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rabbitbeatの日記

2016-11-11

世の活気を失わせる「正しさ」ハラスメント

22:55 | 世の活気を失わせる「正しさ」ハラスメントを含むブックマーク

1.


アメリカでトランプ大統領が誕生した理由は、エスタブリッシュメントが押し付けるポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)にアメリカ社会の白人労働者層がうんざりしているからだ、という分析がまことしやかにネット上では流れている。

日本のネット上では、米大統領選に便乗して、ポリティカル・コレクトネスへの嫌悪感がぞくぞくと表明されたりしている。

マイノリティ差別をするな、中立になろう、という呼びかけが押し付けとなり、マジョリティの政治・信条が抑圧されている、というのがポリティカル・コレクトネス批判の主なものだ。

ネット上ではよく暴力表現や性的表現の表現の自由と、ポリティカル・コレクトネスとの兼ね合いで議論が起こる。そして、ネットで声の大きいオタク層からポリティカル・コレクトネスを口にする層は嫌われている。「正しさ」の一方的な押し付けであると。


「正しさ」の押し付けはネット上でよく行われている。炎上という形となって。

まず「法的な正しさ」(英語だとリーガル・コレクトネス?)の押し付け。法律なら守るのは当然だ、という声も多いだろうが、例えば18歳19歳の飲酒。飲酒は20歳からと法律では決められているが、高校卒業後、20歳になる前に大学生や社会人になって初めての飲酒を経験する日本人は多い。しかし、それをネット上では監視していて未成年の飲酒情報を見つけると、所属箇所に通報し、「法的な正しさ」をもって処罰を求めようとする。手続きはこうなっているんだから、手続き悪けりゃ皆悪いマン。

また「科学的な正しさ」の押し付け。例えばニセ科学疑似科学批判で、インチキ医療潰しなどで終わるならいいが、それ以上に「正しさ」が押し付けられる。血液型占い、オカルト情報、果ては映画やドラマの脚本にまで。雰囲気で楽しんでいた場所が「正しさ」により壊されていく。

「効率的正しさ」が押し付けられることも多い。テレビで貧困家庭の生活環境が映し出されると、「あれを買うのは無駄」「これを削ればいいのに」など生活効率の悪さがぞくぞくと指摘される。そうはいってもそうそう効率求めて計画通りに過ごせないのが人間なんだよ、というのを許さないマン。行政の無駄指摘チームなんかもそう。


「正しさ」を押し付けられたほうはハラスメント、いじめられてるとしか思えない。

そういえば、アイドルグループの「ナチス風」衣装問題か何かで、「ニセ科学批判クラスタ歴史修正主義ネオナチ批判しない」とかなんとか意見があったが、歴史修正主義ネオナチは「政治的正しさ」の問題で、ニセ科学批判は「科学的正しさ」の問題で、「正しさ」教の宗派が異なってるということだろう。


ネットで人と人とがつながりやすくなったからこそ他人の「正しさ」に敏感になり「正しさ」ハラスメント、「間違ってる」炎上が横行する。





2.


「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」、「リーガル・コレクトネス(法律的・手続き的な正しさ)」、「サイエンティフィック・コレクトネス(科学的・学問的な正しさ)」、「コスト・コレクトネス(経済的・時間的なコスト効率の正しさ)」。

どれも「正しさ」と訳されるが、これらに言及されているのは「正しいか」、「間違っているか」のみではなく、「善い」か「悪い」かの二択だ。正誤とともに善悪も問われるから、これら「正しさ」勢によって火がつけられた議論は感情的に紛糾する。

「科学的正しさ」を広めるニセ科学界隈などは、「いや科学に善悪はない。もっとクールに判断している」と主張するだろうが、そんなことはない。相手と戦う姿は、そのニヒルな態度も含め、十分に感情的だ。自分の主張が善と信じてこそ生まれるパワーだと思う。


特にネット上で、これら「正しさ」が強調されているのは、現実の社会では「正しくない」ことが大手振ってまかり通っていると考えられているからだろう。

・現実に差別が多いからポリティカル・コレクトネスを声高に叫ぶ。

・現実に違法行為があるからリーガル・コレクトネスを声高に叫ぶ。

・現実にニセ科学が蔓延してるからサイエンティフィック・コレクトネスを声高に叫ぶ。

・現実に非効率的なことが多いからコスト・コレクトネスを声高に叫ぶ。


それぞれ叫んでいる人は、皆マイノリティ側の立場にいるのだと思っている。

少数派の側に立つ、物事を理解している支配階層の人間(エスタブリッシュメント)が、多数派を指導しようとして、「正しさ」を叫ぶ。

多数派には、素直に納得して受け入れる人もいれば、納得せずに反発する人もいる。中には、支配階層の攻撃を恐れて受け入れたふりをしつつも、心の中では納得していない「隠れ」反抗者もいる。

大統領選では、ポリティカル・コレクトネスに対する隠れアンチが勝敗を決めた、と、一部で言われている。

「正しさ」教の布教の際に、隠れアンチを出さないためには「威張るな」「謙遜しろ」「敵を尊重しろ」という3つのことを誰もが分かる態度で表明することが必要だろうか。


ただ、そもそもアンチと言っても、アンチも別の「正しさ」教の信者であったりするのだ。政治・倫理的に間違っていても、法的に間違っていても、科学的に間違っていても、どんなに非効率であったとしても、自分が正しいと思っているからしている。それが、社会のため、人のためになっているのだと思っている。そして多くの人たちは、他人の些細な正しさを気にしていない。不快になるのは、自分の正しさに、他人の正しさがズケズケと侵入してくる時。

だから、「ポリコレ」にしろ「ニセ科学批判」にしろ「違法指摘」にしろ「コスパ厨」にしろ邪険にされるのであり、「ポリコレ」は米大統領選で敗れた。

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