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牛歩的写真中心網録゛

2018-12-03

ジオツアー三島60−東田子の浦

静岡県地学会東部支部主催のジオツアーに参加して、東田子の浦駅〜原駅を巡った。縄文時代に、富士川で運搬された砂礫が駿河湾の沿岸流によって、堆積した浮島沼の地形をじっくりと観察できた。

日蓮宗の立園寺に保存されているゲラティック号の錨(昭和54年の台風により鈴川の海岸に打ち上げられ、二人の船員が犠牲となったことを慰霊する)山門の吽像
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昭和放水路東海道の一里塚跡(33番目)
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浮島沼の排水路建設に尽力した増田平四郎の顕彰碑国道から東海道線に向かう小路は新しい砂丘から下がっている
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砂丘から浮島沼方向に下る道の傾斜浮島ヶ原自然公園の葦原(海面との標高差がほとんどないので、大雨や高潮が襲うと冠水して湖沼と化す地形だった。腰や胸まで浸かって田植えをしなければならないほどの湿田も多かった)
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愛鷹山のシルエット(左から、越前岳・大岳・鋸岳・位牌岳・袴腰岳・馬場の平・愛鷹山)庚申塚古墳は珍しい双方中方墳
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庚申塚古墳の墳丘部には、青面金剛明王の石碑が祀られている。葺石も少し見られる。山ノ神古墳は小さな前方後円墳だったが、前方部が削られている。
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砂丘上に作られた畑への灌漑用水の供給のためのタンクと給水塔砂丘上の畑は、砂礫の水はけのよい土地
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貨物ターミナル予定地では、ボーリングが行われている住居の遺跡が多数見つかって、発掘調査を進めている。ここは、奈良〜平安の住居跡(津波により運ばれた砂礫層も見つかっている)
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竪穴式住居の柱跡が連なる発掘現場の上部には、砂礫層がある。古い開墾跡か?
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別の場所では発掘は完了顔を出した富士山には厚い傘雲が発達(この後、消滅した)
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一里塚跡(32番)に残る石碑第二放水路から、愛鷹山にかかる傘雲
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