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2012-12-26 Wed

[]2013年の手帳を買う前に〜奥野宣之『人生は1冊のノートにまとめなさい』

人生は1冊のノートにまとめなさい―体験を自分化する「100円ノート」ライフログ

人生は1冊のノートにまとめなさい―体験を自分化する「100円ノート」ライフログ

さあ、2012年もあと一週間。

書店には、10月末あたりから手帳が並び出しており、この時期になってやっと気になって見たりする。

しかし、自分はあまり手帳をうまく使えた試しがない。続かないのもわかっているので、もはやほとんど気にならないのだが、しばらく沢山書いたかと思えば、その後、真っ白なページが続いたりする。

そもそも、予定のメモには会社で使っているサイボウズGoogleカレンダーで済んでしまうので、細かい予定を手帳に書き込むことをしようとは思っていない。つまり、あったことや感じたことを記録するライフログ的なものを残したいと考えているのだ。

勿論ツイッターFacebookライフログ的に使っている人もいるのだが、ええかっこしーの自分には、とても他の人に自分の姿を曝け出せるわけはなく、やはり手帳しかないのでは…という結論になる。

必然的に、年に一回はこの種の本を読むことになるのだ。2013年の手帳を購入する直前だからタイミング的にバッチリだ。


著者の第一作は、以前に読んだことがあり、納得して読んだ気がする。

今回その続編を読んで改めて思ったことは、この人のようにはできない、ということ。

マメに記録を取ることもそうだし、ノート一冊が終わるたびに索引を残したり、ノート一冊と言いながら、読んだ本リストは、専用シートをパソコンで作成して用意するなど、ずぼらな自分とは性格が違い過ぎる。しかし、この人の主張する行動を記録することの効果(以下のような言葉で語られる効果)には、やはり納得せざるを得ない。

  • 書いてみることで「しっかりやっている自分」を認める
  • 体験をリサイクルし、今の自分に活かす
  • 「いい過去」=「自分の歴史」を持っておく安心感

フランクル夜と霧』から、絶望する仲間を励ます言葉を引用している部分がある。

わたしたちが過去の充実した生活のなか、豊かな経験のなかで実現し、心の宝物にしていることは、なにもだれも奪えないのだ p169

何かに絶望しそうになったときに、過去の自分に慰められ、励まされる場面があるかもしれない。それがあやふやな記憶ではなく、具体的な言葉で思い起こされるものであれば、より強く生きることができるかもしれない。そんなことまで考えさせられる。


この本では、そういったライフログのメリットを羅列するだけでなく、ちゃんと「なぜ続かないか」というところも意識しながら書かれている。特に、強調されているのが「読み返し」が重要だということ。

著者のライフログは相当な分量であり、この本に書かれていることは、自分が目指すものとは少し異なるが、それでも「使えるな」と思ったのは

  • 色々なものを貼る(本の帯)、観光地のスタンプを押す
  • 内省や心情吐露は避け、周囲のことを中心に書く p182
  • 蛍光ペンなどでマーキングしながら読み返す p192

といったあたりだろうか。

習慣付けの部分になるから、自分なりに色々と工夫しないとうまく行かないだろう。


この本は、いわゆるライフハックというか自己啓発書の類になるが、あくまで著者のやり方を頑固に推し進める感じが好きだ。自分と合う部分を上手く使って、まずは2012年の手帳の残りを使い切り、2013年は自分の成長を感じ取れるような年にしたい。


文房具

なお、興味を持った文房具は以下。

オルファ(OLFA) ミシン目ロータリー 173B

オルファ(OLFA) ミシン目ロータリー 173B

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2012-12-25 Tue

[]レイ様まじ天使(笑)〜野尻抱介南極点のピアピア動画』

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

今年は、人から勧められた本を読むことが今までで一番多かったかもしれない。この本もそんな一冊。

時代性がよく表れた本なので、2012年中に読んで本当に良かった。

あらすじは以下の通り。

日本の次期月探査計画に関わっていた大学院生・蓮見省一の夢は、彗星が月面に衝突した瞬間に潰え、恋人の奈美までが彼のもとを去った。

省一はただ、奈美への愛をボーカロイドの小隅レイに歌わせ、ピアピア動画にアップロードするしかなかった。

しかし、月からの放出物が地球に双極ジェットを形成することが判明、ピアピア技術部による“宇宙男プロジェクト”が開始される・・・・・・

ネットと宇宙開発の未来を描く4篇収録の連作集


ひとことで言えば「ニコニコ動画初音ミクをモチーフにした近未来SF」ということになるだろうか。

自分は、ネット大好き人間にもかかわらず、動画系はほとんど見ることがない。中毒性が高いものであり、自分との親和性が高いことが自明なので、避けているといった方がいいかもしれない。

そういう門外漢の自分にとって、これまで全く、ニコニコ動画を中心にしたカルチャーというよりムーブメントの一端に触れることができたという点だけでも、この本を読んだ意味はある。だが、この本の面白さは当然それだけじゃない。


メーカーズ・ムーブメント

アピア技術部を中心とした小隅レイのファンたちが、どのようにホラ話を現実化していくか、という部分は、全編に共通するが、特に最初の表題作「南極点のピアピア動画」に詳しい。

キーワードは、オープンソースのものづくり。*1

ハードウェアソフトウェアと同じように、オープンソース化できる。それにはハードウェアもソフト同様、コマンド一発で組み立てられなきゃだめだ。ハードウェアのすべてを情報化して、その情報があれば誰でも同じ物が作れるようにだ。それができたとしたら、どうなる?  p28

設計は不要。オープンとなっている設計図をダウンロードして、それをニコニコ工場で実体化するだけでロケットができてしまうどころか、自己増殖機械で、作業自体がどんどん高度化していく。この発想は、クリス・アンダーソンMAKERS―21世紀の産業革命が始まる』で描かれた思想と全く同じである、というところが面白い。つまり、『MAKERS』で書かれているように、3Dプリンタなどの機器によって、オープンソースのものづくりのムーブメントは始まっているのだ。

MAKERS 21世紀の産業革命が始まる

MAKERS 21世紀の産業革命が始まる


起承転…?序破急?な展開

4篇からなる連作短編集で、目次でそれぞれのタイトルを見れば内容の想像はつくのだが、ここでは4編目のタイトルは伏せる。

  1. 南極点のピアピア動画
  2. コンビニエンスなピアピア動画
  3. 歌う潜水艦とピアピア動画
  4. ??とピアピア動画

南極点〜」ではロケット、「コンビニエンス〜」では軌道エレベータ、「歌う〜」では潜水艦という、巨大機械を使ったプロジェクトのために、ピアピア動画と小隅レイを旗印に集まった無数の人たちが協力して、「無駄な技術」を駆使する様子が爽快なのだが、クジラ調査が目的だった「歌う〜」が驚愕のラストを迎え、そしてヱヴァQ以上の急展開のまま、最終章に突入するのがいい。

3編目まででも、十分「胸熱」な展開だが、4編目のホラ話度は飛び抜けている。


希望的未来像

その4編目は、プロジェクト半ばで物語は終わりを迎える。題材としては世紀末的な空気を漂わせているにもかかわらず、とにかく希望に満ちた世界であるというのがいい。現代文明は「線形領域の終端」にあり「技術水準が非線形の飛躍をする、その近く」にある、という話を“あーやさん”から聞かされれば、なるほど、まだ未来は明るいな、と信じてしまう(笑)

ネットを経由した不特定多数善意の協力によって、社会が前に進むという話は、電車男のときからの伝統なのかもしれない。実際にそういう場面があったとして、自分が物語の中に携われるのかどうか、それとも外側から見ているだけなのか、という違いは大きい。他人や社会の役に立とうという気持ち(もしくは「レイ様まじ天使」と面白がれる気持ち)の部分と“手に職”の部分の両方が大切なのだろう。

自ら起業していたとしても好きなことができるわけではなく、会社員であれば、なおさらだ。無駄な好奇心を途切れさせずに好きなことに向けて、斧を研いでいくことが大事なのかもしれない。


補足

4編のあらすじや、用語集についてはニコニコ大百科が詳しかった。さすが!(小隅レイの名前の由来もここで分かりました)

*1:双極ジェットを利用した有人飛行プロジェクトのアイデアは主人公が思いついたにもかかわらず、すでに米国の会社が同じアイデアからロケット募集をかけていたという展開は面白い。前時代のSFならアイデア出しから設計、組み立てまで主人公(の属するチーム)だけでやっていたはずだ。

2012-12-24 Mon

[]催涙雨が降る夜〜山岸涼子日出処の天子』(5)

日出処の天子 (第5巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第5巻) (白泉社文庫)

今宵は銀河を渡って牽牛星織女星という恋人同士の星が

年に一度の逢瀬を楽しむ日なのだそうだ

しかし、雨が降ればそれも叶わぬ

また来年の今夜を待たねばならない

だから今日降る雨は催涙雨(さいるいう)というのだ

刀自古との婚儀を取りやめるように言おうと雙槻宮(なみつきのみや)を訪れた毛人に、厩戸王子は催涙雨の話をする。話を聞いて、もう二度と会えない布都姫のことを思い出し「来年になれば逢えるのなら羨ましいくらいだ」と言う毛人に、王子はこう畳み掛けるのだ。

いいではないか

会えぬとも思いが通じておれば…

通じていない相手もある


まさにその通りで、第5巻では、思いが通じる・通じない×会える・会えないの様々なパターンが出てくる。それらのうち主要なものを以下に記す。


布都姫⇔毛人

王子との雨乞い対決に敗れ、大王に嫁ぐことが決まった布都姫は、初めて「待ち」の姿勢ではなく、自ら動く。つまり石上への参拝を口実に、一晩だけ毛人に逢おうとするのだった。しかし、その意思は、王子に邪魔され、王子にそそのかされた駒に邪魔され、刀自古に利用される。毛人も布都姫に逢いたかった。両者の思いは通じていたにもかかわらず、会うことは叶わなかったのだった。


刀自古⇒毛人

今回の最大の衝撃は、刀自古がここまでの行動に出てしまったこと。その原因は、まず雄麻呂(毛人の従弟)にあった。雄麻呂の発言から、自分の「傷」について周りの皆が知っていると感づいた刀自古は自殺を試みる。それを防いだ毛人に対して、かねてからの気持ちを抑えきれず口づけをする。それによって、制御が効かなくなってしまったのだろう。白髪女から受け取った、布都姫⇒毛人の手紙を利用して、強引なかたちで思いを果たしてしまう。

しかし、真実を知ったときの毛人の怒りは凄まじく、刀自古の思いは通じなかったのだった。

毛人は激しく後悔し、自分を責める。それだけでなく、刀自古が身籠っていることが分かり、さらに以前に一度子どもを堕ろしていることが分かり…というダブルパンチトリプルパンチを受けて、むしろ、一緒に死のうと決意する。しかし、毛人が決意を実行に移す間もなく、馬子の策略によって婚儀は不意を衝いて進められ、刀自古は厩戸王子と結婚することになる。

この巻以前は、相思相愛の「兄妹」に見えた二人だが、布都姫を巡って起きた事件によって、お互いの思いは完全にすれ違うことになる。


厩戸王子⇒毛人

刀自古と同様、騙し討ち的に毛人を「奪った」もう一人の人物は厩戸王子。「あの女とわたしは同類だ 道ならぬ恋をしているという点で」と本人が言うほどで、この巻での刀自古と王子の役回りはいわば相似形となる。

王子は、大姫との結婚が決まり、婚儀の披露目前の半ば儀礼的な「通い」の際に、結局、大姫のもとへではなく、(精神は)毛人の寝室に行ってしまう。

わたしは清童ではなくなった あんな形で…

漫画的にも、ベッドシーンに2コマほど費やされていながら、毛人は「王子と二人でいる夢を見たけど思い出せない」と本人が気づいていない状況にあり、やはり毛人を「奪った」かたちといえる。毛人は王子のことを嫌いではないが、やはり両想いの関係ではないのだった。

そして、いびつな三角関係のうち、全く関わりの無かった王子と刀自古が結ばれ、子をもうけるという展開は、この後どう展開するのか。(二人が初めて出会ったコマでの、刀自古の精神的なうろたえが歪んだ空間に反映された感じが最高↓)

f:id:rararapocari:20121224070637j:image:h200


大姫⇒厩戸王子

これまで書いたように、毛人への思いが通じない刀自古と王子、そして思いは通じているのに会うことが叶わない毛人と布都姫だが、最も可哀想なのは大姫(額田部女王の娘)だろう。もともと大王と結婚することを夢見ており、仕方なく王子と一緒になることを決めたにもかかわらず、王子は全く振り向かない。

しかし、王子が大姫を振って毛人の元へ向かった屈辱の晩の翌日。婚儀の場で直接目を合わせて次のようにひとりごちるのだった。

女ひとりを踏みにじったそなたの卑劣な不実を大声で叫んでしまいたい

ああ…それなのに わたしはいえぬ

なぜ…みじめだからか?王子に顧みられなかった女だと皆に笑われるからか?

いえ…それよりも いってしまえば わたしは永久にこの王子の妃にはなれない

なんと…そういうことなのだ

わたしは

わ わたしは

この王子が…

好きなのだ

この冷たい人でなしを愛してしまっているのだ

しかし、その思いは空しく、結婚後も一向に寝室に来る素振りが無い。我慢も限界に近づこうかというときに、刀自古が厩戸王子の妃になるという知らせを受け、怒り、結婚直後に刀自古の懐妊を知る。涙を流して「わかりました。わたしにも考えがあります」と王子に縫った服を裂く後ろ姿は辛いものがある。

大姫のルックスは、直球美人の刀自古や、ぶりっ子の布都姫とは全く異なり、母親の額田部女王の面影を残しつつ、可愛らしさもある、という絶妙なバランスになっており、そこら辺も応援したくなるところだ。5巻の最後では、何とか大姫にも王子の子どもを…と焦る額田部女王が、王子に家宝の笛を贈る話が出てくるが、今後、大姫と王子の仲に進展があるのか楽しみ。


その他のあらすじ

この巻では、新羅高句麗百済の話が出てくる。およそ4世紀ころから7世紀ころまで朝鮮半島は「三国時代」と呼ばれる時代にあり、その対立関係から、大王の元には高句麗から新羅への出兵依頼が来ている。新羅出兵については、大伴糠手と大王が、蘇我の力を削ぐような策略を巡らせているようなので、そこにも期待したい。(なお、調子麻呂は百済出身だが百済から追い出され、淡水や実母のいる新羅に来た経緯がある)


参考

2012-12-23 Sun

[]日経新聞12/23(日)

原発再稼働、新基準が焦点 策定、来夏ずれ込み(4面)

26日に発足する自民党中心の新政権原子力発電所の再稼働に向けた環境整備に取り組む。自民、公明両党は連立合意で、原子力規制委員会の判断次第で再稼働を認める方針を明記した。ただ、再稼働の実現にはこれまでよりも厳しい安全基準を満たすことが不可欠。敷地内の活断層原発立地・周辺自治体の理解を加えた3つのハードルを乗り越える必要がある。

原発再稼働、新基準が焦点 策定、来夏ずれ込み  :日本経済新聞

3つのハードルのうち「これまでよりも厳しい安全基準」は、テロや航空機墜落のような過酷事故にも耐えうる設計を求めるもの。こういった過酷事故対策はあった方がいい。海からの津波、足元の地震断層)ばかりに注目していたために、頭の上からの衝撃は「想定外」だったなどという言い訳はできない。むしろ津波大地震より確率が高いのでは?とすれ思ってしまう。

規制委員会としては「安全性は審査するが、再稼働の是非は判断しない」としており、「最後は政治判断できるかが焦点になる」と記事では結ばれる。しかし、自公は以下のように「原子力規制委員会の判断次第で再稼働を認める」という方針なのだから、実質的には、原子力規制委員会の判断にしたがうしかない。ここら辺は少しモヤモヤする…。

▽…自民党は政権公約で「規制委員会の専門的判断をいかなる事情より優先する。原発の再稼働の可否は順次判断し、全ての原発で3年以内の結論を目指す」と記した。規制委が「安全」と認めた原発は再稼働する姿勢とみられる。甘利明政調会長は11月の記者会見で「3年以内に安全な原発、不安がある原発、使えない原発の仕分けができてくる」と述べた。

原発の再稼働 自民「3年以内にすべて結論」  :日本経済新聞

白い力こぶ(文化欄・神野紗希さん)

さらーっと読めて味わい深い、さすが俳人は言葉の選び方が違う、と思わせる文章だった。基本的に自己の経験が9割くらいで、あとは、色や季節などの文章中の配置が上手いから読みやすいのだろうか。

「木の匂いしているクリスマスツリー」という句も面白い。


読書欄

ウエストウイング

ウエストウイング

津村記久子は、確かサラリーマン作家だったように記憶している。勿論、芥川賞作家ということもあり、とても興味がある。

レッキング・クルーとは、類い稀な技巧を持ったスタジオ・ミュージシャンたち。バーズ、ビーチボーイズモンキーズ等の音楽は、本人たちではなく、彼らレッキング・クルーが演奏していたものも数多くあったという。ものすごく興味があるが、2800円の本だとやはりすぐに手が出ない…。

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2012-12-22 Sat

[]色弱とカラーユニバーサルデザインについて知る2冊

ちょっとしたきっかけがあり、色弱について理解を深めようと2冊の本を手に取った。

読んだ2冊はそれぞれ非常に読みやすい本。著者はいずれもNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構の活動に携わる人たちで、そういう団体があるということも知ることができたのは良かった。

当機構は、広く一般市民や団体を対象として色使いに関する評価・改善提案を行います。この活動を通じ実社会の色彩環境を人の多様な色覚に配慮したものに改善してゆくことによって、全ての人がより公平で文化的な生活ができる社会の実現に寄与することを目的として設立されました。

活動方針〜特定非営利活動法人 Color Universal Design Organization / カラーユニバーサルデザイン機構

別の本の紹介動画だが、以下が分かりやすい。これを見れば以下の文章をすっ飛ばしてもいい(笑)。

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栗田正樹『色弱の子を持つすべての人へ』

色弱の子を持つすべての人へ―20人にひとりの遺伝子

色弱の子を持つすべての人へ―20人にひとりの遺伝子

いわゆる「色弱」についての基本的な考え方が短時間で理解できる良書だと思う。

まず、色弱は、日本人男性は20人に1人、女性は500人に1人いる遺伝的な特性であること。また女性の保因者(色弱遺伝子を持っているが本人は色弱ではない人)は10人に1人いるということがわかった。

ここで「色弱」と書いたが、特に、色弱色盲などの呼称をめぐる現状については、この本で学べて大きく前進できたように思う。

例えば、2005年度以降、眼科用語集の改訂により「色盲」という言葉は使われなくなったが、「色覚異常」という言葉は残った。ただし、当然「正常」「異常」という言葉にも抵抗はあるため、血液型と同様に、C、P、D、T、A の5種類の色覚型で呼ぶことを基本とし、このうち男性の95%、女性の99%を占めるC型以外を「色弱者」と呼ぶことがカラーユニバーサルデザイン機構によって提唱されている。*1

また、実際に、この本で書かれているように、青系から黒系の色の見分けについては、C型よりもP、D型の方が敏感で、暗いところでものを見分けたりするなど「明度差」の感じ方にその差が表れるという。ゴッホ色弱だったというのも有名な話だ。*2したがって、以下の図のように考えるのが実態に近いのだろう。

f:id:rararapocari:20121223050925j:image

(本書P43より引用)

カラーユニバーサルデザイン機構のHPから紹介されているオンラインのカラーテストサイトX-lite "Online Color Challange"*3も、いわゆる正常/異常ではなく、自分がどの色合いに敏感かを理解するのに良いと思う。

また、Youtubeで以下のような動画も。

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そのほか、色弱であるために困ることについても多くの事例が示されており、理解しやすい。

例えば、ボールペンの黒字と赤字の見分けや、カレンダーの日祝日の見分け、色だけで表示されたトイレの使用中表示、地下鉄路線図やUNO、焼き肉の焼き加減などなど。ただし、色のみで判断を要される部分は少ないため、実際にはそれほど困らなかったりするようだ。

自分でもエクセルで作成したグラフの色使いなど、気になる部分が増えた。以下のサイトなどを参照にしながら、できるだけバリアフリーな色使いに直していきたい。

なお、著者はイラストレーターであり、この本もカラーのイラストの点数が多く、とても読みやすい。めくったときの印象からすると表紙は、やや硬い感じがするので、その点は勿体ない。多くの人に読んでもらいたい本です。


伊賀公一『色弱が世界を変える カラーユニバーサルデザイン最前線』

色弱が世界を変える カラーユニバーサルデザイン最前線

色弱が世界を変える カラーユニバーサルデザイン最前線

こちらはAmazonでも批判があるように、確かにタイトルに偽りがある。決して、カラーユニバーサルデザイン最前線について書かれた本ではなく、著者の伊賀公一が小学生のときに自分が色弱だと知ってから、カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)の理事になった現在の活動までを追う、いわば自伝である。


色弱が理由で怒られた図画の時間(人の顔を緑色で描いた等)や科学との出会い、読書にはまった小学生時代から、進路変更について悩んだ中学高校までは、まだ普通。一浪して早稲田社会学部に合格し、徳島から東京に出てきてからの生活は、まさに波乱万丈。2年生から国立の米軍ハウスでヒッピー生活を始め、ヒッピーのコミューンを当たりながら2度に分けて日本一周の無銭旅行に出た話などは、色弱と全く関係がないが面白い。しかし、例えば写真の現像、コンサートの照明係などアルバイトやサークル活動の中で、ポツリポツリと色弱が原因で失敗するエピソードが挟まれる。

大学を中退して結婚してからのエピソードも波瀾万丈だ。

生まれた子どもを育てながらアルバイトを渡り歩いたのち徳島に戻る。コンピュータショップから新たな生活のスタートを切れたのは、裏山から石を拾ってきて鉱石ラジオを自作したりした小学生時代からの積み重ねがあったから。お金を稼ぐことよりも、人の役に立つことをしたくなった著者は再度上京し、色弱の人をサポートすることに勢力を傾けることになる。あれよあれよと言う間にCUDOの立ち上げに携わり、現在に至る。

色弱にもかかわらず、カラーコーディネーターの資格(1級)を取得するエピソードなどは、ここまで読んできた山あり谷ありの半生があれば納得するしかない。


結局、色弱の人を介してでなければ、色弱のことを知ることはできないという意味で、人物中心に書かれた2冊の本は、自分にとって理解しやすかったし、ためになった。今後は、もう少し詳しい本も読んでみたい。

この2冊でいえば、どちらかといえば、栗田正樹さんの本をオススメです。

*1カラーユニバーサルデザイン機構 色弱者について

*2:例えば、以下の記事などは、その観点で書かれたもの>ゴッホの本当のすごさを知った日

*3:色を順番に並べ直していくことで、色覚特性を把握できる。結果は、敏感に感じ取れる色合いがゼロに近い数値でグラフ化される http://www.xrite.com/custom_page.aspx?pageid=77&lang=ja

yokoyoko 2012/12/23 10:10 赤文字で強調、とかわかりにくいんだなぁ、と色覚特性について調べて初めて知りました。
たくさんの色で色分けしなければならない場合には、ColorDoctorというフリーソフトを使っていました。
http://jp.fujitsu.com/about/design/ud/assistance/colordoctor/
組み合わせを考えていると混乱してくるのですが、これは見え方をシミュレーションできるので便利です。

rararapocarirararapocari 2012/12/23 22:06 ありがとうございます。このソフトは簡単に使えますね。
yokoさんのように、これまで気にしてきた人もいる中、今まで自分がほとんど気づかなかったということは、特に指摘せずに我慢していた人がいたのかも…と少し心配になりました。少しずつでも実行に移していきたいと思います。

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2012-12-19 Wed

[]王子の乙女心に気づいて!毛人!〜山岸涼子日出処の天子』(4)

日出処の天子 (第4巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第4巻) (白泉社文庫)

この巻の推進力は厩戸王子の乙女心。

この物語は、厩戸王子というミステリアスな存在に、主人公・毛人が心を揺り動かされていく話だと勘違いしていた。実際、1〜2巻あたりは、そういう見方もできる。しかし、この巻は全く逆で、むしろ厩戸王子が毛人の動きに敏感に反応し、翻弄される展開になっている。全ての元凶は“布都姫”。

布都姫のことばかり追いかけ、全く振り向いてくれなくなってしまった毛人を想い過ぎて、厩戸王子の気もちはどんどん不安定になっていく。不安定過ぎて前の巻では地震を起こしていたが、今回は頻繁に幽体離脱してしまうほど(笑)だ。寝転がってぼおっとしていると、空中に浮いた筆が、宙に「毛人」の文字を描き、はっと我に返る。まるで中学生女子のような乙女心!

そんなこの巻のクライマックスは、王子が仕掛けた、布都姫との雨乞い対決。王子は毛人の協力を得て、無事に雨を降らせることに成功するも、毛人から辛い言葉(布都姫をわたくしにいただけるのでしょうか)を聞き、溢れる涙を抑えきれない。

毛人、気づけよ!王子の思いを!

おのれがおのれらしくあるためには

いや わたしが人間らしくあるためには毛人に補われねばならぬというのか!

わたしの理性や感情をもはるかに越えて

もっと奥深い根源的なところで必要としている鍵は毛人だというのか!?

他の人間をこれほど欲さなければならないというのはどういうことだ

わたしという人間はそれほどまで欠落した部分を持って生まれてきたのか


いやそれよりもなにより

もっと恐ろしいのは

毛人にとって わたしは

必要欠くべからざる人間ではない!

f:id:rararapocari:20121220015946j:image:h150


全体の流れ

大王に嫁ぐことに決まった刀自古は入水自殺を図る。急遽、代わりに入内することになったのは河上娘(かわかみのいらつこ)。ところが大王は、河上娘にも大伴の娘・小手子にも気が乗らず、別の女性を欲しいと思うようになる。そこに目を付けた厩戸王子は、大王の目が布都姫に行くように仕掛ける。

一方、河上娘のもとを訪れた刀自古は、相手から、これまで隠してきた秘密を知られていることを知り愕然とする。物部を憎み、明るさが消える原因となったその事件については、たまたま毛人にも知られてしまうことになる。

大王が布都姫に目を付けたことを知った毛人は、すぐに布都姫に想いを告白するも、物部の連中にボコボコにされる。

飢饉と疫病が続き、糠手の提案で雨乞いの祈祷を行なうことになる。それを執り行うのは石上斎宮・布都姫。雨乞いについてそれぞれの人物の意図は次の通り。

  • 大伴糠手:雨乞いを失敗させて、娘・小手子のライバルになるかもしれない布都姫を失墜させる
  • 泊瀬部大王:雨乞いが失敗すれば、布都姫に責任をとらせて斎宮を辞させ、還俗させ、後宮に入れる。
  • 厩戸王子:雨乞いが失敗して、布都姫が大王の元に収まり、毛人に布都姫を諦めさせたい
  • 毛人:布都姫に辛い目を味あわせないよう、雨乞いの成功を祈る。

布都姫の雨乞いは失敗に終わり、その後始末を考える朝廷の集まりで、布都姫を擁護する毛人と王子が対立。その場でのやり取りから次は王子が雨乞いをすることになった。八角堂(法隆寺夢殿)に一日籠った王子は、最後だけ毛人の手を借りて、雨を降らせることに成功する。しかし、本筋の「毛人に布都姫を諦めさせる作戦」は大失敗に終わるのだった。


参考

2012-12-18 Tue

[]うーん、難しいテーマ〜広瀬弘忠『巨大災害の世紀を生き抜く』

巨大災害の世紀を生き抜く (集英社新書)

巨大災害の世紀を生き抜く (集英社新書)

代表的な著作『人はなぜ逃げ遅れるのか』の内容自体が、韓国地下鉄事件のような、少し小規模の事故、災害における正常性バイアスをイメージしやすいものであったことから、今回のような巨大災害についてどのような内容が書かれているのだろうかと手に取った。

文字も大きく読みやすそうな反面、内容が薄いのではないかと危惧したが、2011年10月に出た本ということもあり、震災直後の緊張感が伝わってきた。

目次は以下の通り。

第1章 二一世紀型の災害とは何か―原子力災害を経験して

 (自然災害原子力災害の違いは何か、原子力災害は非体感型 ほか)

第2章 原子力発電所はなぜ事故を起こしたか

 (事故につながった東京電力の企業体質、原子力は必要だという揺るぎない前提 ほか)

第3章 災害と情報

 (危機意識を共有すべし、リスクコミュニケーション ほか)

第4章 災害を乗り越えるには

 (マゼランリスクに対処した方法とは、若者に災害対応の新たな芽はあるか ほか)

第5章 三・一一の先にあるもの

 (この災害は私たちをどう変えるのか、不安と共存するという生き方 ほか)

特に、東京電力の企業風土について、自らの経験を踏まえて語る第二章は良かった。2002年に明らかになった原発の点検記録のデータ改竄を受け、2002〜2007年まで東京電力が社内に設けた「原子力安全・品質保証会議」の委員として、著者は東電を、通常よりも内側から見ることができたのだ。

…データ改竄の事実を公表することも、ある意味で非常に巧妙な配慮だったといえるだろう。外部の人間に原子力発電所の事故についての比較的小さな問題をあぶり出して見せるが、その議論は、あくまで原子力は日本経済の成長にとって欠くことのできないものだという前提があってのことで、その前提に反したり、抵触したりするような問題に関しては、きわめて神経質な対応が行われていた…(略)

問題は、個々の細かな事故を一部始終隠さず公表するといった演出された誠実さにではなく、原子力発電は欠くことができないという大前提を死守するために、小さな誠実さを呈示することにあったと言わざるを得ない。原子力発電を安全、安心なものとして社会的に受容してもらわなくてはならなかった。その安全、安心な原子力発電、という縛りが、今回の原発事故をここまで拡大させた大きな原因になったと私は思う。P63

前提を死守するために、安全を犠牲にすることはあってはならないが、既往計画などは基本的に正しいものとして余程のことがなければ見直さない官僚主義的な世界の中では、起こり得ることはよくわかる。


この部分をはじめ、総論としては、納得できる意見が多かったのだが、最近の自分の問題意識とは相容れない部分もあった。以下に挙げる引用部分は、3.11前であれば納得しながら読めたのだが、震災原発以降、単純に頷けないようになった。揚げ足取りのようなかたちになるが、少し反発を感じた部分を抜き出したい。


例えば、マスメディア原子力災害についての文章。

放射線被ばくの安全基準について記事を作ると、日本のメディアの多くは、基準値は国際的な基準に則っており、基準を上回っても安全である、といういい方だけになる。だが、欧米のクオリティペーパー(高級紙)であるニューヨークタイムズのような新聞では、いくつかの説を並列する方法をとり、(中略)

こうした記事を読んだ読者はどう思うだろうか。なるほど、こういう説もあれば、反対にこんな説もあるのか、その科学的な裏づけはここまでなのだな、と思うのではないか。そこから合理的な判断を下す努力をするのは読者自身の責任なのだ。p128

賛否両論の併記については、以前は自分も同様に考えていた。しかし、実際には、併記の仕方によっては、読者は、両論ともが同程度に正しい意見なのだと読んでしまう。「科学的裏づけ」について読者への判断材料を全て提供するにはスペースが無く、非現実的だし、何より判断を読者に全て委ねてしまうのでは無駄な混乱を生む。したがって、最も科学的な合理性が高い(と判断できる)説を中心的に取り上げ、対立する意見については紹介する程度が一番いいと思う。読者に「合理的な判断を下す」を任せてしまうのは難しいのではないかと考える。(「隠さない」ことは重要に違いないが)


こういった、人間の知性を過信する考え方は他の場面でも出てくる。

どのようなリスクであろうと、知ることがメリットになる時代を、私たちは迎えているのだ。私たち人類は、絶体絶命の危機に直面して、それを乗り越えてサバイバルを果たしてきた種である。このことを忘れてはならないだろう。p151

確かにリスクは知らされるべきと考える。

しかし、今問題となっているのは、リスクだけでなく、その意味づけをどう伝えるかであると思う。何かとゼロリスクを求めてしまう考え方を問題にせずに、「リスクの開示で物事が良くなる」というような見方は、放射能問題以降、日本を二分している状態が見えているのか疑問に思う。

そもそも、リスクという概念自体が、かなりのリテラシーを必要とする。リテラシーなんて格好いいことを書いたが、リスクの受け取り方は、単なる知識や理解度だけでなく、その人が置かれた状況にも左右されるだろうと思う。つまり、(本書の中でも触れられてはいるが)避難区域に元々住んでいた方々が捉えるリスクと、九州に暮らす人は、リスク情報の捉え方が異なるだろう。

同じ地域に住んでいて、ある程度リスクという概念について理解のある人同士でも、食べ物に含まれる放射性物質の扱いについて意見が一致しないこともよく見る光景だ。

したがって、例えば「●●県産のシイタケから○○ベクレル放射性セシウム」というような情報を、もし説明なしで数値だけのかたちで公表し続ければ、社会の混乱に繋がることは明確であるように思う。その数値の読み取り方について中立的な視点からの説明がセットでなければ、何も判断することはできない。そして不可情報が多ければ多いほど、自己責任での判断は困難を極める。やはり新聞報道に対する意見と同じで、作者は、人間の知性を信じすぎているように思う。


この流れで一番気になったのはソーシャルメディアへの期待。

ソーシャルメディア上の議論は、自由度が高ければ高いほど極端な議論には走らない。チェックにより自浄作用が働くのである。(略)

このように誰にでも情報を発信し、受容することができ、気軽な議論が行われる開かれた社会では、デマは小規模には生じることがあっても、社会全体に影響するような大きな規模になることはまずない。p114

この部分だけでなく、twitterFacebookを、やや過大評価しているように感じる。3.11直後には、その有用性が多くの人に評価されたソーシャルメディアだが、実際にやってみると問題点がすぐに分かる。

例えば「極端な議論には走らない」という感覚は、twitterをやったことのない人の感覚なのではないかと思う。読む側が意見の合う人をフォローして、独自のタイムラインを作るtwitterでは、むしろ議論が極端な方向に進むことがある。放射能関連の情報の無統制ぶりを分かっていたらこんな書き方にはならないと感じた。

先日、僕自身は、誰も否定する人はいないだろうと信じ込んでいたネット選挙の解禁について、為末大さんが、否定的な見方を述べていた。

政治って、何と何が争っているのかよくわかりません。協力できないのはわかるんですが、じゃあ何が協力できるのかが全然見えてこない。その雰囲気と、twで相手を踏みにじる感じや、徹底的に違うものを避ける雰囲気がなんとなく似ているように感じています。だから、ネットを解禁しても日本人に民主主義的感覚が生まれるか疑問で、今のままでは解禁したところで「こいつを当選させようぜ」みたいなノリの運動が起こったり。民度がモロに出るものなので、プラスだけでなくマイナスの面も出るのではないか思うのですが。

インターネット選挙運動の解禁は政治をどう変えるか ?One Voice Campaignイベントレポート (1/3)(BLOGOS編集部) - BLOGOS(ブロゴス)

この考え方は自分の実感とも合う。

決してソーシャルメディアは万能ではなく、何を使って情報収集をしても人が合理的な判断をするのは難しい。


震災原子力災害後の新たな社会で生きていくためには、「ひとりひとりが自ら情報をとり、判断して行動するという、本来の意味での自己責任に基づいて、生きていかなければならない」(p183)というのが、この本を貫くメッセージである。基本的には同意だし、そうあるべきだとも思うが、それほど上手くも行っていない、という部分についてもう少し突っ込んで取り上げた本になっていればとても良かった。


余談

津波てんでんこを否定しているところがあり面白かった。

病気の親をかかえた息子が、親をそのままにして逃げるということは可能だろうか。愛他心を持つ社会的動物である人間には、そのような行為は不可能なのだ。「津波てんでんこ」はありえないと思う。P181

通常は不可能だからこそ、このような“理不尽”な教えが、有効なものとして生き残っているように思った。ただ、これもまた正論ではある。


過去日記

2012-12-17 Mon

[]新年の挨拶は「むけおめ」で〜『あたらしいみかんのむきかた(2)』

あたらしいみかんのむきかた 2

あたらしいみかんのむきかた 2

通称「みかむき」で知られるこの本は、みかんのあたらしいむきかたに燃える主人公むきおくんの話と、実際に、例えば表紙にある「すずめ」をどうむくかという「むきかた」の説明が、交互に現れます。

2巻は「むきおのこくさいこうりゅう」「むきおのおとしだま」「むきおのはつゆめ」の3作で、21個のあたらしいみかんのむきかたが紹介されています。

案の定、よう太が気に入って、ストーリー部分を朗読してくれたのですが、何となくいい加減に読んでいた部分でも、ストーンと落ちる感覚があってさらに楽しめました。特に、むきお君の鉛筆書きで書かれる「思ったこと」の部分は、ずれているけど無邪気なコメントが連続したあと、急にブラックなものが来たりして不意を衝かれます。

簡単な動画紹介があったのでリンク。

D


さて、このタイプの本は読んで笑っておしまい!と、なりがちなのかもしれませんが、作っている方としては本気なのだということが、岡田好弘さんによるあとがきを読むとわかります。

もともと捨てられるはずのみかんの皮に価値をみつけて命を与えていくことは「もったいない」という言葉が伝える日本人の心に通じるものがあると思います。制限の中で生み出すこと、和を求めること、シンプルな造形美、そういったキーワードによる創作であり、そして最も日本的な果物で作る「みかむき」は、まさに日本的な芸術なのです。今から後このアートが日本の新しい伝統文化の始まりになればと思います。

イラストと文面の「お笑い」部分は神谷圭介さんが担当しているのに対して、実際の作品写真や作り方など「芸術」部分は、岡田好弘さんが担当しており、両者で熱意のベクトルが全く別なのでしょう。読む側としても「コレ笑える〜」だけじゃ、岡田さんに申し訳ありません。

そこで、実際に作ってみることにしました。(なお、線描きには蛍光ペンを、切るのは果物ナイフを使用)

f:id:rararapocari:20121216101956j:image:h250→→→→f:id:rararapocari:20121216102606j:image:h250うさぎ

f:id:rararapocari:20121216192432j:image:h250→→→→f:id:rararapocari:20121216193544j:image:h250(すずめ)


ほら、作ってみると何かちょっと楽しいじゃないか。(実際は、ちぎれないようにむくのが大変で、お祭りの屋台の「型抜き」を思い出しました)

一通り笑って楽しんだあとは、主人公のむきおくんのように

ぼく むくよ

と決意してしまうこと請け合いの本です。

その意味では気軽な気持ちで手にとってはいけありません。覚悟しましょう(笑)


関連本

生き物の持ち方大全―プロが教える持つお作法

生き物の持ち方大全―プロが教える持つお作法

同じく作画担当が神谷圭介のコチラの本は、Amazonの取り扱い状況を見ると、絶版扱いなのでしょうか。

あたらしいみかんのむきかた』と笑わせ方の意図は似ています。

どこまで本気かと言えば、やはり「みかんのむきかた」の岡田好弘さんの本気は、ここには無いので、単なる悪ふざけに終わっている部分はあります。(ただし、本書で持ち方指南をされている松橋さんは写真家で、実際に生物の持ち方について詳しい方。)

これを読んで、それじゃあ、ミニブタを「バグパイプづつみ」という持ち方で持ってみよう!とか、オオカマキリエスプレッソホールドで持てたらモテるかもなんて思いつく人はそうはいないでしょう。

これは笑って済ませて良い本だと思います。

その意味では、このタイプの本のあり方として正しいのかもしれません。(笑)

2012-12-16 Sun

[]日経新聞12/16(日)

今日は衆院選と都知事選の日でした。


社説

衆院選の投票日を迎えた。日本の針路をどう定めるかはひとえに有権者の判断次第だ。よく考えて投票所に足を運んでもらいたい。

(略)

日本政治に詳しいコロンビア大のカーティス教授は「政治はその国を知るために開いた窓だ」という。政治に背を向けるとは、日本という国に背を向けるに等しい。

 過去2回の衆院選で、小さな1票も積み上がれば大きな潮流を生み出すことを知った。今回はどんな姿が現れるのか。傍観するには惜しいイベントだ。


その結果がこれか…。

衆院選投票率59.21%前後か 前回より10ポイント下落

日本経済新聞社の推計によると、第46回衆院選の投票率は最終的に59.21%前後となり、前回を10ポイント程度下回る見通しだ。1996年の小選挙区比例代表並立制の導入後、最低だった59.65%(96年)を下回りそうだ。都道府県別でもすべてで前回を下回るとみられる。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1600Y_W2A211C1000001/


高齢インフラ、管理不備のツケ トンネル崩落事故 (13面・日曜に考える)

山梨県中央自動車道笹子トンネルで起きた天井板の崩落事故は、社会インフラの老朽化という課題をあぶり出した。列島改造に沸き高度成長の波に乗って1970年代に集中整備されたインフラの多くが、これから寿命を迎える。補強して寿命を延ばすのか。延命をあきらめるのか。管理を怠ってきたツケが国、地方に回りつつある

記事の最後に述べられている通り「老朽化対策を名目に無駄な事業が水膨れするなら、老いるインフラ予備軍が増えるだけだ」には共感。しかし、公共事業費が縮小を続け、1998年のピークと比べると1/3であることを考えると、「支出の無駄を削減する」対象として未だに常にトップに挙げられるのはどうか。

また、自己責任よりも、国による安全安心を求める国民性からしても、防災対策は欠かせない。その意味では、今回の自公圧勝は良かったのかもしれないが、当初、民主が提唱していた「新しい公共」の、その先も見たかった。


完全養殖マグロ お店でご賞味を(17面・ニュース望遠鏡

下のニュース。これはちょっと楽しみ。もっと研究が進むことを期待。

近畿大大阪マグロ料理店 卵から完全養殖

近畿大は3日、世界で初めて卵からの養殖に成功した「完全養殖」のクロマグロを食べることができる料理店を来年4月下旬にオープンさせると発表した。JR大阪駅北側の再開発地域「うめきた」に出店する。減少が心配される高級魚を、自然界への影響が少ない方法で食べられる店として人気を呼びそうだ。

http://www.47news.jp/CN/201212/CN2012120301002021.html


読書欄

月の輪草子 (特別書き下ろし)

月の輪草子 (特別書き下ろし)

書評欄トップ本。瀬戸内寂聴は未読だが気になっていた人。エッセイ等よりも小説を読みたかったので、28歳からの宮仕えの日々を(著者と同じ)90歳の清少納言が振り返るこの小説はピッタリかも。


現代の若者分析本。

携帯電話パケット定額制普及に高校時代に出会ったのが第三世代、中学時代に出会ったのが第四世代で、この差は大きいという。(第四世代以降は、携帯電話生活から手放せない)

ミクシィフェイスブックツイッターが異なる集団形成原理に基づいているという指摘など、興味を引く内容もある。


「あとがきのあと」欄。スカイツリーの名称検討委員会の選考過程を書いた本とのことだが、著者の専門は「助数詞」で、面白そうな本を出しており読みたいと思わせる。

数え方の辞典

数え方の辞典

数え方でみがく日本語 (ちくまプリマー新書(018))

数え方でみがく日本語 (ちくまプリマー新書(018))

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2012-12-12 Wed

[]きこえますか…きこえますか…〜山岸涼子日出処の天子』(3)

日出処の天子 (第3巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第3巻) (白泉社文庫)

聞こえぬのだな

聞こえぬのだな 毛人

毛人!             p244

厩戸王子と毛人それぞれに婚姻話が出てくる中、二人のすれ違いはさらに悪化し、厩戸王子の挙動がどんどん不安定になってくるところが見どころ。以下のような場面で王子の心の動きが分かる。

  • 毛人が気になって地震を起こしてしまう
  • 冬なのに池に飛び込んでしまう
  • 毛人の想い人である布都姫に嫌味を言うためだけに直接会いに行ってしまう
  • でも、泊瀬部大王への対応は常に完璧でブレない

一方で、この巻の最後では、冒頭に引用したように、王子のテレパシーも受け取れないほど、毛人は布都姫に夢中になってしまった。それを快く思わない人物があと一人いるあたりも面白い。

厩戸王子を太陽だとすれば、毛人は地球。そして裏側を隠しながらも常に地球を見つめ続けている月は刀自古。地球が別の恒星に向かおうとすることは、太陽も月も黙っていない、というところだろうか。

以下の大まかな流れでは特に触れなかったが、3巻でも刀自古の“暗さ”がじわじわ来ていて、全体的にダウナーな方向にベクトルが向かい始めた気がする。


なお、巻末解説は梅原猛×山岸涼子で面白そうだが、前回懲りたので、今回は全く読まず。


大まかな流れ

泊瀬部大王(崇峻天皇)の大嘗祭で、舞姫に扮して厩戸王子が踊る姿に心を動かされてしまった毛人は、王子の姿を忘れるために、阿部の姫の元へ通う。一方で、刀自古と楽しく話している毛人の姿を目撃し、局所的な地震を起こすほど動揺(笑)した厩戸王子のもとへは、額田部女王が長女・幸玉宮の大姫をけしかける。

賭弓の儀のあと、久しぶりに出会った二人はぎこちなく、突然、王子は池に飛び込んでしまう。近くにある司馬の屋敷に駆け込み、加護を受けたその晩、二人は夢の中でまた出会う。

その後、司馬の一族は、厩戸王子、蘇我のグループとの距離が縮まり、寺院建立の工人としてスポットがあたる。(駒などの東漢(あずまのあや)氏一族は外された格好になる)


百済からの使いに良い所を見せようと、突然、寺院建立の権限を奪い、自分が指揮を執ると言い始める泊瀬部大王。王子と大王の対立関係が悪化する中、5月5日の薬狩りの日を迎える。霧がかった森の中で、穴穂部王子や物部大連など、自らの政敵の亡霊に囲まれる。近くを通りかかった泊瀬部大王が、穴穂部王子(兄)の亡霊に怯えて放った矢は、厩戸王子に向かい、二人の対立は決定的なものとなる。

調子麻呂(厩戸王子の舎人)は善信尼との仲が進展し、厩戸王子自身は額田部女王の大姫ごり押しを受け入れるなど周囲の男女関係が順調に進む中、雄麻呂に「(お前は心の底から)阿倍の女にホレてない」と言われ、悩んでしまう毛人。そんなとき布都姫との運命の出会いが訪れる。


一方、馬子は泊瀬部大王が動かないことに業を煮やし、厩戸王子を担ぎ出し。金に物を言わせて五経博士や各豪族を従わせて寺院建立を進めてしまう。力の差を感じた泊瀬部大王と大伴糠手は、厩戸王子と馬子の暗殺を試みるが失敗。


厩戸王子は、毛人に訪れた変化を感じ取るが、毛人に対しては、その超能力の威力は半減し、相手を探り出すことができない。そんなとき、司馬の秘蔵っ子・トリから“噂”として布都姫のことを知った王子は直接、布都姫に会いに行くのだった。嫌味を言いに行くために…(笑)


参考

2012-12-09 Sun

[]日経新聞12/9(日)

マンション電力購入量、最大9割減 JXエネが自給支援(1面)

石油元売り最大手のJX日鉱日石エネルギー2014年度にも集合住宅向けに電力自給率を大幅に高める電力システムの請負事業を始める。ガスで発電する燃料電池太陽光発電装置を提供。マンション1棟が外部から購入する電力量を最大9割減らす。残る電力も東京電力など大手より安く提供して各戸のエネルギーコストを減らす。新たな電力サービスとして注目を集めそうだ。

マンション電力購入量、最大9割減 JXエネが自給支援  :日本経済新聞

記事では、マンションだけでなく家庭用燃料電池の開発についても言及。現在の価格は200万以上だが15年までに50万円程度に減らすという。(←エネファームというのは東京ガスの商品なのかと勘違いしていたが、JX日鉱日石エネルギーでも出していると知る。)

東電をはじめとする電力会社の価格値上げによって、こういったサービスが増えていくのかもしれない。電力消費量を減らし、より効率化するには、どんどん他会社が参入しやすい仕組みにしていけるといい。


都知事選、猪瀬氏が大きくリード 本社世論調査(1面)

石原慎太郎氏の辞職に伴う東京都知事選(16日投開票)で、日本経済新聞社は6?8日に世論調査を実施し、独自の取材を加えて情勢を探った。石原氏の後継指名を受けた前副知事の猪瀬直樹氏(66)が大きくリード。前日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏(66)や前神奈川県知事の松沢成文氏(54)らが追うが、水をあけられている。

都知事選、猪瀬氏が大きくリード 本社世論調査  :日本経済新聞

肝心の結果がよく分からない。2位3位は宇都宮、松沢と続いているみたいだが数字がどのくらいなのか知りたいのにすぐに分からないもどかしさ。「猪瀬直樹で決定なのでもう気にするな」というメッセージなのだろうか。


春秋

被災地を取材した際、ご高齢の方が悔しそうに語った。津波警報に「いつも実際は大したことはない」と家にとどまり亡くなった友人も多かった、と。その被災地で今回、徒歩避難の原則をよそに車で逃げる人の渋滞が発生。昨年の教訓が生きていないと自治体は衝撃を受けている。正しく恐れ、行動する難しさを思う。

春秋:日本経済新聞

12/7の地震津波警報について触れた文章。徒歩避難の原則は知りつつも、やはり車を利用したくなる気持ちもわかる。結びに、お決まりの「正しく恐れる」が使われているが、決して辿りつけない場所を望み続ける「“正しく恐れる”幻想」があるのだと思う。3.11クラスの災害で「正しく恐れる」ことが出来る人は“いない”と明言してもいいのでは?

より正確に言えば「誤った恐れ方を最小限に減らす」という方向性が大事なのだと思う。

 ⇒過去日記:「正しく恐れる」ためにはどうすればいいのか2011年4月)


原発、足りない説明(3面)

今回の衆院選は東京電力福島第1原子力発電所の事故後、初めての大型国政選挙となる。「脱原発」を掲げる政党が多いが、時期は「即時」から「2030年代」まで幅広い。問題は経済社会が持続可能な現実的な道筋を示しているかどうか。電気代の値上がりや、電力の安定供給という課題への具体策も問われる。

コストや料金増に触れず… 脱原発、足りない説明  :日本経済新聞

記事の中では、温暖化対策での日本の国際的な位置づけの低下についても触れられているが、COP18が開催中であることもあり「25%削減目標」(鳩山イニシアチブ:まだ取り下げたわけではない)の取り扱いについても、もっと議論が聞きたい。

なお、河野龍太郎氏の意見が面白い。

各党のエネルギー政策は原発維持か、再生可能エネルギー推進かという二項対立になっている。しかし原発も再生エネも割高な電源だ。(中略)経済性では火力発電が優れている。温暖化ガス対策を進めつつ、化石燃料に移行すべきだ。


じり貧経済脱するには 先人に学ぶ大局観と周到さ(12面・中外時評)

江戸末期の備中松山藩の家老山田方谷がいま静かなブームを呼んでいるということで、大河ドラマ主人公に!という百万人署名活動も展開中だという。調べると、こちら↓。

「雲中の飛龍山田方谷」NHK大河ドラマ放映実現を求める全国100万人署名運動実行委員会により署名活動が開始されました。ただいま全国で運動実施中です。署名活動に使用する用紙は当ホームページからダウンロード可能となっています。「山田方谷」の大河ドラマが見たい!という方、協力をよろしくお願いいたします。

山田方谷マニアックス

山田方谷マニアックス」という名前通り、イマイチ初心者向けの説明が少なく残念。「ケインズに先駆けた日本人」と呼ばれ財政再建で有名な人のようだ。


読書欄

MAKERS 21世紀の産業革命が始まる

MAKERS 21世紀の産業革命が始まる

慶応大学教授の國領二郎氏による「この一冊」。デジタル技術による個人によるものづくり時代の到来を説く本。珍しく購入予定。


ことり

ことり

孤独死社会問題となっている今日。だが人間が孤独であることには深い意味があり、尊い秘密があるのではないか。ここに描かれた兄弟の一生は不幸なのだろうか。それともそこには誰も侵すことのできない幸せがあるのではないか。

これもtwitter上で強く惹かれた本。来年読みます。


わが友の旅立ちの日に

わが友の旅立ちの日に

絵本以外で安野光雅さんの著書は読んだことが無かったが、アンデルセンから自殺論、原発問題まで幅広く扱ったエッセー集(未公開の絵を含む)ということで読んでみたい。「本を通して考えることの大切さ、血の通った読書のあり方を教えてくれる」ということで、これも面白そう。

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2012-12-05 Wed

[]戻らない二人の仲〜山岸涼子日出処の天子』(2)

日出処の天子 (第2巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第2巻) (白泉社文庫)

巻末は、氷室冴子×山岸涼子の対談。*1

山岸涼子作品に特徴的な、断絶した場面の展開が、自身が見た夢に繋がっているとする部分は面白い。

確かにその通りで、本能的に怖いと思わせるものが、いろいろな部分に配置されている。この巻であれば、物部の奇襲を受けて崖から落ち、毛人とともに夢で見た仏の行列のシーンはその真骨頂だと思う。

また、物部守屋が樹の上で厩戸王子と出会うシーン(ぶらーんという感じの…)も怖いシーンとして欠かせないが、この人の恐怖表現としては少し異質なのかもしれない。具体的に思い出すシーンは無いのだが、山岸涼子ホラー漫画では、登場人物が感じる恐怖や混乱、嫌悪感が、場面や表情ではなく内面の絵として表現されている部分が多いように思う。楳図かずお漫画が「表情」で恐怖を表現するのとは対照的だ。

なお、ここで話題になっている、『日出処の天子』の着想時にちょうど出版されていた梅原猛『隠された十字架』は読んでみたい。

隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)


全体の流れ

物語は大きく動く。

冒頭の穴穂部王子暗殺。

もっとスマートに暗殺するのかと思いきや、厩戸王子自らも傷を負い、さらに、翌日の朝参では、宅部王子を怪しませる始末。

穴穂部王子抹殺には涙を流して抗議した毛人だったが、厩戸王子を守るためとはいえ、初めて人を殺めてしまう。(宅部王子を死なせてしまう)

お互いが自分の気持ちに気づきながらも、深刻な事態が進行し悶々とする場面は、テレパシーで穴穂部暗殺の犯人を知った間人媛の平手打ちで終わる。


2人の仲は冬の時代を迎え、そのまま物部氏との戦に突入。

物部の急襲で崖から落ちた毛人が臨死状態に陥り、王子は涙を見せる。毛人が無事だったことで、二人の仲は回復したかと思いきや、再度襲われ敵から身を隠したあと、毛人は絶対に言ってはならない言葉(それは、穴穂部王子が自らを死に追いやった言葉)を吐いてしまう。

毛人

 こ、このような事がおできになるなんて。お、王子、あなたは…

 とても人間業とは思えませぬ。ま、まるで…

王子

 だから誰だってできるといってるではないか。わたしだけではない。

 現にそなたも一緒にやったのだ。そなたまでわたしを人間ではないというのか。

 熟した実が枝から落ちるように、高い所から低い所へ水が流れるように当たり前の事だ。

 当たり前の自然の事なのに、それをみんなただ見逃しているだけだ。

 わたしだけが見つめているからといって、わたしは人間ではないのか!!

 わたしは人間ではな……いと

その後、物部守屋を倒す場面では、毛人も自らが「超人的な力」を使って王子を救うことになる。しかし、相変わらず2人の仲は冷戦状態のまま時は過ぎる。

物部との戦が終わったため4年ぶりに家に戻った刀自古。馬子は大后(大王の妻)候補に考えていることを言うが、それに対して明確な拒否の姿勢が見える。次巻以降でひと波乱か?

物部との戦で竹田王子が亡くなり、半狂乱に陥る額田部女王を王子が諭すシーンには同席する皆が涙した。この辺りは聖徳太子が仏教伝来に大きな役目を果たした人物であることを再確認させてくれる。


参考

*1:後半部はネタバレがあったようなので、意識的に飛ばしたが、一部、目に入ってしまったので記憶を消している笑

2012-12-03 Mon

[]スピーチで大事なこと、ビブリオバトルで大事なこと

(9月に一度書いて放っておいた文章のお蔵だし。最初と最後が支離滅裂な気もするけど…)


「腹が立つ」ことを「むかつく」と言う人が半数を超え、「ゆっくり、のんびりする」ことを「まったりする」と表現する人も3割いることが、文化庁が20日発表した「2011年度国語に関する世論調査」で分かった。

http://mainichi.jp/select/news/20120921k0000m040076000c.html

日本語力の低下が問題にされることがあるが、ボキャブラリーの変化自体は、さほど問題ではない。

口語文語が離れすぎると、世代間の会話がかみ合わない、読書が気軽に楽しめないという問題は生じるが、昔の言葉遣いこそが「正しい」わけではなく、場に応じた言葉が交わされていれば問題ないように思うし、多くの人がそう考えていると思っている。


むしろ問題なのは、多様で細やかな表現が流行語に収斂していくような場合であって、以下のようなツイートが人気を集めたことを考えると、一般的な問題意識もそうなのだろうと思う。

近ごろ「マジ」「ヤバイ」の汎用性がマジヤバイので、50年後ぐらいの俳句は「春ヤバイ マジヤバイマジ 君ヤバイ」とかで「春が訪れ、花が美しくその身を咲かせる季節になりました。でもそんな可憐な花々よりも君の方が美しい。嗚呼、この花を君と見れないのが切ない」ぐらいの意味になり兼ねない。

Twitter / 1219hr

さて、このように使いやすい言葉を多用することは、詩的な部分以上に、身近な「問題解決」を考える上でも障害となってくる。語彙が少ないことによって、問題を正しく言語化し把握することができない。つまり何が問題なのかを理解できなくなってしまう。

9月に、何回目かの挑戦となるビブリオバトルへの参加機会があった。そのときのことを例に挙げたい。


過去最大級に「あがる」事態に陥った原因

この時、自分自身、あがらずにスマートに話したいという気持ちがあり、そこを少しでも克服できればと考えていた。そこで、「あがる」ことの対策として、参考書も読み、ある程度、練習を重ねた結果、ほぼ100%の原稿を用意した上で臨むこととした。

→参考:結局は練習第一〜金井英之『人前で3分、あがらずに話せる本』(2012年8月)

ところが、過去最大級に「あがる」スピーチとなった。

このような事態に陥った原因は、どうも問題を捉えるときの言葉の使い方にあったように思うのだ。


あがることとテンパること

終わったあと、以前と比べても「あがる」ことへの対策を行ない相当に慎重を期したはずなのに、どうして上手くいかなかったのかをよく考えてみて、少しだけその原因が判明した。

それは何かをひとことで言えば「あがる」とは何かを分かっていなかったことに大きな原因がある。

「あがる」という言葉は、かなり曖昧な言葉であり、実際の具体的な状況を考えると、いくつかに細分しなければ対策が立てられないのだ。


「あがる」を大きく分けると、以下の2つになると考える。

  • 人前に出て緊張している状態(ベースのテンションが高い状態)
  • ベースに対して、スピーチ中の「上振れ」

このうち、後者についても「あがる」という言葉の中で考えてしまっていたのは問題だった。これは、当日の状況でペースが乱され、頭が真っ白になって、いっぱいいっぱいの状況になる、いわゆる「テンパる」という言葉が適切かもしれない。*1


結果、考え方として誤っていたのは以下の二つとなる。

  1. ベースの緊張感について、完全原稿で対応しようとしたこと
  2. テンパる」対策が全くできていなかったこと

完全原稿の問題点

結局スピーチは、見ている人がいてこそ成り立つ一種のコミュニケーションである。ある程度、観客の反応を探りながら言葉を出していかないと、コミュニケーションが成立しない。

完全原稿が最も効果を発揮するのは、観客側の反応も含めて、全てを読み切った場合だが、それはあり得ないし、コミュニケーションではない。したがって、現場で少しずつアレンジをしていく必要がある。内容思い出しのためのメモは必要だが、完全原稿を目指すと、コミュニケーションの部分が疎かになってしまう。


テンパる対策

ただし、これまでもある程度の原稿は用意していったし、上にも書いたように、観客側の反応がある程度想定通りだった場合には、何となくコミュニケーションとして成立し、テンパることはない。

しかし、今回は、観客の反応が自分を不安にさせる部分があり、それが「テンパる」ことに繋がった。具体的には、正面に座った一人の観客が、全く話に興味を持っていない素振りが見えてしまい、それで著しくペースを乱され、開始20秒くらいで底なし沼にはまってしまった。


テンパる対策については、観客側の反応について、無関心な人がいることも想定しておくなど、「あがる」対策とは全く異なる心構えが必要だったのだ。これは勿論、完全原稿によるコミュニケーション軽視が遠因になっているとも考えられる。結局は、人前で話すことの根本的な部分が分かっていなかったのが問題だった。


大事にしたいビブリオバトル金言

その後、ツイッター上で、ビブリオバトルについて、完全原稿方式の問題点について、たにちゅう先生*2より一言で論破されて目が覚めた。

はい!彼女への告白に原稿読んでたんじゃだめなのと,一緒ですね 笑

Twitter / tanichu: @pocari0415 ...

あと、別の方が、次のように呟いているのを見て、勉強になった。

ビブリオバトルは「面白い本を教える」というスタンスだと聴く側は拒みたくなる。「共感してもらう」というスタンスの方が楽しい(大意)

つまりは、どちらも相手に想いを伝える、伝えると言っても、伝わったかどうかを常に気にしながら話すという部分が大事だということだろう。言われてみればなるほどという感じだ。

次は、次こそは、満足のいくスピーチが出来るように頑張ります。

*1:ここで「テンパる」という言葉を出してくるあたり、自分には相当語彙がないと気づかされるわけだが…

*2ビブリオバトルの考案者・谷口忠大准教授(年下なんですね…)

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2012-12-02 Sun

[]日経新聞12/2(日)

消えゆく国家戦略会議 諮問会議、復活なるか

内閣府の幹部はこの半年間に、何人かの民主党の閣僚経験者らから同じ内容のことを聞かれた。

「経済財政諮問会議はうまくいっていたのに、国家戦略会議はなぜ駄目なんだろうね」と。

今となっては「なぜ駄目だったんだろうね」がぴったりくる。野田佳彦首相が公表した同党の衆院選マニフェスト政権公約)は、戦略会議への記述がない。「首相直属の国家戦略局で予算の骨格を決める」とうたった2009年の鳩山マニフェストとは別物だ。

消えゆく国家戦略会議 諮問会議、復活なるか :日本経済新聞

記事によれば、戦略会議は、諮問会議と比べて「予算と重要政策に関われない会議」「決定権のない会議」で、似て非なる会議だという。結果として、政治が重要事項を直接指揮できない(官僚に任せる)仕組みになってしまったというのが、ここでの主張。記事は、自民党の政権公約に「諮問会議の復活」の文字が無いことを指摘して結んでいるが、確かに復興費の横流しのような事態を避けるためには、もう少し政治側のチェックが厳しく働くやり方にするべきだ。

ところで、記事の中では、ダメ出しをされている野田政権下のフロンディア分科会の成果の中で、ひとつだけ評価するものとして「40歳定年制」の話が出ている。これは、あまり内容について知らなかったが、雇用の流動化で労働生産性を高め、国家の衰退を防ぐ狙い産経新聞8/2)という意図のようだ。

座長は東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授で以下のインタビューが読みやすかった。

40歳定年制のポイントは、正規社員の基本契約をいったん40歳にしてみたらどうですか、ということです。そこで切る必要はなく、もっと長い30年契約、40年契約でもいいですし、もう少し短い契約でもいい。いろいろな期間なり働き方の契約を多様に認めることにしましょうという考え方です。現状ですと、非正規の短い雇用の繰り返しと、正社員で60歳まで働くのと、この2種類しかないので、そこをもっと多様な形の雇用契約で、多様な働き方ができるようにしたいということで40歳定年制を提言しました。

終身雇用は幸せか、「40歳定年」で多様な働き方を 東京大学大学院教授 柳川範之氏 :日本経済新聞

記事を読んでみ、考え方には共感できたし、この人自体にも興味を持ったので、少し本も読んでみたい。

元気と勇気が湧いてくる経済の考え方

元気と勇気が湧いてくる経済の考え方


原発事業存続へ提携模索(7面)

火力発電設備を中心とする電力システムの事業統合で合意した三菱重工業日立製作所。11月29日に都内で開かれた会見では両社社長が意外なほど原発事業統合に前向きな発言をした。

(下)原発事業存続へ提携模索 リスク共有、世界に活路 :日本経済新聞

2005年以降、米国などで新設計が動き出す「原発ルネサンス」が盛り上がるも、福島原発事故シェールガス革命で先行きがかなり厳しくなったとのこと。

世界の原子力2030年2011年比で8割増。世界的に見てもしばらくは原発の技術に頼っていく必要がある中、安全管理の技術はどんどん普及させていくべき。脱原発にしても、脱原発依存にしても、卒原発にしても、その技術が不要となるわけでは無いので、維新の会の「フェードアウト」ではないが、ソフトランディングのできる原発ゼロを模索して、国内の原発技術が途絶えさせるような変な方向に進まないでほしい。


読書欄

経済学に何ができるか - 文明社会の制度的枠組み (中公新書)

経済学に何ができるか - 文明社会の制度的枠組み (中公新書)

最近読んだ『日本破滅論』では、日本の経済学者は、自分の専門の経済モデルに、社会を無理矢理あてはめて、お決まりの政策メニューを提示する「マクド経済学者」が多いと罵倒されていた。今度の選挙でも、安倍さんの主張する内容やTPPの是非に、経済学者が賛否両論でよく分からない。ということで、もっと知りたい経済学についての本2冊。

前者は「最新の経済学の具体的な内容を知りたい人の期待に応えた格好の現代経済学ハンドブック」とのこと。中でも人物紹介が面白いとされ、読みやすそうではある。「底意地の悪い記述や八つ当たり気味の部分も多い」とのことで、著者の憤懣がかなり出てしまっている内容のようで、そこが気になる。上下巻の本のようなので、ノーベル経済学賞受賞者で気になる人がいたらその人の部分だけ読みたい。

後者は、経済政策に対する「幻滅」の背景を分析し、経済学の論理の力と限界を知り、「経済の論理だけを言いつのらない品性が求められる」と結ぶ内容のようで、好きになれそうな本だ。限界を知った上での「何ができるか」と考えることは、社会問題を解決する上では、とても重要な視点な気がする。


上海、かたつむりの家

上海、かたつむりの家

かたつむりの殻のような小さな借家で、節約のために毎日インスタント麺を食べる生活を送る姉妹を中心とした物語。上海では、本書を原作としたドラマを1週間で突然打ち切ったというが、それだけ中国の問題を抉るリアリティのある話だからなのだろう。


ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った (日経プレミアシリーズ)

ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った (日経プレミアシリーズ)

こんなタイプの表紙の新書があるのかと初めて知る。

ドイツがとりあえずユーロを救うかたちとなるか、ユーロ崩壊となるか、著者は後者がより現実的だと考えるようだ。難しい問題だが、「ユーロ圏経済の構造的な弱みをクリアに整理している良書」とのことで、安価だし背伸びして読んでみたい一冊。

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2012-12-01 Sat

[]それぞれのものがたり〜山田由香動物園ものがたり』

動物園ものがたり

動物園ものがたり

じぶんがうれしいとき、わたしたちは、まわりの人のかなしみに、気づきません。

じぶんがかなしいとき、わたしたちは、まわりの人のうれしさがにくたらしくなります。人の気もちは、うれしかったり、かなしかったりのくりかえしです。

だから、ときどき、まわりの人の気もちを、想像してみてはどうでしょう?

そうすれば、もしかすると、だれかを助けてあげることができるかもしれません。そして、だれかに助けられたときには、もっともっとありがとうという気もちがわいてくるのではないか、と思うのです。

(あとがき)

山田由香動物園ものがたり』は児童書で、内容も難しくないものですが、高野文子さんのイラストが素晴らしいこともあり、大人もきっと満足できる話になっています。

  • 迷子の女の子、まあちゃん、
  • ケンカばかりしているお父さんとお母さん、
  • 楽しそうに手をつないだ夫婦、
  • 飼育員のカバ係の井上さんと小林さん
  • そしてカバのウメちゃん、モモちゃん

皆がそれぞれの思い(悩みやかなえられない願い)を持って、たまたま動物園ですれ違い、そして、「じゅもん」のお蔭もあって、少しだけしあわせになって帰って行きます。またくるね、と言って。


自分も、特に仙台にいた頃は2〜3ヶ月に一度のペースで動物園に行っていたので、動物園の、他の(人工的な)施設にはない、何となく特別な雰囲気を思い出しました。もしかしたら、あの雰囲気は、大自然の一端に触れることで「人間」を感じ、他の「人間」と話をしたくなるような、そんな空気なのかもしれません。また、ゆっくり立ち止まって眺めてみることが普段の生活に欠けているのかもしれません。

今回、この本を読んで、カバの耳ってどんな感じだったかと見に行きたくなりました。できれば、そこで出会った人と話をしてみたいですね。そして、新しい「まほうのじゅもん」を覚えて、また、「それぞれのものがたり」に帰りたい。


参考(過去日記)

←この本のときには、高野文子さんのイラストの「もう何も足したり引いたりしなくていい」完璧な感じを思わなかった。それほどに『動物園ものがたり』のイラストは強力だったと思う。

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