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2018-06-10 Sun

[]あの名作漫画に喩えれば…米代恭あげくの果てのカノン』最終5巻を目前にして

あげくの果てのカノン 5 (ビッグコミックス)

あげくの果てのカノン 5 (ビッグコミックス)

先日、『あげくの果てのカノン』3・4巻の感想を書くときに、かのんと境宗介が「一線を越えていない」事実があることで、読者を敵に回す「不倫」要素よりも、読者を味方につける「恋」要素が多めになっている…というようなことを書いた。

しかし、その後、果たしてそうだろうか、という気持ちも湧いてきている。実際に2人は一泊旅行に行ってきているわけで、他人から見れば、ほぼ「一線を越えた」のと同義だ。いわゆる、「夜中ずっと部屋でゲームをしていました」という言い逃れと同様、ほとんどの人が信じてくれないだろう。

物語の中では、2人は大バッシングに合っているが、さもありなん。でも、読者だけは二人を信じている、という構図だ。


…と、考えを巡らせていて、ふと気づいた。

  • 相手のいる男性と若い女性がふたりで一夜を過ごすが、一線は超えない…。

確かによくあるパターンなのかもしれないが、これは何処かで見たことがある…。

あ、ワンナイトクルーズ

ガラスの仮面』で、北島マヤと速水真澄の2人が船上で朝を迎えたワンナイトクルーズじゃないか!

そう考えると、いろいろなところが符合してくる。

速水真澄と結婚こそしていないものの婚約相手である紫織さんは、当然、境宗介にとって妻の初穂。

2人の関係に業を煮やして、自宅に火をつけてしまった紫織さんと、ゼリーを逃がして東京を大混乱に陥れた初穂。彼女たちの行動は、それぞれ結局、意中の人を引き寄せる・引き留める効果があったということも含めてシンクロ率が高く、もしかして『あげくの果てのカノン』は、『ガラスの仮面』を下敷きにしているのでは?と思えるほど。笑


そして桜小路君。

自分が『ガラスの仮面』で愛してやまない桜小路優。北島マヤにとっては、兄弟みたいな安心感を与える人物である彼のキャラクターは、『カノン』では誰に当たるのか、といえば…。

そう、こちらも『あげくの果てのカノン』の中で最も応援したくなるキャラクターであるヒロ。

自分の好みの傾向とはいえ、何故、自分がヒロに惹かれるのか、改めてよく分かった。


さて、そうすると、今後、物語はどう展開するのか?

ヒロがバイクで怪我をするのか?

4巻最後で、境宗介が、かのんに対してぞんざいな態度を取るのは、「心変わり」ではなく、初穂のためにわざとやっていることでは?

など、色々と想像が膨らむ。


ただ、問題は、いくら参考にしようと思っても、『ガラスの仮面』は、終わる、どころか、続きが出る気配が全くない…そして、『あげくの果てのカノン』は、次巻5巻で完結してしまうことである。

今回まとめていて改めて思ったが、やはりどう考えても、4巻から登場する松木平は余計だ。『ガラスの仮面』だと、聖さんなのか?(なのか?)

松木平がいることで、あと1巻でまとまる感じが全くしないのだが、それでも全5巻の傑作漫画として、多くの人に薦められるような、そんな終わり方を期待しています!


参考(過去日記)

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2018-06-09 Sat

[]Q女子高と東電OLとマルチ1人称〜桐野夏生『グロテスク』

グロテスク〈上〉 (文春文庫)

グロテスク〈上〉 (文春文庫)

グロテスク〈下〉 (文春文庫)

グロテスク〈下〉 (文春文庫)

名門女子高に渦巻く女子高生たちの悪意と欺瞞。「ここは嫌らしいほどの階級社会なのよ」。

「わたし」とユリコは日本人の母とスイス人の父の間に生まれた。母に似た凡庸な容姿の「わたし」に比べ、完璧な美少女の妹のユリコ。家族を嫌う「わたし」は受験しQ女子高に入り、そこで佐藤和恵たち級友と、一見平穏な日々を送っていた。ところが両親と共にスイスに行ったユリコが、母の自殺により「帰国子女」として学園に転校してくる。悪魔的な美貌を持つニンフォマニアのユリコ、競争心をむき出しにし、孤立する途中入学組の和恵。「わたし」は二人を激しく憎み、陥れようとする。

圧倒的な筆致で現代女性の生を描ききった、桐野文学金字塔


桐野夏生『柔らかな頬』を読んだ直後にこの本を読んだ。

『柔らかな頬』では、女性主人公の娘(幼児)が行方不明になるが、娘を失った喪失感が書き込まれる一方で、あまり作中には登場しない、行方不明の娘の妹が、愛情を向けられずに、不憫さを感じてしまった。

だからこそ、読み始めたときは、主人公の視点から妹と母親について語られる『グロテスク』では、『柔らかな頬』の「妹」の視点から家族関係が改めて語られているような気がした。


ところで、この小説は、上巻の裏表紙のあらすじ(上述)を見て、女子高生の物語だとばかり思いこんでいたが、実は、東電OL殺人事件を土台に構成された物語だということを後から知った。

読み終えての感想だが、実際の事件だからこそ、桐野夏生の「イタコ文体がとても効果的だと思った。

これまで何作か読んでいた桐野夏生だが、あまり連続で読むことはなかった。

今回連続して読んでみると、この人の特徴が、テーマ選び以上に、その文体にあると感じた。つまり、複数の1人称視点(マルチ1人称)で物語が描かれるということ。

『柔らかな頬』も桐野夏生特有のマルチ1人称視点が有効に機能する物語だった。

あの物語は主人公カスミの視点だけでも成り立つ物語だった。最初に「おっ」と思ったのは、不倫相手である石山の視点が含まれること。しかし1人称だからといって、石山は共感すべき、もしくは同情すべき人間として描かれていない。下巻では、ダンディさがなくなりパンチパーマのヒモと化した石山から興味を失うし、読み手からしても、1人称で描かれていることで、その行動原理は理解できても、別に応援したくなるキャラクターではない。

つまり、 「1人称」 によって、読者はシンパシーを感じるのではなく、テーマパークのライドに乗るような形で、読者は複数の登場人物の中に乗り込むことになるのだ。

男に、女に、少女に、母に、様々なキャラクターの心情をイタコのように書き綴った「マルチ1人称」文体、それが桐野夏生の一番の特徴であるように思う。


今回は、『グロテスク』では、それが「手記」の形を取り、それぞれの中で登場人物同士が互いを蔑んでいることで、通常の「マルチ一人称」のケース以上に、主人公を含む全員に対して「信頼できない語り手」感が強くなる。

このこと、実際の『東電OL殺人事件』を扱っているということと、強くマッチしているように思う。

桐野夏生の事件に対するスタンスは、語り手の「わたし」の冒頭の言葉に現れている。

でも、どうしてなんですか。前にも伺いましたが、あの事件の何がそれだけあなた方の興味を惹くのでしょう、わたしにはわかりかねます。犯人とされる男が密入国者の中国人だからですか。チャンといいましたっけ。チャンが冤罪だという噂があるからですか。

和恵とユリコとあの男の、三者三様の心の闇があるとおっしゃるんですか。あるわけないじゃないですか。わたしは、和恵もユリコもあの仕事を愉しんでいたと確信しています。そして、あの男もね。いいえ、殺人を愉しんだという意味ではございません。だって、あの男が殺人犯かどうかなんて、わたしは知りませんもの。知りたくもありません。

p86

つまり、この小説自体が、事件の加害者・被害者の「心の闇」に迫るために書かれたわけではない。

一方で、事件と無関係な登場人物にも全く共感できない。語り手の「わたし」は明らかに性格に難ありだし、高校時代は学年トップの成績を修めていたもう一人の主要登場人物で、Q女子高出身者のミツルは、ある宗教団体に入信して幹部に登り詰め、その宗教団体がテロを起こして6年間服役していたという波乱の人生で、共感は難しい。

他人の心の奥底は分からない。誰が嘘をついているかも分からない。

しかし、人それぞれに、それぞれの行動原理で行動して、その中で時に犯罪が起きる。


ということで、この物語は、主要登場人物であるQ女子高出身の4人+チャン(5章の語り手)の5人それぞれの「理屈」を知る、そこに面白さを感じるという意味では、未知の動物の生態を知る「わくわく動物ランド」的な物語であるともいえるかもしれない。

しかし、それらが相当特殊であるにもかかわらず、それぞれの登場人物の行動原理の「種」の部分は誰もが持っていると「感じさせる」。

そここそが桐野夏生の「マルチ1人称」の描写がいかに真に迫っているか、実在感で溢れているか、を示す部分だと思う。

ラストで、主要登場人物の中では一番「真っ当」な生き方を辿っていた「わたし」は、ユリコや佐藤和恵と同じく「怪物」の道を選ぶことになる。この部分は、あらすじだけ聞けば、陳腐に思えてしまうが、ここまでの「わたし」の、「ユリコ」の、「チャン」の、そして「佐藤和恵」の1人称の文章を読み進めて来た読み手からすれば、かなり素直に受け止められる終わり方になっている。

文庫解説で斉藤美奈子は、『グロテスク』の魅力として、「容貌や頭脳において逆立ちしても勝てなかったユリコやミツルを凌駕するほどの変貌」を遂げた和恵の「逆転のドラマ」を挙げ、次の部分を引用している。

あたしは復讐してやる。会社の面子を潰し、母親の見栄を嘲笑し、妹の名誉を汚し、あたし自身を損ねてやるのだ。女として生まれてきた自分を。女としてうまく生きられないあたしを。あたしの頂点はQ女子高に入った時だけだった。あとは凋落の一途。あたしは自分が身を売っていることの芯にようやく行き当たった気がして声を出して笑った。

下巻p293

このラストも、佐藤和恵と同様に、社会に対してわだかまりを持ち続けて来た「わたし」による社会への復讐の形なのだろう。

『グロテスク』で、グロテスクな怪物に変貌した人物として描かれているのは、佐藤和恵であり「わたし」だが、そうさせたのは、社会の構造の歪つな部分だ。東電OL殺人事件が興味を惹くのは、もちろん、その関係者の特殊性があってのことだが、その背景になっている部分に、多くの人が関心を持っているから今も語られることの多い事件となっているのだろう。

その意味では、上巻が、それぞれの登場人物というよりはQ女子高の人間関係にスポットライトを当てていたのはとても巧いと思う。(そしてQ女子高のモデルとなった高校の実態が今もこのようなものなのか知りたくなる)


桐野夏生の小説は、代表作『OUT』や、タワーマンションを舞台にした近作『ハピネス』『ロンリネス』も含め、まだまだ読んでいないものが沢山あるので、どんどん読み進めていきたい。


参考(過去日記)

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2018-05-27 Sun

[]真相と感想、不倫と不憫〜桐野夏生『柔らかな頬』

柔らかな頬〈上〉 (文春文庫)

柔らかな頬〈上〉 (文春文庫)

柔らかな頬〈下〉 (文春文庫)

柔らかな頬〈下〉 (文春文庫)

『柔らかな頬』は、桐野作品の凄みを、端的に示した、代表作である。幼児失踪という事件にたいして、行方の解明という明快なカタルシスを拒否して、そこから巻き起こる波紋の綾を克明に、容赦なく描いていく。結末にいたった読者は、たちつくすとともに、自らの胸の奥を、深く、深く、覗き込まずにはいられないだろう。

福田和也の巻末解説で書かれるように、この小説には明快なカタルシスがない。

上巻の出だしこそ、主人公の家出や不倫など登場人物同士の人間関係にも触れられ、何らかの「真相」解明の材料は揃っている。しかし、実際に5歳の娘がいなくなり、癌に侵された元刑事・内海が登場してから、物語の向かう方向がわからなくなる。

内海は、事件の真相を求めない。証拠や証言を捜査しない。関係者からひたすら「感想」を求めるのだ。

謎の失踪事件でぽっかりと空いた穴を、母親である主人公は勿論、関係者皆が「何らかの解釈」をして埋めようとする。それが「感想」なのだが、「ありえたかもしれない可能性」というより、それぞれが死ぬ間際に見る「走馬燈」に近い。

この小説の中では、下巻に入ってから、別荘のオーナーである和泉正義が有香を殺したパターン(p95〜)、 カスミの母親 が有香を誘拐したパターン(p188〜)、駐在所に勤める脇田が殺したパターン(p254〜)、そして、有香から見た事件(P278 〜)が語られる。

それらはどれも当事者自身の目から語られるため、真に迫り、まさに真実のように語られるが、実際の出来事と乖離があり、それぞれに嘘っぽさが散りばめられている。

幾つかのパターンの「感想」を見る中で、誰もが真相を求めているのではなく、「解釈」を探したがっていることを知る。それが最後まで続いて終わらないところに、この物語の救いのなさがある。


もう一つ繰り返し語られるキーワードは「捨てる」ということ。

主人公カスミは、高校生の時に故郷を捨てて東京に出てきたが、石山との不倫は、そのときと同様に「脱出」、つまり慣れ親しんだ世界を「捨てること」を意味していた。特に「子を捨てること」が大きな意味を持つ。

すでに破滅は見えていた。破滅から二人だけの新しい世界を作ることができるのだろうか。しかし、ほんの刹那でも、この湿った暗い部屋は確かに二人だけの新しい世界ではある。石山カスミの中に入ってきた時、カスミは高い声を上げ、石山とこのまま生きていけるなら子供を捨ててもいいとまで思ったのだった。(上p103〜)

有香の失踪する前日の深夜の出来事であり、カスミは、ここで「子供を捨ててもいい」と思ったことを失踪と結びつけて考え、何度も繰り返して振り返ることになる。

一番辛い想像は、有香が、まさにこの逢瀬をドアの向こう側で知っていたというもので、小説のラストに描かれる。

お母さんと石山のおじちゃんがいる。

瞬時にして、有香は悟った。二人は今、絶対に見てはいけないことをしている。それもなぜかわかった。母親が今そこで思っていることがドアを隔てて有香に伝わってきた。

お母さんは今こう思っているのだ。石山のおじちゃんのために自分たち子供を捨ててもいい、と。(p284)

そして、さらに、カスミは「子捨て」を繰り返す。失踪から4年が過ぎて訪れた北海道で、もう東京に戻らず、有香を探して生きていけばいいのではないか、と思い立つのだ。

有香の妹である梨紗、彼女の立場を考えると不憫としかいいようがない。

姉妹でありながら、親からの愛情に明らかに差がある、だけでなく、母親がより愛情を注ぐ相手が、今はいなくなってしまった人であるということはとても辛い。

浅沼に「因果は巡る」と言われたことを思い出す。両親は浜の食堂でカツ丼やらラーメンやらを作りながら、家出した一人娘を今の自分のように探し回ったのだろうか。親を捨て、自分の裏切りがもとで子を見失い、更にもう一人の子供と夫を捨てようとする身勝手極まりない女。それが本来の姿だった。自分が自分であろうとすることは、このように周囲の人間を悲しませ続ける。(上p273)


あげくの果てのカノン』における「不倫」は「恋愛」とニアリーイコールだったが、『柔らかな頬』における「不倫」は、「脱出」であり「逃避」である。今いる場所から抜け出すこと、今いる家族を捨てることが「不倫」なのだ。

かのんも確かに両親と弟を悲しませるし、境先輩も初穂を悲しませるが、そこに子供がいるかどうかは大きい。

しかも有香は、カスミの生き写しで、いわば自身の分身のような存在。

失踪事件がなかったとしても「石山との生活のためなら、子を捨ててもいい」と思った事実は変わらない。それを罰するカスミの気持ち・後悔でこの物語は貫かれている。


最初に書いたように、この物語にはオチがない。

登場人物も、ある時期のカスミにとって非常に重要な人物だが、すぐに物語から姿を消してしまう占い師・緒方先生など、掴みどころがない。

一方で、カスミ石山も内海も、子細なところまで書き込まれていて、物語の力というより、登場人物たちの魅力・人間臭さ(ここまで特に書かなかったが、ヒモになることで自由を得る石山というキャラクターも相当に面白い)で最後まで読ませる小説となっている。

過去の日記をよんでみると、これまでに読んだ桐野夏生の小説にも共通するようだ。


ただし、これまで読んだものに含まれない要素として、舞台である北海道の持つ引力のようなものがあるように感じる。上手く言えないが、桜庭一樹直木賞『私の男』BL漫画『コオリオニ』は、いずれも北海道の持つ暗い一面・不吉な雰囲気が強く出た物語になっており、『柔らかな頬』もそれに連なる作品と言える。

直木賞を受賞している理由も、単にストーリーや人物造形だけでなく、舞台も含めた全体的な雰囲気が評価されているのかもしれないと思った。


参考(過去日記)

芥川賞直木賞etc の中で読書感想を書いた本をリストアップ。受賞作一覧のページにある選評を読むと、118回で候補作となった前作「OUT」の方が良かったとの声も多い。

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2018-05-20 Sun

[]バランスを崩す4人の恋〜米代恭あげくの果てのカノン』(3)(4)

あげくの果てのカノン 3 (ビッグコミックス)

あげくの果てのカノン 3 (ビッグコミックス)


4巻まで巻を追うごとに階段を上るように面白くなっていく素晴らしい漫画。

前回に引き続き3巻4巻の感想を。


装丁

3巻、4巻で物語は加速度を増す。

特に、4巻では装丁も変化を感じさせる。

それまでの蛍光色を敢えて外してタイトルをシルバーにした4巻は、3巻まで裏表紙に姿を見せていたタイトルで使われていた境宗介がいなくなっている。あらすじの「世界が反転する第4集」の言葉通り、4巻は変化の巻ということだろう。


なお、表紙の絵を見ると、1巻で空に向かって舞い上がった赤い傘は、3巻で下に向かって落ちてきている。

4巻を通じて黄色い長靴を履いている足元は、3巻でくるぶしより上まで水に漬かっている。

一方で1〜3巻で晴れていた空は、4巻になると、夜になり、雨が降り続いている。

遠くにゼリーが見えていることもあり、4巻の表紙、裏表紙は、それまでと比べても最も不安を誘う絵になっている。

帯は3巻は3名、4巻は4名が寄せているが、3巻の最果タヒさんのが素晴らしい。以下に全文書き写し。

不変なものなんてない。愛情も人格も変わりゆくものだ。

けれど、それでもきみは変わらないでくれと願うことが、甘えるということなのかもしれなかった。

永遠に変わらないきみでいて。永遠に愛し続けてくれ。そう願う自分自身が、不変なものなど何一つ持たないのだと気付いたとき、私たちはそのことを、本当の意味で、直視することができるんだろうか?

そんな、知りたくなかった現実がこの物語の先に待ち受けている気がします。そして、私はだからこそ、この物語の行く末を、かのんの恋を見届けたい。


3巻

さて本編。

1、2巻の感想で決定的なことを書いていなかったが、この漫画のメインテーマは「不倫」。

主人公・高月かのんが憧れていた先輩(境宗介)と恋に落ちるという話がメインストーリーの部分だが、先輩には奥さんがいる。つまり、かのん×境宗介の組み合わせは許されない。それゆえの1巻の名台詞「はいと言ったら罰を受ける」だったのだ。

そして役者の揃った2巻を経た3巻こそが最高潮に面白い巻だと思う。

3巻に収録された12話〜17話でメインになる人を挙げると以下の通り。

  • 12話:宗介×初穂
  • 13話:ヒロ×かのん、ヒロ・かのん×宗介・初穂
  • 14話:初穂×かのん、かのん×宗介
  • 15話:初穂×ヒロ、 かのん×宗介
  • 16話:かのん×宗介(北海道
  • 17話:(ゼリー脱走)

とにかく、4人の組み合わせをこれでもかと詰め込んだ12話〜15話がすごい。

特に14話。宗介について楽しく語らう初穂とかのんだったが、初穂が万年筆の話題を出したことで、かのんが自分が許されていないことに気が付く場面。

背筋も凍る怖いシーンのあとで、初穂は、かのんと宗介をわざと会わせる賭けに出る。

その後、かのんと宗介のやりとりに話が移り、「私がいつまでも先輩を好きだと思ってナメてるんですか!?」とかのんが怒りを爆発させるシーンも含めてずっと、以下のような初穂の独白が流れている。

ずっと悪手をくり返してきた。

それがダメなこともわかっていたけど、

宗介が自身の意志で戻ってくると信じたかった。

けれど宗介はあの女を想ったまま。

私たちは似ている。

疑心暗鬼で、そのくせ過剰に期待して

膨らみはじけた期待は怒りに変わる。

怒った彼女は私と同じで醜いでしょう?

面倒でしょう?

嫌な女でしょう?

私はずっとあなたに優しくするわ。

だからお願い、

戻ってきて…

この「戻ってきて」に、宗介がかのんに言う「でも僕は高月さんに会いたかったんだ……!!」が被さるのが残酷だ。


そして15話。

最初、かのんは、宗介を「不倫」だからと否定する。

奥さん以外の女に会いに来るなんて…

そんな人、信用できません…

先輩の「心変わり」を、

浮気の免罪符にしないでくださいっ……!!

そのあと、自分勝手な宗介の言葉を聞いて、かのんは態度を改める。

この変化が大きい。

先輩は、神さまなんかじゃない。

私たちは同じように身勝手な人間で、

それでも先輩の存在は、

こんなにも素晴らしくて…尊い

ここでは「不倫」や「浮気」というロジックはもう出てこない。

その後、ゼリー脱走後の避難所で、先輩からの電話を受けたときのセリフ(19話)にもある通り、かのんは、宗介のことを「クズ」、自分と同じ「クズ」だと捉えて、好きな気持ちを優先させる。

ここでやっと先輩が「信仰」の対象から「好き」の対象に降りて来たのだ。

神様とだったら、とてもじではないが北海道へ逃避行はできない。

そして、北海道逃避行は辛い4巻のための束の間の休息なのでした…


4巻

4巻は、有名人との不倫によって、「社会」からも嫌われる、「友人」からも嫌われる、だけでなく、自分のせいで無数の人が被害を受けているという、ダブル・トリプルで厳しい「炎上」の中で、かのんが何を頼りにして生きるかという状況が描かれる。


ただ、個人的には、この巻のキモは、ひたすら(21話から登場する)新キャラクターの松木平にある。

このキャラクターが出るまでは、主要登場人物は4人それぞれ互いの接触もあり、 バランスが取れていた。

物語テンポを考えても、この漫画の「椅子取りゲーム」では、椅子は4つ。5人目が主要メンバーになろうとすると、どうしても椅子に座れずに押し出されるキャラクターが出てくる。4人の中で割を食うのはヒロしかいないわけで、ヒロのこの台詞は、読者である自分の気持ちをまさに代弁している。

…俺は、

姉ちゃんがこの人とつき合ったら

絶対許さないから

(23話)


勿論、作者は、そんな読者の気持ちは分かっているのだろうから、松木平は、かのんにとって眼中にない存在として描かれる。

そして4巻ラストの24話。

かのんの独白「ついにこの日が、この日が来てしまった。」から始まる24話は、「修繕」による「心変わり」が周囲の人(勿論本人も)に与える辛さが強調される話。

ここでの境先輩は、以前とは目の光が全く違っていて、顔が同じでも別の人間ということがはっきりと分かる。かのんと直接顔を合わせるのは、あれだけラブラブだった北海道逃避行以来の登場なので、落差の大きい「心変わり」は、とてもショック。読者としては18話(4巻最初の話)で、境先輩の半生を辿りながらその内面を見ているからさらにショック。

しかし、一番ショックだったはずの、かのんが、ラストのラストでその思いの強さを改めて見せる。

前後不覚になるまで飲んで二日酔いになったかのんに対して、松木平はこう慰める。

良かったじゃないですか?

次からは普通のおつき合いができますよ。

未来のある恋愛ってことです。

不倫なんて

時間を食い潰されていくだけじゃないですか。

さっさと忘れて、他の人に行ったほうが…

これに対するかのんの言葉。

なんで先輩を好きなことが間違ってるって決めつけるの?

松木平くんの言う未来って何?

セックスしないと、

私たちの恋愛って価値がないの?

私はずっと独りのまま先輩を好きでいたけど、

幸せだったよ。

セックスしてれば先輩と私はもっと続いたの?

私が処女だから、先輩はずっと一緒にいたいって思ってくれなかったの?

先輩とセックスできてたらもっと幸せだった…?

いわゆる「一線」を越えていないかのんだから言える台詞なのかもしれない。しかし、マスコミや見知らぬ人までもが「不倫」を責める中で、それは「間違っていない」と言い切る強さが、かのんにはがある。

いや、かのんだけじゃない。ヒロも「ずっと独りのまま好きでいたけど、幸せ」という状況は重なる。

また、考えてみれば、北海道逃避行のときに、「一線」を越えることを選ばなかった境宗介=「あのときの境先輩」も同じ気持ちだったのかもしれない。最果タヒの言う「永遠に愛し続けてくれ。」という気持ちを3人とも胸に抱えている。

3つの恋心に、頻繁に「心変わり」する宗介をずっと横で見て来た初穂の「暴走した恋心」が事態をどんどん悪化させている状況にあるが、やっぱり主要登場人物は4人でバランスしていることが改めてわかって来る。

…とすると、やっぱり松木平は邪魔で(性格は嫌いじゃないが)、次巻以降でどのような役回りとなるのかはとても気になる。ただ、かのんとつき合う素振りでも見せたら、ヒロと同様「絶対許さない」が…。(笑)


なお、22話によれば

  • 脱走したゼリーはほぼ全域にわたって駆除が完了(ラジオ
  • 駆除だけじゃきっと駄目(初穂)

とあり、ゼリー脱走による避難生活はまだ終わらなさそう。24話では雨に打たれたゼリーがボコボコと増殖する様子が描かれており、これを初穂がどのように阻止するのか、が物語の重要ポイントになる。


参考(過去日記)

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2018-05-19 Sat

[]一刻も早く映画を観たくなるジェットコースター小説〜貴志祐介悪の教典』(上)(下)

悪の教典〈上〉 (文春文庫)

悪の教典〈上〉 (文春文庫)

悪の教典〈下〉 (文春文庫)

悪の教典〈下〉 (文春文庫)

読書に集中できない、そんなモードになっているときは、エンタメに徹した小説を読むことで脳を読書できる流れに慣らしてあげることでスムーズに次の本が読めるようになる…。

どうしても本を読めなかった4月半ばに、そんなライフハックで選んだのは貴志祐介の代表作『悪の教典』。

貴志祐介の本は、これまで、初期作品を中心に抑えていて、評判の良くなかった近作(と言っても2013年)『雀蜂』 も楽しく読んだ気がする。

そこに来て今回、大本命の『悪の教典』(2010年)。これは絶対に間違いないだろう、という確信のもとに読み始めた。


……

面白い。

読み始める時点で、主人公が高校教師で殺人鬼の役回りとなることは知っていたが、その知識がなくても、冒頭から蓮実聖司(ハスミン)は、その危険さを隠そうとしない。

また、映画のキャストも知っていたため、ハスミンのイメージは、最初から伊藤英明だった。それも早く読み進めることが出来た理由かもしれない。


蓮実は、学校のことを「小さな王国」と呼ぶ。

これほどまでにIQが高く、ハーバード大学から一度はアメリカの投資銀行に就職した人間が、なぜ一介の高校教師をしているのか。その理由は下巻で語られるが、蓮実にとって、教師は天職であり生徒は道具。

その王国で築かれた「頭が良く、性格も良く、皆から慕われる先生」という立場をどのような知性を持って守るのか。疑いを持ち始めた何人かの生徒までを騙しきれるのか。

物語前半は、反社会的な犯罪行為を、周囲にいる人たち皆を欺いてやり遂げてきた半生が語られ、漫画『デスノート』のような物語なのかと期待が高まる。


しかし、途中からボロが出始める。

修学旅行中に生徒と密会など、隙のある行動が多過ぎて、とても「緻密なサイコキラー」という感じではなくなる。勿論「殺人鬼」という設定に理想(?)を抱き過ぎなのかもしれないが、ハスミンの超人的な魅力はどんどん薄れていく。

そこに来て、下巻では、美彌の殺人計画があっという間に崩れ去り、目撃者へのフォローも出来ないまま、文化祭準備で多くの人間が深夜まで残る学校が大量殺人の舞台となることが決定する。

…木の葉は森に隠せ。あたりまえのことだが、真理を衝いている。

死体を隠したければ、死体の山を築くしかない。

下巻p189


ハスミン計画性のなさが招いたトホホな決断ではあるが、正直言って、これ以降の展開はクライマックスが連続して、すごく面白い。

ジェイソンが多くの人間を死に至らしめるスプラッター・ホラーのようで、とても映像的。三池崇史監督がこの小説に惚れ込むのもよく分かる。

勿論、スプラッター・ホラー的に面白いということは逆に、小説としてはチープで「あり得ない」、という印象を与えることになる。

ここまでミスを積み重ねておいて、そのミスを隠すために40人全員殺す結論に至るというのは、恐怖よりもハスミンの無能さをよく表している。

これは、リアリティラインが小説と映画・漫画で異なることも影響していると思う。おそらく、『悪の教典』のストーリーは、漫画や映画では、「全然あり」という類の話だと思う。ただ、小説にしてしまうと、設定が雑に思えて仕方がなくなる。

しかし、その難点に目をつぶれば、ラストまでノンストップで読める面白小説になっていると思う。


ハスミンが、ギリギリ超人的な魅力を保っている早水圭介との対決シーン。

ここでは、彼が何故殺人を続けるのか、その理由が自らの口から語られる。

(略)問題があれば、解決しなければならない。俺は、君たちと比べると、その際の選択肢の幅が、ずっと広いんだよ。(略)

かりに、殺人が一番明快な解決法だと分かっていたとしても、ふつうの人間は躊躇する。もし警察に発覚したらとか、どうしても恐怖が先に立つんだ。しかし、俺はそうじゃない。X-sportsの愛好家と同じで、やれると確信さえできれば、最後までやり切ることができるんだよ。


スリルや快楽を求めて殺人に走るのではなく、問題解決のために、殺人という選択肢を除外しないだけなのだ、というこのスタンスに『悪の教典』のアンチヒーロー蓮実聖司の新奇性を見ることができる。「共感性」がない、というのはサイコパスとしてありきたりな特性だが、自己の利益を極限まで追求するその性格は素直にカッコいいと思える部分もある。(念のために書いておくが、対女性への蓮実の態度は最悪だ)


ただ、高校時代の憂実、そして、美彌に手をかけようとしたときに、蓮実自身も驚いた「戸惑い」や、表紙にもなり、途中何度も幻覚として現れたカラスなど、思わせぶりに登場して回収されなかった伏線がいくつかあること。また、どう考えても存在意義が分からないエンディング後のボーナストラック「秘密」「アクノキョウテン」など、不満もある。

それでもエンタメとしては面白かった。

次は読み損ねていたもう一方の大作、『新世界より』を読んでみたい。

新世界より(上) (講談社文庫)

新世界より(上) (講談社文庫)

新世界より(中) (講談社文庫)

新世界より(中) (講談社文庫)

新世界より(下) (講談社文庫)

新世界より(下) (講談社文庫)


参考(過去日記)

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