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2017-12-21

教育的コミュニケーションをデザインする〜電通のネオ鬼十則

はあちゅうが著名クリエイターセクハラパワハラを証言 岸氏「謝罪します」

https://www.buzzfeed.com/jp/takumiharimaya/hachu-metoo?utm_term=.msx6E6nMM#.uoVV3VQqq


この件について、書いておくことがあるので書く。

セクハラがいいとかよくないとか、そんな倫理的な問題のことは書かない。「俺に気に入られる絶好のチャンスなのに体も使えないわけ?」なんていうセリフの是非を取沙汰しても仕方ない。そうではなくて、このケースは、教育的なコミュニケーション、つまり立場が上の人間と下の人間との協力的なコミュニケーション、がはらむ危険性についてもっと根本的なことをぼくたちに教えてくれている。岸氏は事あるごとに、はあちゅうのことを「薄っぺらい」「質が低い」だとかいってこきおろしている。彼は「軽薄さ」といったものを心底軽蔑憎悪していて、はあちゅうの中にそういうものを見てしまったんだろう。

高尚ぶった態度でいっぱしの専門家を気取りながら「コミュニケーションをデザインする」だなんて本まで出してるのに、下の人間とこんな稚拙なコミュニケーションしかとれなかったなんて本当にお笑い種だ。エッジの利いた主張や価値観をすごい熱量で押し付けるような一方通行的な伝え方しか今までしてこなかったんだろう。それを「洗練」だと勘違いしちゃったんだよな。多くの人はそうやって大きな熱量をぶつけられると簡単に煙に巻かれてしまうけど、実質上は柔軟性を欠いた稚拙極まる伝え方だと言わざるを得ない。世の中の自称コミュニケーション専門家なんてだいたいこの程度だろうから、ぼくがしっかりと教訓を書いておきたい。ある程度の権力と知能と良識をもったオッサンにむけて。(しかしそんなきっちり三拍子そろったようなオッサンはこの世にどれほどいるのか。)電通には鬼十則という行動規範がすでにあるみたいだから、これからぼくが書くのはいわば<ネオ鬼十則>である。以下の十則を脳髄に刻み込むことで、世の中におこるコミュニケーションに起因した悲劇を回避してほしい。世の中のオッサンども、リメンバーKISHI。繰り返す。けっしてKISHIを忘れるんじゃない。



<ネオ鬼十則

1、(好き嫌いの認識)

下の人間に対して自分が感じる好き嫌いの感情をはっきりと認識すること。


2、(嫌いな人間をスルー)

下の人間は様々な形であなたに近づいてくる。嫌いな人間が下からすり寄るように近づいてきたときは、丁寧にスルーして距離をとれ。嫌いな人間を矯正しようとすることこそが悲劇の始まりである。


3、(煙に巻く)

嫌いな相手であっても、遠ざける時は不用意に傷つけるようなことを言うな。どうでもいい男のデートの誘いをうまく交わす女のようであれ。


4、(攻撃性)

やむを得ず嫌いな人間を指導する立場にあるときは、指導しているフリでじゅうぶんである。実質上指導は放棄しろ。あなたが嫌悪感を抱えながら下の人間と交流するとき、あなたの発する全てが暴力をはらむようになる。あなたの発する言葉・行動は全て様々な形で攻撃に変わる。


5、(指導=寛容という思い込み

指導する側は寛容の精神を持っていないといけないというような思い込みは捨てろ。そんな思い込みを抱えて接しているとき、あなたの言葉や行動は偽りの優しさでコーティングされていて、その結果下の人間はたいがい混乱する。時間が経って混乱が解けた時に、あなたは必ず恨まれる。下に対する表面的な寛容さは無駄であるばかりか有害そのものであると心得よ。


6、(パターナリズムはクソ)

あなたの価値観は絶対ではない。あなたが軽蔑してやまない「薄っぺらい」人間こそが世の中では価値を持つ可能性があることを忘れるな。あなたが軽視しているもの侮蔑しているものの中におおいなる宝が眠っている可能性がある。個々の人間のもつ様々な特性の萌芽を侮ってはいけない。その真価が今はまだあなたには理解できないのなら、せめて余計な介入はせずに、そうっと放っておくのがいい。


7、(コントロール欲)

大多数の人間は尊敬するあなたから領導されたがっている。厳しくダメ出しされたがっている。かまってもらいたがっている。ひきあげてもらいたがっている。そういう事実があなたのコントロール欲を刺激し助長する。あなたが下の人間に対してコントロールしたい欲望をもってしまったときというのは、自分の歪んだ内面に気付くチャンスだと思え。はあちゅうこそがあなたの心を写す鏡になる。


8、(体験を語る)

嫌いでない人に対しても、領導するようなアドバイスは好ましくない。あなたはその彼/彼女が現在直面しているであろうモノに相当する自分の過去の体験を語るだけでいい。


9、(実質のサポート)

アドバイスやダメ出し説教ではなく、もっと別のサポートをこころがけろ。金銭的な援助をする、なにかのチャンスを与える、人を紹介する。そしてたまには上下関係を忘れて一緒に飲みに行ってみる。下の人間からすると、アドバイスよりもこういったことのほうがよっぽど為になる。


10、(片手間の指導)

教育や指導は、全力でやってはいけない。片手間でやらないといけない。あなたのもっている熱量を全力で下の人間にぶつけても、何もいいことはない。それによって、あなたが本来やるべきことが必ず疎かになる。くわえて下の人間があなたの全力の投げかけに応えられないなら必ず苛立ってしまう。この世には教育を生業にする者なんて一切必要ない。



このように、教育的なコミュニケーションにはわかりやすい落とし穴がいくつかある。あなたの仕事が世の中から認められてチヤホヤされている時こそ、そういった落とし穴は視界から消えて、あなたを狡猾に待ちうけている。どれだけ良識があって、どれだけ本業で才能を発揮していても、<教育>というラベルがついたコミュニケーションの場に立つだけで、面白いほど皆その泥沼にはまってしまう。わかっていても、どれだけ注意を払っていても、何度も何度も同じ過ちを繰り返してしまいそうになる。まさに悲劇の温床。話は広がるが、ある種の恋愛関係にも、もっというと親子関係にも、これと同相のものがある。多くの場合、人間には人間を適切に教え導くだけの力などない。逆に言うと、下の人間は、上の人間に近づくときはふとした拍子に後頭部を殴打されるリスクがあることをもっと真剣に考慮するべきだろう。盲目的にあの人に頼っていったらいつの間にか第三者見世物にされてしまっていた、なんてことは日常茶飯事。上の人間に明確な悪意がなくたって、そんなことはいくらでも起こりうる。どんなまともな顔をした上司だって教師だって親だって、あなたの後頭部をふとした拍子に殴打してくる可能性がある。

教育コミュニケーションコミュニケーションの中でもかなり特殊なもので、双方ともに細心の注意を払うべきものであるという認識がもっと世の中の上層の人たちに伝わったらいいな。人工知能なんかにうつつ抜かしてる場合か?人類の学習能力が試されてるぞ。リメンバーKISHI。

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