのでじゅうぶんだよ」


それからしばらく後、とある軍隊の中尉がやってきた。彼はこぎれいにユニフォームを着ていた。そうしてわずかばかりの後、ふと気づいたら、もうアンはテーブルの逆側にその中尉と一緒に座っていたってわけだ。

ぼくはバーにすわって、アンは中尉と踊っていた。中尉の背中がぼくのほうに向き、彼女はぼくのほうを向いていた。彼女はとても楽しそうにぼくに微笑みかけてくる。ぼくはこう思った。(ビッチだな。今や彼女はこの中尉さえも欺いている。)

それでぼくはいいことを思いついた。中尉の視界に入るようになったらはじめて彼女に微笑み返してやるんだ。そうしたら中尉にも何が起こっているかわかるからね。そういうわけで彼女の悪だくみは長くは続かなかった。


数分後には彼女はもう中尉とは一緒にはいなかった。バーテンダーにコートとハンドバッグを持ってくるように言いつけ、そうしてはっきりとした大きな声でこう言ったのだ。「わたしすこし散歩に行きたいわ。誰か一緒についてきてくださらないかしら?」

それでぼくはこう思った。(まあこのまま、彼女を拒絶しつづけることもできる。だけど、いつまでもそうしてるわけにもいかないな。このままだと何も起こらないからね。そろそろ彼女に寄り添うときがきたのかも。)それでぼくはクールにこう言ったんだ。

「ぼくが一緒に行くよ」って。

それでぼくたちは一緒に出た。通りを数ブロックほど歩いてカフェに来た時彼女がこういったんだ。「いい考えがあるわ。コーヒーとサンドイッチを買って、わたしのところで食べましょうよ。」

悪くない。それでぼくたちは中へ入っていって、彼女はコーヒーを3つとサンドイッチを3つ頼み、ぼくがお金を払った。カフェから出てきたときぼくはこう思ったんだ。「やばい、なにかがおかしいぞ。サンドイッチが多すぎる。」

ホテルへの道すがら、彼女はこういった。「ねえ、わたしこのサンドイッチをあなたと食べてる時間ないわ。中尉がやってくるんだもの。」それでぼくはこう思った。(ほらな、いっぱいひっかけられた。マスターはぼくにやるべきことをしっかり教えてくれたのに。ひっかけられたよ。ぼくは彼女に1ドル10セントのサンドイッチをご馳走して、彼女になにも要求しなかった。それでぼくはいま何も手にしてない。ちょっとはやり返さないと。ぼくの先生のメンツを守るのためにもね。)


ぼくは突然立ち止まって、彼女にこう言ってやった。


「おまえはビッチよりもクソだな」


「どういう意味よ!?」


「ぼくからサンドイッチ買ってもらって、それでぼくはおまえから何をもらったっていうんだ。何もないじゃないか。」


アツい。ビッチよりもクソ。そうしてシーンは佳境へと入っていく。


「は?ほんとケチな人ね!あなたがそういうんだったら、サンドイッチのお金くらい返すわよ!」


「じゃあ返せよ」


彼女はとても驚いた。そして財布に手を伸ばし持っている金をぼくに渡した。ぼくは自分の分のサンドイッチとコーヒーを持ってその場を離れた。

それを食べた後、ぼくはバーに戻ってマスターに報告した。ぼくはすべてを説明し、自分がしくじってそれからなんとか挽回しようとしたことをわびた。

だけど彼は落ち着いてこう言ったんだ。「ディック、大丈夫ですよ。結局彼女には何もおごらずに済んだんだから、彼女は今夜あなたとセックスします」


「なんだって!?」


「間違いない。」彼は自信ありげに言った。「彼女は今夜あなたとセックスしますよ。わたしにはわかる。」


「でも彼女はここにすらいないじゃないですか!彼女はいま中尉とホテルにいるんです」


「大丈夫」


2時になってバーが閉まってもアンは現れなかった。ぼくはマスターとその奥さんに今日もあなたたちの家に行っていいかと尋ねた。もちろんと彼らは答えた。ちょうどぼくらがバーから出てきたとき、国道66号を渡って、アンがやってきた。彼女は腕をぼくにからませて、こうぼくに言った。「ほら、わたしのところに行きましょうよ」

マスターは正しかった。そうしてレッスンも最高だった。


マスターかっけえな。

以下後日談。

秋にコーネル大学に戻った時、ぼくはとある学生の妹とダンスに行った。彼女はバージニアから来ているとてもナイスな女性だった。突然ぼくはあることを思いついて、「バーに行って、お酒飲もうよ」と彼女に誘った。

バーへの道すがら、ぼくはマスターのレッスンがふつうの女の子にも機能するのか試そうとしていた。結局バーにいてドリンク女を侮蔑するのはそんなに悪い気分にはならないが、ふつうのナイスな南部の女に対してはどうだ?

ぼくたちはバーに入っていった。そして席につくまえに、ぼくは彼女にこう言った。「聞いて、きみにドリンクをおごるまえに知っておきたいことがある。今夜ぼくと寝るかい?」

「そうね」

つまりはふつうの女にも機能するってことがわかった。でもこのレッスンがどれだけ効果的であっても、ぼくはそれからは使ったことがない。あまり楽しくなかったからだ。だけどぼくが育ってきた環境とはぜんぜんかけ離れたものを知るっていうのは本当に興味深いことだったね。

ファインマンせんせ、きっちり一般人にも法則適用できるのか実験してはる。

似たようなブッコミ系エピソードぼくにもたくさんあるので、恋愛道場メルマガで書いていこう。

それで結局おもったのは、こういうのって昔から盛り場の中では常識に近いことだったんだなと。

おわり。



のつもりが、ちょうど偶然ファインマン教科書の序文を読む機会があって、ちょっとドキドキしてしまった。

ファインマンせんせ、教育に関してかなりアツい一家言ある。

http://www.feynmanlectures.caltech.edu/I_91.html

ちなみにこの教科書ネットで全文公開されてる。


I think, however, that there isn’t any solution to this problem of education other than to realize that the best teaching can be done only when there is a direct individual relationship between a student and a good teacher—a situation in which the student discusses the ideas, thinks about the things, and talks about the things. It’s impossible to learn very much by simply sitting in a lecture, or even by simply doing problems that are assigned. But in our modern times we have so many students to teach that we have to try to find some substitute for the ideal. Perhaps my lectures can make some contribution. Perhaps in some small place where there are individual teachers and students, they may get some inspiration or some ideas from the lectures. Perhaps they will have fun thinking them through—or going on to develop some of the ideas further.

しかしながら、生徒と良い教師との間に個別の関係があるときのみベストな教育というのは成立するということを認識するほかには、この教育の問題に関して解決の道はないように思える。そういう状況では、学生たちはアイデアを議論し考え話し合う。ただただ座って講義を聞いているだけでは、そして課せられた宿題をやっているだけでも、学習するということは不可能なのだ。だけど、現代では、わたしたちはとてもたくさんの生徒を教えないといけないので、その理想的な関係に替わる別の状態を探そうとしないといけない。おそらくわたしの講義はそれにいくらかの貢献をするだろう。おそらくいくつかの小さな場で、個別の教師と学生たちがインスピレーションとアイデアをわたしの講義から受けてくれているだろう。おそらく彼らは楽しんで考えて、そしていくつかのアイデアをさらに深く発展させてくれるかもしれない。

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