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2017-11-19 Sun

[]これはひどい!2〜蘇部健一六枚のとんかつ

六枚のとんかつ (講談社文庫)

六枚のとんかつ (講談社文庫)


早坂吝『○○○○○○○○殺人事件』があまりにもひどい内容(⇒これはひどい!(褒めてます)〜早坂吝『○○○○○○○○殺人事件』)で、改めてメフィスト賞は「何でもあり」の文学賞なのだなあ、と逆に感心。その勢いのまま、バカミスとしてよく名前の挙がる第3回メフィスト賞受賞作にチャレンジした。


結果、想像を超えるバカ度合いに驚いた。

まず、タイトルから6作品収録の本だと勘違いしていたが、文庫本では14作品+ボーナストラックで、本当に「短編集」。その14作の短編の中には、確かに、読者への挑戦状がついたしっかりとしたミステリもあるが、下ネタや駄洒落、馬鹿トリックの多さにひたすら驚く。

これを読むと、早坂吝の本は『六枚のとんかつ』の遺伝子を受け継ぎつつ、独自色を出せていて、素直に評価する気持ちが強くなるくらいだ。

実際、解説でも書かれているよう、この本は刊行後に空前の批判にさらされたということで、「たんなるゴミである」(笠井潔)など、相当厳しい意見が飛び交ったそうだ。

著者自身もその批判を認め、文庫版出版にあたってノベルス版から出来の悪い2編をカットしている。その代わりに追加されたのが、ノベルス版では下品すぎるという理由でカットされていた「オナニー連盟」だというから、その反省がどこまで真面目なのかよく分からないが(笑)


ただ、実質的なデビュー作だという時刻表トリック(っぽい)ミステリしおかぜ17号四十九分の壁」は、まんまと騙されてしまい、ラストに大爆笑した。これほど印象的で、絶対にそのトリックを忘れない短編は無いかもしれない。

そして「六枚のとんかつ」。作品内でも「読者の挑戦状」部分で明かされているよう、島田荘司占星術殺人事件』のアリバイ版で、トリックも上手いが、それが6枚のとんかつを使って説明される手管も見事。

また、解説で、上の2作と並べてベスト3として挙げられている「丸ノ内線七十秒の壁」は、力技ながら「ちゃんとしたトリック」。


でも、総括すると「くだらない」の一言ではある。

本当にくだらない短編ばかりだけれど、応援したくなる一冊。続編が『6とん4』まであるようなので、ささっと読んでしまいたい。あと、最後の一頁の絵で真相が判明するという『動かぬ証拠』も。

…と思って検索してみると、『「小説X」タイトル募集!』という野心的なプロジェクトが、Kindleで期間限定で無料に!まずはこれかな。


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2017-11-18 Sat

[]その熱量は人生を変える〜朝井リョウ『何者』

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)


読後すぐに思ったのは、とにかく構成が上手いということ。

もう少し詳しく言えば、物語の起伏のつけ方で読者の心情を思うがままにコントロールしつつ、整理された物語の配置の妙に、最後に読者が唸らされる。そんな本だと思う。

ただ、やっぱりこの作品の一番の魅力は、その「熱量」。

クライマックス部分の熱量には衝撃を受けた。

ということで、ネタバレは避けられないので、そこは全く気にせず感想を書いてみる。


文庫巻末の解説で、この作品の映画化も手掛けた三浦大輔さんが、作品の魅力を上手くまとめている。

一般的に言われているであろう、『何者』という小説の魅力は、主人公の立場で感情移入し、安全な場所で傍観していた読者が、いきなり当事者になり変わるところだろう。朝井さんの作品は、人間誰しも心に忍ばせている、矮小な自我を容赦なく暴き、「ほら、みんなもこいつらと一緒だろ」と、読者の襟首を掴むかのように突きつけてくる。もちろん、そこに辿りつくまでの物語の伏線の張り方・構成も見事としか言いようがないのだが。

小説を読む楽しさは、「安全な場所」から物語に参加できる「読者」というポジションが与えられる安心感によるところも大きい。そして、読者の感情移入先の「主人公」という立場も同じで、他の登場人物よりも「上から目線」で観察・描写することができる、ジョーカーのような特別なカードなのだ。よく使われる言い方で言えば、主人公と読者の「共犯関係」、その言葉がここまでぴったりな小説も珍しい。

その「共犯関係」について、作中では、嫌なタイプの人間として描かれていた人物から指摘される、そのちゃぶ台返しが『何者』のクライマックスだろう。

主人公・拓人が就活2年目であるということが作中で初めて明らかになり、さらに秘密にしていたツイッターの別アカウントの存在について指摘した理香は畳みかける。

  • 「あんたは、誰かを観察して分析することで、自分じゃない何者かになったつもりになってるんだよ。そんなの何の意味もないのに」
  • 「拓人くんは、いつか誰かに生まれ変われると思ってる」
  • 「この鋭い、自分だけの観察力と分析力で、いつか、昔あこがれたような何者かになれるって、今でも思ってる」
  • 「いい加減気づこうよ。私たちは、何者かになんてなれない」
  • 「ダサくてカッコ悪い自分の姿で、これでもかってくらいに悪あがきするしかないんだよ、もう」
  • 「でもね、そんな遠く離れた場所にひとりでいたって、何も変わらないよ。そんな誰もいない場所でこってりと練り上げた考察は、分析は、毒にも薬にも何にもならない。それは、誰のことも支えないし、いつかあんたを助けたりするものにも、絶対ならない」

もう10年間も、誰もいない場所でこってりと読書感想文を書いている自分としては、色々と刺さるところの多い指摘だった。


ただ、一方で、この小説には突っ込みどころも多い。

ラストで、生まれ変わった拓人の面接場面が描かれるが、それは、カッコ悪い自分の姿を晒すというよりは、ただの自爆なのでは?とも思うし、勿論、作中の人物が皆若いために、彼らの台詞が青臭すぎると感じる人も多いだろう。

しかし、一番のツッコミどころは、クライマックスで畳みかける理香の性格の悪さだろう。お前が言うか!と。それをお前が言うのか?と、誰もが思ってしまう。

読み返してみると、ミスリーディングのためとはいえ、拓人は人間関係に恵まれている。

作中で一番の好青年として描かれる光太郎と一緒に暮らし、頼れる先輩・サワ先輩からもケアしてもらっている。居酒屋で長い間バイトを続け、意中の人物・瑞月は、同じ居酒屋で最近バイトを始めた。

もう、この事実だけで、拓人はちゃんとした人間だと思う。

アカウントの存在なんかは、むしろ可愛いもんだとすら思ってしまう。

それと比べると、理香の、プライドばかり高くて、自尊心を満たすためには、人を不快にする発言も気にしない性格は、とても友達が多いようには思えない。

拓人と理香は似た者同士なのだが、理香は「私はあんたと一緒じゃない」と言う。

  • 「そこが違う。私は拓人くんのことを笑ってはいない。かわいそうだとは思ってるけどね」

これが、いわゆるマウンティング以外の何であるというのか。


ただ、延々と理香が拓人に台詞を畳みかけるこのシーンは、やはりこの熱量だけで名シーンだ。しかも、この発言が拓人の行動を変えることになる。言葉よりも熱量が人生を変える名シーンだと思う。


大学生同士が言いあうことだから、青臭すぎたり、ただのマウンティングだったりで、一言一言は、それほど深くは刺さらない。むしろ性格の悪いところや粗ばかりが目立つ。

しかし、就活という大舞台を前にして高まる緊張感やあり余る熱量はものすごく伝わってくる。

拓人のように、自分の行動を変えよう、悪あがきをもっとしようと思える、とても良い一冊でした。

映画や関連本にも手を出したいし、朝井リョウ作品はもっと読んでみたい。


何者 DVD 通常版

何者 DVD 通常版

何様

何様

スペードの3 (講談社文庫)

スペードの3 (講談社文庫)


参考(過去日記)

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2017-11-12 Sun

[]なぜ人は「怖い絵」展に3時間も並ぶのか〜中野京子『怖い絵』

怖い絵 (角川文庫)

怖い絵 (角川文庫)


原作本が大好きなよう太が熱望するので、11/3に上野の森美術館で開催中の「怖い絵」展に行ってきた。10時開館のところを9時15分について入場したのが11時15分ということで、実質2時間待ち。ただ、その後1時間半近くは親子それぞれで音声ガイドもつけて十分に作品を堪能した。

f:id:rararapocari:20171103110513j:image

最初に結論から言うと、とにかく「レディ・ジェーン・グレイの処刑」に尽きる。

これがあったから2時間待った甲斐は十分にあったと胸を張れるし、逆にこれが無かったらいまいちピンと来ない展覧会になっていたように思う。

『怖い絵』の中野京子さんも、まさにそこを最重要事項と考えていたようで、現代ビジネスの記事を読むと、この絵をめぐる苦労がよくわかる。

なかなかのラインナップと思いつつ、しかし成功する展覧会には絶対に「顔」が必要だ。それは玄人も素人も、老若男女全てを、一目で有無を言わさず惹きつける作品でなければならない。美しくて怖い、そのことが一瞬で見てとれる作品でなければならない。

『怖い絵』の「怖い」が血まみれのスプラッターや目をそむけるグロテスクではなく、美術作品として完成されていて、なおかつそこにはまだ謎があり、何だろう、知りたい、ずっと見続けていたい、と思わせるものでなければならない。

できればそれは『怖い絵』シリーズ全5冊の表紙のうち、まだ来日していない作品が望ましい。となると、ドラロ―シュの「レディ・ジェーン・グレイの処刑」をおいて他にはないのだった。

これだ!――我ら師団は一致した。

(中略)

極悪非道のわたしは「ジェーンが来ないなら『怖い絵』展はやらない」と告げ、追いつめられた藤本さんは、もし借りられなかったら失踪しようと思ったという。

「怖い絵」展開催までの悪戦苦闘(現代ビジネス)

所蔵先のロンドンナショナル・ギャラリーは「ジェーンを見に年間600万人が来館するのに、半年も貸せない」と言ったというが、3m×2.5mという大きさもあり、確かに、ロンドンナショナル・ギャラリーでの人気もうなずける迫力。

なお、ポスターなどで使われたこの絵のコピー『どうして。』も最高だ。兵庫県美の学芸員、岡本弘毅さんによるものだというが、突如女王にまつりあげられ、9日後に断頭台に向かうことになった彼女の心情を短い言葉で効果的に表現できていると思う。


現代ビジネスの記事では、この展覧会の独自性は3つあると、中野京子さん自らが語っている。

1つには、美術専門家でもないドイツ文学者による書籍(角川文庫『怖い絵』シリーズ)が元になっていること。

2つ目は、画家や美術館くくりではなく、「恐怖」を、それもさまざまな恐怖を孕んだ西洋絵画が集められていること。

3つ目は、各作品の横にかなり長めの解説を掲げ、また詳しい音声ガイド使用も促して、自分の感性だけを頼りにするのではなく知識を得て絵を見てください、と鑑賞者に(不遜にも)強制していること。


このうち3つ目が今回の映画の一番のポイントで、そもそも中野京子さんが原作本の刊行時にも意識されていたことだ。

ところが、この部分は自分が展覧会に行くときのイメージとは異なる。

中野さんは、「知識よりも感性を頼りにして美術作品を見ろ」と教えられた、というが、自分の印象は逆で、小中高で、むしろ美術作品の背景部分についても勉強したように思う。

これに加えてセザンヌゴッホだ、という一部の絵画に対して権威的に持ち上げて、ひたすらにそれらを「良いもの」と評価しなければならないような空気を、自分は「美術館」というものに勝手に感じていた。要するに、自分の感性で「良い」「悪い」を評価できない面倒くさいものだと思い込んでいた。

自分が現代美術を好きなのは、自分の感性で良い悪いを判断でき、これまでに見たことのない表現で自分を驚かせてくれるから。『怖い絵』が否定する美術作品へのアプローチこそが、自分が展覧会を観に行くときの基本姿勢だった。


実際、今回、初めて『怖い絵』(一冊目)を読んでみたが、惹かれるのは『キュクロプス』や『我が子を食らうサトゥルヌス』など、説明なしで圧倒的に怖い絵。

一方で、『ベラスケスによるインノケンティウス10世の肖像後の習作』や、情報量過多な『愛の寓意』など、作品の背景を知ることによってはるかに絵を見るのが楽しくなることも実感できる。

『怖い絵』という本は確かに面白い。


しかし、自分が2時間待ってこの展覧会を見て「良かった」と思えたのは、、細かい蘊蓄があったからというのとは違う。

ジェーンの圧倒的な存在感があったからこそ、だ。

細かい蘊蓄は美術館で知って楽しむものじゃない。それこそ、読書の楽しみそのものだ。

11/3は美術館を出る頃、3時間半待ちの行列が出来ていたのだが、それほどまでに『怖い絵』展が人気になった理由が「蘊蓄」なのだったら、本の方がもっと売れろよ、と思ってしまう。


一方で、特に今回強く思ったのは、オデュッセウスだとかセイレーンだとかキルケ―だとかの神話の話や、世界史の基本事項くらいは、やっぱり知っていた方がいいなあ、ということ。

美術館で、絵に登場する人間たちの物語を知っても理解の助けにはなるが、感動するまでには至らない。

それこそ、今見ているのが、加藤直之の描くグインサーガの表紙だったらもっと心に響いているのに、と何度思ったことか。


ということで、中野京子さんをはじめ、もっと美術を楽しむための知識を身につける本を読んで次に備えておこう、と思ったのでした。


次はこれか。


やっぱりしっかり作品が載っていそうな本がいいな。

ビジュアル図解 聖書と名画

ビジュアル図解 聖書と名画

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2017-11-11 Sat

[]“元トモ”を思い出したり思い出さなかったり〜一穂ミチ『きょうの日はさようなら』

いつも聴いている「本と雑談ラジオ」で、枡野浩一さんが紹介していた本。

激賞という感じではなかったが、ダメなもの、嫌いなものを悪く言うことに全く躊躇しない人が褒める本は読んでみたくなる。そんな気持ちで手に取り一気読みしてしまった。

宮崎夏次系の表紙も内容ととても合っている。


2025年7月。高校生の明日子と双子の弟・日々人は、いとこがいること、彼女と一緒に暮らすことを父から唐突に知らされる。ただでさえつまらない夏休み、面倒ごとが増えて二人ともうんざりだ。いとこの存在に、なんの楽しみも期待もない。退屈な日常はひたすら続いていく。けれど、彼女―今日子は、長い眠りから目覚めたばかりの、三十年前の女子高生だった…。


背表紙に書かれたあらすじは、冒頭20ページもしないうちに全部出てくる。

今日子が1995年に起きた火事で重傷を負い、30年間も冷凍睡眠に入っていたという設定は、SFとして考えると、それほど突飛ではなく、むしろ2025年の高校生と1995年の高校生のふれあいに目が向くように出来ている。特に興味を持ったのは彼らの年齢。

30年前の高校生...今日子は1978年生まれなので、自分と同世代

2025年の高校生…明日子と日々人は2008年生まれで自分の子どもと同世代

ちょうど親子くらいの世代間の差が、ゲームやネット、そして友達との距離感の中で現れてくる。それが何気ない会話の中で自然に出てくるのがまず上手い。2011年震災の話も出てくるが、冷凍睡眠中だった今日子は勿論、当時3歳だった明日子と日々人も朧げにしか知らない。

総じて話を過度に飾らない。盛らない。


ゲームをやったり、漫画を読んだり、今日子、明日子、日々人の3人ののんきな夏休みの生活が続く。それが突如キナ臭い流れになるのは162頁から。

それまでの緩い空気から一変するこの感じは、「ひぐらしの鳴く頃に」を思い起させる感じで鼓動が早くなる。

30年前の出来事と、今日子の秘密を知る父からの告白は驚くべき内容で、この物語の終わり方も示唆している。

しかし、この小説の本当に面白いところは、このアイデア部分ではない。


今日子の数奇な人生自体は、ショートショートのワンアイデアに過ぎない。

今日子自身ではなく、今日子の人生に触れた周囲の人間が何を感じたのか、が物語の核の部分になっている。

本編と分けて、最後に沖津くんにスポットライトが当たる「堂上今日子について、そして さよならプレイガールちゃん」が収められているのが、まさにそれだ。

沖津くんにとっては、今日子は、30年前に好きだった女子高生以上でも以下でもない。彼女が重傷を負ってしまったことまでしか知らず、2025年に不意に彼女のことを思い出すまで気にすることもなかった。

ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフルで「疎遠になった友達、通称“元トモ”特集」というのがあったが、まさにそんな感じ。

そして、今日子の数奇な人生について知っている明日子と日々人にとっても、2025年の夏休みを共に過ごした友達でしかない。

それは、実は、冷凍睡眠が無くても、日々起きていることだ。誰もが「いつまでも絶えることなく友達でいよう」と言いながらも「今日の日はさようならまたあう日まで」と、目の前にいる人と最後に会った日になるかもしれない今日を生きている。

それでも最後に明日子はこんな風に言う。

明日子は、こんなふうに今日子の残したものとすこしずつ別れを重ねていく。

さようならを言うごとに、思い出している。

ことあるごとに引用するが、古典2作を思い出した。シンプルだけど上手い、そして何かが心に残る作品だと思う。BLがメインの人のようだが、他の作品も読んでみたい。

二度ともう会うことができなくても、王子さまの「笑う星々」のように、空を見て、星を見て、その人の笑い声や笑顔を思い出すことができるなら、そのとき人は、どれほど心をなぐさめられ、生きていく力を与えられることだろう。

生者は死者によって生かされ、死者は生者によって生き続ける − ふと、そんな言葉を思い出す。生は死と、死は生と、ひそやかにつながっている。

星の王子様

どうして死んでしまっているものかね。お前たちの思い出の中で立派に生きてるじゃないか。人間はなにもものを知らないから、この秘密も知らないんだねえ。( 「どうして会えるの?おじいさんたち死んでしまっているのに。」というチルチルに答える妖女)

青い鳥

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2017-10-16 Mon

[][]運慶展に行ってきました!

東京国立博物館で、2017年9月26日(火) 〜 2017年11月26日(日)に開催されている『興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」』に行ってきました。

関連本2冊を読んで予習したこともあり、とても楽しんで見ることができました。

以下、展示順に、運慶展のホームページから、3章それぞれの説明を引用しながら感想をまとめます。


第1章 運慶を生んだ系譜ー康慶から運慶へ

運慶の生年は不明ですが、息子・湛慶(たんけい)が承安3年(1173)生まれであること、処女作と見られる円成寺大日如来坐像(だいにちにょらいざぞう、国宝)を安元元年(1175)に着手していることから、おおよそ1150年頃と考えられます。平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう、国宝、天喜元年(1053))の作者である大仏師・定朝(じょうちょう)から仏師集団は三つの系統に分かれましたが、運慶の父・康慶(こうけい)は興福寺周辺を拠点にした奈良仏師に属していました。院派(いんぱ)、円派(えんぱ)の保守的な作風に対して、奈良仏師は新たな造形を開発しようとする気概があったようです。

ここでは、運慶の父あるいはその師匠の造った像と、若き運慶の作品を展示し、運慶独自の造形がどのように生まれたのか、その源流をご覧いただきます。

NHK「日曜美術館」で、みうらじゅんは、デビュー作である大日如来坐像(円成寺)も絶賛していましたが、自分には微妙な違いがわかりません。また、阿弥陀如来および両脇侍坐像(長岳寺)も同様に、心が動きませんでした。(今回思ったのは、やはり座像よりも立像の方が素人目には迫力があるということです。)

むしろ、巻物「運慶願経」に書かれた文字の丁寧な筆致に感動しました。やはり、800年前の紙に書かれた文字というだけで迫力があります。


面白かったのは、運慶父の康慶作の「法相六祖坐像」(興福寺)です。

(こちらで確認できます。→http://www.kohfukuji.com/property/cultural/107.html

運慶デビュー作や長岳寺の阿弥陀如来も玉眼が使われているのですが、やはり仏像ではない方が玉眼は力強い。目の前の老夫婦が、「ほら!今、目が動いたよ!」と言いあっていましたが、見る角度を変えると視線がついてくるような感覚があります。


第2章 運慶の彫刻ーその独創性

文治2年(1186)に運慶が造った静岡・願成就院(がんじょうじゅいん)の阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)、不動明王(ふどうみょうおう)および二童子立像(にどうじりゅうぞう)、毘沙門天立像(びしゃもんてんりゅうぞう、いずれも国宝)の5体には全く新しい独自の造形が見られます。建久8年(1197)頃の高野山金剛峯寺(こんごうぶじ)の八大童子立像(はちだいどうじりゅうぞう、国宝)は入念な玉眼(ぎょくがん)の表現、立体的に表した頭髪と墨描した後れ毛などが写実性に富み、感情までも表現されています。晩年の無著菩薩立像(むじゃくぼさつりゅうぞう、国宝)・世親菩薩立像(せしんぼさつりゅうぞう、国宝)は、圧倒的な存在感と精神的な深みが感じられます。鎌倉時代の人々が仏像に求めたのは、仏が本当に存在するという実感を得たい、ということだったでしょう。運慶はその要求を受け止めて、余すところなく応えたのです。

目玉の一つである毘沙門天立像(願成就院)は良かったです。玉眼とおなかの張りが、これぞ運慶!という感じです。

ただ、本では常にこれとセットで紹介される不動明王立像、矜羯羅童子立像、制多伽童子立像は会えると思い込んでいたので展示対象外と知り、少し残念でした。特に、矜羯羅童子、制多伽童子は、八大童子とは全く表情が異なるので、近くで見たかったです。


意外なところで、大日如来坐像(光得寺)。サイズは小さめですが、大日如来を収めた厨子にくっついた小さな仏様たちが、少し離れてみると、「しめじ」に見えて面白かったです。(「しめじ」が確認できるのは、例えばこちら→http://unkei2017.jp/gakuen/miura03


そして、やはり八大童子。6体それぞれ髪型と表情が異なるのか本当に味わい深い。

髪型のバリエーションと、立体造形物での表現の仕方を見ていると、鎌倉時代から「スネ夫の髪型問題」みたいなものがあったのだろうな、と思わせます。

田中ひろみさんは恵光童子推しのようですが、自分は、ポスターにも登場した制多伽童子の髪型がジョジョに登場しそうで好きです。こういう髪型の仏像やキャラクターというのは他にいるんでしょうか。

なお、八大童子立像は、「知り合いに似ている人がいる!」と思えるという点でも面白いですが、矜羯羅童子については、ニコニコ大百科で以下のように紹介されており、「檜山修之」で検索したら、納得するしかない写真が出てきて驚きました。

不動明王の従者である八大童子の一人。

NHKで放送された「にっぽん 心の仏像知られざる仏50選」と言う番組で、

和歌山県高野山金剛峯寺の矜羯羅童子像が紹介され、

声優檜山修之氏に瓜二つとの事から2ちゃんねるで祭りになった。で

この事から「檜山=仏の化身」というネタが大いに広まった。

ニコニコ大百科「矜羯羅童子」


ノーマークだったのに感動したのは「無著菩薩立像」(興福寺)です。展示スペースには四天王立像、世親菩薩立像もあったわけですが、圧倒的に無著菩薩立像でした。

サイズが2mくらいと少し大きいことから来る迫力もありますが、とにかく表情が凄い。色々な角度から見ると視線や表情が動くようで、今回のベストオブ生きているんじゃないかという仏像でした。八大童子や毘沙門天は同じ玉眼でも、半ば漫画的表現だったのですが、無著菩薩立像の玉眼は、大きく目を見開いているわけでもない故に 涙にも見え、より表現に深みが感じられました。


運慶のラスト作品「大威徳明王坐像」(光明院)は、予習本『運慶と鎌倉仏教』の表紙を飾っていた仏像なのですが、その小ささに驚きました。同じ造形でもサイズの大小は印象を大きく変えます。

今回の展示作品は大きいものが多かったですが、この「大威徳明王坐像」や、3章の「四天王立像」(海住山寺)は、とてもフィギュア的で、自分の思い描く仏像のイメージからは外れていました。


第3章 運慶風の展開ー運慶の息子と周辺の仏師

運慶には6人の息子がおり、いずれも仏師になっています。そのうち、単独で造った作品が残るのは湛慶(たんけい)・康弁(こうべん)・康勝(こうしょう)です。ここでは湛慶と康弁の像を展示します。運慶の後継者として13世紀半ばまで慶派仏師を率いた湛慶は多くの作品を残しました。快慶とともに造像したこともあるためか、運慶の重厚な作風より快慶の洗練に近づいています。しかし、京都高山寺(こうさんじ)の牡牝一対の鹿や子犬(いずれも重要文化財)、高知雪蹊寺(せっけいじ)の善膩師童子立像(ぜんにしどうじりゅうぞう、重要文化財)などの写実性と繊細な情感表現は、運慶風を継承したものです。康弁作の龍燈鬼立像(りゅうとうきりゅうぞう、国宝)は力士のようなモデルの存在を思わせる筋肉の表現において、より直接的に運慶とつながっています。このほか、運慶にきわめて近い作風の像を展示します。

ここは、やはり「天燈鬼立像・龍燈鬼立像」(興福寺)です。玉眼の目線も特徴的で、素人目にも独創性を感じることができます。もう一つのみどころだった「十二神将立像」(東京国立博物館静嘉堂文庫美術館)もそうですが、動きがバラエティに富み、ユーモアがあり、誰が見ても難しく考えずに楽しめます。

また、完全にノーマークだった「子犬」は驚きました。

高山寺のページでは、少し怖い感じに映っていますが、玉眼も入っており、その可愛らしさは、完全に想定外。まさか仏像鑑賞に来て、このような作品と出会うことになるとは…。物販品コーナーで複数のグッズが売られてたのも納得の可愛さでした。

ホームページにも書かれているように、「子犬」がある高山寺明恵(みょうえ)上人の寺で、明恵は動物を慈しみ、明恵が座右に置いて愛玩した遺愛の犬を運慶の子・湛慶が作ったということだそうです。なお、明恵の「あかあかやあかあかあかやあかあかや あかあかあかやあかあかや月」という和歌は国語の授業で習ったことがある気がします。


まとめ

運慶作の31点中22点が一堂に会するという滅多にない機会で尚且つ、お寺ではなく、博物館での展示ということで、仏像を色々な角度から眺める貴重な体験が出来ました。

日曜美術館では、みうらじゅんが「スゲー、運慶」という言葉で、番組を締めていましたが、その凄さが素人にも伝わってくるという意味で、やっぱり「スゲー、運慶」なのだと思いました。

今回のように、入念な予習のもとで特別展を見たのは初めてでしたが、イベントをきっかけにして歴史を勉強するのは、自分に合っているかもしれないなと感じます。

今後も、こういう感じで展覧会を狙い撃ちしていきたいです。

omachiomachi 2017/10/16 09:40 運慶展を観た方にWEB小説「北円堂の秘密」をお薦めします。
グーグル検索により無料で読めます。
少し難解ですが面白いです。

rararapocarirararapocari 2017/11/04 23:41 コメントいただきありがとうございます。
返事が遅れて申し訳ありません。
「北円堂の秘密」、興福寺で運慶とつながるのでしょうか。藤原不比等らが出てくるのですね。早速読んでみます。

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