「石山離宮 五足のくつ」を訪ねて

日本感性工学会年次大会とのジョイントで「KANSEIカフェ#3」を無事終了した後、1泊ののち、11日の夕刻、福岡経由で天草へ。九州を代表する“高級”旅館である「石山離宮 五足のくつ」のオーナー・山崎さんに会うのが目的だ。山崎さんには、10月3日に講座のゲストスピーカーとしてお越しいただき、「おもてなし道 ─ 異世感・愉楽の里づくり」というテーマで話をしていただく予定である。全国的な評価の秘密を、情報ではなく直感でつかむべく、下調べはあえてしないまま、天草に向かった。

五足のくつは、西天草の海にせり出した山の中腹にあった。クルマでつづら折りの坂道をあがっていくと、角かどでスタッフの方が出迎えに出ておられた。なにやら面はゆい、セレブな気分である(^_^)。眼下に東シナの広大な海を望むテラスに案内され一服していると、ほどなく山崎さんがいらした。予想どおり、本を愛する人らしい雰囲気とお人柄が漂っていた。なにせ、山崎さんから最初にいただいたメールは、「ガルシア・マルケスの長編小説『コレラの時代の愛』を読み終え、その余韻に心地よく浸っているときにこのたびの素敵なお誘いのメールを拝見し、私の乏しい現実感が揺らぎに揺らいでおります」という一文で始まっていた。いったいどんな人なのだろうとの期待が、弥が上にも募っていったというわけだ。

教会風の部屋でゆっくり食事をした後、ライブラリーと一体のバーで気分をかえようと思い向かうと、そこに山崎さんが待っておられた。書棚は、その人の人生と世界を映す鏡。そこに並ぶ本の話から始め、バーの止まり木で、結局1時すぎまでいろんな話をした。一番面白かったのは、五足のくつのコンセプトが、本の世界に多くを負っているという話だった。大学生の頃、親御さんが経営されていた旅館の経営が傾いていたこともあり、中退し天草へ戻られたのだそうだ。本好きの青年が、故郷・天草との出会い直しを果たし、「天草に生まれて良かった」という確信をつかむなかで、異世感と愉楽というテーマをもった旅の里づくりを発想し実現されていく様は、まさに一回限りの奇跡の物語だ。「アジアの中の天草」「自然のもつ“雑”のパワーとエロティシズム」「天草にはラテンの空気が流れている」・・・天草の歴史や風土と向き合うなかで醸し出されていったであろう山崎さんの言葉は、この里に流れる大切な通奏低音となっている。

サービスについても、地元の人間の素の魅力を感じてもらえるような、マニュアルを超えたさりげない“おもてなし”を大切にしたいとのこと。その思いをうけるかのように、気恥ずかしさをたたえながら、「味はどがんでしたでしょうか」「ご飯のおかわりはよかですか」と尋ねてくるスタッフの対応は、とてもほほえましく心地いいものだった。
五足のくつの空間、時間、サービス、料理のすべてにオーナーである山崎さんのこだわりが息づいている。世界中の都市やリゾートをまわり感受したもの、読書の森のなかでつかんだ言葉、天草の自然に対する畏敬の念。それらすべてを、自らの感性と信念で編集しながら、表現し、訪れるお客の感性にじょうずに働きかけいく。そこにあるのは、バナキュラー(vernacular:その土地固有)な価値にしっかり根をはりつつ、唯一無二の、かけがえのないかたちを追求していくぞという、しなやかでたくましい「オーナーシップ」だと思った。そこが、距離をものともせず(というか、それを楽しみつつ)訪れる人びとの心をうつのだろう。
「最近、テラスからぼーっと海を眺めるゆとりと能力をもつ人びとが増えましてね」とうれしいそうに語られるオーナーの表情がとてもうれしそうだった。


*石山離宮 五足のくつ → http://www.rikyu5.jp/
山崎博文さんをお招きしての講座 → http://www.usi.kyushu-u.ac.jp/news/detail/45