Hatena::ブログ(Diary)

Yondaful Days! このページをアンテナに追加 Twitter

2017-05-27 Sat

[]寄り道してこそキマイラ〜『キマイラ3 餓狼変』

キマイラ    3 餓狼変 (角川文庫)

キマイラ 3 餓狼変 (角川文庫)


3巻では、このシリーズ最大の特徴がいかんなく発揮される。

それは「寄り道」だ!


まず、主人公の大鳳と久鬼の出番はほぼない。

最初に出てくるのが菊地。1巻の冒頭で共に大鳳を襲った灰島が「あの日から菊地は変わった」と印象を語る場面からスタートする。菊地ファンの自分にとって 猛烈にドキドキするオープニングだ。その後すぐに倒されるというのも菊地らしい。


そして、この巻では、様々なバックボーンを持っていると考えられる新キャラクターが登場する。(どのキャラクターも名前がカッコいい!)

  • フリードリッヒ・ボック
  • 巫炎(ふえん)
  • 猩々(しょうじょう)
  • 斑孟 (はんもう)
  • 脇田涼子

このように、主要キャラを差し置いて新キャラクターが続々と登場するだけでなく、3巻の時点で巻の1/3は台湾を舞台にしていることからも、夢枕獏の壮大な構想が垣間見えてくる。それは一方で、壮大な構想ゆえの大きな回り道の癖がよく出ているともいえる。


なお、キマイラが「伝奇」小説たる所以は、この巻で登場する「鬼骨」にあると思う。

キマイラ化」という超常的な現象を、実感を持って説明する言葉として使われるのが「鬼骨」。通常7つと考えられるうち最も下にあるムーラダーラ≒「尾閭」のさらに下に位置する8番目のチャクラ「気骨」を回すという「八位の外法」が、キマイラ化するための方法ではないかと語られるのだ。

この巻で登場するフリードリッヒ・ボックの位置づけは、その点で重要だ。既に「八位の外法」を知り、雲斎や猩々と同等に気功を操るボックは、物語の登場人物の中で、もっとも真相に近づいているかもしれない。

鍛錬の途中で誤って「鬼骨」を回してしまうということはあり得ない中で、何故、二人の少年が同時期にキマイラしたのか、そういった謎がメインストーリーの牽引力になる。しかし、謎解きの鍵を握るのは、久鬼や大鳳ではなく、雲斎やボックであるから、どうしても物語は寄り道してしまうことになるが、それが読者をヤキモキさせる原因でもある。


3巻の話

  • 空手部の夏期合宿の最終日、鬼道館に、金髪、長身、鷲鼻(異相)の外国人が現れた。大鳳の居場所を聞くボックに、九十九のいる円空山を教える阿久津だが、帰ろうとしたボックに菊地が突っかかる。しかし、ボックは特殊な技を使って菊地の前歯を二本折り、気絶させる。
  • 旧知の猩々のもとを訪れるために台湾の山中を行く雲斎。途中、ブヌン族の青年・斑孟(猩々の弟子)に襲われながらも、無事、猩々に会う。
  • 雲斎の目的は、「八位の外法」(7つあるチャクラのさらに下のチャクラを回す外法のこと)について知り、特に「八位の外法」のために獣と化した巫炎の姿を目にすることだった。
  • 10年前にブヌン族を襲った巫炎を捕らえたのは、猩々と乱蔵。斑孟は、両親を巫炎に喰われたのだという。
  • なお、雲斎よりも前に、ボックが、台北道場で、猩々に八位の外法について尋ねていたことが分かった。
  • 舞台は再び小田原に戻る。さまざまな迷いを絶つため。久鬼玄造の屋敷に行く九十九。そこで「君は何のために生きておる?」と問われて、答えられなかったことは、その後、しばらく九十九自身を苦しめることになる。
  • 久鬼玄造からの屋敷の帰り道、坂口の見舞いに行き、夜遅くに円空山に来た九十九。そこには、別れの言葉を告げに来た大鳳がいた。
  • さらに遅れて来たボックだが、大鳳はすでに闇の中に姿を消し、残った九十九とボックの戦いが始まる。しかし、呆気なく九十九は発勁の技で倒されてしまう。
  • 四章からの「九十九彷徨編」は小田原繁華街のスナックでウイスキーのストレートを飲む九十九から始まる。大鳳、久鬼、そして、ボックにも「置き去り」にされた自分はこれからどうすればいいのだ。
  • そんな九十九を見つけた菊水組の連中は、九十九を泥酔させ、神社で大人数で襲う。しかし、その程度の相手に対しては十分強く、破壊する暴力に酔いしれる九十九。
  • 相模湾を望む早川の河口で、電話で呼び出した深雪を「酔った勢い」で抱きしめる九十九。それを止めたのは坂口。波打ち際で、二人は互角の戦いを繰り広げるが、結局その場を収めたのは台湾から帰って来たばかりの雲斎。雲斎の目の前で九十九は泣きじゃくるのだった。
  • 一晩明け、まだ迷いを見せる九十九に、雲斎は「自然石割り」をやって見せ、ボックの技は鬼勁という、これよりももっと恐ろしい技だという。
  • 六章「修羅の男」は龍王院弘の話。大鳳に恐怖した自分を許せない龍王院弘は、歌舞伎町を歩いていて、大鳳を見つけるも見失う。
  • 二日後、円空山に電話をかけ、九十九を新宿に呼び出す。結局闘うことになる二人だが、九十九はいまだ本調子ではなく、劣勢になる。「警察が来る」と声を出してその場を救ったのは、その日に九十九が掏摸から助けた女性・脇田涼子だった。
  • 涼子のマンションで食事をご馳走になったあと、涼子に誘惑される九十九だが、その涼子が龍王院弘に攫われてしまう。しかし、公園で龍王院弘と戦う中で、少しずつ九十九に実践のカンが戻り、今回は、龍王院弘を倒すことが出来たのだった。
  • この巻ラストの9章「月に哭える」では、1で大鳳、2で久鬼(と由魅)、そして3で、十年ぶりに自由の身になった巫炎が映し出される。

参考

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20170527

2017-05-20 Sat

[]怖がらせるタイミング〜山岸涼子『月読』

月読―自選作品集 (文春文庫―ビジュアル版)

月読―自選作品集 (文春文庫―ビジュアル版)

今年になってから始めた御朱印集め。

八王子にある子安神社では、桜の時期に3日間限定の御朱印があるので、頂いた画像をTwitterに挙げたところ、書かれた神様と同名の山岸涼子の短編があると指摘を受け、収録作を読んでみた。

f:id:rararapocari:20170408170306j:image


Wikipediaによれば、御朱印の真ん中に書かれた「コノハナノサクヤヒメ」は、安産の神として知られ、以下のような由来があり、ここで出てくる姉妹の話が、そのまま山岸涼子の短編の題材になっている。

神話では、日向に降臨した天照大神の孫・ニニギノミコトと、笠沙の岬(宮崎県・鹿児島県内に伝説地)で出逢い求婚される。父のオオヤマツミはそれを喜んで、姉のイワナガヒメと共に差し出したが、ニニギノミコトは醜いイワナガヒメを送り返し、美しいコノハナノサクヤビメとだけ結婚した。オオヤマツミはこれを怒り「私が娘二人を一緒に差し上げたのはイワナガヒメを妻にすれば天津神の御子(ニニギノミコト)の命は岩のように永遠のものとなり、コノハナノサクヤビメを妻にすれば木の花が咲くように繁栄するだろうと誓約を立てたからである。コノハナノサクヤビメだけと結婚すれば、天津神の御子の命は木の花のようにはかなくなるだろう」と告げた。それでその子孫の天皇の寿命も神々ほどは長くないのである(天孫降臨を参照)。

コノハナノサクヤビメ - Wikipedia

『月読』に収録されている「木花佐久夜毘売」には、この神様の名からつけられた咲耶(さくや)という女子大学生が登場するが、主人公は「咲耶(さくや)」ではなく、その妹の典子。典子は出来の良い姉と常に比較され、自分のことを、醜い「石長比売(いわながひめ)」に例え、愛されない自分の境遇を恨めしく思う。

そんな典子にも理解者が現れ、明るい終わり方になる、さっぱりした短編で、やや幻想的な「ウンディーネ」と合わせて、元ネタをポジティブな短編に昇華させた後味の良い作品。


「元ネタ」と書いたが、この短編集は6編のうち、5編が日本神話由来の話で、「ウンディーネ」だけが、水の妖精ウンディーネを題材にしている。

表題作は、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読命(つくよみのみこと)、建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)の3人が登場する話。

表紙に出ている美形男性が月読命のはずだが、実際の作中の月読は、かなり神経質で暗く、ハンサムのイメージは無い。アニメユーリ!!! on ICE』に登場するギオルギー・ポポーヴィッチ(失恋直後)に似ていて、もはやギャグに見えるくらい生真面目だ。

ただし、月読が激昂する2つの場面は、どちらも、こっそり覗いたらことによって、インパクトの強い「真実」が判明する以下のようなシーンで、月読の反応は仕方なく、むしろ同情してしまう。

もともとの古事記日本書紀日本神話からどれだけ逸脱している話なのか分からないが、この短編集の中では、最も多くの有名人が登場し、印象の強い作品が「月読」だった。


そして、表題作のように、起伏があり、結末もしっかりと閉じている物語展開とは異なり、余韻を残す怖がらせ方をしているのが、「蛭子(ひるこ)」と「蛇比礼(へみのひれ)」。

二つの作品はともに、物語の中心に妖しい魅力を持った「子ども」が登場する。

  • 性的な魅力で、語り手の男子高校生や、大人までもを絡めとっていく小学生女子の虹子(「蛇比礼」)
  • 風と木の詩を彷彿とさせる美少年でありながら、親切心から部屋に入れると、必ず物がなくなる中学生男子・春洋(はるみ)(「蛭子」)

どちらも、物語に明確なオチが無く、気持ち悪さがマックスに達するような場面で、あえてぶった切って終わらせているところが恐怖を倍増する。

もうひとつの短編「天沼矛(あめのぬぼこ)」は3編からなるが、そのうちの「緋桜」も、最後の一コマで長年の疑問の真相に辿り着く、という内容で、怖がらせるタイミングというのは、恐怖漫画ではかなり重要だなあ、と思わせる短編集でした。


参考

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20170520

2017-05-14 Sun

[]独特の「文法」は漫画のコマ割り〜夢枕獏キマイラ2 朧変』

キマイラ2 朧変<キマイラ> (角川文庫)

キマイラ2 朧変<キマイラ> (角川文庫)

2巻は、山の中の描写が多い。冒頭は丹沢に来た男女の登山客が迷うシーン。

先に進めば進むほど「怖い」空気が濃くなるこの場面での言葉の選び方が上手い。

漢字文化の日本だから可能こと事なのだと思うが、意味ではなく、ビジュアルが怖いのだ。

例えば、迷い込んだ男の不安が恐怖に変化する場面。

また下り始めて間もなく、これまで歩いていた道が、いつの間にか消えていることに男は気がついた。キャラバンシューズの底が踏んでいるのは、斜面一面に生えた羊歯であった。

男はぞっとした。

見えない何ものかに、騙され、陥れられたような気がした。p14

ここで、「斜面にはえたシダ」なら怖くないが、「斜面一面に生えた羊歯」だと、一気に気持ちが悪くなる。一面に「歯」が「生えて」いるイメージが浮かぶからだ。

けもの道」ではなく「獣道」、「食う」ではなく「喰う」という文字が選ばれているのも同じような効果を生んでいる。


そう考えて見返すと、キマイラはビジュアル的に面白い。ある種の詩のようでもある。

平仮名の、漢字の、文字そのものが持つビジュアルイメージが小説の内容に侵食している。

それは、本人も書いているように「漫画」をライバルにしているからなのだろう。

30歳そこそこで『キマイラ』を書き出した時、心に決めたのは、

「漫画よりおもしろい」でした。

ジュブナイルラノベ)とか、大人の読み物とかいう考えを頭の中からとりはらう。

とにかくおもしろいものを。

角川文庫幻獣少年キマイラ』あとがき。2013年7月15日)

つまり、漢字の選び方や、独特の改行の多さ、そしてキマイラの叫び声などの、いわば「キマイラ文法」は、漫画の「コマ割り」に対応しているのだと思う。

特に戦闘シーンでのスピードと、久鬼や大鳳が人間の枠を徐々に超えていく部分では、「キマイラ文法」が存分にその力を発揮する。

「怪鳥(けちょう)」のように舞い、「猿(ましら)」のように駆ける、など、るびで読ませる漢字が多用され、キマイラ化する場面では、その声が平仮名で展開される。

久鬼の肉体の内部から、それがゆっくりと這い出ようとしているのだ。久鬼の肉体が軋み、皮膚の下で、イモ虫のようなものが、もぞもぞと動いている。気が遠くなり、眩暈を起こしているような、現実味を欠いた光景だった。

ごっ、

ごご、

ごご、ごぐぐぐ……。

何かを詰まらせているように、久鬼の喉が鳴った。

ぎ、

ぎ、

ぎる、

ぎる、

ぎるるり、

ぎるぎるりるるる……。

(2巻p192)

読み手としては「待ってました!」と言いたくなる様式美もある、こういった「キマイラ文法」は、小説のストーリー以上に、物語の魅力になっているのだと思う。今回読み直すまでは、天野善孝のイラストが、漫画顔負けのビジュアルイメージを支えていたと思っていたが、それ以上に「キマイラ文法」の力が強かったのだと思い直した。

なお、2巻は「朧変」という副題がついているが、人間か獣かはっきりしない「キマイラ」という存在を表しているという「意味」以上に、月(美しいものの象徴)と龍(人を超えて強いものの象徴)が合わさったビジュアルイメージを考えると、最高の副題だ。勿論、この巻で初登場する龍王院弘の「龍」が入っているのも良い。


2巻の話

  • 久鬼麗一が姿を消してから一か月半。久鬼と由魅は退学して所在不明。大鳳は、雲斎のもとで修業をしていたが、夏休みに入り「山にこもる」と言って、丹沢に入ってしまった。
  • 「話がある」と言って九十九を海に連れ出して喧嘩をしかけた坂口は、大鳳と深雪への謝罪を伝えるとともに「菊水組のやつらが大鳳を探している」と言う。その後、阿久津に聞いても、それは本当の話らしい。
  • 話を聞いた雲斎は、久鬼の父親、久鬼玄造に直接会うように、九十九に助言する。一方で、雲斎本人は明日から「大鳳のことで」台湾に行くことになったという。
  • 酒を飲み交わした帰り道、九十九は謎の人物(龍王院弘)から襲撃を受けるも何とか無事。
  • 2巻の冒頭シーンで遭難していた男女2名の登山客の死体が見つかるも、熊のしわざではないかということになる。
  • 九十九が龍王院弘に襲われた翌日(つまり、雲斎が台湾に出発する日)に、円空山に菊水組の市川というチンピラら3人が訪れる。その後、龍王院弘が登場し、大鳳の情報をめぐって九十九と対決することに。しかし、龍王院はその途中で帰ることに。
  • 翌々日、久鬼邸で、久鬼玄造と話をした帰り道、九十九は由魅と会う。箱根の久鬼玄造の別荘に久鬼は囚われており、明日、久鬼を助けにいくつもりだという。
  • 円空山に向かう途中で、菊水組の車に拉致されそうになった織部深雪を坂口が救う。しかし、龍王院弘が坂口の指を一本ずつ折る様子を見て、深雪は、大鳳丹沢の山に入ったことを教えて、自ら車に乗り込むことになる。
  • 坂口から深雪がさらわれたことを聞いた九十九は菊水組の事務所に殴り込み、沼川から、大鳳を探していたのは、久鬼玄造の指示であったことを知る。
  • 九十九は由魅とともに、箱根の別荘に侵入し、久鬼を救おうとするも、屋敷の連中との争いの途中で久鬼がキマイラ化。そこに亜室健之が登場し、暴走する久鬼を麻酔銃で撃って、由魅とともに、車でその場を立ち去る。
  • 深雪と大鳳を探す九十九は、丹沢に入って5日目に大鳳を見つける。さらに、山に迷い込んだ黒豹に致命傷を負わせ、龍王院弘を助けることになる。しかし、深雪の声を聞き油断した九十九の太ももに龍王院弘はナイフを突き、それをきっかけに大鳳キマイラ化。深雪を奪おうとするも、九十九に阻まれ、人間の表情を浮かべなどしながらその場を離脱。さんざん走った先で久鬼麗一と出遭う。

過去日記

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20170514

2017-05-10 Wed

[]洗練されたネーミング〜夢枕獏幻獣少年キマイラ

幻獣少年キマイラ (角川文庫)

幻獣少年キマイラ (角川文庫)

四半世紀ぶりくらいに読んだ!(現在2巻まで)

今回、緑色の背中(ソノラマ文庫)でも、天野喜孝の表紙でもない角川文庫のバージョンを読んでも、初めて読んだのは中学1年生の頃のドキドキが蘇ってきた。


改めて読むと、学園の支配だとか、番長だとか、いかにも昭和の空気が漂う舞台設定で、(ここ数年に読んだ本では)眉村卓ジュブナイルSFを思い起こさせる。

しかし、『幻獣少年キマイラ』が1982年刊行とのことなので、眉村卓『なぞの転校生』(1967)、『ねらわれた学園』(1973)よりも10年ほど後で、むしろ年代的には、島本和彦の名作ギャグ漫画炎の転校生』(1983〜)に近い。

おそらく、いわゆる学園ものも1970年代〜80年代に色々なパターンが試されて、洗練されたのだろう。…と思わせるのは、ストーリー展開以上に、登場人物の「ネーミング」。

以前、『なぞの転校生』の感想で、整った顔だちの「なぞの転校生」の名前が山沢典夫かよ!!と書いたことがある。人の名前に優劣があるわけではなく、随分と失礼な感想だと我ながら思ったが、ドラマや漫画、小説で培った「学園ものとしての人物名ヒエラルキー」が脳内で構築されていたのだと思う。

その一つの理想形がキマイラ

以下、主要人物名を追いながら、どれもネーミングが最高だという駄文を書き連ねる。

  • 大鳳吼。「鳳凰」の一文字が付いた、やや派手な名字に対して、孔子の「孔」という理知的なイメージの漢字に口編のついた、「吼える」という、キマイラそのものをイメージさせる名前。
  • 久鬼麗一。こちらもキマイラそのものをイメージさせる「鬼」。そして、その美貌を表す「麗」と、頂点を好む「一」。
  • 亜室由魅。機動戦士ガンダム(1979)以降なので、「アムロ」という響きのイメージは意識されているのかもしれないが、「安室」ではなく「亜室」という漢字を選んでいるのは「悪」という彼女のイメージにピタリ。「魅」については言うまでもない。
  • 織部深雪。これも白く柔らかい肌を持つヒロインを表す名前としてこれ以上のものはないのでは。少し古風な感じがするのも良い。
  • 九十九三蔵。「三蔵」の持つ仏教的意味はもちろん、兄の名前の「乱蔵」と比較したときに際立つ誠実さ。そして強そうな名前でもある。
  • 真壁雲斎。このあと出てくる宇奈月典膳と合わせて、強そうな爺さんキャラとして最高の名前。
  • 龍王院弘。主要登場人物の中では最も派手な姓に、最も地味な名を合わせたキャラクター名。2巻の中で、美貌を誇る男性キャラが3名も出てくると多い気もするが、大鳳吼、久鬼麗一とは、年齢差があり、全く雰囲気は異なる。「双龍脚」という必殺技を持つのも良い。なお「竜」ではなく「龍」を選んでいるのもイメージ通り。

それ以外のキャラクターとして、他に類を見ない、独特過ぎるキャラクター*1である菊地良二も、これ以外では考えられない名前と思っている。((やや地味な名前だったからこそ、2巻の段階では、隠れた存在になっていた)

また、西城学園の武道場である「鬼道館」、そして、真壁雲斎の暮らす「円空山」、そして、舞台である風祭(実在するとは知らなかった…)という地名まで、すべてが作品のイメージを壊さず増幅させる。

そう考えると、『なぞの転校生』から15年間は「洗練」された「学園もの」の登場人物名や地名が誕生するまでに必要な時間だったんだなあ、という想いを強くするのでした。


1巻の展開メモ。

  • 物語は、街中で大鳳が菊地と灰島に絡まれるシーンから始まる。助けたのは大阪から帰ったばかりの九十九。争いをやめさせたのは由魅。
  • 翌朝に初めて大鳳と織部深雪が出逢う。
  • 大鳳空手部の阿久津に呼ばれて向かった鬼道館で久鬼と初めて対面し、菊地と灰島の制裁を見せられる。
  • その帰りに、九十九三蔵に連れられて円空山に。真壁雲斎の前で、大鳳は九十九三蔵と手合わせをさせられる。(このときに、キマイラ化した久鬼も円空山を訪れていた)
  • 一か月が過ぎ、自分の強さに自信を持ち始めた大鳳は、坂口と久鬼の「果し合い」を見ることになる。久鬼の強さに気がついて、すぐに逃げ出した坂口。しかし、その後、大鳳は坂口ら4人と対決する羽目に陥り、織部深雪への仕打ちを見て「覚醒」し、4人を半殺しに。
  • 三日間の眠りから覚めた大鳳を九十九、深雪、雲斎が訪れたあと、亜室由魅が「あなたの欲しいもの」を2つ与え、「キマイラが出てくるのも、もうすぐね」と言葉を残して立ち去る。
  • 真壁雲斎のもとをキマイラ化した久鬼が訪れ「おれを、助けてくれ」と言って消える。
  • 九十九は、剣道部の主将・西本から、久鬼が「自分の右腕に肉を喰わせていた」のを目撃したことを聞き出し、久鬼に会いに行く。しかし、白蓮庵で待っていたのは由魅。彼女が大鳳との関係を告げたあと、久鬼は外に飛び出していったのだった。大鳳の身を案じて九十九は円空山に。
  • 白蓮庵を飛び出した久鬼は、小田原の繁華街で菊水組の沼川に絡まれ3人を半殺しに。
  • 九十九が向かった円空山では、大鳳が雲斎と練習をしていた。由魅と深雪のことで言い争いから手を合わせることになった大鳳は九十九に負ける。大鳳が帰ったあと、置き忘れた包みには生肉が入っていた…。
  • 月夜の帰り道、大鳳は、西城学園の近くで血まみれのサンシロウ(野良犬)の首と、倒れた織部深雪を見つける。少し離れた場所には、サンシロウの死体を屠る、キマイラ化した久鬼の姿が。駆け付けた九十九と雲斎をあとにして久鬼は闇に消えてしまった。

参考(過去日記)

*1天野喜孝のイラストのせいもあり、グインサーガ栗本薫)に登場する「アリストートス(アリ)」と双璧をなす独特のキャラクター

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20170510

2017-05-06 Sat

[]道徳の授業でとりあげてほしい〜内藤正典『となりのイスラム

となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代

となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代

中東に関する本を連続して読んでいますが、この本は個別の国というよりは、特に「イスラム教」に焦点を当てた本。著者の目的は、実際に見て聞いて研究した「となりのイスラム」を紹介することで、「イスラムは怖い」という思い込みを解いていこうとするものです。(p7:まえがき)

また、イスラム教について直接、ということよりも、欧米社会がイスラム教とどう向き合ってきたか、ということについて重点が置かれており、日本人の視点だけからでは問題の理解が難しいことが分かりました。


例えば、ドイツフランスオランダそれぞれにおけるイスラム教について書かれた序盤の文章が興味深いです。独仏蘭のうち、オランダは、文化の多様性を国の基本としており、「極右」を想定しにくい国です。何故、そのようなリベラルな国で排外主義が育つのか、この点について非常に詳しく説明されています。抜粋すると…

オランダトルコ人たちは、フランスドイツのように、イスラム教徒、あるいはトルコ人に対する差別があって、その反動で、イスラムに回帰したのではないのです。自由すぎてしまったがゆえに、イスラムの道へと帰っていったのです。p34

この国の排外主義者は、「イスラムはおそろしく押しつけがましく、個人自由も、人間の主体性も認めない。そんな宗教の信者がいること自体が嫌なんだ」と主張するのです。イスラム教徒の側はオランダ社会に干渉などしません。ただ、背を向けてしまっただけなのですが、そういう人間が同じ社会にいることが許せなくなる。それが今、ヨーロッパで大きな問題になっている排外主義の新たな潮流なんです。p36

この部分は何度も繰り返されることですが、オランダのように「文化の多様性」があり、自由が許される世界では、どんな人も「個人自由謳歌」するようになる(欧米社会に同化する)、オランダ人は、そのような期待をしていたのです。

にもかかわらず、イスラムの人たちはどんどん内にこもるように見える。それは(自由過ぎることから来る誘惑を避けるため9イスラムの教えにより忠実にしたがう方に向かったということなのですが、それがオランダ人には理解できず、恐怖に繋がった、というのです。

ちょうど2017年は、オランダを皮切りに、フランスドイツで大きな選挙があることが話題になっていますが、「極右」という切り口でしか見ていなかったので、改めて状況が整理できました。


また、フランスで何度も問題になる「イスラムのスカーフ」(ヒジャブ)についての話が非常にわかりやすかったです。

フランスの場合、厄介なのは、この国がほかのヨーロッパ諸国にはない、独特の世俗主義をもっていたことです。ライシテと呼ばれるのですが、これはフランス共和国の背骨といってもよいほどの原理・原則で、とにかく公の領分には宗教組織はもちろん、個人であっても宗教をもち込むことを認めない。

フランス自身の歴史のなかで、カトリックの教会組織とどれだけ闘ったか。その結果、市民が個人としての自由を獲得したか。理性に基づいて判断し、ものごとを決定する合理主義を手にすることができたか。人権や民主主義を確立できたか。これらについては何も申し上げる必要はありません。ライシテの原則が公的領域の非宗教性を維持することによって、信仰をもつ個人は内申の自由を確保できるし、もたない人は宗教的規範に縛られることなく生きる自由を得られるのです。すばらしい発明です。ヨーロッパの市民にとってはね。

しかし、イスラム教徒には、これはまったく通用しません。すごく単純化して言えば、イスラム教徒には、「神から離れて人間が自由になる」という観念も感覚もまったくないからです。p42

イスラム規範と近代西欧に生まれた規範とのあいだには、お互いにどうにも重なる部分ありません。イスラムは神のもとにあるから人は自由になれると考え、西欧では神から離れないと自由になれない、というように。イスラムでは主権は神にあると考え、西欧では主権は人にあると考えます。これも根本的な違いです。

両者はものの考え方とそこから生まれる価値の体形が違うと言ってもいいでしょう。そうならば、両者が、混じり合わずに共存していく方策を探っていくしかないだろうということなのです。p222

イスラム教は、戒律が厳しいように見えますが、全てを自己の判断で行うのではなく、さまざまな判断を神に委ねることができる、という意味では、「楽」な部分があります。

そういった根本部分の理解ができないにもかかわらず、「服装の自由」を押しつけても意味がないどころか摩擦が強まるばかりです。

日本人は、オランダのような「文化の多様性」はなく、フランスのような「自由をめぐる歴史」もありません。その中で、イスラム社会の人たちと触れ合う機会は増えるに違いないのですから、少なくとも、こういう本を読むなどして基本事項は抑えておきたいと思いました。これから2020年の五輪を控え、また観光を国の柱にしていくということであれば、むしろ社会の授業、道徳の授業で、積極的に教材として取り上げるべきだと思います。(「教育勅語」を取り上げる時間があれば、絶対に、イスラムについて勉強した方が意味があるでしょう。)


なお、取り上げませんでしたが、イスラム教に関するよくある疑問についてや、ハラール認証、モスクと教会の違い、日本の高齢化社会とイスラムなど、多様な話題が取り上げられています。同じ著者の『トルコ 中東情勢のカギをにぎる国』では、中東の国家間の関係や地域の歴史に重きが置かれた本でしたが、『となりのイスラム』では、それらは最小限にして、イスラム教の考え方に焦点をあてた内容になっています。どちらも中東諸国への理解が進み、さらに興味が増す内容でした。

次は、同じ著者(内藤正典)がイスラーム法学者の中田考と対談した、こちらも読んでみようかと思います。


参考(過去日記)

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20170506
0000 | 00 |
1974 | 00 |
1997 | 01 |
2004 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 |