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くっぱのブログ

2007-08-30

無断リンク禁止の理由説明の範囲

無断リンクの禁止を宣言しているサイトに無断でリンクをして文句を言われたときに、文句を言われたことに関してはリンクをした側の自己責任といえるのではないかということを書いた先日のエントリー

へのブックマークコメントとして

あー。嫌がられる責任は確かに自分にあるけど。嫌がる権利を放棄しろとも言ってない。公開文書のどの部分にどういう記述があるか、を指し示すだけで嫌だと言うなら何が何故嫌なのかを明確にしろ、と思う。

はてなブックマーク - ghostbassのブックマーク - 2007年8月29日

という意見をいただきました。

しかし私個人としては、誰とも付き合わないと公言している女の子にある男の子が告白して、振られて、なぜ俺と付き合ってくれないのと聞いて、私は誰とも付き合わないことにしているからと返答されて、それ以上に詳しいことを聞き出そうとしても、その女の子は何も答える必要はないような気もするのですが。

その女の子のことを将来嫁にいけるのかどうかみたいなことも含めて心配する立場にあると認められるような人から、なぜ誰とも付き合わないのかと聞かれたら、その女の子も何らかの理由を答えるかもしれません。しかし、そのような立場とは言えないような人から同じことを聞かれたとしても、そのような質問に答える義理はないでしょう。つまり、その女の子と付き合いたいという人から「なぜ?」と質問をされたとしても、なぜ「誰とも」付き合わないのかという観点から答える必要はなく、なぜ「あなたとは」付き合わないのかという観点からの返答として「なぜなら誰とも付き合わないことにしているから」と答えるだけで十分であるような気がします。

無断リンクの禁止を宣言しているサイトについても似たような見方ができるのではないでしょうか。もちろん無断リンク禁止宣言しているサイトの将来を心配するふりをしたり、あるいは本気で心配をすることも可能かもしれませんが、心配したからといって心配をする立場であると認められることになるわけではありません。なので、無断リンクをしたい人が、なぜ「俺からの無断リンク」は禁止なのかという観点からではなく、なぜ「すべての無断リンク」が禁止なのかという観点から質問をしたときに、たとえ相手から返答を得られなかったとしても、質問をする立場にない人からの質問に答える義理はないという意味で、仕方のないことのように思えます。

もちろん、なぜ「俺からの無断リンク」は禁止なのかという観点からの質問をすれば、「なぜならすべての無断リンクを禁止にしているのだから」という答えはすぐにでも返ってくるものと思います。そのために無断リンク禁止宣言をしているのですから。

ブックマークコメントへのレス

「何故無断リンクが禁止なのか」について。全ての無断リンクを禁止しているから その理由を聞いてるんですが。まぁ感情論か。

はてなブックマーク - 雑記のネタ帳兼メモだった(過去形 - 2007年8月30日

感情論とかよく解らないのですけど、当エントリーで論じているのは、「なぜ全ての無断リンクを禁止しているのか」についての理由を個別のサイト運営者から聞かれたとしても、答える必要はないのではないかということなのですが。

無断リンク禁止を宣言したサイトと各個別サイトの間には、そのサイトを無断リンク禁止にしているという関係しかありません。なので、そのサイトの運営者になぜ禁止なのかと問われたら「すべてのサイトを禁止しているのに、あなたのサイトだけを特別扱いする理由はないからです。私があなたのサイトだけを特別扱いしなければならない理由があるというのならば、その理由を教えてください」と答えれば十分でしょう。

一方、無断リンク禁止宣言は、宣言をしたサイトとすべてのサイトからなるウェブ全体との間の関係です。なので、「なぜ全ての無断リンクを禁止しているのか」についての理由を聞く立場にあるのはウェブ全体であって、その構成員である個別サイトが個別サイトの資格のもとで聞いたとしても、答える必要などないわけです。

「誰とも付き合わないと公言している女の子」が出会い系サイトに居るから、おかしなコトになるんぢゃねぇのかなあ?

はてなブックマーク - カナかな団首領のブックマーク - 2007年8月30日

でもそういう女の子が「誰とも付き合わないと公言している女の子」のすべてではないし、そういう女の子は一旦除外しておいて、別途議論したい人が議論すればよいのではないかと。

大した理由もないのに無断リンクを禁止している人もいるしなあ。理由を説明できないようならそんな主張しないでもらいたい。できないとしないとは別だが。

おさがしのページは見つかりませんでした

答える筋合いのない人から理由を聞かれたとしたら、理由を説明する必要はないけれど、筋合いにある人から理由を聞かれた場合には、理由を説明しないのは理由を説明できないのと同じ扱いでいいような気がします。答える筋合いにあるかないかについては、質問内容が聞かれる側と聞く側の間の関係の範囲内かどうかによって決まると思います。

「何故無断リンク禁止にしているのですか?」に対して「何故なら無断リンク禁止にしているからです」か。テレビにでないラーメン屋とかの喩えだったらわかるけどなー/だからついたてなんか存在してないんだって!

はてなブックマーク - ghostbassのブックマーク - 2007年8月31日

おっしゃっている意味がよく解らないのですけど、ある人が他人から「なぜあなたは社会全体とそのような形で接しているのか」と尋ねられたとして、「そんなことお前の知ったことか」という態度をとったとしても何の問題もないのではないでしょうか。「なぜ俺とそのように接するのか」と尋ねられたら、その人だけを特別に差別したり意地悪く接しているわけではないことを説明をする責任は生じると思いますけど。

公開Web上に書くことを「出会い系サイトに居る」と表現していると思うが。それを除外したらいったい何を論じるんだろう

はてなブックマーク - いつみの気になる話 - 2007年8月31日

ウェブを「無断リンクをしてもらうために文書を公開する場所」と解釈すると都合のよい人から見たら、ウェブはそのような場所に見えるのかもしれませんけど、そのように見えている人にとってはたしかに論じることがなくなってしまいそうですね。

ウェブ全体」ってのは上手いレトリックだと思った。その「ウェブ全体」はどうやって意見を主張するのだろう。要は、誰にも文句は言わせない、ということか。

はてなブックマーク - 馬鹿だけど生きてます。 - 2007年9月2日

ウェブの仕組みそのものが、利用者に対して無断リンクをすることの可能な環境を提供しているのと同様に、利用者に対して無断リンク禁止の宣言をすることの可能な環境を提供しているということ。なので、無断リンクをする人が「なぜ無断リンクみたいな行為をするの?」と理由の説明を求められときに、ウェブがそれをすることの可能な環境を提供してくれているからと答えれば十分であるのと同様に、無断リンク禁止の宣言をした人が「なぜ無断リンク禁止みたいな宣言をするの?」と理由の説明を求めらた場合には、ウェブがそれをすることの可能な環境を提供してくれているからと答えておけば十分なのではないかという論理構造です。

これ無理にツッコミしなくてもいいじゃん。「無断リンクは禁止します」と言う自由は有るんだよ。「無断リンクが常識です」というデマは論理的理由が無いから質問するし反論するだけで

はてなブックマーク - (otsune) ポール・マッカートニー取調室 - 2007年9月4日

無断リンクをしないのが常識です」では? まあそれはどうでもいいのですが、このエントリーで論じているのは、聞かれてもいないのに理由を言う人の話ではなくて、聞かれたときに理由を答える筋合いにないのではないかということです。

くろくろ 2007/08/31 19:35 例がおかしいような。

女の子を見てたら「見ないでください」と言われたようなものじゃない?
嫌ならついたてを置くなりその場を去るなりすればいい。
抗議するのは自由だけど、見るのも自由だし。

quppaquppa 2007/08/31 21:31 くろさんの例こそ変でしょう。無断リンク禁止宣言にあたる部分が欠けていると思います。ついたてを置いてすべての人に「見ないでください」と意思表示をしている人を覗き込んだら「見ないでください」と言われたという例なら解らなくもありませんけど。

funyafunyafunyafunya 2007/09/01 00:00 http://park5.wakwak.com/~tanaka02b/column/faq.htm

quppaquppa 2007/09/01 07:25 ツッコミどころ満載なサイトを紹介してくれて、ありがとう。

puruopuruo 2007/09/04 13:20 webは「誰からでも見られるのが当たり前の場所」というのがまず絶対的な前提です。
(この当たり前を理解していないがためにブログで自分の犯罪を公開しちゃったりする人が居るわけです)

無断リンク禁止宣言をするのは自由ですが、それは相手の善意に頼って達成されるものであって
宣言自体にはなんの拘束力も強制力もありません。
なぜなら「見られるのが当たり前の世界」だから。

webで何かを公開するっていうのは、公共の場所で芸を披露するようなものです。
見るのも見ないのも自由。見てほしいと思うのも見て欲しくないと思うのも自由。

人前に出て芸をして「見ないでよ」と言うのももちろん自由ですが
その場合、相手の善意に頼るのではなく「自分の力で見られないようにする」必要があります。
公共の場所で全ての人間に善意を求めることはできないからです。
これは自分でついたてを立てれば済む話です。

人前で芸をしてるのについたてを立てているという行動を不思議に思う人がでた場合、
その人から理由を尋ねられることがあるのは当然かもしれません。
しかし相手に尋ねる権利はあっても、こちらには答える義務は無いので放置するのはかまわないでしょう。
相手の好奇心を満たす必要はまったくありませんので。
(相手が警察官などで業務上の質問をされた場合はまた別の話)

現実問題としてwebの世界で「書いたものを誰からでも見られるのはいや、困る」という場合は
自己の責任において見られない仕組みを作る事が必要になります(アクセス制限やパスワードなど)。
「文は書く。しかし制限をかける技術は無い。だが見るな」というのは言い訳であって理由にはなりません。
「芸は行う。しかしついたてを立てる技術は無い。だが見るな」みたいなモンです。
webでは相手の善意に頼ったお願いはまったく無意味なのです。

quppaquppa 2007/09/04 22:38 まず「善意」という言葉は個人的に結構興味があって、いつか善悪の意味を含まない形での「善意」の定義みたいなものを考えてみれたら面白いかなと思っています。

それはそうと、

>webでは相手の善意に頼ったお願いはまったく無意味なのです。

お願いにしかなっていないならそうかもしれませんけど、一連のエントリーで論じているのは、お願いではなくて、レッテル貼りと引き換えという形になっているのではないかということです。

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