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2016-08-03 Wed

[]モヤモヤはインタビューで解消〜永田カビ『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』


最初に書いた感想

あまりに気になるタイトルながら、実は「生きづらさ」を感じている人の本だと知り、読んでみた。

結果、とても良い本だと思った。この本に救われる人は、おそらく沢山いる。

高校生とか大学生に読ませると、勘違いして、男も女も風俗に行きたい、とか言い始めるかもしれない(笑)ので、もう少し上の世代の人に多く読まれてほしい本。


とはいえ、最初に読んだときは、綺麗すぎる、と感じた。

それは、一度どん底まで落ちた吾妻ひでお失踪日記2〜アル中病棟』を読んだときに、「社会復帰ってそんなに簡単じゃないんだ…」と思ったこととの比較からだ。ラストで世界が輝いて見えるようになり、かなり常人に近づいた現状を見て、「不幸が足りない…」と何となく思ってしまったからだ。(上から目線で大変申し訳ありません)


読み返してみると、そうではない。

現状では、考え方が変わったものの、依然としてコミュニケーションは苦手で友達はいない。スペック的な部分が大きく変化したわけではない。

それでも、「大切な何か」を掴んだことが彼女(永田カビさん)にとって大きかった。

この本の凄いところは、かつての彼女にとって何が一番不足していたのかを、徹底的な自己分析のもとに明確に表現できている点だ。しかも、それは一般的な内容ではなく、彼女に特化した「特殊解」であるところに価値がある。彼女の本気度が見える。*1


そして、その「大切な何か」を示す見せ方(構成)も、非常に考え抜かれたものになっていると思う。

レズビアン風俗でお姉さんと対峙している場面から一転、この漫画は10年前から始まる。

大学を半年で退学し、鬱と摂食障害に悩まされた時期、彼女は悩みの原因を「居場所」に求めていた。

「所属する何か」「毎日通う所」がなくなった事が無性に不安だった

「所属する何か」「毎日通う所」=自分なのだと思っていた

自分の形を支えていたものを失って消えて空気に溶けそうだった p9

しかし、新しい「居場所」として、アルバイトをやっても不安はなくならない。(ロッカーでこんにゃくを食べる話が強烈でした)

あたたかい居場所を得るにはお金以外にも何かがいるらしかった

その、お金以外の「何か」は、

物をおいしく食べるのにも、自分をきれいに保つのにも

人と尊重し合う事にも必要なものだと

後年気付くがこの時はまだ知らない p21

と、序盤は「何か」を見せずに焦らす。焦らすことで、もっと大切なことがあることを予告する。

なお、この引用部分で「人と尊重し合う」という言葉を使っているのが、自分は好きだ。

人と会話をする、人とコミュニケーションをとる、でもなく、人と尊重し合う。それはとても大事なことだし、それができるためには、ここで焦らされる「何か」が必要なのだと思う。


章が変わって第2章「前日譚」は、次のような言葉で始まる。

自分にとって親の評価が絶対だった

親から認められたい

がんばらなくても許されたい

それだけが原動力で動いていた p25

しかし、アルバイトをして貯金をし、さらに、「親の希望する正社員」を目指して面接を受ける中で、必ずしも親の評価を受けない部分に、自分が一番やりたいことがあることに気が付く。それは、マンガを描くことだった。(パン屋の面接担当から「マンガがんばれよ」と言われて、電車内で泣いてしまうエピソードが好きだ)

そこから数年間マンガに打ち込み、ついにデビュー。

物語の流れとしては、好きなマンガに打ち込むことで不安も消えて、ハッピーエンド、となっても綺麗なのだが、予想とは違って、このあと彼女は精神的に辛くなり、病院で薬を処方してもらうようになる。

第1章の序盤で焦らされた「何か」というのは、「マンガを描くこと」ではなかったのだ。この漫画は、ここからが面白い。


薬を飲んで状態が改善した頃、自分の不安を生むものが何かを探ろうと、さまざまな本やWEB記事を読んでいた彼女は、自分に「誰でもいいから抱きしめてほしい」という欲望があることに気が付く。(このときの、「フリーハグ」と地元名を入れて毎日検索していたという話には、大変だとは思いながらもちょっと笑ってしまう)

そしてここに来て、やっと、今まで自分に足りなかったこと、第1章から焦らしてきた「何か」に気が付く。

私…自分から全然大事にされてない

(略)

自分を大事にできないから、

何を思っても自分から「大した事ない」扱いされる

だから何がしたいかわからないし、ついには何も考えられなくなってしまった p55

自分で自分を大切にすること、自分の本心に耳を向けることが「物をおいしく食べるのにも、自分をきれいに保つのにも人と尊重し合う事にも必要なもの」だったのだ。

それでは、彼女自身は、何がしたいのか、どんな本心を持っているのか。

(ここからが、彼女の「特殊解」だと思う。)


ここで初めて自分自身の性欲と向き合う。

彼女は、性的な事を考えてはいけない、性的な事なんか一生自分には関係ないまま死ぬと思っていたのだった。でも、自分の気持ちに素直になるために、これまで心の奥底に押し込めてきた「性的な事」に目を向けるようになる。


やっと自らを解放し、レズビアン風俗について検索しまくった翌日、世界が広くなったことに気が付く。(ここから第3章)

「親のごきげんとりたい私」の要求じゃなく、私が私の為に考えて行動している。

それがこんなに充実感のある事だなんて

ここの理屈が面白いのだが、レズ風俗について考えるようになってから、自分の身だしなみを気にするようになり、(雑念が多く集中できなくなるという弊害はあったが)仕事も頑張ってできるようになったという。後者はホントにそうかなあと思うが、わからなくもない。

世の中の「幸せな人」には、仕事に生きがいを感じて、それに打ち込んで幸せを掴む人と、仕事以外の「雑念」に振り回されながらも幸せに生きる人がいると思う。自分は、明らかに仕事に生きがいを感じるタイプではなく、彼女と同様に、レズ風俗(的な何か)で得たエネルギーを使って、日々の仕事を頑張るタイプな気がする。


かつ、重要なポイントがあると思う。

例えば、「レズ風俗」ではなく、「フィギュア集め」を、(これまで抑えてきたが)本当に自分のやりたいことだと気が付いた人がいて、この話のような展開になるかといえば、ならないと思う。

自分の気持ちに目を向けたときに出てくるものは、多分、永田カビさん以外の誰が考えても、人との接触、それこそ、最初の引用にあった「人に尊重される体験」なのではないか。つまり、「レズ風俗」というのは特殊解だが、一般解も、そこからあまりずれていない場所にある。

「そこ」に人がいるからこそ、身だしなみを気にして、自分を大事にするようになるし、それへと向けた無限のエネルギーが生まれてくるのではないだろうか。


改めて書いた感想

…と、ここまで書いてきたが、どうもしっくりこない…。

感想の文章自体も最初は良かったのに、何かズレてきた気がする…。

よく考えてみると、なんというか、この漫画にはしっくりこない部分が何点かある。

明るいラストを見て、「よかったね」と思う一方で、落ち着かない部分が少しだけある。


⇒本当に、「レズ風俗」が彼女を救ったのか?

まず、なぜ彼女を「レズ風俗」が救ったのかといえば、大きな一つの要因としては、それが「親のごきげんとりたい私」から一番離れた「自分のやりたいこと」だからだろう。

ラストで彼女はこう書いている。

高校を出てからの10年位、行動の選択肢に常にあった「死」が初めて保留になった

今までずっとどうしてみんな生きていられるのか不思議で仕方無かった

きっとみんな何か私の知らない「甘い蜜」のようなものを舐めているんだと思った

それが今、急に口に大量に注ぎ込まれたような感じだった

生きる理由、生きる力、この世の場所、何が「甘い蜜」となるのかは人によって色々だと思う

(略)

私が最後にまともな生活をしていた頃である高校時代は

友達がいてくれる事でほめてもらえる事が甘い蜜だったから

友達のいる状態に戻る事しか満たされるすべは無いと思ってたけれど

手ごたえを持って描ける物がある事、自分の描いた物をたくさん見てもらえる事

「何によって自分の心が満たされるのか」がわかった気がする

発信して人に届く事、人に認めてもらう事だ

つまり、前回、デビューして「まるで長い洞窟から外へ出られたようでまったく新しい自分になったよう」と感じていたにもかかわらず「2年も経つと魔法が解けたように苦しくなった」のは、マンガの題材が「手ごたえを持って描ける物」では無かったからだ。そして、「親のごきげんとりたい私」が、自分の本心を閉じ込めていたからだ。

それに加えて、彼女が「レズ風俗」で救われたのは、彼女がマンガ家であり、マンガの題材として「レズ風俗」が新鮮だったからという要因が大きい。pixivという媒体の存在や、体験漫画のニーズが増えているという現在の社会状況ももちろん関連する。

その意味では、彼女が商業誌デビューしたときの二の舞にならないためには、「レズ風俗」以外の新しいネタを仕入れていかなくてはならない。もちろんすべての漫画家に言えることなのだろうが、その意味では、これからの頑張りが重要で、「甘い蜜」として彼女の心を満たした「発信して人に届く事、人に認めてもらう事」というのは、継続性があるわけでは全然ない。


と考えると、第4章(当日編)で、レズ風俗のお姉さんに会いに行く前と帰り際に2度口にしているように「友達をつくること」が、彼女を真に救うことになるのかもしれない。今は人気だから何とか大丈夫だが、人気がなくなったときに、独りだときっとまたきつくなる。自分でもそれを心の底で思っているからこそ、ここでわざわざ2度も「友だちがほしい」と書いているのではないかと邪推する。


⇒親のことをどう思っているのか?

邪推ついでに言えば、「親のごきげんとりたい私」が自分の本心を閉じ込めていた状況と、かなり長い間「正社員になれ」と親に言われ続けてきたことから考えると、もっと親を恨んでも誰も文句を言わないと思う。にもかかわらず、親への批判は避けているように見えるのが気になる。

おそらく、彼女はとてもいい人なんだと思う。思うけれど、一時はブームになるほど「毒親」という言葉が溢れており、実の親を批判することは、それほどレアケースではない。親の問題も否定できない部分があるにもかかわらず、親への文句が全く出ないのは少し気持ちが悪い。

何か整理できていない部分があるのだろうか。


⇒彼女はレズビアンなのか?

そして最後に、彼女が本当に女性を好きなのかどうかがよくわからなかった、というのも、ちょっと気持ちが悪い。「性的な事」を避けてきたのは分かるが、マンガの中で2度登場するレズ風俗の場面を読んでも、彼女がそれを本当に望んでいるのかよくわからない。

そもそも、「レズ」という(通常侮蔑の意味も含まれる)言葉をここまでおおっぴらに言いながら、性的指向についての悩み描写カミングアウトも、そして恋愛体験も一切書かれていない本というのは、ほとんどないんじゃないかと思う。

唯一書かれているのは、「フリーハグ」という言葉で検索しまくる場面での自己分析。

ところで、フリーハグ程度なら性別問わないのだが

それ以上の事をしたい対象が なぜ女性かというと

自分が「自分」である前に「女」であると

過剰に定義されるのが怖いというか...

後はもうとにかく男体より女体に性的な興味がある

でも特定の女性に性欲を抱くわけじゃない…みたいな


これだけ理路整然と自分の悩みを言語化していくこの本の中で、自分で自分をレズビアン認定する場面がこれだけしか無い、というのは、本当にしっくりこない。そして、そもそも、「誰かを好きになる」ということをベースにしなければ、性的指向を語ることは無理なのではないかと思う。しかし、この本には、それが無い。

ただ、やはり、彼女は「性的な事」を考えること自体が本当に苦手なのではないか、という気もする。

特に、(「創作物の描写」を改めるよりも)「性に関する正しい知識」を学校などでしっかりと教えるべきという話が、突然に、前後の脈絡とあまり関係なく表れる場面(p118)状況を見るにつけそう思う。。

そうすると、どういう覚悟を持って「レズ風俗」などという言葉をタイトルに選んだのか、と軽い怒りが沸き起こってきてしまう。そもそも、この本を読む前に本の内容として想像していたのは「レズ風俗って何?」ということしか無かったから、読者を騙すタイトルであることは確かだろう。

別にバイセクシュアルや、アセクシュアルの人もおり、グラデーション的な違いがあるんだから、男女どちらに性欲を感じるのか、という部分を追求する必要もないのかもしれないが、漫画を読む限り、彼女がレズビアンであるとは何だか信じられなかった。(むしろ田房永子が熱望するような、安全な形での「女性向け風俗」を、彼女が真に求めているのでは、とも思う)



cakesアンケートを読んで

ということで、この本がしっくりこない原因は(1)本当は友だちが作りたいということの方が彼女にとって重要では?(2)本当は、親のことを憎んでいるのでは?(3)そもそもレズビアンという自己認識が誤っているのでは?という3つにあった。

ここまで書いたとき、CAKESにインタビューの前半を読み、後半に、どうも自分の疑問に答えてくれそうな内容が載ることを知り楽しみにしていた。

…で、読んでみると、まさに、自分がモヤモヤしていたことが載っていた!!

また、そこからリンクの張ってあったpixiv連載中の『一人交換日記』もモヤモヤを吹き飛ばす内容だった。

“人肌”は、自分のすべてを救ってはくれなかった|永田カビ @gogatsubyyyo |『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』永田カビインタビュー

一人交換日記 - 永田カビ | 無料試し読み 【pixivコミック】


⇒(1)本当は友だちが作りたいということの方が彼女にとって重要では?

まず「レズ風俗」に救われたのか?という話については、まさにインタビューで答えている。

最初にレズ風俗に行ったきっかけである「人との接触で心満たされればすべての苦しみから解放される」神話が、まだ自分のなかで根強いんでしょうね。3回 行ってみた今、初対面で数十分しか会えない、しかもプライベートは聞いてはいけないマナーになっている相手と触れ合っても「すべての苦しみ」からは解放さ れないというのはわかったのですが……。

なので、レズ風俗は今のところの非常手段であって、他の方法も模索中です!

一人交換日記の第2話でも「私のこと好きじゃない人にお金払って虚しくなりに行くのか!」と脳内の自分がツッコミを入れているが、やっぱり、それでは救われないことは分かっているのだ。

で、インタビューでは、「他の方法」として、「昔の友だちでも仕事関係の人でも、それこそネットで知り合った人でも、機会があれば会うようにしている」としている。

そうだよね、それしかないよね、と改めて思う。


⇒(2)本当は、親のことを憎んでいるのでは?

一人交換日記では、『レズ風俗レポ』に比べると、より煩いものとして親が描かれており、特に第5話では母親に対する複雑な気持ちを打ち明けており、とてもスッキリした。

数年前まではずっと

私がしんどいのは全て

お母さんのせいだと思っていた。

から始まり、母も被害者だったのでは?ということに気づき、母を見捨てて実家を出ていいのかと悩むこの回と、そして第3話での、父親への激しい怒りを露わにするシーンで、自分のモヤモヤは完全に晴れた。親に対する憎しみについては『レズ風俗レポ』では話がわかりにくくなってしまうため、封印していたのだろう。

それにしても『一人交換日記』は、彼女の悩む様子だけでなく、悩んでいる状況に対する分析が上手く、それにもかかわらず、物事が全く思い通りに行かない(部屋を借りなおす話には衝撃を受けました…)ため、本人は大変かもしれないが、読者側はスリルを感じながら読める。リアリティTVみたいで、外から見ている自分に少し感じる罪悪感がまたスパイスになっているのかもしれない。ということで、限りなく悪趣味な感じもするが、自分は永田カビさんを応援しています。


⇒(3)そもそもレズビアンという自己認識が誤っているのでは?

これについては『一人交換日記』でも全く言及なし。結局、「人肌」至上主義ということで、それを満たせるサービスが「レズ風俗」ということなのでしょう。自分がレズビアンではないのに、タイトルに「レズ風俗」を謳うのはやはり気持ちが悪い。自分はLGBTについて詳しくないけれど、ノンケの男の人が『さびしすぎてゲイ風俗(ホモ風俗)に行きましたレポ』を書いたら、とても差別的な感じがするので、このタイトルについては、やっぱりちょっと引っかかりは残ったのでした。


ともあれ、『一人交換日記』は、とても面白く、何となく読んでいるこちらも励まされ、福満しげゆきの『僕の小規模な失敗』を思い出しました。これからの作品も楽しみにしていますので、頑張りすぎないように時々休みながらマンガを続けていただければと思います。


参考(過去日記)

*1:以前読んだストーカー本によれば、一般解は、一時しのぎ、成り行きまかせ、様子見、分析にとどまる意見など、現状を変えることにはならないアドバイス。それに対して特殊解は、まさにその人が直面している問題点に即した個別で具体的な回答。

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2016-07-31 Sun

[]観察映画『Peace』を観てみたくなる〜想田和弘『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』

なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか (講談社現代新書)

なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか (講談社現代新書)


とても面白く読んだ本。

面白い理由の一つは、勿論、観察映画を含むドキュメンタリーについて詳しく知ることができるという題材が興味をそそられる、という点にある。しかし、それ以上に、編集の上手さに驚く。

観察映画やドキュメンタリーとは何か、その面白さはどこにあるのか、対極にある台本至上主義とは何か、報道フィクションとどう違うのか、という、本のタイトルから想定される内容については、非常にわかりやすく説明されている。

しかし、その文章が、2010年の作品『Peace』の制作過程と合わせて語られることによって、読者も、映画監督である想田和弘に近い視点で理解することができる。いわば頭だけでなく、身体的に理解できる。

特に、映画祭からの短編依頼から制作を開始するまでの着想の過程や、撮影途中での大きな方向転換(牛窓ばあちゃんの撮影断念、猫や橋本さんという撮影対象との出会い)については、ワクワクしながら読める。また、撮影終了後の編集作業についても、(読者が)ここまで監督の撮影についてきたからこそ、53分版と75分版の2バージョンを作成する場面の悩みなどが、実感としてわかる。

『Peace』の制作過程を抜きにして編集された本であったならば、本を読み進める原動力は知的好奇心のみしかなかったかもしれないが、『Peace』という映画作品が何処に向かうのか?その先に何があるのか?という、ある種の冒険も含んだ物語が、強く読書を駆動する。


勿論、『精神』や『選挙』など過去作への言及も多く、『Peace』だけでなく、これらの作品にも非常に興味が湧くが、やはり、読み進めて一番最後に、『Peace』が映画祭のオープニング作品に選ばれ、日本でも海外でも高評価を得ることができたことを知り、まだ見ていない『Peace』という映画が、改めて好きになる。そういう風に編集されている。そこが上手いところだと思う。


エピローグでは、映画から少し広げて文明社会について次のように論じている。

僕らが生きているこの文明社会の問題点は、とどのつまり、あらかじめ定めた旅の終着点ばかりを重視して、そこになりふり構わず、景色も眺めずに一直線に向かっていく所作にあるような気がしている。

あらかじめ定めた終着点とは、ドキュメンタリーでいえば台本だ。

(略)

ドキュメンタリー作りとは無縁の皆さんも、それぞれの住む場所、仕事をする場面で、それぞれの台本を一度捨ててみると、もしかしたら世界が違って見えるかもしれない。要は、あらかじめ定めた終着点のない旅に出てみるのだ。終着点が決まっていたときには見過ごしていた、思ってもみないような面白い景色が、きっと見えるのではないかと思う。


想田和弘さんは、twitterなどでの発言で反安倍政権の傾向が強いことから、ネット上では批判の的にされることもあるが、その思想は、ここで書かれている通り「あらかじめ定めた旅の終着点ばかりを重視」することへの抵抗の現れだろう。自分は、常に想田さんの意見に賛成するわけではないが、間違いなく、自分の頭で考えて発言するタイプの人物という意味では、非常に信頼できる人物であるということが、この本を読んで改めてよくわかった。

これまで、タマフルなどで取り上げられることもあり、興味を持っていたが、改めて映画が見たくなった。レンタルで借りられる作品もあるようなので、まずは一度見てみたい。


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2016-07-30 Sat

[][]あさのあつこの著作・解説への感想 目次

⇒『バッテリー』1巻の1度目の感想。熱いあとがきへには強く反応しているものの、このときには、まだ「あのこと」には気が付かず…。


⇒これも只事ではない熱量の解説。『ぼくらは海へ』から『バッテリー』には確かに受け継がれたものがあると思う。


⇒「半歩遅れの読書術」のコーナーであさのあつこが「決して楽な読書を許してくれない一冊」として『ルポ 子どもの貧困連鎖 教育現場のSOSを追って』を紹介しており、その文章が心に響いた。原文を読みたいが、ネット上では確認できなかった。


森絵都『DIVE!』と並び称されるスポーツ青春小説、『バッテリー』、『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子)の著者が、それぞれ文庫版上下巻の解説を書いているが、これが、やはり熱い。島本和彦を思い出させるほどの熱量。


⇒『バッテリー』の感想。1巻は2度目のチャレンジで、初めてBL要素を意識することになる。

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2016-07-27 Wed

[]憧れ、嫉妬、自己嫌悪〜あさのあつこバッテリー3』

バッテリー 3 (角川文庫)

バッテリー 3 (角川文庫)

オトムライが息を整える。

「原田、おまえは中学野球というものを何だと思っとるんだ。いいか、教育の一環なんだぞ。よく頭に叩き込んでおけ。チームワークとか努力とか、勝った嬉しさとか負けた悔しさとか、教室の勉強では学べないことを知っていく場なんだ。野球はひとりじゃできん。他人に支えてもらって、他人を支えてチームができる。野球ができるんじゃ。そういうことを中学という時期に学んでいくのが、中学野球の理念で…」

「おれの言うことに、答えろよ」

バシッ。豪の足元に雨粒が叩きつけられた。風が、砂ぼこりを舞い上げて三人の側を吹き過ぎる。

「ごまかすなよ。理念なんてどうでもいい。あんたの気持ちはどうなんだよ。本音を言えよ、先生。おれの球をつかって、試合をやりたいと思ったんだろう」 p54


TVアニメ「バッテリー」の第2話を見た。

いきなり1巻のクライマックスとなる展開に急ぎすぎだとは思っていたけど、あそこまで端折ってしまうと、巧が泣いた理由が見ている側には伝わりにくい。

というのも、作者が否定し、巧や豪が否定する通り、『バッテリー』というのは、友情の物語ではない。(p146の豪の独白など)

もっと言うと、友情という甘い言葉で括れるものではなく、憧れと嫉妬、そして自己嫌悪の物語だ。

巧が青波のボールを遠くに投げてしまったとき、既に巧の気持ちはピークに達している。あのボールは、巧が打たれたフライを、青波自身が捕球してアウトを取った記念のボール、つまり青波にとって、兄との繋がりの象徴でもあり、自分の中の野球の可能性を後押しする大切なボールだった。(この部分を端折ったアニメ第2話では、青波があの軟式ボールにこだわる理由が分からない)

それを放り投げてしまった。巧は、青波の自分へのまっすぐな思い、野球へのまっすぐな思い、そういった自分に無いものの相手をするのが嫌になっていたのだ。

神社で青波の無事が分かったときに巧が泣いたのは、安堵の気持ちに入り混じる自己嫌悪が原因だが、その自己嫌悪は、青波と豪への憧れと嫉妬から来ている。そういった自分の弱点をわかりつつも、巧は自分を変えないところが、いかにも巧の性格をよく表している。

自己嫌悪があるから自分を信じられなくなるのではない、自己嫌悪があるからさらに自分を強く信じるのだ。そういう、どこか袋小路に入っていくような巧の強い気持ちが、次第にほかの登場人物にも伝染していく。そこが『バッテリー』という作品のリアリティーであり、一番の魅力だと思う。

そこがうまく表現できていなかったように思うが、アニメアニメで好きなので、今後に期待したい。


さて、『バッテリー3』で、巧の強い気持ちが伝染していく様子が一番よく表れるのが、3年生のキャッチャー、展西(のぶにし)のシーン。展西は、2巻で御役御免の脇役キャラのはずだったのだが、この巻で退部届を出す際に、巧に対応するかのように自分の本心をさらけ出す。

「監督…いや、先生。おれ、ほんとは、野球ってそんなに好きじゃないんです。ていうか、それこそチームプレイだのチームワークだのってこと自体が苦手なんですよ。みんな仲良くいっしょに力合わせてやりぬこうなんてこと、だめなんです。入部してすぐ、あ、おれには向いてないなって感じました」 p167


ただの悪者で終わると思っていた展西がぶっちゃけるシーンには驚いたし、何度も書くように、「本音で語る」という空気がキャラクター内に伝染していく様子に感動した。

また、冒頭に引用したように、この空気が野球部監督のオトムライにも伝わる。通常の生徒なら絶対に口にしない巧の物言いに、オトムライの心はグラグラしていく。2巻のあとがきであさのあつこ宣言していることそのままに。


そして、この3巻では、あの大らかな豪までが、本気で怒る。

初登場の門脇との対決。最高の球を投げた直後の4球目で本気を出せなかった巧に豪は激怒する。

「ちきしょう。ばかにしやがって…ちきしょう」

ぐらぐらと頭が揺れる。血と唾を呑み下すと、吐き気がした。怖かった。豪が怖い。豪から噴き出す怒りの感情が怖かった。これほどの怒りを真正面から受けた経験はない。展西たちとは、違う。オトムライとも違う。そんなやわな感情ではなかった。呑み込まれ、食い潰される。恐怖が背筋を走る。こみ上げる吐き気と叫びを歯を食い縛ることで、こらえた。 p225

不器用に、しかし、声を震わせながら本心を伝えようとする中学生たちの様子に、自分はいつも涙を貯めながら『バッテリー』を読んでいる。この破裂しそうな感じは、大崎善生『聖の青春』の路上殴り合いシーンを思い出す。こんな感じが「青春」なのかもしれない。自分は中高生時代に、そこまで自分の心に正直にはなれなかった気がするが。


さらに、この巻には、「(怖い夢を見るから)いっしょに寝たらだめ?」と、巧の部屋に来たりとか、まだまだかわいい青波の「ぼくな、お兄ちゃんに勝ちたい」という静かな決意表明のシーン(p77)もあり、青波×巧の絡みも見逃せない。やっぱり『バッテリー』は面白いじゃないか。


参考(ブログ内リンク)

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2016-07-24 Sun

[]ぼくらが(ひとりでも)旅に出る理由〜吉田戦車『吉田自転車

吉田自転車 (講談社文庫)

吉田自転車 (講談社文庫)

この本は単行本が2002年に発売、連載は2001〜2002年ということなので、1963年生まれの吉田戦車が38〜39歳の頃の作品だ。今現在の自分よりも少し年下ではあるが、吉田戦車の「先輩おじさん風」エッセイとして読むことができた。

作者が吉田戦車ということもあり、当然のことながら、Facebook的な、もしくは、機内誌、車内誌にあるような、「幸せな」旅エッセイではなく、あくまでフラットなところに親しみが湧く。つまり、嫌なことや恥ずかしいことについても、ネタとして扱い、かつ、盛り過ぎない。

買ったばかりのオレンジ色のデイパックを、二子玉の高島屋で買い物をしている奥様方に笑われていないか、と後悔するくだり(第7回)や、山梨の別荘(民家を譲り受けたもの)がジャングルのようになっていて、近くに住む人たちから文句を言われる場面(第9回)など、失敗とまで行かないが、自分の日常の中でも経験しているような「嫌な思い出」が多いことが、自分の生活と地続きな感じがして楽しい。


そして、個人的な感想になってしまうが、この本の特徴は「近い」。

自分の移動範囲にある、見慣れた地名ばかりが登場する。

野川、三鷹の森ジブリ美術館地球屋(蕎麦屋)、豪徳寺八幡山天下一品東宝大工センター、品川通り、東八道路生田緑地公園の岡本太郎美術館

これらの場所の多くが、よく行くマラソンコース内にあることもあって、自転車とランの違いはあっても、自転車旅にシンクロするように楽しむことができた。


また、仲間と一緒のときもあるが、基本的に、ひとりで自転車を漕いでいる、それを楽しんでいるところが自分は好きだ。

最終回は、調布から北の丸公園にある科学技術館まで遠出をするのだが、帰りは足が痛くなってしまい、友人の家に自転車を預けて電車で帰路につくことになる。

駅で電車を待つシーンの独白が、本編最後の文章になっているのだが、この部分には強く共感する。

ベンチで足をもみながらしばらく自問自答してみる。

俺はなぜ自転車遠乗りなどするのか。

答えはもちろん「おもしろいから」であるが、それでは今の痛い状態が、お前はおもしろいのか。

困ったことに、この日常的ではない疲労感もまたおもしろいのだ。

今にもぶっこわれそうに膝上の筋肉は痛む。しかし、

「都心のほうはかなりおもしろかった。また来よう」

などとのんきに考えているのだから、まあ、まだまだ元気で幸せな自分である。

結局「おもしろいから」以上の理由はないのかもしれない。

でもって、どうしておもしろいのか、を小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」に引きつけて掘り下げると、やっぱり行く先々に人々の暮らしがあるからなのではないかと思う。

うまいラーメン屋を目的地に据え、「ばあさんをひかないように」進むのが楽しいのは、そこに毎日続いていく暮らしがあるから。たとえ直接ひとに出会わなくても、綺麗に手入れされた花壇や、野球場、公園、そこには人々の楽しみがある、自然に目を向ける人々の眼差しがある。砂漠の中や、誰もいない陸上競技場を延々と走るのではなく、街の中をを走れば、そこに必ず暮らし、LIFEがあるから。

そして、何より自分の身体を使って先に進んでいく、そこには自分自身の生命、LIFEを感じる。だからこそ、ランニングでも自転車でも、走るのはおもしろい。

半ばこじつけだったが、こうして書いてみると、小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」は、広く普遍的なことが歌われている凄い曲なんじゃないかと思えてきた。久しぶりにアルバム『LIFE』を通して聴きたくなった。


LIFE

LIFE

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