日本人が知らない 恐るべき真実

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2007-03-08 研究メモ

ロスチャイルドについて 06:16

ブログを書き始めてから一年半、二月末で100万アクセスを達成しました。

これが多いのか少ないのかよくわかりませんが、最近、アクセス数が急増して、1日8000件を超えるようになりました。

やはり「世の中なんかヘンだぞ」と思う人が増えているのでしょうか?

ブログを止めようかどうしようか迷いながらダラダラ書いてきましたが、とりあえずの目標としてきた1日1万アクセスも射程距離に入ってきたので、もう少し続けてみようかと思います。


さて、ロスチャイルド家については何度も取り上げていますが、過去記事で触れていないことを中心に『ロスチャイルドの密謀』の第吃瑤茲衄歓茵ν很鵑靴董興味深い部分をご紹介します。

ただ、コールマン博士の著作にありがちな?な部分も多少ありますので、そのぶん割り引いて読んでくださいね。

あくまで参考までに。

なぜ、今、ロスチャイルドなのか?

なぜ、今、ロスチャイルドなのか?

それは、今の日本人の生き方がロスチャイルドによって決められているからだ。

ロックフェラーもロスチャイルドの手代に過ぎない。

1974年、ネルソン・ロックフェラーはウォーターゲート事件で退陣したニクソンの後、大統領に昇格したフォード大統領によって副大統領に指名され、個人資産を公表しなければならなくなった。

だが、それは所有不動産ナシ、不動産税はゼロという信じられないもので、ロックフェラーは米上院委員会で脱税ではないことを証明、説明しなければならなくなった。

ロックフェラー家の資産は、ロスチャイルド家の米国代理人、クーンローブ商会が財務管理しており、その投資はすべてクーン・ローブ商会の承認を受けなければならなくなっていた。ジェイコブ・シフ以来、常にこういう風に行われてきた。

「テキサス(ブッシュ大統領の地元)の石油産業を長年支配してきたのは、ロンドン・ロスチャイルドであり、その手先になってきたのが…ヒューストン・ファーストシティ・ナショナル・バンクと、その子会社であるテキサスの57の銀行である」(『世界権力構造の秘密』ユースタス・マリーンズ著)

※米国での代理人は、ジェイコブ(ヤコブ)・シフ、ポール・ウォーバーグ、バーナード・バルーク、JP・モルガン、オーガスト・ベルモント(本名:シューンブルグというロスチャイルドの親戚)。アジアでの代理人はサスーン家。


ロスチャイルドはただの富豪ではない

ロスチャイルド家と聞けば、莫大な富を連想する人が多い。けれども、それ以上に思い浮かべられなければならないのは、その富によってもたらされた彼らの比類なき権力である。なぜならロスチャイルド一族はただ安逸を貪りたくて莫大な富を求めたわけではなく、この莫大な富が、全ての国家の主要パワーブローカーの政治権力と支配力を介して、つまり、パワーブローカーを利用することで、もらたしてくれるものを求めたからである。そしてこの点は今日も変わっていない。



ロスチャイルドはタルムードの教えに忠実だった

マイヤー・アムシェルはタルムードの教えを忠実に守り、その伝統を全て重んじた。

そして息子たちにもそうあるべきだと説いた。

富や名声を得ても、彼のライフ・スタイルは変わらなかった。

マイヤーも息子たちも、多くの場合、衣類は擦り切れるまで着古した。

マイヤーは、のちにジョン・D・ロックフェラーが真似たように秘密主義に徹することが成功に不可欠だと考えていた。

また、ユダヤ人は「神の選民」であるとする信念を持ち続け、公私の区別なく機会あるたびに、この信念を披露した。

臨終のベッドで、マイヤーはタルムードを読み、常に結束して事に当たり、決して独断的な行動を行わないという厳かな誓いを息子たちに強いた。



ロスチャイルド家の基礎は戦争によって築かれた

ヘッセン・カッセル領主ウィルヘルム九世(のちの選帝侯ウィルヘルム一世)は、米国の独立戦争を鎮圧するための傭兵を英国政府に借し出しており、そのレンタル料で個人としては当時ヨーロッパ最大の資産家になっていた。

マイヤー・アムシェルはオッペンハイム銀行に勤めていた頃、ヘッセン・カッセル伯爵に近い貴族エストルフ将軍と知り合い、ウィルヘルム九世の代理人となって、そのレンタル料を投資したり貸付けたりして運用した。

一方、マイヤーはヨーロッパ全土の郵便事業を独占していたトゥルン・タクシス伯一族との関係を深めていった。

タクシス伯一族はヘッセン・カッセル伯爵の内偵として、のちにロスチャイルド家の内偵として活躍。

重要文書を不法に開封し、中身を読んで伯爵に耳打ちしたり、命令に従って伯爵やマイヤーには有利に、その負債者には不利に働くよう、手紙を急送したり遅配したりして、その役目を果たした。

マイヤーは、タクシス伯一族から得られる貴重な内偵情報のお陰で、競争相手の金貸したちをまんまと出し抜いていった。

1794年、フランス将軍オッシェに街が占拠されると、ウィルヘルムはすべての財産の管理をマイヤーに託し逃亡。

このウィルヘルムの財産がロスチャイルド家の世界制覇に向けた“種銭”となった。



娘はビジネスの道具

マイヤーにとって、娘たちにはあくまでビジネスの益に供するべく、細心に一族で見合い結婚をさせ利用されるべきものだった。

赤の他人を自らの一族に迎えることは断じてしなかった。

ロスチャイルド家は僅か一世代の間に、ヨーロッパのみならず極東、アメリカでの最大権力を誇る一族となった。

縁者同士の結婚が結束を固め、隙のない一族の外壁を築き上げた。



五人兄弟の頭脳ネイサン

ネイサンは三男でありながら、ほかの兄弟は彼に指示を仰いだ。

ネイサンが成功した主な理由の一つは、情報伝達の速さが鍵を握ると認識していた点だった。

ヨーロッパの各首都に秘密の連絡員を置いて、早駆けの騎手や船舶、伝書鳩などを活用し、内偵情報をせっせと求めた。

また、不履行、あるいは不履行寸前の政府債を格安で買い、時機を見て、額面でそれを買い戻すよう政府に圧力をかけた。

これはネイサンに莫大な利益をもたらした。

彼はヨーロッパ諸国の半数以上の政府の金融代理人となった。



賄賂でユダヤ人優遇を獲得

フランクフルトのダールベルク大公は、ナポレオンに息子が誕生すると祝辞を述べるためにパリに行きたいと思ったが、どこの銀行も旅費を用立ててくれなかった。

そこでマイヤーは、5%の利息で8000万ギルダーを融資し、利息が支払われている限り、借金を取り立てるような圧力をかけなかった。

これ以降、大公は、ロスチャイルド家からどのような保護を求められても拒めなくなっていった。

このようなやり方がロスチャイルドのトレードマークとなった。

ロスチャイルド家は密輸取引を手広く手掛け、莫大な金を稼ぎ出したが、1809年5月、嫌疑がかかり、捜査隊が派遣されることになった。

しかし、ダールベルク大公が警視総監のアイツシュタインに捜査が近いことをマイヤーに内通させ、刑務所行きを免れた。

1790年代、フランクフルトでは500世帯しかユダヤ人の居住が認められていなかった。

マイヤーはユダヤ人世帯数の規制の問題に取り組み始めた。

マイヤーとパートナーのグンプレヒトは、まとまった一時金を贈るからユダヤ人に市民権を与えてほしいとダールベルク大公にもちかけた。

ダールベルク大公は提示された一時金の20倍を求め、マイヤーたちは29万4000ギダーを即金で、差額を無記名債で支払うことで応じた。

協定が可決されると、マイヤーはユダヤ人宗教共同体理事会を設立、元警視総監のユダヤ人、アイツシュタインを初代会長に据えた。

(つづく)