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2011年11月17日 國分功一郎『暇と退屈の倫理学』感想 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

暇と退屈の倫理学

暇と退屈の倫理学

ご恵贈いただいていた國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』をようやく読めた。過去2回ほどお話しさせていただいた機会に感じていた主張信条の共通性がはっきりとわかって、同じ山に別ルートから上ろうとしている感覚に、通読中ずっと勇気づけられ通しでした。

特に狩猟採集の遊動生活が生物としての人間プリセット状態だったという人類学の知見に立脚しつつ「暇と退屈の系譜学」的説明を試みる第二章の世界観は、元より共通認識なので激しく同意というほかない。ただ、そこからの論構築展開というか「わかり方」の作法の違いが、さらに刺激的。

自分なんかが慣れてる思考法だと、では住革命後の人々は暇を処理するためにどんな生活様式や文化産物を生まれたのか、そこに貫かれる機能本質は…というかたちで、アウトプットを経由しての説明原理を求めるのだけど、あくまで内的省察を突き詰めていく哲学の接近法の凄みを、改めて思い知らされた。

第三章「経済史」から第四章「疎外論」にかけての展開も、いちいち膝を打ちつつ、自然状態論の理解の仕方に蒙を啓かれる。なるほど、ルソーマルクスが到底実態に即しているとは思えない人間の「自然状態」をあんなふうに仮構したのは、恣意的な「本来性」への執着を廃するためだったのか……と。

このへん僕自身の問題意識としては、そんな観念的な「自然状態」の考え方は不自然から、むしろ実証的な人類学生物学の知見によって更新することによって、西洋近代がしばしばムチャな理想主義的状態を「本来」だと錯覚するのを正すべきだろうという思い方をしていた。その理路の違いが面白かった。

そして「本来性なき疎外論」の正統に立ち戻れという立場から、本書の後半ではユクスキュルの「環世界概念に立ち戻ることによってハイデッガーの退屈論を批判的に乗り越えて「第二形式の退屈」を、あくまで生物の延長としての人間らしい生のデフォルト状態として再発見する論理の見事さ。

あくまでも西洋哲学プロパーの正統な思考法に立脚しながら、どこかで人間を特権化する思考が、最後最後でいつも人々を不幸にする結論を招いてしま西洋哲学の習い性的な態度をキッチリ炙り出して明快に批判し、小気味良くタンカを切りながら塗り替えていくキレの良さが痛快。

 若い日にコロラドで「自分フィロソフィーをつくってるところだ」とホームステイ先のクリスチャンに言ったという著者が、「人間は考えてばかりでは生きていけない」と、伝統的なフィロソフィア(知を愛する)の態度の特権化を「倫理学」として相対化する地点に辿り着いたことは非常に重要だと思う。

あと伝わってくるのは、そうした根底的な西洋哲学批判・人間中心主義批判のコンセプトが、いつの間にか消費社会の現状肯定として受容されていったニューアカから近年オタク論やクールジャパン論に至る日本の「現代思想」の轍をいかに踏まないようにするかという意志性。

その点は特に著者が本書を含め普段から強調している「消費」と「浪費」の峻別という、ボードリヤールの本義に戻れという主張に集約されるのだけど、本書の問題意識で言及されてもおかしくなかったバタイユの蕩尽論やホイジンガ、カイヨワの遊戯論が選択されなかったことにも結構意味を感じる。

あのあたりの祝祭や遊戯消費社会に結びつけて持ち出す手つきの安易さから1980年代くささというか、日本的「現代思想」の頽廃が始まっちゃった感があるので…。そのあたり、こちらもゲーム論やる上で、ゆめゆめ気をつけねばと思わされもしたのでした。

おそらくそこは、こちらが相互補完的にリニューアルを図らなければならないところなのだろうと、決意を新たにしますた。

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2010年03月05日 【仕事?告知】3/6・13「村上隆のエフエム芸術道場」に出ます… このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

先の、超個人的目論見からの森ガール論がtwitter上でずいぶんと物議をかもして盛り上がってしまいまして、なんかまとめログhttp://togetter.com/li/7983)まで作っていただくような有り様になったそんな折りですが(^_^;)、明日6日と来週13日土曜の深夜27:00〜28:00にTOKYO FMで放送される現代美術家村上隆さんの冠番組村上隆のエフエム芸術道場」に、批評家宇野常寛くんの友達枠で呼んでいただいて出演します。

http://www.kaikaikiki.co.jp/news/list/tfm_un/

ちょうど、前々回ゲスト黒瀬陽平くん&濱野智史くん、前回ゲスト東浩紀さんという、『思想地図』つながりの批評家思想家ゲスト並びの、たぶんトリになる流れですね。

トーク的には、ほとんどマシンガンコンテンツ業界病理やらゼロ年代論壇への何やらをピー音炸裂でメッタ斬る宇野くんの相槌役やらいじられ役やらといった感じですが、「なぜ中川的に森ガールなのか」の極私的ルーツを高校時代に遡るエピソードから妙なテンションで語り起こしたりしてる点とかが、僕視点でのハイライトですかね(笑)

しかしさらに個人的なPR点としては、トーク内容よりも2週つづけてのリクエスト曲にぜひ注目! 僕からのリクエスト枠では、久々にDJ魂を発揮して遊佐未森をはじめ、80〜00年代までの「幻想浮遊系ファンタズマル系」ナンバーを超気合を入れて厳選してクロニクル的に選曲させていただきました…!!

まあ、何曲かかるかはわかりませんが、宇野くんの方は例によって「平成ライダー主題歌特集になるとのことなので、実は密かに楽曲を通じたサブカルチャー史観対決になっているのやもしれませんw

というわけで、幻想浮遊系ミュージックファンの方(どんだけいるんだよ…)も、ぜひご期待ください!

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2010年03月03日 【仕事告知】森ガールについて書きました&反響について このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

昨年7月のエントリ以来、どうにも気になる存在になってしまった森ガールについて、2月24日配信のメルマガ「週刊ビジスタニュース」に論考を書かせていただきましたが、このほど同誌の公式ブログにて公開されています。

「森ガール」にできること〜「少女」から「女子」への変遷の中で 

先にtwitterの方でも告知させてもらったところ、やはりあのコたちは皆さんにとっても気になって気になって仕方のない存在だったようで(^^)、ずいぶん反響をいただきました。ありがとうございます。

まあ執筆準備時点から、担当編集氏に「どう転んでも誰かしらに不満を持たれるテーマだから、中央突破で一緒に火だるまになりましょう!」なんて発破をかけられながら書いただけあって、案の定、とりわけ同業界の玄人女子筋からのキビシイ意見も見受けられました。あくまで外側からの先行言説の座学をベースにしての描像整理なので、当事者的な実感とはどうしてもズレてしまうのは避けられなかったようです。

特に、補助線にしたオリーブ少女についての理解は、執筆後にParsley氏による↓のような、より当事者感のつよい優れた考察を見つけて、ちと調査不足だったなあと頭を抱えたりしてました。

「森ガール」はオリーブの夢を見るか

文化系女子研究所(2) はじまりの「オリーブ少女」

文化系女子研究所(3) 森ガールは草を食んでおしまい?

つまり、どちらかというと、まだリセエンヌ路線になったばかりで少女性が素朴だった80年代後半的なオリーブ少女イメージで捉えてしまっていた僕の論考に対して、90年代オリーブ少女は、より女子自身のダンディズムを追求するカルチャーとして能動的で強固だったといたという見方ですね。

それから00年代後半の女性ファッション全体の流れの中から、「異性ウケ・同性ウケ」という視点でさらに解像度の高い整理をしてるdale氏の↓も秀逸です。

森ガールが盛りアガールまでのトレンドの流れ

ここで触れられている「森ガールは異性重視で、隙のある雰囲気が男性を惹きつける(狡猾だよ派)」「いやいや。森ガールセクシーとは縁がないほっこりスタイル だよ(天然だよ派)」という見方の幅について、「少女」の概念の消長に焦点を当てた僕の論考では後者の側をクローズアップせざるをえなかった点も、「わかってない」という印象を与えてしまった一因かもしれません。


というように、我ながら事実ベースの理解や解釈では至らなかったところもあると多々感じているんですが、ひとつtwitter上の反応で解いておかなきゃいけないなと思ったのは、「男のライターが森ガールとかオリーブ少女とかを語るときのズレ方って、男の性欲に適合するのが成熟した「女」のあり方で、そこから外れている女たちは「病んでいる」という女性観にあるのかも」という誤解です。

おそらく僕の論考のむすびで、「性や労働や加齢といったノイジーな現実をもエレガントに繰り込み人生をよりハッピーに彩る一生モノのスタイル母体として、森ガールカルチャーはさらに素敵にしていけるはず」というかたちでお節介な期待をかけたことがカンに障って、モラトリアムとしての少女性を否定し男社会適応せよという理解になったんだと思うんですが、そうではありません。

僕が「病んでいる」と思っているのは当然、いまだに女性アンバランスな負担を強いられ、その過度のストレスが「少女」という<適応>的・避難所的な限定期間を生まざるをえなかった(過渡期の)近代社会の方です。それが先人たちの努力やら景気変動の不作為やらのおかげで、必ずしも男性依存しなくてもいい「無頼化」が進行し、年齢に限定されない「女子」として、以前よりは幾分かは存在しやすくなった成熟近代価値観フェーズの変化は、文明の<本来>化への漸近として歓迎すべきことだと思ってます。

なのでこの先もどんどん、性も労働も加齢も今ほどストレスフルにならない、女子も男子も安心して無頼化できる社会にして、それこそ人類が始原の「森」、つまりアフリカ熱帯雨林狩猟採集バンド普通に実現していたレベルの男女の対称性を回復できるトランスモダン文明スタイルを目指そうぜ、てのが僕の最も根本的な立場です。だからその意味では、森ガールに対する希望としてでなく、「俺たちも、そうできる環境を作るためにがんばるから」という一言を加えるべきかどうか、最後まで迷ったりしてたんですけどね(かえってクドいしキモくなりそうなのでやめたんですが。つか、そんなのは言うまでもない前提だと思ってたし…)。

まあ、そんな文明レベルの長期目標はともかく、現状の森ガールについて肯定的に思うのは、上記のdale氏の観測にもあるように決して異性との恋愛性的関係について、ちゃんと自分を大切にしながら草食系男子とのパートナーシップを求めていくという恋愛巧者としての側面がある(らしい)ということですね。この点、しばしばベタ男尊女卑価値観に従属的だったりDV受容的だったりしやすいとされるヤンキー女子とかの異性関係の傾向より、全然健康だと思う。かと言って、肩肘張ってカツマー的な自立とかジェンダーフリーとかに行くわけでもない自然体な感じは、自分が女子だったらぜひ選びたいスタイルなのは間違いないですよ。mixiの「*森ガール*」コミュ恋愛系のトピック見てても、あー俺もこういう恋したいなーと思うものw

とりあえず、論考に盛り込み損ねたことの補足としては、こんなところでしょうか。

2009年12月03日 【勝負仕事告知4】『クリティカル・ゼロ』予約開始しました このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

クリティカルゼロ コードギアス 反逆のルルーシュ』版元の樹想社の通販サイトがようやくアップされました!

http://www.kisousha.co.jp/geass/

通販限定のオリジナルステッカーデザインもアップされています。銀行振り込みのみなので、手間はかかってしまいますが、表紙の星野秀輝さん作成の3DCG版「ゼロ仮面」や、アニメカレン写真立てに使っていた「ウサギシール」などがありますので、ぜひ吟味のうえご利用下さい。このへん、じつは本誌に掲載されているオリジナルフォトメモリアル何気にリンクした趣向なんですよね。

なお、下記ニュースサイト「おた☆スケ」でも告知記事を出していただいております。大変ありがとうございましたm(_ _)m

http://www.ota-suke.jp/news/34908

ここで知ったのですが、すでにアマゾンでも予約開始していますね。ステッカーがいらない方wはこちらから…!

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4877770933/otasukejp-22/ref=nosim

発売日12/4となっていますが、あくまでこれは取次各社への配本日なので、実際お手元に届くにはもうすこしかかります。

特に地方の方とかは、どの書店で取り扱っているのか気にかかるところだと思いますが、そこまでは取次各社の判断なので、こちらではわかりませんでした、すみません

というわけで大書店がない方は、恐れ入りますが上記通販ルートをご利用くださいませ!

考える名無し考える名無し 2009/12/11 15:54 メロン、Kブックス、とらのあな、アニメイトなどの系列の書店でも販売してますか?

匿名匿名 2009/12/12 20:32 版元にて購入させていただきました。
4日に入金して届いたのが発売日より3日も遅い11日だったのが残念ですが・・・
そして本の各所に誤植や間違いが非常に多かったのも残念でした。
冒頭のフォトアルバムだけでも、台詞の色間違いが数箇所、そもそもの
設定間違いもいくつか見受けられます。
あくまで批評本ですので、資料的な部分は他のアニメムックで補完できますが、
そのあたりがいい加減であるがゆえに批評の説得力が薄れてしまっていました。
ちょっともったいないなというのが正直な感想です。

中川大地中川大地 2009/12/14 05:23 お買い上げ、大変ありがとうございます。
そして数々の不備、申し訳ありません。とりわけ誌面の不備は、痛恨のミスでお恥ずかしいかぎりです。
どこかで訂正のチャンスがあれば、極力対応したいと思います。
販売店の情報に関しては、発売元の銀河出版(03-5467-0808)にお問い合わせいただければと思います。

蒼結蒼結 2009/12/15 22:31 クリティカル・ゼロの無印25話のコメントが(1年近く前に自分で出した結論と正反対で)印象的でした。
確かにあの場面は『コーネリア』というキャラクターの真骨頂だとは私も納得しているのですが。
けれど、コーネリアがスザクを騎士叙任する場面を『スザクをユフィの騎士として認めた場面』としてしまうと、
イノセントデイズをBGMにゼロの演説とユフィの最期を交互に見たわけでもないコーネリアが、スザクが主を死なせ、魔女と罵られているという騎士としてありえない失態を持って『ユフィの騎士』と認めるとんでもない場面になってしまうこと。
R2でシュナイゼルがユフィを『皇籍剥奪の上、処刑』とした張本人であるにも関わらず、
R2・19話で救われたことに心から喜び、その後も付き従い、ダモクレスで撃たれて決別しても『平時なら名君になっただろう』という態度と大いに矛盾が生じることを思うと、
アニメにおいて『感動的な場面は登場人物全員が本音を語っている場面』という認識が出ていて、びっくりします。
コーネリアはギアス★netで『どんな状況でもその判断に一定の信頼がおける、コードギアスにおける精神的な定点』とまで讃えられているのに、『アニメ』という解釈では軸のない滅茶苦茶な人になってしまうあたり、
コードギアスは『アニメ』とおう定義において解釈して出てくる矛盾を実感し、本当にアニメの文法を離れた作品なのだと痛感しました。
そして、クリティカル・ゼロを読んでいると、コードギアスは解釈する人間の価値観が露呈してしまうかなり怖い作品だと思いました。

gaikichigaikichi 2009/12/16 20:22 >蒼結様

どうも。
執筆陣の一人です。ご指摘ありがとうございます。

確かに、第25話の件の場面など、劇中での背景文脈を考えると、本書で記したような見方も一側面的な見方に過ぎない、という箇所は多いはずです。

(私は一個人的には、まず、ダールトンは形式上スザクを認めていたのに、コーネリアはユフィと仲の良いスザクにば無自覚な嫉妬心から意地を張っていると描かれているように受け取っていました。コーネリアのような優秀で一貫性もある人間でも愛情の対象に関わることだと感情が偏る、というのは人間観としてリアリティを感じます。
しかし25話で自分がルルーシュによって一時瀕死の状態に陥ったとき、人間は死期を悟ったりすると却って吹っ切れて変な意地は捨てることもあるので、ユフィの死に際して何が起きたかはわからないけれど、スザクへの反発はこの際水に流して、スザクの自分と変わらぬユフィへの信義を信じようという心境になったのではないか、と感じるのですが、これは一個人的な印象の域を出ません)

『コードギアス』はアニメの文法を離れた作品というご指摘は、まさにその通りで、劇中では一見「この人これじゃ前に言ったことと矛盾してない?」とか「これ本心? それとも嘘?」と感じる場面も多いです。
しかし実際、たとえば歴史上でも、英雄と呼ばれながらも同時に暴君とも呼ばれた人がいたりするように、一個の人間でも多様な見え方があり、『コードギアス』という作品は、あえてそうした、一見して矛盾、不統一にも見える描写をやっている作品だとも思えます。

本書中でも、各執筆者の間で見解の相違があるのですが、あえて見方を統一はしていません。谷口悟朗監督も脚本の大河内一楼氏も「正解」を押しつける気はなさそうでした。
本書は「こういう見方をする人もいる」というものとして、ツッコミ入れつつ拝読頂ければありがたいです。

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2009年11月29日 【勝負仕事告知3】全力のコードギアス批評本『クリティカル・ゼロ』 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

思想地図 vol.4』、おかげをもちまして正式発売前の増刷となりました! ありがとうございます。

そして! ほぼ同時期に並行して作っておりました、『コードギアス 反逆のルルーシュ』の徹底批評本が、ようやく12/8に発売確定となりました。

CRITICAL ZERO クリティカルゼロ 〜コードギアス 反逆のルルーシュ

中川大地/編

全力批評する、ゼロ年代への葬送曲レクイエム

f:id:qyl01021:20091128225406j:image:right

1970年代―――『宇宙戦艦ヤマト』。

1980年代―――『機動戦士ガンダム』。

1990年代―――『新世紀エヴァンゲリオン』。

では、2000年代を代表するオリジナルTVアニメとは…?


仮面の英雄「ゼロ」をめぐる衝撃の展開で、

ゼロ年代」最大のクリティカルアニメとなった

コードギアス 反逆のルルーシュ』。

はたして「ゼロレクイエム」とは、いったい何だったのか―――!?


ギアス』ファン必携の永久保存版オリジナルコンテンツと、

2010年代想像力を展望する最先端アニメ批評ハイブリッド

島宇宙の垣根を越えて、<物語>の力を再生させる、

全方位志向のコンセプチュアル・ムックがここに登場!


発売日:2009年12月8日

☆12/5開催のイベントコードギアス 反逆のルルーシュ キセキの誕生日」にて先行発売!

価格:2,520円(税込) B5変型版186ページ 

発行:樹想社 発売:銀河出版


<Contents>

オリジナルフォトメモリアル】Masked Men's History, Naked Memory

 ふたつの記憶―――生徒会アルバムゼロルルーシュ

生徒会メンバーカレン、リヴァル、ジノの3人が、

ゼロルルーシュの軌跡をつづる秘密アルバムを編纂!?

新規描きおろしショットを含む、劇中登場の「写真」を集めた

永久保存版フォト・イラストストーリー

報道映像スナップでたどる、反逆の“真実”とは?

仮面歴史と素顔の想い出。ふたつの記憶がいま蘇る!


【Part.1】ALL STAGE & TURN CRITIQUE オール ステージ&ターン クリティーク

あのシーンには、こんな意味伏線が隠されていた……?

『反逆のルルーシュ』『R2』全50話の物語を、各6編ずつに分け、

8つのドラマツルギー(作劇術)チェックと5つのミニコラムで鋭く解析。

普通アニメムックとは一味ちがう、目から鱗の最濃批評集!

キャラクターメカ造形、世界観から、お色気、腐女子脱力ネタなど、

硬軟あらゆる切り口から、気鋭のライター陣が徹底的に語り尽くす!!


■1st

 STAGE 1〜4 『コードギアス』の物語の基本構造を提示する序章

 STAGE 5〜8 群像劇として駆動しはじめる「黒の騎士団登場」編

 STAGE 9〜12 大規模な会戦が盛り上がる「ナリタ攻防戦」編

 STAGE 13〜16 恋人たちドラマが激しく動く「マオとの対決」編

 STAGE 17〜20 スザク葛藤に焦点が当たる「ユフィの騎士」編

 STAGE 21〜25 驚愕の運命が襲う「ブラックリベリオン」の顛末

■R2

 TURN 1〜4 第1期を反復・変奏する構造が示された『R2』序章

 TURN 5〜8 ユフィの悲劇を乗り越える「ナナリー総督就任」編

 TURN 9〜11 逆転に次ぐ逆転劇が展開する「中華連邦攻略」編

 TURN 12〜15 日常の終焉を告げる「シャーリーギアス嚮団」編

 TURN 16〜21 ついに父の帝国が打倒される「ブリタニア転覆」編

 TURN 22〜24 衝撃の最終決戦と「ゼロレクイエム」への道筋


【Part.2】AGE OF "ZERO" 『コードギアス』が映した時代

2000年代後半を席巻したアニメコードギアス』は、なぜ凄かったのか?

批評・思想界を先導する若手論客たちによる、4本の評論鼎談を通じて考察

そして本作の生みの親たちと特別ゲストとの、2組の夢の特別対談を収録!

これを読まずして、ゼロ年代は総括できない!!


■特別対談1 新時代のストーリーテリングとは?

 大河内一楼(『コードギアス脚本)×竜騎士07(『ひぐらしのなく頃に』)


■特別対談2 『コードギアス』の真価と日本アニメ未来

 谷口悟朗(『コードギアス監督)×宮台真司社会学者評論家


鼎談 『コードギアス』はいかにゼロ年代を葬送したか

 宇野常寛サブカルチャー批評)×荻上チキメディア論)×橋本努経済社会学


評論

 『コードギアス』のハイブリッド性――日本テレビアニメ表現の到達した地点/宇野常寛

 反逆の現在――新しい“カウンターカルチャー”の登場/成馬零一

 ピカレスク物語の系譜とルルーシュ/葦原骸吉

 ゼロレクイエム神話学――「システム」と「身体」をめぐる寓話として/中川大地


©SUNRISE/PROJECT GEASS・MBS Character Design ©2006-2008 CLAMP

公式サイトの公開までもうちょっとかかってしまいますので、まずは第一報です。版元での通販限定特典として、本誌オリジナルステッカーが付きますので、『コードギアス』ファンの方はお楽しみに!

そして、ゼロ年代批評・思想ファンには一見しておわかりのように、本誌は批評家宇野常寛主宰のサブカルチャー総合ミニコミ『PLANETS』の事実上スピンオフに近い陣容で作りました。サンライズ公式のコンテンツも含みながら、批評誌としてのエッジをいささかも鈍らせないクリティカルなコンセプト性で、アニメムックとしては革命的な書籍に仕上がったのではないかと自負しています。

こうした出版企画を通していただけたサンライズ担当部署には改めて敬意を表するとともに、やり方しだいでアニメ批評も時代的な閉塞感などいつでも突破できるのだという希望マニフェストとして、本書を世に問わせていただくしだいです。

本書の編集にあたっては、批評や思想になじみのない中高生を中心とする普通アニメファンから、論壇での現代コンテンツアーキテクチャをめぐる最先端の議論を熟知している百戦錬磨知的読者に至るまで、この1冊を順を追って読み進めていけばほぼ文脈を共有して同じ土俵で対話ができるようになる構成を心がけました。

なので、『思想地図 vol.4』などの論考についていけなかった人にとっては入門書的にも機能するでしょうし、そして同誌でのアニメ座談会や「政治性」をめぐる議論、さらには東浩紀氏の提唱する「民主主義2.0」に呼応してそれらを別の角度から考えている論考もあり、さらなる「先」の展望も密かに含まれていたりします。『思想地図 vol.4』をお読みになった方には、ある意味姉妹編として読んでもらえれば、より2010年代に向けた知の状況がクリアになり、血肉にできるレートが高まっていくんじゃないかと思います。

加えて言えば、中川にとっては単独編者として名義をクレジットさせていただく初めての本となりました。

ぜひその手にとって、真価をお確かめください!!

匿名匿名 2009/12/01 00:22 面白そうなんだが、発売書店一覧が分かれば
記載してほしい。

qyl01021qyl01021 2009/12/02 11:09 続報します。もうちょいお待ちを!

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