Hatena::ブログ(Diary)

Yondaful Days! このページをアンテナに追加 Twitter

2016-11-20 Sun

[]ネット黒船以前の女子非モテエッセイ〜姫野カオルコガラスの仮面の告白』

ガラスの仮面の告白 (角川文庫)

ガラスの仮面の告白 (角川文庫)

「男性と一式の寝具で寝て何もなかった数の世界一」というのが、もしギネス・ブックにあったら、載れるんじゃないかと思う。大学生時代など、いったい何人の男性と寝ただろう、グーグーと。杉村くんとも畑さんとも寺沢くんとも藤堂くんとも清水くんとも、私はセックスしていないキスもしていない。手も握り合っていない。彼らと私は、男と女ではなく、中性と中性のつきあいだった――。享楽の都TOKYOに上京した、夢多き乙女が綴る、孤独で切ないけれど、明るくって元気な物語。

刊行年は1990年。初のエッセイ集とのことだが、姫野カオルコ1958年生まれとのことなので、32歳のときの作品になる。

大学生のときに、SM雑誌の団鬼六賞に応募した作品が受賞し、その後の女子大生ブームも受けながら、文筆業を続けるかたわらの非モテ話が延々と続く。そんなエッセイだ。


勿論、つまらなくはない。

つまらなくはないけど、2016年に読む文章としては、とても素直に面白くは読めなかった。

こういった女子ぶっちゃけ文章はネット時代に入って質量ともにレベルアップが著しく、『ガラスの仮面の告白』は、2016年の今では渡り合っていけないレベルにあると思う。

特に、姫野カオルコが売りにしていた女子大生(もしくは20代女性)なのにSM雑誌に執筆しているという状況は、つい先日亡くなってしまった雨宮まみ田房永子など、男性向けエロ本で仕事をしていた人の状況と比べてしまうと、インパクトがない。だけでなく、雨宮まみ*1田房永子がずっと言い続けている、何というか、「女性ゆえの生きづらさ問題」を、おちゃらけた方向からしか触れることができておらず、かえって、80年代バブル期の男性中心価値観に侵されている感じで気の毒になる。

そもそも本の中で取り上げられるような「女子大生ブーム」という持て囃され方自体が、女性を商品として見るような男性視線が感じられて気持ちが悪い。そんな中で、やはり持て囃された姫野カオルコが、いえいえ、こんなにモテないんです…と、悲哀ぶりをアピールする、そんな空気は、(毒親と突き放していいはずの)両親と故郷について触れる場面で「八つ墓村」とふざけるのとも似ている。

要するに、姫野カオルコが32歳まで生きてきて、色々感じてきたはずの、あれやこれやに蓋をされているように感じてしまう。


だから、雨宮まみ『女子をこじらせて』で書かれているような、重苦しい気持ちになっても自分と向き合おうとする文章はほとんど表れない。それでは、逆に、軽薄な文章として面白いかと言えば、先ほども書いたように、名もない素人が書いた自虐面白ネタが溢れるネット時代に、「パーペキ」などという言葉に出くわしてしまうと、むずがゆくなってしまう。

ガラスの仮面』と『仮面の告白』を組み合わせただけの軽いタイトルも、内容にあっていると思うが、つまり、これが90年頃のエッセイの雰囲気なんだな、と感じた。

姫野カオルコさん自体は、やはり『謎の毒親』が面白かったこともあり、小説を読むかたわら、近年のエッセイも読んでみたい。


参考(過去日記)

*1:本当につい先日亡くなってしまい、ショックでした。『女子をこじらせて』は今年の夏に読みましたが、結構重い内容で、男が感想書くのはなかなかしんどいな、と感想を書かないままにしていました。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20161120

2016-11-19 Sat

[][]自分のオススメは、漫画→映画→漫画の順〜こうの史代この世界の片隅に

今回、各所からの絶賛評を知り、気になり過ぎて仕事も手につかないので、封切から一週間経つ前に見に行きました。

しかし、今年観た『ズートピア』『シン・ゴジラ』『君の名は。』とは異なり、この映画の感想は「大絶賛!」ではありませんでした。

そこの微妙なニュアンスについて書きたいと思います。


漫画の感想

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)

kindleはこちら→[まとめ買い] この世界の片隅に (アクションコミックス)


そもそも原作漫画が以前から気になっていたことから、事前に漫画も読んでおきました。

kindleで1巻だけは購入済みだったので、kindleで揃えました)

読後の感想は以下のようなものです。

確かに戦時中の生活を描いた作品として、説教臭くないし、主人公のすずも可愛らしい。

笑えるシーンも多数あり、心が苦しくなるようなシーンもある。

ただ、この漫画がどうして傑作と絶賛されるアニメ映画になるのだろう。

見せ方を大きく変えたりしているのかな。

ドラマチックな展開や躍動感あふれる登場人物、意外なラストなどの、エンタメ的な要素は少なく、流行するにしては地味ではないか、という程度の、やや体温低めの感想を、このときは持ったのでした。


映画の感想

そして、11/16、水曜日のサービスデーということもあり、立ち見が多数出る中、テアトル新宿で映画を観てきました。

映画を観た直後の感想は、次の通りです。

ストーリーは原作漫画のまま。演出も大きく改変しているところはない。

漫画よりも格段にわかりやすくなっているところもあり、呉という街に行ってみたくなった。そして勿論広島にも。

でも、そこまで絶賛する映画なんだろうか。

君の名は。』のような、見終わったあと、誰かと喋りたくて仕方ない、という感じが全くしない…。

むしろ事前の絶賛評が悪さして、「なぜ?の嵐」が渦巻いていました。

周囲を見渡すと、同様にポカンとしている人が多かったように思います。

シン・ゴジラ』『君の名は。』のように、「絶賛評を聞いて観に行ったらやっぱり良かった」という人が多数出るタイプの映画ではないと感じました。


漫画の感想2

しかし、そのあと改めて原作漫画を見直すと、自分の感想は全く違ったものになりました。

この映画が傑作だという評価はとても理解できる!。

ただし、映画単体としてではなく、原作漫画と相互に補完し合うものとして。

ということで、漫画を再読することで、映画・漫画双方の評価が大きく上がるものとなりました。

以下、何故自分がそう感じたかについて考えていきます。


読んでから観るか、観てから読むか

「映画と漫画で相互に補完し合う」、というのは、つまり、アニメ、漫画、それぞれに得意な表現ジャンルがあって、同じ舞台設定、同じ登場人物、同じストーリーでも、それぞれ受け手の心への響き方が異なるという当たり前のことを意味します。

実際には受け手の能力や感受性が大きく影響するため、原作漫画で最初から9割がたを受け取れる人もいれば、原作漫画1回目では20%だったけど、10回読んで80%という人もいるでしょうし、原作漫画は読まずともアニメ3回で80%など、人それぞれだと思います。

自分の場合は、原作漫画1回目で40%、原作漫画+アニメで60%、原作漫画+アニメ+原作漫画で80%という感じです。


こういう作品は、読んでから観るか、観てから読むかという話題がよく出ますが、このような自分の体験と、以下に示すような映画・漫画の特性から考えて、原作漫画を読んでから映画を観ること、その後さらに原作漫画を読み直すことをオススメします。


以下ネタバレ

続きを読む

azecchiazecchi 2016/11/22 19:10 結果、漫画→映画→漫画の順で鑑賞すれば大絶賛、ということでしょうか。それともシン・ゴジラや君の名は。ほど大絶賛では無い感じですか。

rararapocarirararapocari 2016/11/23 10:27 そうですね。自分の印象では、映画だけを観て、この映画は傑作だ!と言える人は、映画を観る力がかなりある人だと思います。
また、原作を知っている人にしかわからないような不親切な部分も若干あるので、事前に漫画を読んでいた方がより細部まで楽しめると思いました。結果として、漫画と映画の合わせ技としては、「君の名は。」「シンゴジラ」を超えると言える作品になっていると思います。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20161119

2016-11-13 Sun

[]沙耶香…おそろしい子村田沙耶香『ギンイロノウタ』

ギンイロノウタ (新潮文庫)

ギンイロノウタ (新潮文庫)

「ひかりのあしおと」「ギンイロノウタ」の二編を含む、クレイジー紗耶香というあだ名も納得の一冊だった。

極端に臆病な幼い有里の初恋の相手は、文房具屋で買った銀のステッキだった。アニメ魔法使いみたいに杖をひと振り、押入れの暗闇に銀の星がきらめき、無数の目玉が少女を秘密の快楽へ誘う。クラスメイトにステッキが汚され、有里が憎しみの化け物と化すまでは……。少女の孤独に巣くう怪物を描く表題作と、殺意と恋愛でつむぐ女子大生の物語「ひかりのあしおと」。衝撃の2編。


村田沙耶香は3冊目になるが、直近の『コンビニ人間』と今回の2編の共通点を考えると、その物語の特徴は、狹按譴靴深膣描写”にあると思う。

何でもない日常的な風景が歪んで見えるくらい偏りのある主人公(女性)が自己分析を交えながら語る。主観で語る以上、どうしてもそこに主人公の考えが入ってしまう。ちょうど「ひかりのあしおと」で主人公・土屋有里が言うように。

今まで全ての光景は、私の指紋がぎっしりついてから私の中に運ばれてきていました。誰しもが、自分のこころをまったく介さない世界を見ることはできないのでしょうが、私のは特に濁っているという気がします。p72


そう、主人公はみんな変わった考え方をするので、まず、そこが読者の興味を強く惹く。

しかし、それだけではなく、彼女たちは、自分が他の人たちと比べて少し変わっていることを認識していて、その中で、自分がどうふるまっていけばいいかを考える。そこが重要で、それこそが興味だけにとどまらず、読者の共感する気持ちを(心の奥底で)引き起こす。

これほど極端じゃないが、自分にも、こういうシーンがあった。自分も今までこういう風に考えていたのかもしれない…等々。

だから村田沙耶香の作品を語るときに、「怖い」という形容詞が使われるのだと思う。封印しておきたかった記憶が明らかにされてしまう。ダメな自分を登場人物の中に見つけてしまう。それらはホラー映画以上に「怖い」ことだ。

怖い。容赦がない。気味が悪い。それはもう、短編でも長編でも変わることなく、時にはあまりの生々しさに、読んでいた本を遠ざけたこともありました。そうでもしなければ、主人公が侵されている毒に感染してしまうような気がして。

藤田香織による文庫解説)


最初に書いた「徹底した主観描写」によって、2つの物語は、序盤から「怖い」。

「ひかりのあしおと」と「ギンイロノウタ」の両方から、物語冒頭に登場する、主人公の住む街の描写を拾ってみる。

模型の真ん中には白い長方形の駅が宙に浮いています。それは今私が立っている駅とそっくりで、ずっと模型を見つめていると、どこからが模型でどこからが本物なのか、境界線がわからなくなってきます。この街そのものが巨大な模型に思えてくるのです。(「ひかりのあしおと」p9)

私の住むマンションは、オフィス街の真ん中にあった。結婚の際、父は自分の職場への利便を最優先に一人でさっさと決めてしまったそうだ。

残業の多い父には便利だったかもしれないが、ここは、生活するのに向かない街だった。大通り沿いには白く大きいオフィスビルがそびえたち、カーテンのない窓ガラスが羅列し中が透けて見えた。私にはそれらが巨大な蝉の抜け殻に思えた。力をこめて掘れば簡単に壊れてしまう気がしてならなかった。(「ギンイロノウタ」p119)

自分の住む街を、人間が生活する世界と捉えない主人公。彼女たちの生きづらさを紹介するエピソードも強烈だ。繰り返すが、こういったネガティブ過ぎるイメージを主人公自身の視点で語っているのが怖い。

「ひかりのあしおと」の主人公である古島誉(こしまほまれ)は大学の教室でこんなことを言われる。

「あの人、なんか、気持ち悪くない?」

私はふいと顔をそちらへ向けました。小学校のころから、よく揺れるバスか船の中でなければ気持ちが悪いというのはたいてい私のことです。今日もその認識は間違っていなかったらしく、水色のカットソーを着た女の子が目をそらし、隣の子と気まずそうに笑いあいました。

私は前に向き直り、ノートと筆箱をじっと見つめました。私はいつもこうして押し黙ります。小さいころは、「岩」というのが私の渾名でした。(「ひかりのあしおと」p23)

「ギンイロノウタ」の主人公である有里は、小学校に上がる前から対人関係を苦手としていた。

「あら、有里ちゃん、ママとお買い物?いいわねえ」

聞きなれない声が降ってくると、私はすぐに顔を伏せた。身体はこわばり、目玉だけがせわしなく上下左右に動き始めた。重い瞼の肉の隙間を、私の淀んだ黒目は湿った便所の隅で逃げ回っている虫の背中そっくりに這いずり回った。その動きが、相手に靴の裏で踏み潰して動きを止めてしまいたい衝動を与えていると思えば思うほど、目玉の上下は激しくなり、私は気づかれないように可能な限り深く俯いた。p117


解説にも書かれているように、作品内で直接的な言及はないが、どちらの作品も、主人公を呪縛しているものが家庭環境にあるのは明白で、自分は、直前に読んだ姫野カオルコ『謎の毒親』の印象から、「ひかりのあしおと」も「ギンイロノウタ」も完全に"毒親小説"として読んでいた。

特に、「ギンイロノウタ」に出てくる“アカオさん”は強烈なインパクトを与える。

母は皮膚でできた細長い袋で、普段は白い乾いた表面を出しているが、何かのきっかけで、それが突然ぐるりと裏返しになるときがあるのだった。私はそのときの母をアカオさんと心の中で呼んでいた。お母さんとまるで反対という意味で逆さ言葉からつけた名前だった。p131

私にはわかっていた。アカオさんの言うことこそ、母の本当の言葉なのだ。いつもはじっと我慢して、辛抱強く私に優しい嘘をついているだけで、これが真実なのだ。p141

このように家庭で、学校で、少しずつ傷を増やしながらそれでも懸命に生きる主人公たちは、、物語がラストに進むにつれて、その偏りを増していく。

「ギンイロノウタ」では、辛い中学時代を脱して高校に入学したばかりの主人公・土屋有里が、コンビニのバイトを始める場面がある。もしかしたら「コンビニ人間」と同様に、有里もコンビニに居場所を見つけるのかもしれない…という淡い期待は裏切られ、彼女は学校生活と同様、コンビニでも「できない子」から抜け出せない。

そんな彼女が物語後半で「一種の悟り」を開いてからラストに至るまでは手に汗握るだけでなく、突出した主観描写が加速する。「手が勃起している」には驚いた。

扉を開けたい。私は鞄から教科書を取り出し、表紙を滅茶苦茶に破いたが、手に宿った衝動は治まらなかった。

自分の手が勃起しているのがわかった。生き物になった手には、刺激を食べさせないくてはならないのだ。そしてそれは紙をちぎるような感触ではだめなのだ。p254


ただし、2作品とも、主人公が暴走してしまうラストになったことによって、逆に、読者が主人公との間に線を引いて安心してしまう結果を招いていると思う。『コンビニ人間』が芥川賞を取ったのは、ラストまで行っても、読者は主人公との間に明確な線を引けない=安心できないからかもしれない。


主人公と両親以外のキャラクターでは、「ひかりのあしおと」では、独自恋愛理論をかざすとても面倒くさい男・隆志さん、「ギンイロノウタ」では、とことんダメなタイプの熱血教師・赤津が登場する。ちょうど、「コンビニ人間」の理屈っぽい無職・白羽と対応するのかもしれないが、戯画的ながらギリギリ本当にいそうなタイプで、これも上手い。特に、熱血教師・アカオが、クラスに馴染めない主人公・土屋有里のために、帰りの会で『土屋の五分間即席スピーチ』の時間を設けるという話は、実際にあったエピソードだったとしたら怖い。


ということで、マイルドだった『コンビニ人間』と比べて、「怖さ」の目立った一冊だった。引き続き、怖いもの見たさで、次こそは三島賞の『しろいろの街の、その骨の体温の』、もしくは、解説で「恋愛という枠を超え、性について真摯に掘り下げた」とされる『星が吸う水』を読んでみたい。

星が吸う水 (講談社文庫)

星が吸う水 (講談社文庫)


参考(過去日記)

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20161113

2016-11-12 Sat

[]惜しい第3章〜稲田豊史『ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ特撮脚本術』

TIGER&BUNNY』→神谷和宏『ウルトラマン「正義の哲学」』→…の流れで、「ヒーローもの」について、もう少し突き詰めてみたいと思って読んだ。

実際には、この本は、ヒーローもののセオリーが載った本ではなく、副題にある通り「脚本術」の本で、当初の意図とは違ったのだが、知っている作品が多く取り上げられており、これまであまり知らなかったことも興味を持って読み進めることができた。


目次の通り、この本は、3組の対談を収録したもので、一気に読み終えることのできるコンパクトな内容だ。

第1章 平成仮面ライダーとは何か?――井上敏樹×虚淵玄

第2章 東映特撮と『セーラームーン』をめぐって――小林靖子×小林雄次

第3章 平成ウルトラをめぐって――小中千昭×曾川昇

特に、自分の好きな『仮面ライダー555』等の平成ライダーで有名な井上敏樹、そして、『仮面ライダー鎧武』の虚淵玄の対談は、二人とも名前を知っているという取っ掛かりもあり、あっという間に読んだ。

繰り返すように「ヒーローもの」について掘り下げた内容というわけではないのだが、一方で「脚本術」というほど、脚本の方法論が書かれているわけでもない。

むしろ、アニメ特撮では何が違うのか、円谷と東映では何が違うのか、仮面ライダーと戦隊ヒーローでは何が違うのか、というあたりの話が、脚本の第一線の者同士の会話の中で自然に出てきて、そのあたりが面白い。

その意味では、「最前線にいる脚本家同氏の対談集」という、この本の内容を直接示す言葉こそが、副題に入っていた方が勘違いが無かったように思う。


章ごとにポイントを拾う。


第1章

「鎧武」放映中(終了直前の2014年8月)の対談にもかかわらず、出だしから「ここんとこ見てないんだよね、全然」と悪びれずに先輩風を吹かせる井上敏樹はすごい(笑)と思ったが、対談は終始このペースで進む。そもそも、虚淵玄は、特撮初めての大抜擢だったから、大先輩の前で縮こまるのは仕方ない。

  • 仮面ライダーは、監督が2話ごとに変わるので、シリーズを通して指揮を執るプロデューサーの役割が大きい。(p14)
  • 仮面ライダーの監督は、他の監督の回の脚本を読んでいない場合も多く、もしくは、物理的に前回の監督回は完成フィルムを見ることなく見切り発車するため、役者の力量による部分が大きい。(p16)
  • 虚淵は全体ストーリーを決めてから脚本を通しで書き、実際に始まってからは微調整のみということで異例(アニメ方式)。通常は、当初案からストーリーはどんどん変えていくのが主流のよう。
  • 平成ライダーは、「正体を明かさずに戦う孤独なヒーロー」という初期ライダーの要素が薄れて、戦隊ものに近づいている。ハリウッドのサム・ライミ版『スパイダーマン』→『アメイジング・スパイダーマン』の流れも同じで、どんどん今風で明るくなっている。(二人ともがっかりしている)(p32)
  • 悪の陣営は、昔は世界征服を企んでおけばそれで良かったが、最近は「悪が何をするのか」を考えるのが一番難しい(p38井上)
  • セル画で間が持つ演技と、役者がやって間が持つ演技は異なる。また、アクションシーンがあるため、実写のセリフはシンプルになる。
  • また、実写の場合、アニメにはない、ロケ地の縛りがあるため、そうそううまい画は撮れない。(p47虚淵

第2章

2章は小林靖子実写版セーラームーン』など)と小林雄次(『ウルトラマンマックス』『ウルトラマンメビウス』など)の対談。円谷と東映特撮アニメなど、色々なタイプの脚本の比較が面白い。

  • 円谷特撮より東映特撮の方がキャラクターが濃い(ウルトラマンは初代から主人公が無個性)。円谷映画は(怪獣映画と同様)登場人物よりも事件の方が描かれる対象としてウェイトが大きいからでは?(p68小林雄次
  • 製作委員会形式では、会議の場で色々な意見が出てくるが、大人数で直すほど脚本がつまらなくなる。(p74)
  • 10年位前まで「ウルトラマン」シリーズは、バンダイとの関係もそれほど密接ではなく脚本ありきでバンダイを無視して話を作っていた。(今は、玩具の登場と合わせて話を組む)(p78小林雄次
  • アニメシリーズ構成を置くのに対して、東映特撮は置かないのは一番大きな違い。(p87小林靖子
  • アニメは週一回の定例会議があるが、特撮は突然連絡があって直すなど、他の仕事を入れにくい(p88)
  • アニメは撮影じゃないから、制約なしになんでも書けるのかと思ったら「地を埋め尽くす大群衆」とかNGの作画が多い。また、実写では書きやすい食事シーンは、アニメでは手間だけかかって絵が地味になるので回避される。
  • 実写では役者や監督に任せられるが、アニメでは、無言の「・・・」は書けない。つまり、アニメ演出に重きが置かれる。(p90)
  • 特撮が大好きなライター志望者が送ってくる脚本は、シナリオではなく設定にこだわり過ぎる。(p109)

なお、「ウルトラマンギンガS」に出てくるというウルトラマンビクトリーは気になる。地底人が変身するんだとか…。


第3章

ここで突然手の平を返すようだが、この「第3章 平成ウルトラをめぐって――小中千昭×曾川昇」の印象が悪過ぎて、自分は読むのが嫌になってしまい、遡って第2章までも同じ問題を抱えているのではないかと考えるようになった。

この本の一番の問題点は、折角、脚注用の余白を取ってあるのに、十分な解説がなされないことだと思う。3章が一番顕著だが、基本的には、取り上げられている作品の放映時期と簡単なあらすじのみしか紹介されない。

勿論、本文中に十分な解説があるのであれば、余計な解説は不要だろう。しかし、対談という形式もあって、固有名詞や専門用語が何の説明なしに飛び交う。

3章は本当にその傾向が酷くて、言っていることがさっぱり分からないままに対談にヒートアップしたりするので、言葉を知らない読者は完全に置いていかれる。

繰り返し登場する「キリエロイド」という言葉は、あまりにも普通に話されているので、メジャー作品のタイトルなのかと思えば、『ウルトラマンティガ』の第3話に登場する怪獣の名前だという。結局自分でググるしかなかったのだが、これほどまでに脚注の余白を恨めしく思ったことはない。

その他にも「悪のウルトラマン」(『ウルトラマンティガ』)だとか「ユリアン」(『ウルトラマン80』)だとか、脚注をつけた方が分かりやすくなる固有名詞がほとんどスルーされている。(人名、番組名のみしか解説がつかない)

さらに希望を言えば、『ウルトラマングレート』の脚本をベースに『ウルトラマンガイア』で仕切り直しした経緯など、対談の中で具体的に言明されていない部分も脚注で解説すべきだと思う。また、他の章も含むが、「ハコを切る」「ホン」「シリーズ構成」など、話の流れで分からなくはないが、普通は初めて聞くような言葉についても説明があった方が理解が進む。

作品解説については、ついこの前読んだ『ウルトラマン「正義の哲学」』のつくりが本当に素晴らしかったことを改めて思い出す。全く見たことのない作品でも、全体の流れがすんなり分かり、「置いていかれる」ストレスを全く感じなかった。あのレベルを他の本にも求めてはダメなのだろうか。


もしかしたら、あくまで「脚本術」の本として脚本に興味のある人に読んでほしくて、脚注に熱が入り過ぎて「オタク」的になってしまうことを避けたのかもしれないが、説明が少な過ぎるため、かえってマニア向けの本になってしまっている。

3章のような文章を読むと、対談を本にまとめるのはなかなか難しいのだな、ということが改めてわかる。対談中の仕切りが悪いのか、その後の文章構成が悪いのか、対談の文章はそのままにして脚注をつければ、それらの問題が改善されるのかということは、よくわからないが、「3章の問題」がとても残念な一冊だった。


参考(過去日記)

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20161112

2016-11-08 Tue

[]何故そこまで嫌われるのか〜春原剛『ヒラリークリントン ―その政策・信条・人脈―』

開票は明日ということで、もうすぐ新しいアメリカ大統領が決まる。

公開討論会などのニュースを見ても、結局はヒラリークリントンで決まりなんだろうな、と思っていたら、ギリギリになって、メール問題が蒸し返されたこともあり、現在の候補者二人の差は僅差だという。

暴言を繰り返すドナルド・トランプが何故人気なのか、ということ以上に、ヒラリークリントンがここまで不人気の理由が気になっており、この本を読んでみた。


本の構成は4章からなり、ヒラリークリントンが嫌われる理由は主に、「二章」、「おわりに」に書いてあった。


「おわりに」では、2016年7月時点でヒラリークリントン大統領誕生の不安要素として3つが挙げられている。

  1. サンダースとの接戦を受けた、意図していなかった路線変更(左派路線への転換)
  2. 「Eメール」事件の余波(この不安は10月28日の捜査再開で現実化)
  3. ヒラリーとビル夫妻に対する米国民の拭い難い不信感

このうちの3つ目は、「Eメール」事件より以前にヒラリークリントンに「嘘つき」のイメージがあることを意味している。

その原因は何か。ハフィントンポストの記事が分かりやすい。

クリントン夫妻を「犯罪者」扱いするのは、メールサーバーの問題だけでなく、過去にも捜査当局が動いた事件が複数あるからだ。

第1に、ビル氏がアーカンソー州知事時代、土地開発事業汚職に絡む「ホワイトウォーター」疑惑に夫妻の名前が浮上した。夫妻は訴追されなかったが、デベロッパーが禁固刑を言い渡されている。

第2に、ビル氏が大統領時代、ホワイトハウス内で関係を持ったモニカ・ルインスキー事件では、ビル氏が訴追され、大統領職でありながら弾劾裁判にまで及んだ。有罪評決は逃れたが、大統領就任前から女性との交際が問題で、トランプ氏はビル氏に暴行されたという女性たちを支持につけている。

第3に、2012年9月、リビアベンガジで、米国人4人が死亡した米領事館襲撃事件で、当時国務長官だったヒラリー氏に危機管理意識がなかったとして、共和党から批判されている。

第4に、ビル氏の幼馴染でホワイトハウス幹部だったビンス・フォスターの謎のピストル自殺がある。ホワイトハウス内で、ファーストレディヒラリー氏と対立していたことや、「他殺説」まであり、コアのトランプ支持者はヒラリー氏が何らかの形で手を下したと思っているのは間違いない。

こうした5つもの捜査当局が絡んだスキャンダルにまみれ、いずれも訴追は免れていることが、「犯罪に手を染めている」と疑われて、一部の民主党支持者やトランプ支持者から毛嫌いされている所以だ。

「ヒラリーは罪人だ」”嫌われ者”クリントン、私用メール問題の捜査再開で一転逆風に

ホワイトウォーター疑惑は92年3月(大統領選途中)に浮上し、ビル・クリントによる釈明の記者会見が94年3月にあったということで、2年程度、疑惑が晴れないまま引っ張られており、その最中にビンセント・フォスター法律顧問が自殺するなど、口封じとみられてもおかしくない状況が生じている。さらに、これらの捜査に協力的ではなかったことから、それまで上々だったヒラリーに対する評価も大きく変わったという。

日本流に言えば、こうした疑惑の数々が、ヒラリーのイメージをそれまでの「スーパー・ファースト・レディー」という超ポジティブなものから、日本でおなじみの「疑惑のデパート」、「疑惑の総合商社」という「ヒール(悪役)」のイメージへと一気に転換させ、その人気と権威をあっという間に失墜させたのです。p102

また、ルインスキー事件は、1998年1月に発覚、8月に大統領が謝罪のテレビ演説、12月に弾劾決議案と長引いた。これは、「夫に裏切られたにもかかわらず、健気に支える献身的な妻」「最後に真実を知らされ、それでも耐える哀れな妻」という、それまでのヒラリー像とは180度異なる世間評価となり、好感度を上げる結果になったという。(そこまでヒラリーは計算ずくだったという見方も強い)

しかし、このときの、ビル・クリントンの「性的関係」ではなく「不適切な関係」という苦しい釈明や、1992年の大統領選で、英国留学中のマリファナ吸引疑惑に対して「吹かしたが、吸い込んではいない」などの弁明は、いずれも法的には「セーフ」かもしれないが、倫理的には「黒」であり、夫婦の口の上手さで切り抜けてきた、という印象を強く与えているという。(p121)

特に、ホワイトウォーター疑惑当時の1996年1月、ニューヨークタイムズ紙の名物コラムニスト、ウィリアム・サファイア氏が、「悲しい現実だが、我々の大統領夫人は生まれながらのウソつき(Congenital Liar)なのだ」と厳しく批判し、この言葉が今もヒラリーのイメージを強く印象付けているという。(p119)

ということで、もともと権力欲が強く、政治や人事に口出しをするファーストレディというイメージも強かったヒラリークリントンが、「嘘つき」と思わせるスキャンダルをいくつも重ねているということで、この印象は拭い難いのだろう。


ただし、この本には、どのように大統領を選ぶか、誰に投票して、誰に投票したくないか、とう有権者の立場の考えが不足しているように思う。

よく言われるように、アメリカは、1%の富裕層と99%の中間層・貧困層に分離してしまった超格差社会になっている。不満を貯めた中間層・貧困層の怒りの矛先は、当然、1%の富裕層に向けられるが、そういったエスタブリッシュメント象徴としてヒラリークリントンが存在する、ということも、ヒラリーが不人気の原因として大きいはずだ。

しかし、この本の中では、現代アメリカ社会の抱える最大の問題についてはあまり触れられておらず、あくまでヒラリーの半生と主張・考え方を整理したものとなっているため、大統領選を眺める上ではやや不足する部分が多かったように思う。


一方で、作者はヒラリーの大統領就任を確信しているからこそ、大統領選挙よりも、大統領就任以降の日本との関係に重点を置いて書かれているようだ。

本を読んで、ヒラリークリントンが男女同権にいかに心血を注いできたかがわかり、この流れで、安倍政権の女性政策を後押ししている状況も理解できた。また、アジア政策を重視し、日本の中韓に対する動きを注視している様子もわかった。

もう少し突っ込んだ内容も欲しかったが、新しい米国大統領(のはず!)がどのような人物か、というイメージが分かっただけで、この本を読んだ甲斐があった。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20161108
0000 | 00 |
1974 | 00 |
1997 | 01 |
2004 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 |