Lehrjahre

2010-01-30 (Sat)

年頭言 06:54

もはや1月すら終わりつつあって今更感も甚だしいですが、とりあえず2009年の総括。ごく簡潔に。

まあ自分としてはとりあえず「修論書いた」ということに尽きる一年ではありました。あとはまあ「雑誌つくった」ていうことぐらい。

軽く振り返ってみても、1〜3月ぐらいの暇だったはずの時期、何やってたかよく覚えてない。で、まあ夏学期のあいだは普通に授業の発表とか、あと学振の申請書類書きとか、修論中間発表とかをちょこちょこヤマとしつつ、並行してfoldの編集および創刊記念イヴェントun-foldの準備というのがあって。で、7月18日に中間発表、25日にun-fold、とここで前半期が終了な感じ。そこから夏休みに入るわけだが、残り後半はひたすら修論一色、という感じだった…。

メールログを見るとはじめてジェスラン氏にメールしたのが8月12日で、そこで10月に公演あるっていうことを教えられてNY行の日程を具体的に立てはじめて、9月はわりとそれ関連でバタバタしてて、9月末から三週間ぐらいNY、帰国後はたまに舞台観にいく以外はひたすら修論…とまあそんな感じだった。


で、年々形式的になっていってる気がするが、よかったと思うパフォーマンス作品、順不同で、toi「四色の色鉛筆があれば」、柴幸男「少年B」、Science Project「WORMAN」、飴屋法水転校生」、The Forsythe Company「Decreation」、Rimini Protokol「Cargo Tokyo-Yokohama」、12月28日HOSE定期演奏会キッドアイラックにおける「HOSE地獄から来るところの再現ドラマ」、といった感じかなあ。

あとはやっぱり相変わらず豊田道倫ばかり聴いていた一年であり、そして豊田さんを通じて昆虫キッズを知ったのが昨年の最大の収穫だった気がする。はじめてO-nestで「ミスター・ロンリー」を聴いたときに、たしかに世界が変わった。

あと細かいことで言うと別府楽しかったなー。一応混浴温泉世界にひっかけて行ったんだけど何はともあれ別府自体が。表象学会京都行ったのとかも、なんかほんと2ヶ月前ぐらいな気もする。


あとはまあ、かなり時間無駄にした側面も大きくはあるのだけれど、ニコ生にけっこうはまってしまったのはやはりメディア体験としてはかなり大きかった。かなり色んなこと考えるきっかけになった。なんか、そのニコ生もそうだし、「この辺にはよりつかないようにしとこう」的な戒めをけっこう積極的に(つまりだらしなく)解除していった一年でもあった。それはそれで非常に楽しかったんだけれど、さすがにそろそろ締めて、反省的に捉え返すということをせねばな感じか。


で、とにかく多くの人が亡くなった年だった(今年2010年継続中な気配が濃厚ですが)けれども、自分にとって本当に決定的にショックだったのは、誰よりもやはり栗本薫ということになると思う。


毎年恒例の、「今年一年自分モードを設定する映画正月に観る企画」ですが、今年はハーモニー・コリンの『ガンモ』でした。で、それがあまりに大失敗だった気がしたので、気をとりなおしてロバート・アルドリッチロンゲスト・ヤード』を観たりしました(ちなみに去年はジャームッシュ『デッドマン』だったので、それで年末に、2009年最後に観る映画として『ゴースト・ドッグ』を観た)。


今年の抱負的なことはここでは書かないけれども、ある程度具体的にある。抱負が具体的にあるということ自体永らくなかったことなので、その時点でかなりよいことだよなあと思う。


というわけで例によって簡潔というよりむしろただのぐだぐだになってしまいましたが、ともあれ今更ながらどうぞ今年もよろしくお願いいたします。

2009-12-31 (Thu)

その頃の僕らを支えていたのは 21:22

ちょうど二ヶ月振りですが、とりあえず年越し服部飲み会に出向きます! 今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします! 来年ブログ書くぞ! もうツイッターなんてやらないなんて言わなくなくなくなくSay Yeah!!!!!!!!!!!!!!!!

よいお年を〜。

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2009-10-31 (Sat)

今日日記05:43

気がつくと1ヶ月近く空いてますが、NYからはとっくに無事帰ってきております。最近はもっぱらtwitterでつぶやいてることが多いです。

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今日馬車道新港ピアにヨコハマ映像祭へ。レイモンベルールの講演(「35年後 ── 「見出せないテクスト」再考」)と、ベルール囲んでのシンポジウム(「装置間の争い ── 映像メディアの混淆とその体験」)聴いてきました。20分ぐらい遅刻して講演の冒頭部分を聞き逃したのもあって、話の焦点が最後まで見えづらかったけど、基本的には、「見出せなさ」、「見出しがたさ」というものを鍵概念として、映画映画以降の映像メディア映像実践との連続性・不連続性を再分節化する、ていうのが主旨だったように思う。このまとめの後半部分の問題意識が聴いてる間はよくわからなかったので(もしかしたら映像祭自体のテーマなので言うまでもなさすぎたのかもしれませんが…)、なぜ見出せなさを問題にするのか、それによって何がしたいのか、ということが見えてこず、非常に???な感じだった。

で、ともあれ映画(ないし映像メディア)の「見出しがたさ」というとき、それは少なくとも二つのことを意味している。すなわち、作品内在的な見出しがたさと作品外の社会的見出しがたさ(ベルール氏がこういう表現を用いているわけではないです)。前者はつまり、そもそも言葉による構築物ではない映画言語による記述原理的な難しさ。これはさらに、映画以降のコンテンポラリー映像メディア映像実践においては、展示/鑑賞の形態の複雑化(分かりやすい例ではマルチスクリーンインスタレーションとか)により、また別の記述の難しさを帯びる。後者社会的見出しがたさとは、ごくザッハリヒに、作品の入手不可能性とか所有不可能性とか。小説を購入して自宅で任意に参照しながら論じるようには、フィルムを所有・参照することはできない(この点に関して、シンポジウムパネリスト武田潔氏が法定納入制度について触れながら、まさしく社会性の極点である法の次元映画の参照不可能性を指摘していたのが面白かった。紙の出版物は中央図書館への納入が法的に定められているが、フィルムはそうではない。2000年以降はデジタル出版物も法定納入の対象になっているのに(!)である)。ただし、今日ではDVD等の普及により、この社会的な「見出しがたさ」は、さしあたり映画に関しては大幅に解消されつつある(もちろん、ソフト化されてない作品は無数にあるし、先に触れた納入制度の対象外であるという意味では、それは究極的には依然単純に参照不可能というべきである。だからまあ、「解消された」というのは相対的な意味での(しかし経験的には実際相当な実質を伴ったものとしての)話)。で、そういった状況の中で、替わってかつての映画のような入手不可能・所有不可能・参照不可能なジャンルとしての位置に、今日映像メディア映像実践はあるのではないか、と。

基本的にこんな話だったと思うんだけど、気になったのは、二種類の見出しがたさがある時点で混同されてるように感じたこと。つまり、たとえば映画に関して、社会的見出しがたさがDVDによって解消されたことにより、同時に作品内的な見出しがたさも解消しえた(しうる)(「DVDで繰り返し観れるんで、言葉にしにくい映画もがんばればどうにか言葉にできるよね」)と思っているのではないか、ということ。いや、ていうか思っててもいいんだけど、それならそれで二種類の見出しがたさが連動してる、ということを明言すべきだと思うんだけど、その辺が曖昧だった。

実際には、両者はそれなりにつながっているとは思う。というかつながってることにしないと芸術作品について論じることはできないだろう。「つながってることにする」とはどういうことか。「DVDで繰り返し観れるんで、言葉にしにくい映画もがんばればどうにか言葉にできるよね」と考える、ということではない。それはある程度当たり前だし、ある程度はフィクションである。つまり繰り返しの参照によって確保できる記述可能性は、最終的には映像言語間の翻訳不可能性とは原理的に関係がないから(だから、そうした記述可能性は、そもそもDVDがなくても映画館に何百回か程度通えば確保できる。インスタレーションについてももちろん同様。何百日も封切らないでしょうけど)。だから、「つながってることにする」というのは、そうした原理的な翻訳不可能性をネグレクトすることの承認を含む。すなわち、「DVDで繰り返し観れるんで、言葉にしにくい映画もがんばればどうにか言葉にできるよね」レベルで可能となる「言葉記述」を、映像記述としてとりあえず有意なものと考えよう、という承認である。

逆に、原理的な翻訳不可能性、作品内在的な見出しがたさを強調するのであれば、それはそもそも映像に留まらず、言語芸術に対しても適用されるべきである。原文を引用すればその言語芸術作品を見出せたことになるのか。というか、「原文の引用」というものが、たとえば原文と同一の文字の配列記述によって可能になると考えてよいのか。原文の改行位置は当然として、紙、インク、フォント等を無視した引用引用たりえると考えてよいのか(この辺最近読んでるウォルター・ベン・マイケルズの受け売りです…)。

まあ一言でいうと、パフォーマンス研究やろうとしてる立場の人間からすると、「見出しがたさ」に対する考察がちょっとゆるすぎるよなあ、という印象は否めない、という感じでした。

ほかにもコメントしたい部分はいろいろあって非常に偏ったまとめですが、長くなるので割愛。


で、終演時間4時半の予定だったんだけど、長引いてたので途中退出。馬車道駅までダッシュして、みなとみらい東横線JR線小田急線を乗り継いで川崎市アートセンターに、ARICAを観にいった。ら。


日にちを間違えていた!!!!!!!


…いやー、これはちょっとなかなか半端ではない徒労感。というか馬車道から新百合ヶ丘まで電車賃830円とかですよ(まあなんかおかしい感じはあったんだよな…。トッチーちょっと告知直前すぎるだろ、とか…)。


で、日にち違うことは受付で予約のチケット引き取ろうとして、あれ予約入ってませんね誰扱いですか、えwebですけど、とか言ってる段階になってようやく気づいたのだが、それでそのままさくっと帰ればよかったんだけど、アートセンタースタッフが、「あ、来週の公演ということですね」と言ってその場での発券を勧めてくる。で、考えてみたら予約はそもそも劇団扱いなので、その場では発券できないのだけど最初はそのことも気づかず、ともあれ「いや別に当日清算するから、いま受け取っても忘れたりするとアレなんでいいです」とか言ったんだけど、なんか執拗に発券を勧められ。当日になるとカード清算しかできなくなるから、とか言われて、別にカード清算で全然いいんだけどいやそんなこと書いてなかったですよとか色々やり取りして、結局こっちが「ああ、ていうかそれ劇場扱い分の話ですよね。僕の分は劇団受付なので」と気づいてそう告げて、打ち切って帰ってきた。詳細はしょったので伝わらないと思いますが、あの色々と要領を得ない感じはかなり参った…。しかも下手に出てるようでありつつの、鈍感さとしての傲慢さ(ではなくとも単純にはた迷惑な感じ)とか、ほんと消耗した…。


そしてちょっとでも電車代を節約しようと小田急下北まで行って井の頭線に乗り換えようとしたら寝過ごして南新宿まで行って、慌ててホームに降りたらちょうど逆方向の電車が出たばっかりですごく待たされたり、吉祥寺でも総武線に乗ろうとしたらぎりぎりで間に合わず、しかしその総武線ホームに向かってしまったがためにそれより1分後の中央線も逃してしまったりとか、ほんといろいろ最低。


で、あとで気づいたんだけど、ARICAには神村恵さんも出演してるわけだが、神村さんは今日自分が後にしたあとの新港ピアで映像祭のオープニングイベントとして「停電EXPO」に出演してるのだった。ARICAが今日なわけがない。しかし「停電EXPO」の情報が一行も載ってない映像祭のプログラムにも非常に問題があるだろう。なおこのプログラム今日シンポジウムのこととかも当然載ってない。


つか土曜日だから中央線乗ったら西荻行けなくね?というつっこみもありうるかと思いますが、荻窪古本買いに行くつもりだったからいいんです。で行きました。朝生なんかにもよく出てる批評家某氏(not東浩紀氏)と思しき人を見かけました。

基本的には今日は狙い撃ちでユリイカニール・スティーヴンスン特集を買うつもりだったんだけれど、行ってみたら案の定ほかにもいろいろ。今日はじめて存在を知ったのだけど「コ・ラボアート CO・LAB/ART」という「アールヴィヴァン」の後継みたいな感じのセゾンの雑誌とか買いました。95年刊行の第四号。「特集=現代美術演習? 子どもが答える現代美術の大問題!!」。岡崎乾二郎が「まとめ役」で、阿部良雄、菊畑茂久馬、篠原資明、野々村文宏ぱくきょんみ松枝到…といったような人たちが現代美術について子どもに対してアンケート形式でいろいろ質問する、で小2〜中3のガチ子どもがそれに回答する、という、岡崎的な、あまりに岡崎的な企画。最後にみんなの肩書きが載ってて、「篠原資明/美学/美ということがらをタテ、ヨコ、ナナメ自由自在考える人」とか「高島直之/美術評論家/作品について人が書いたりはなしたりしたことまで、まとめて論じてしまう人」という感じなんだけど、これの岡崎さんの項が的確すぎて、読むたび笑える。

岡崎乾二郎美術家/作品を作ったり、見たりして喜んだり、なげいたりしている人」。

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2009-10-04 (Sun)

Oct. 4th, 12:07 01:08

こんにちはNY無事着いてます。あー慣用表現的に無事っつったけど実はあんま無事でもなかったです。いやまあ無事ですが、なかなかフェイタルな忘れ物をいくつかしててほんと自分だけは侮れんなーと思い知らされました。

一昨日到着したんですが、その日は空港からマンハッタンまで移動してホテルチェックインしてそのまますぐチェルシーへ。dance theatre workshopでLucy Guerin Incていう人たちのStructure and Sadnessていうの観たんだけど、時差ボケ+移動の疲労で強烈な睡魔に襲われ、7割がた寝てしまった…。しかし、意識のあった部分に関していうとすごく面白そうだったのでかなりもったいない気持ちです。エモーションの制御の仕方がなんかすごく適正という感じがした。

で、昨日はOさんに案内していただいてクイーンズまで。PS1ていうMoMAの別館の現代美術部門みたいなところでやってるアートブックフェアに行ってきました(ZINE'S MATEの方たちもブース出してて、Oさんのご紹介でユトレヒトのEさんという方にご挨拶してきました)。foldを納品するべきだった!! 会場ささっと観ただけだけど、fold全然世界で戦えると思いました(笑)。で、そのあとイーストヴィレッジへ。PS122ていうところでパフォーマンス観る予定だったんだけど、ちょっと時間があったのでNYUをのぞきにいってみる。しかし、東西を間違えて移動してしまったため、戻って実際NYUに行ってみたらもう何をする時間もなく。場所だけ確認してまた歩いて引き返す。で、PS122に行ってみたらもうチケット売り切れ(?)みたいなこと言われ、キャンセル待ち(?)になるように言われる。整理券とかじゃなくて直接名前を控える方式。で、30分ぐらい待って戻ったら全然普通に入れて、Maria Hassabi, Soloを観る。ペルシャ絨毯にくるまったりペルシャ絨毯を丸めて抱えあげたり倒したり、ペルシャ絨毯を広げてその上を転がったり移動したり、みたいな。前日のLucy Guerinもそうだったが、そうした小道具の使い方はけっこう面白い。散発的なものに留まらず、その可能性をある程度使い切ってみせるような。そんな感じで1時間ちょいぐらい、一応ある程度緊張感の持続したパフォーマンスではあったのだけど、しかしその絨毯一枚分の空間への立てこもりの私秘性っていうのは、手塚夏子とか観てる側からするとちょっとぬるいよなーという感じはした。なぜ私秘的であらねばならないのかの動機が不鮮明という意味で。でもまあ11月に上演予定のSoloShowという作品と併せてのディップティックと謳ってて、"The performer moves from a solitary contemplation in Solo, to a devotion to 'show-culture' in SoloShow"ていうことなので、SoloShow観たらSolo意味ドラスティックに浮かび上がってきたりするのかもしれません。

今日はまた4時からHereていう劇場で芝居(人形劇?)観る予定で、それまでNYPLで修論の作業しようと思ったんだけど、行ってみたらなんかイベントやってて1時まで入れないと。しょうがないので向かいにあったCosi cafe無線LANつなげて電源も取れる)に来たんだけど、なんか調べてたやりかたでLANにつなげず。でもNYPLのLANがここまで届いてたんで結局それにつなげていまこれ書いてます。

marikko1004marikko1004 2009/10/05 21:46 時をめくり国を跨ぐ雑誌fold!ちょっと闘わせてみたかったですね。私もニューヨーク行ってみたいなー。人形劇?が気になります。帰ってきたら土産話、楽しみにしておりまっせ。

saebousaebou 2009/10/05 22:17  おお、では次回はロンドンとかニューヨークでもfold売りましょうか…

queequegqueequeg 2009/10/07 22:59 #marikko1004さん
別に人形劇じゃなかったです! しかしなぜか黒川紀章が主題だった…。でもこれ以降たぶん今度は確実に人形劇っぽいものも観る予定。

#saebouさん
あとモスクワでも売りましょう。

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2009-10-01 (Thu)

My contribution, to urban blues. 01:40

というわけで明日10月2日から10月19日までNY行ってきます。Nasとかパティ・スミスとかコントーションズとかソニックユースとかいろいろあったけど、いやいや考えたらこれを聴かないわけにはいかないだろうと。言いつつ音源なかったのでTSUTAYAで借りてきた。明日の朝成田行く前に返す…。



1983年頃の時点でアフリカバンバータとかを、同じく83年頃の時点では今以上に圧倒的に「サムデイの人」であったろう日本人が生で観てるっていうのはすごいよなー。

ところで、「昔のピンナップはみんな壁からはがして捨ててしまった」って"Faces of Strummer that fell from your fall and nothing was left where they hung."となんか関係あったりするのかな。調べてみたらHigh Land, High Rainは83年で、時期的にドンピシャではあったんだけど。


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2009-09-25 (Fri)

最近の買い物。 04:03

B06 地球の歩き方 ニューヨーク 2009~2010

B06 地球の歩き方 ニューヨーク 2009~2010


以上、駒場生協で。

はじめて上京したとき当然のようにサニーデイ・サービス「東京」を聴きながら成田に降り立った(か東京駅ホームに降り立ったのかだったかは忘れたが)俺だから、ホイットマン読みながらJFKに降り立つくらいのことは当然やるよってに! 岩波版三冊も持ってけないので抄訳版を買いました。原文載ってるし。


しかし旅行のために一気にいろいろ買い込みまくりで来月のクレジット請求が本気で恐ろしすぎる…。その分、微妙なところでケチったりとかしてて、たとえば1000円程度するスーツケースベルトはパス。とはいえ識別用になんかステッカーとかやっぱほしいと思ったんだけど、CDとかの特典以外でどうやって入手したらいいのかよくわからず。ぐぐっていくつか見つけたが600円とかにプラス送料とかで却下。結果、タワレコステッカー(315円)がいちばん安いということで今日またハンズ行ったついでに買いに行ったら小憎らしいことにまたポイント3倍キャンペーンとかやってて…。まあ買うつもりではあった電気の20を買うが、4000円とかしてマジきつい…。

あとNYで着倒すつもりでシェラデザインズのマウンテンパーカーとか買った。ある光のイメージで。


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2009-09-20 (Sun)

近況。 06:57

といってもまあ修論の準備したり旅行の準備したりしてるだけ。舞台は吾妻橋観たぐらい(感想は正直否定的なので、書くとすればちゃんと書きたいのだけれどちょっと余裕のない状況…)。あとMくんと西荻で飲んでカラオケ行った(ピエロはじめて使った。高くて部屋が狭かった。本人が大騒ぎしてた通り*1七尾旅人の「八月」がカラオケに入ってたんで歌ってみた)。一昨日は久しぶりに大学行って本返して、定期切れてるんで渋谷まで歩いてハンズ旅行グッズ物色して、ついでにああそういばここにブックオフあったなあと思ってクアトロのとこのブックオフ寄ってみたら、以前立ち寄ったときはほんとなんだよこれと思うぐらい何もなかったのだけれど割となんかそこそこ、とりわけ崎村耕二の「英語論文によく使う表現」を見つけられたのがよかった。しかも「理系論文」とかなんとかのコーナーで。あと昨日は髪切った。ここのところずっと人生最長を目指して伸ばしてたのだが、本読んでるとき邪魔でしょうがなく、修論に対する支障がリアルにでかすぎるなと思ったんで挫折。ユースホステルの恐らく確実に貧弱であろうシャワー設備で洗髪することの手間も考え、ほぼ坊主にしました。

それと、机周りを大幅に、抜本的に片付け、修論関係での参照必要性の高い本をほぼ普通に手に取れる状態にした。これは効果覿面というやつであろう! こんな漢字書くのか!!!

ところで近年ハンズ行くとすればほぼ新宿だったので、渋谷ハンズは超久しぶりだったんだけどなんかものすごく懐かしかった。それで記憶フラッシュバックしたが、むしろ大学入った直後ぐらいの頃には割とよく渋谷来てたなーと*2。そしてよくレコファン中古漁ってた…。ああいうバイタリティを恐らくもう二度と取り戻せないことはまったく寂しくはないのだがしかしひたすら懐かしく、それはきわめて不健康なこと、かもしれませんね、サムライ

あとやること:

  • カバンを買う
  • 海外携帯を発注する
  • 向こうでコピる本・コピれる場所の精査
  • 向こうであれば買う本まとめ
  • 六本木行って両替

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今日はプリファブ聴いてましたー

*1http://tavito.seesaa.net/article/124900673.html

*2:この前やはり超久しぶりにアメ横に行ったときにも同様のことを思った

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2009-09-08 (Tue)

新しい皮膚 10:19

blue nile聴きながらリヴァーズ・エッジ読み返した。


Hats

Hats

リバーズ・エッジ

リバーズ・エッジ

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2009-08-26 (Wed)

mercy on broadway. 06:31

ニューヨーク行きに向けてテンション高めるために何聴くか思案、名前がなんか出てこなくて自分ボケっぷりに怯えたがそれより困ったのはなぜかiTunesから曲が消失してたこと。とりあえずyoutubeで。ここ数年は、ジュディ・シルは折にふれて聴き返す一方、ローラ・ニーロはまったく聴いていなかったのであった。


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まあこうして聴き返してみても、ありえなくすばらしいと思うと同時に、まったく聴き返す気が起きなかったのも非常にむべなるかなという感じ…。霊性宿りすぎ。ありえなくすばらしい…。

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2009-08-22 (Sat)

you're so pretty when you're unfaithful to me. 01:40

六本木。いまさらはじめて東京ミッドタウンに行って21_21 DESIGN SIGHTで「骨」展。面白かった。骨を見る、骨を作るていうのは運動と切り離せないのねというのが感想。その骨によってどういう運動が可能になるのか、どういう運動を実現するにはどういう骨が必要なのか。みんな実現すべき運動との相関において骨をつくっている。そういった意味では目的論的といえるのだろうか。あとはそれで、骨によって可能になるものが運動というあくまでもフィジカルなものに他ならないというのがポイントか(だからメメント・モリ的な観想は言うまでもなくここには皆無。そのかわりリテラルな破砕の瞬間への注視はある)。でもニック・ヴィーシーによる電化製品のX線写真は、それによって明らかとなる「骨格」がそのままエネルギーの伝達経路であるという意味において、骨相学的ヴィジョン神経科学ヴィジョンを重ね合わせる可能性が読み込みえる。あと骨は運動という機能にいかにも直結してるようだけど、でも生体の各レイヤーはそれぞれの仕方でそれぞれに機能してるわけで。「筋肉」展とか「皮」展も観たいと思った。いかにもグロそうだが。

あと、いまサイト見てて気づいたが、会場構成がトラフ建築設計事務所だった。


ミュージアムショップ(ていうより「物販」といった方がしっくりくる佇まいだったが)で堀内誠一の骨の絵本も売ってた。

ほね (かがくのとも傑作集―わくわくにんげん)

ほね (かがくのとも傑作集―わくわくにんげん)


タイトルpixies引用っす。

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