巡る必殺

ザリスは、己の固有能力(ユニークスキル)に巡る必殺(ワンダリングチェイサー)という名前を付けている。
幼少の砌、足先が落雷に撃たれた瞬間、感電死を防ぐため咄嗟の判断で両足を切り落として以来、ザリスは車椅子での生活を余儀なくされていた。
しかし、長年の車椅子生活と過酷な魔術師としての修行の二重苦は彼女を思わぬ技能に目覚めさせていた。

彼女は己が能力に絶対の自信を持っていたし・・・それ故にこそこの戦いに於いても最後まで生き残る事ができるという自負があった。それは彼女の矜持を守り抜くための心の盾であったし・・・。
何よりもザリスが積み上げてきた年月の重みそのものだったのだ。
だが。
しかし、だ。
そのザリスをして、眼前に立ち塞がったその怪物・・・・・・既にそう形容するのも憚られる「何か」に対しては、腰の置くから背筋を伝って這い上がる氷塊じみた悪寒を抑えることは用意ではなかった。
それは鋭く。
それは大きく。
それはおぞましく。
まさしく、相対したものを両断するためだけの形態を持つ存在。
剣。

それは剣だった。柄に猫の顔が一体化しており、生きているのか縦に割れた瞳孔がぎらぎらと光を放ち、こちらを威嚇しているようだ。
猫獣と剣、凶暴性の権化のようなその巨大な猫剣はかっと目を見開くと、ひとりでに宙に浮遊し、切っ先を素早く引き上げた。
この場には。
行動を共にし始めた炎の鳥、撃鉄と、ザリス、そして眼前の猫剣がいる。
この場合、どちらだ。ザリスは自問する。敵はどちらに対して仕掛けてくる?
振り上げられ、下ろされるその先は・・・・・・ザリス!
「ナ、シ・・ゴレン、食べたい、に゛ゃぁぁあぁぁぁあぁ!!!!!」

絶叫と共に振り下ろされたザリスは、もはや躊躇う必要無しと断じると、すかさずその能力『巡る必殺』を発動させていた。
両腕が車椅子の車輪に触れると、凄まじいスナップをきかせた手首が両輪をそれぞれ逆方向に回転させる。一瞬で旋回したザリスはそのまま片方の勢いは殺さず、進行方向とは逆に回していた車輪を強引に前方に向けて回転させる。手の皮がむけるのも構わず、全力で。

ザリスは回った。旋回し、敵の攻撃には目もくれず、全身全霊をかけて敵とは逆の方向に疾走した。
それはもはや突撃といってもいい、明確な「意志」の存在する転進だった。
彼女はこう考えている・・・・・・「勝機」とはっ! 何時如何なる場合でも自分の前に転がっていて、それをつかめる状態に自分があるというわけではないという代物であり! そして「時間」と「空間」が変化する事によって勝機もまた変質し、自分が掴めるかどうかも変化するのだ、と!
すなわち、ザリスの「巡る必殺」という能力は、巡り行く必殺の機会をひたすら待ち、探し、見つけてその手に掴むまでひたすらに闘争/逃走し続けるという「諦めない」心の表出であるっ!

「巡る必殺(ワンダリング・チェイサーァァァァ)!!!!」
ザリスは叫んだ。
「にゃあ」
猫剣は追いついた。


ザリスの超スピードの転進により空振りを強いられた猫剣だったが、しかし大地を液体か何かのように砕きながら突き進むその速度はザリスのそれを遥かに上回る。
必死に逃走を続ける彼女の真横を一瞬で、倍するスピードで追い越した猫剣は、Uターン、再度切っ先を振りかぶり、ザリスの息の根を今度こそ止めんとその猫の面で舌なめずりをして、

その舌につかみかかり、ぶん殴り、打ちのめし、締め上げ、踏み倒し、捻じ曲げ、ひねりつぶし、蹴り落とし、振り回し、放り投げ、たたきつけ、吹き飛ばし、張り倒し、切り裂き、突き刺し、引きちぎり、噛み砕き、壊す。

神速を持って破壊を成し遂げた撃鉄が羽を畳んだ後、粉々になった刃の破片と至る所をぱんぱんに腫らした猫の顔が、「にゃあああ」と啼いて、大地に叩きつけられた。
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黄泉帰り

まくろ=こすもす=りーんが目を覚ますと、そこは霧に包まれ、空から紫色の光がうっすらと差す奇妙な世界にいた。
自分は死んだはずだと、彼女は冷静に思考していた。自分は戦闘時の昂揚によるミス、致命的な失態を晒し、背後から攻撃を受けて死んだ。それが現実。
だがいま、ここに心があり、意識があり、自分があると認識できている。
それは果たして何ゆえか?
一体、見渡す限り紫の光りに照らされた霧ばかりのこの何処とも知れない空間に、その答えを知っているものがいるのだろうか。

勢い良く手が挙がった。
それも一つではない、二つ、三つ、四つ、五つ、否一桁では収まらない、十、二十、三十、あるいは百を越えて余りある。
視界の続く限りの腕、腕、腕!
まるでそれは挙手の林、おぞましさすら感じられるその光景の中、不思議とまくろは冷静で居られた。
彼女は自信の冷静な思考の奥で、ありえない結論を出し始めていた。
ここでは、現世の理は通用しない。
自分は死んでいる。それは確実だ。ならば、今自分がいるのはどこか?
本来、凡人達の常識的な発想で行き着く「場所」と、まくろの鋼鉄の論理に裏付けられた結論が示す「場所」は全く逆の方向に位置している。
だがしかし・・・・・・今回ばかりは、両者の見解は一致せざるを得ない、つまりまくろの論理的思考をもってしても、唯一の解答がそこでしかありえないと告げているのである。

ここは、地獄である。

「然り」

口が、虚空に出現した。
それだけではない。林立する腕の狭間、空間に縦の亀裂が入ったかと思うと、その中から眼球がぎょろりと覗く。青く、黒く、暗く。
不気味な色を湛えるその瞳に、たまらなく不吉な感触を抱いたまくろは一歩後ずさり、その無意味さを理解してやめた。
上下も、前後も、左右も。
まくろの全方位を、「それ」が取り囲んでいた。

「誰?」
誰何の声が震えていなかったかと余計な気がかりを残しつつ、口を開く。口元が小刻みに震え、舌をかんでしまいそうだった。
すると口はふわりと高く浮き上がり、にやりと両端を吊り上げるとある一音を形作った。

「ヌ」
続けて口はこういった。
おまえをよみがえらせてやろう、と。












そして、すべてが逆転した。
血が、肉が、欠片が、傷が、瞬く間に、時間が早回しに逆転しているかのように。
組み上げられる木像のようにすみやかに完全に以前の姿を取り戻していく。

「ば、馬鹿なっ!」
驚愕の声が上がる。当然といえよう。
撃鉄の猛攻撃によって完膚なきまでに死んでいたはず、勝利したはずの、

猫剣が全くの元通りになって再生したのだから!


「ふぅぅぅぅぅ・・・・やれやれ、だにゃぁ・・・・」



ねこ☆ぱんち♪そぉどは冷ややかな声で、そうとだけ鳴いて魅せた。

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