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My Favorite Days

2006-05-29

『サムデイ イン ザ レイン』を見て

アニメ涼宮ハルヒの憂鬱第9話『サムデイ イン ザ レイン』を見た。すごかった。すごいよかった。

そんなわけで、個人気に思ったことを書きなぐっていきたいと思う。

そうそう、以下ネタバレありまくりなので注意。

ネタバレ含む本文までの仮置き。

もう一度言っておくけど、

主観含みまくりで書きなぐったものなので

むちゃくちゃな推測含むけど

そのへんは適当に読み流してください。

2つのタブー

まず、今作はアニメオリジナルのストーリーなのですが、脚本は谷川流。そうです、アニメの原作でもある小説版の作者です。この時点で単なるアニメオリジナルという粋から外れます。

そして、今作では涼宮ハルヒシリーズの約束事の2つが破られています。極端な言い方をすると、2つのタブーを犯しているわけです。

ひとつめは、何も事件がおきないこと。

そもそも、この物語はハルヒを中心として巻き起こる、日常の中の非日常がテーマだと思います。そんな中で、今作はキョンは単にお使いをさせられ、古泉は単に淡々とハルヒの指示に従うのみ。みくるは単にハルヒにいいようにされるだけ、長門は単に本を読み続ける。そしてハルヒはいつものようにわがままを振りまく。

特に事件はおきません。ただ単に日常が描かれています。

ふたつめは、キョンがいないシーンの描画があること。

そもそも、この物語はキョンが語り部となる形式となっています。だから、キョンがいないシーンは語られることはありませんでした。しかし、今作ではキョンがいない状態のSOS団がこれでもかというほど描かれています。

そんなわけで、原作者が脚本を担当していながら、かなりイレギュラーな展開です。しかし、だからこそ意味があるわけです。キョンが語らないシーン、事件という大きな盛り上がりのないシナリオ。おそらく小説ではできなかった展開でしょう。そして、だからこそ書きたかったストーリーだったのではないでしょうか?

ビバツンデレ

話は変わりますが、今作の目玉はやっぱりキョンが目覚めてからの展開でしょう。

おそらくキョンのことをずっと見守っていたであろうハルヒが、キョンが目覚めたことにあわてて一言も発することもできず。

キョンの言葉に返すことでようやく我に返るという、この辺の表現はさすがの一言です。それから、かさが職員用だというのもポイントですね。学校の備品ならば1本しかないということもないでしょうし。

まとめ

しかしながら今作、ハルヒいわく14話ということでアニメ最終話という位置づけなのでしょうが、

この日常が涼宮ハルヒの望んだものであり、今作こそが涼宮ハルヒの憂鬱シリーズの最終話なのではないか。

なんて勝手に思っています。

それくらい、深いものを感じられた作品です。

おまけ

長門の読書シーンはもはや放送事故の粋だと思う。良い意味で。

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