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2011-04-01

なぜCO2温暖化説否定論に確信が持てるのか

| 20:16 | なぜCO2温暖化説否定論に確信が持てるのかを含むブックマーク なぜCO2温暖化説否定論に確信が持てるのかのブックマークコメント

今回の原発事故をきっかけとした原発廃止の動きに関連して、またCO2温暖化問題にも注目が集まってきそうな雰囲気です。CO2温暖化説の問題についてはこのブログでも何度か記事を書いてきました。しかし科学ニュースの記事に即して科学技術上の問題を考えるというこのブログの趣旨から、何れも断片的なものでした。それでこの機会に、これまで断片的に書いてきた内容を簡潔かつ包括的で、可能な限り多くの人の共感を得られるような形でひとつまとまった文章を書いてみたいと思いました。この際、専門の科学者でも技術者でもない私にとっては表題のように「なぜ私はCO2温暖化懐疑論ないし否定論を確信するようになったか」という文脈で書くことで、もっとも理解が得られるように表現できるのではないかと考えた次第です。

次の二つの論点について述べることで、問題点が大体明らかにされるのではないかと思います。

1.地球温暖化問題は季候の問題であるために、基本的に気象学上の問題として、またCO2分子の温室効果という物理現象と考えられているために地球物理学上の問題として扱われるることが多いように思われるのですが、何よりも地球化学上の問題、地球化学的システムの問題として捉えることでマクロ的かつより包括的に把握できるのではないか。[専門分野の問題]

2.温度や化学成分の直接の測定値が得られない遠い過去ないし地質時代地質学的データと、現在のデータを比較する際に各種の問題が生じている。クライメートゲートもこの部分にまつわる問題であり、データ処理やデータの解釈上に人為的な要素が入り込んでいる。この部分を明らかにする必要がある。[測定とデータ処理および解釈の問題]


以上の2点ですが、まず1.に関わる経緯から始めます。

このブログを書き始めて間もない頃、ちょうど2007年のIPCC報告書が発表され、地球温暖化問題がマスコミで沸騰していた頃ですが、このブログの記事として、まず私がかつて購入したまま殆ど読まずに積ん読状態であった根本順吉氏の「世紀末の気象」(1992年、筑摩書房)とBBCニュース、NYタイムズ、そして日本の三紙の科学ニュースの記事とを読み比べることから始めました。著者は自説を太陽活動主因説と呼んでいますが、最初から体系的にこの自説を述べるのではなく、この説に到達するまでの調査と考察の過程を追って記述しているため、少々読みにくく判りづらい処がありましたが、とにかく最後まできちんと読めば殆ど完璧な理論というか、この温暖化現象の説明になってるように思われました。後はもう枝葉末節で本質的に付け加えるべきものもないと思われたのです。その説明を簡単にまとめると次のように整理できると思います。

1.空気中と海水中のCO2濃度は海洋表面近くでは常に化学平衡が維持されるように進行している。通常の温度では海水中のCO2濃度は大気中濃度よりも遙かに大きいので、大気中のCO2増加分の殆どは、全体としては海水中に吸収されるが、温度が高い時と場所では大気中に放出される。

2.海洋の表面付近と深海域との間でも湧昇流によってCO2の移動と交換がある。

3.年平均で言えば気温の変化に1年ほど遅れてこの平衡が達成される。これは幾つものデータによって、気温の変動、海水表面の水温、そして大気中CO2濃度の経年変化の曲線を比較することによって明らかになっている。またCO2濃度の変化は気温の変化を後から追いかけて変化しており、CO2濃度の変化よりも気温の変化の方が先であり、大気中CO2濃度の変化が温度変化の原因ではないことが分かる。

4.一方、太陽黒点とも関係する太陽活動の変化には約11年の周期があるが、11年の周期とは別に80年程度のより大きな周期がある。太陽黒点や、太陽風などのデータをグラフに表したものと地球の年平均気温の変動グラフを比較すると、太陽活動の変化に10年ほど遅れて年平均気温が変化していることが読み取れる。この遅れの主な原因は太陽の放射熱が一旦海に吸収されたのちに大気中に放出されるのに時間がかかるためである。

5.さらにCO2による「温室効果」もあるが、これには人為的要因も含まれるけれども、気温と海水温の上昇によって放出されたCO2によるフィードバック効果と言える。もちろんこの温室効果には水蒸気も含まれるし、他の温暖化ガスによる効果も含まれる。メタンの挙動はCO2と同じ。これらはすべて太陽活動が低下した後も気温の上昇を長引かせる効果として作用する。

6.氷雪面積の減少による太陽光の反射が減少することによる気温上昇効果もあるが、これもフィードバック効果のひとつで、温暖化を長引かせる効果になる。

7.大気汚染物質が氷雪面を汚染することによる吸熱効果もあり、これも同様に温暖化を助長、長引かせる効果となる。

以上で基本的な問題は殆ど尽くされているように思います。この本には書かれていないことで、他に筆者が付け加えたい事として次の2つの事実があります。

1.CO2の排出は化石燃料による人為的排出のみではなく、火山ガスによる自然排出がある。

2.海水中のCO2は光合成で植物に取り込まれる以外に珊瑚や貝などに取り込まれて沈殿し、最終的に堆積物となるので、海中で一方的に増加するのみとは言えない。

このブログの過去の記事では、この本の通読と平行してネットで読める日本の三紙とBBCニュース、そしてNYタイムズの科学記事に現れる温暖化問題の記事のいくつかを読み合わせたうえでこの本の主張が裏付けられるかどうかを検討してきたわけです。日本の三紙の記事はどれも簡単で量も少なかったのですが、BBCニュースの記事は特にIPCCの報告が出た頃でしたので膨大な量でした。とても全部読めたものでなかったのですが、少しずつ慣れるに従って、少なくとも科学的な解説に重点をおいた記事を主として拾い出して比較読みしていったわけです。NYタイムズの科学欄にはBBCニュース程沢山はなかったのですが、政治欄の記事としては多数掲載されていたようです。これらの記事のどれも温暖化メカニズムについて今述べたような体系的な説明はなく、CO2温暖化説を既定の事実として説明するか、断片的に大気中CO2濃度と気温との単純な相関を述べることに終始するのみで、体系的、理論的な面ではそもそも比較にならない記事が多かった。個別のデータに関する記事では、根本説を覆すような内容は一つもなく、むしろ補強するような記事が多かったのです。それらは、このブログ温暖化問題に関する過去の記事を見て頂くと分かると思います。例えば、次の海洋学関連の記事 http://d.hatena.ne.jp/quarta/20090813#1250162354 では大気と海洋でのCO2の交換が活発に行われていることを裏付けるような研究が紹介されています。

その後、ウェブサイトでこの問題を扱ったいくつかのサイトを訪れましたが、基本的に根本説と同じ説明でCO2温暖化説を批判しているサイトは、http://env01.cool.ne.jp/index02.htm環境問題を考える』 です。このサイトは技術的な問題や政治的な問題を含む膨大な記事からなり、どれもがある意味、温暖化メカニズムを理解すること以上に重要な問題とも思われますが、温暖化メカニズムに限って言えば、一般人がすぐに地球温暖化メカニズムを理解するための情報を見つけ出すのはちょっと難しいところがあると思います。また学術論文の形式で書かれている断片的な論文が多いために近づきにくいところがある様に思いました。

一方、こちらの方が有名かも知れませんが、武田邦彦教授のサイトhttp://takedanet.com/cat5408034/ でもCO2温暖化説批判の解説があります。こちらは温暖化メカニズムの解説としては大ざっぱで、断片的に過ぎるように思います。

こちらのサイト http://feliscatus.blog77.fc2.com/ では非常に専門的で細部には近づきがたい内容ですが、ミクロ的なアプローチでもCO2の温室効果で現在の温暖化が説明できないことが考察されているようで、その意味で興味深く思われました。

そうこうしている中に、どうしてもっと早く気がつかなかったのかと思うのですが、改めてこの問題を扱っている筈、というか、扱って当然と思われる本を所有している事に遅まきながら気がつきました。それは?一般地球化学メイスン著、松井、一国訳、1970年岩波書店?地球化学入門(菅原、半谷共著、1975年丸善の二冊です。いずれも「世紀末の気象」よりも10年以上前に出た本ですが、改めてCO2に関わる箇所を調べてみると、やはり、この問題に関わる重要な記載がありました。

まず?には次のような記述があります。

「たとえば、氷河期の始まりは二酸化炭素の減少によるものとされていた。それは二酸化炭素が太陽からの放射を選択的に吸収するためである。ところが水蒸気も同様な機能を果たすので、大気中に大量に存在する水蒸気はCO2の気候学的な重要性をはるかにしのいでしまう。現在の見方では、気候変動の少部分だけが大気中のCO2含量の変動による事になっている。」

「・・・現在の割合で化石燃料の消費が続けば、大気中の二酸化炭素は300年で2倍になることを示唆している。しかし、この点で二酸化炭素のたまりとしての水圏の重要性を強調しておく必要がある。・・・大気は地表1cmあたりについてCO2を0.4g含むのに対し、海水は20g含んでいる。海洋中の二酸化炭素炭素大気中のCO2の分圧の関数であるから、海洋と大気二酸化炭素は相互に依存している。そこで大気中の二酸化炭素の分圧を倍にするためには、現在大気中に存在するよりも一層多量のCO2を加える必要がある。それは加えられた二酸化炭素の大部分は海洋中に吸収されるからである。同様に大気中の二酸化炭素を半分に減少させるためには、現在ある量の数倍を除去する必要がある。

?の方には、大気圏の化学という章に「二酸化炭素の海洋と大気における交換」という項目があり、緯度の異なる海域でのCO2の放出と吸収の状況をデータで示しています。総合的に「現在は海洋と大気中の二酸化炭素の分圧差は3ppmと推定され、全体としては溶け入る傾向にある」となっています。

何れも地球温暖化メカニズムそのものを述べたものではありませんが、太陽活動主因説の根本説の基礎となっている大気中CO2の濃度を決定するメカニズムがすでに地球化学的理論とデータで支えられていることがわかります。

このように、1970年代の地球化学の教科書を再読することで、(学生時代に精読したわけでもないのですが)当時から叫ばれていたCO2温暖化説に対し、地球化学の基礎的理論は批判的な根拠を提供していたことがわかります。しかしいずれも温暖化の主な原因を太陽活動としているわけでもない。温暖化問題そのものを正面から取り上げていないとも言えます。思うにこれは、地球化学の基礎編あるいは入門編の教科書であるということもあるでしょうが、やはり当時から主流であったCO2原因説を真っ向から否定することができないような雰囲気であったのか、という推測もできるような気がします。また、太陽活動説の根拠となるべき太陽活動の研究は地球化学の研究範囲外の対象であったということもその理由といえるように思います。

ここで自然科学の分野というものを改めて考えてみることも有益であると思います。

太陽の研究はいったい科学のどういう分野に該当するのだろうかということを考えると、根本順吉氏の専門である気象学は当然太陽の研究が含まれていてもおかしくはないような気がします。しかし気象という地球大気というシステムの中に太陽が含まれる訳ではないので、直接研究対象というわけでもないのでしょう。調べてみるとどうやら太陽の研究は宇宙物理学という分野の対象である場合もあれば、地球物理学の対象分野でもあるようです。しかし地球物理学地球物理学宇宙物理学かのいずれかが地球温暖化問題を扱う担当分野であるかといえばそうとも言えないように思います。現在は一応、地球物理学地球物理学の一部門とされる気象学の問題であり、総合的には地球物理学の問題とされているように見えますが、そもそも現代のCO2温暖化説は太陽活動の要因を排除してしまっているように見えます。こうしてみると地球温暖化問題を扱う専門分野というのは、原理的にはどの専門分野の問題であるとも決定しがたいところがあるように思われます。根本氏は気象学をベースに太陽を研究する地球物理学ないし宇宙物理学、さらに地球化学地質学にも目を広く配っておられたといえるではないでしょうか。

また一方、「環境」のつく純粋に自然科学とは言いがたい様々な分野にも関わっていきているような処もあります。現象としては気温の問題ですから結果的に気象学の問題とされている所があるように思います。気象は直接に人間生活に関わり、政治的にも関わりが深いためにこれは当然といえば当然ですが、その気象学は地球物理学の一部門とされているようです。しかし、こういう温暖化問題などを考えてみると気象学は地球物理学よりも地球化学の一部と見たほうが適切であるような気がします。

地球温暖化問題が科学上のどの専門分野の問題かと問えば、最もそれに近い科学の専門分野は地球化学である]

このようなことを考えてきたのは常々科学の専門分野とはなにかという問題を考えることが多かったこともあり、また予想できたことですが、このブログでこの問題を取り上げたことで、素人が専門的な問題に発言することについて批判されたこともあります。予想できたことですが。

こういう問題は結局のところケースバイケース、素人に正しい判断ができる場合もあれば間違っている場合もあるとしか言えないと思うのですが、その時わたしは次のように答えました。「温暖化問題は特定の専門分野の問題ではない。」

これはこれで正しい考え方だと今でも思っています。しかし改めて思い起こしてみると、温暖化問題を科学的に把握するのに最適な専門分野は地球化学ではないかと思います。少なくともこの問題に最もふさわしい一つの専門分野があるとすれば、それは地球化学をおいて他にはないと思うのです。

地球化学という専門分野は地球物理に比べてもあまり一般に馴染みが無いと思われます。それには次のような理由があると思うのです。

地球科学と同じ発音で紛らわしいこと

地球科学や地質学の諸分野、例えば地質学そのものや岩石学、あるいは気象学などの「領域」の多くと重なっている部分が大きいこと

地球科学の諸分野、例えば一般地質学とか岩石学や気象学だけではなく、エコロジーや純粋な自然科学とは言いがたい環境関連の分野と重なっている部分が大きいこと

以上のような理由で、少なくとも一般にはあまり地球化学という言葉を使おうとしないのではないか、と私は推測しています。

とにかく環境学とか環境論とか環境という用語が入った名前の専門分野の数は自然科学だけではなく工学や社会科学の領域にまでわたって非常に沢山あるのではないでしょうか。環境という言葉はまた政治と結びつき、例えば「環境エネルギー政策研究所」というようなNPO研究機関があって地球温暖化問題を研究しているようです。

また国立環境研究所という、独立行政法人と言われる研究機関がありますが。ここでも温暖化問題を研究しているというか、温暖化問題に「取り組んで」いるようです。ここのホームページを何度か見たことがありますが、「環境」の語が含まれる様々な狭い専門分野名がいろいろと出てきますが、全体を統轄するような分野の名前が無いようです。少なくとも温暖化問題の解説ページで研究者の専門分野を含め、地球化学という言葉は出てきません。専門分野というのは本当に細分化すればきりがないものですが、この種の研究機関の趣旨や説明、研究内容に「地球化学」という概念が欠落しているように見えることが気になります。

「環境」という概念はそれ自体が人間中心の、非常に人間的な概念と言えます。エコロジーにしても生物中心の概念であって、地球全体を取り扱うことができるとは言いがたい。端的に言って「環境」のつく学問分野は自然科学分野としては極めて不純な分野と言えるでしょう。不純というと語弊があるかもしれませんが、純粋な自然科学とは言えないでしょう。もちろん純粋な科学というものは殆どありえないと思います。地球化学にしたところで人間の住み処である地球中心であり、人間が何らかの手段でアクセス可能な範囲を扱うに過ぎないとも言えますが、少なくとも環境と名のつく諸々の学問分野よりは地球全体を化学的に、同時に科学的に把握しようとする学問であるとえます。

ところが、そういう環境問題エコロジーの大切さを訴える論調には往々にして「地球は人間の為にあるのではない」、というような科学的な態度としては当たり前のことを持ち出して環境問題の重要性を訴えようとします。コマーシャルに至っては「すべてを地球のために」というようなフレーズまで使われています。しかし「環境」という概念自体が人間中心の不純な科学であることを思えばこんなに矛盾したなフレーズもまたとありません。

筆者の考えは、地球温暖化問題は基本的に地球化学の問題として捉えることで、全体をマクロ的に把握し、一般人にとっても見通しよく理解できるようになると思うのです。そして地球化学専門家が中心となってこの問題をとりまとめるべきではないかと思います。事によれば結局は研究者個人の問題かも知れませんが。

なぜ温暖化問題は地球化学で取り扱うべき問題なのかといえば例えば少し古いですが、平凡社地学事典に地球化学の定義から少し抜粋してみます

地球全体および地球の各部分について化学的に研究する科学。―中略―最初に系統づけたのはF.W.Clarke (1838)―中略―V.M.Goldschmidtが天然物質の系に熱力学適用可能なことを示し、その基礎を築いた。』

CO2による地球温暖化問題が地球化学上の問題であることはこの定義から一目瞭然ではないでしょうか。地球、温度、CO2、この三つは、少し言葉を変えれば地球と熱と化学成分の関係ということになり、地球化学の定義、地球熱力学適用して化学的に研究するという「地球化学」の定義にそのまま当てはまります。

次に二つ目の論点です。

地質時代や直接の温度やCO2データのない過去と現在を比較する場合には見過ごされがちな大きな錯誤が含まれている可能性がある]

以上のような経緯で基本的に太陽活動主因説で現在の状況が説明できることに確信が持てるわけですが、これは基本的に温度やCO2濃度などのデータが直接測定出来る時代の範囲内で説明されることであると言えます。基本的にこれで十分に、CO2を主要原因とする温暖化説が誤りであることが明らかになっていると思えるのですが、CO2温暖化説ではまた別の面からの根拠が持ち出されています。つまり、大気中CO2成分や気温などを直接測定することのできない遠い過去ないし地質時代にまで範囲を拡張しようという試みといえます。

現在と地質学的時代との大気中CO2データとの比較で現在は過去のどの時代よりもCO2が高くそれが人為的CO2の排出に起因するものであるという主張が主なもののようです。この問題では常に過去のデータの信頼性と取り扱い方法が問題になるわけです。昨年のクライメートゲート事件もこの種の問題といえます。クライメートゲートはデータの捏造問題でしたが、捏造の他にもう一つあまりマスコミなどでは問題にされたことがないのですが、CO2温暖化説の説明でデータ操作、あるいは解釈の上で誤った解釈になりがちな問題点があることに気づきました。それは国立環境研究所ウェブページにあった解説で、南極の氷床のボーリングによる氷柱の分析から得られた過去のCO2データのどの値よりも現在のCO2の値が大きいという根拠です。これと似たデータが根拠にされている説明は他にもありそうな気がします。こういう古い過去の地質学的試料の分析の場合に気をつける必要があるのは、温度の場合はともかく、CO2濃度、含有量の場合は定量に一定量の試料が必要であるということ、そしてどの程度の間隔でデータを取るかということです。地層の場合でも氷床の場合でも、測定には常に一定の厚みが必要であり、それが地質時代の場合、一定の厚さになるには相当な年月が必要になるということが見過ごされがちです。

この問題についてはこのブログの過去記事で詳しく書いています。http://d.hatena.ne.jp/quarta/20091018 ここで書いていますが、「世紀末の気象」にも紹介されている例を挙げると、南極旧ソ連南極基地のによる氷床のボーリングによる氷柱が分析されているのですが、全体で2000mにおよぶ氷柱から1m単位でCO2を分析しています。とするとこの例では全体の長さ2000mから計算すると1mは80年に相当するのです。つまり80年間の平均値しか出せていないのです個々の分析によって必ずしも80年というわけでもないでしょうが、どのデータソースでもだいたい同じ程度の値なので、平均してこの程度なのではないでしょうか。そして根本説による太陽活動主因説によればまさに80年程度のサイクルで温暖化と寒冷化が繰り返しているわけです。CO2温暖化説による研究の紹介ではだいたいこのサンプリング方法の説明が抜け落ち、単純に現在の年平均と比較している場合が多いような気がします。私は実験データの処理や統計的な手法については素人ですが、どう考えてもこれはデータの解釈として全く初歩的な誤りとしか言いようがありません。残念ながらCO2温暖化説の理論ではこの種の誤りが結構、専門的な考察においてさえ通用しているのではないかと疑うものです。クライメートゲート事件のように事件として問題になったことはないようですが、多くのところでこの間違いがまかり通っているように思われます。

以上、地球温暖化問題を理解するのに適当と思われる2つの切り口からいわゆるCO2地球温暖化説の誤りを検証できたと考えます。あとは決定的証拠が、数年の中に明らかになるような気がします。すでに全地球的の温暖化傾向の伸び悩みと寒冷化傾向の兆しが感ぜられて来ているように思われますが、大気中CO2濃度の定点観測データを追い続けることでさらに決定的な証拠になるでしょう。気象庁のデータ http://www.vector.co.jp/magazine/softnews/110326/n1103261.html?ref=vecCO2 のグラフでは、増加率では1998年をピークに僅かずつですがすでに低下しています。CO2温暖化説では大気中CO2濃度が現状で低下することはあり得ないわけですが、間もなく下降に転ずるような予感がします。「世紀末の気象」で、根本氏は2020年頃から寒冷化が始まると予想していますが、もう少し早くなっているのではないでしょうか。

[2011/3/4追記]上記で参照しているウェブサイトの内容は何れも2007年から2010年までの一時期の内容であり、最新の更新された内容ではありません。

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