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2015-09-06 Sun

[]防災の日にセットでオススメの2冊〜高嶋哲夫東京大洪水』、上野充・山口宗彦『図解 台風の科学』

防災の日と絡めて、NHKスペシャルで放映されている「巨大災害 MEGA DISASTER 日本に迫る脅威 第1集 極端化する気象〜海と大気の大変動〜」はとても興味深く見た。

5月、北・東日本統計開始以来の高温となり、翌6月には九州南部で記録的な降水量となるなど、観測記録の更新が続き、気象の変化が“極端”になっているのではないかと指摘されている。太平洋では海水温の「高い領域」が、数年単位で東西に移動しているが、今年は、太平洋の東で例年になく高温になりつつある傾向が現れはじめており、太平洋の中央では対流活動が平年よりもかなり活発になっている。日本から遠く離れた海域の水温や大気の「変動」が日本に大きな影響を及ぼしているのだ。さらに、過去数千年の木の年輪や氷河を解析する国際プロジェクトは、降水量や気温が数百年周期で激しく変動していることを突き止めている。地球温暖化によって、こうした様々な気象の「変動」に変化が生じ、今後、気候が激変したり、異常気象が頻発したりするのではないかと懸念されている。地球上の大気と海の“大循環”を可視化、日本に迫る気象災害の姿に迫る。

NHKスペシャル | 巨大災害 MEGA DISASTER  日本に迫る脅威第1集 極端化する気象 〜海と大気の大変動〜 

番組では、毎度おなじみの「エルニーニョ現象」という海の変動と合わせて、大気の変動として「マッデン・ジュリアン振動」 (Madden Julian Oscillation:MJO)に焦点をあて、これらの組合せが異常気象の原因となっているとして、それらに関わる研究者取材をする構成となっていた。

番組冒頭で取り上げられた通り、今年の夏は猛暑で最高気温の更新が各地で相次ぎ、世界的な規模でという以上に日々の生活の中で異常気象を感じる夏だったように思う。

今回一冊目に紹介する本は、これらの異常気象の中で超巨大台風をテーマにした小説となっている。


東京大洪水 (集英社文庫)

東京大洪水 (集英社文庫)

東京大洪水 (集英社文庫)

東京大洪水 (集英社文庫)

大型台風23号が接近。東京上陸はないとの気象庁発表。が、日本防災研究センターの玉城はコンピュータシミュレーションで24号と23号が合体、未曾有 の巨大台風となって首都圏を直撃することを予知。要請により荒川防災の現場に入る玉城。設計担当者として建設中の超高層マンションに篭もる妻・恵子。残さ れた子どもたち。ひとつの家族模様を軸に空前の規模で東京水没の危機を描く、災害サスペンス3部作、堂々の完結編。

災害時のシミュレーションという意味では、作中で主人公が作成した研究論文荒川研究』と同様、読者に実際の災害リアリティを持って想起させることができ、防災意識を啓発する良書だった。

かといって、お堅い内容ではなく、主人公の「家族の絆」といった、ドラマ演出でも引っ張るものがあり、とても読みやすく、エンターテインメントな要素もある。


平常時に時間をかけて研究した成果としての被災リスクが、次々に現実に起きてくることで、ただの一研究者に過ぎなかった主人公を、都知事や気象庁など多くの有力者が頼り出す、というストーリー展開は、リスクの大きさに恐怖を覚えつつも読者の溜飲を下げるものでもある。

さらに、非常時になってから、頼られた主人公の、一見無謀な対策方法が奏功する場面が終盤に3つ*1あるが、その方法が十分合理的なものであることも含めて、読者にヒーローもの的なカタルシスを与えてくれる。


しかし、この小説の発表が2008年と若干古いこともあり、また、小説化する上での必要性からか、今現在の気象予測の現状とはやや異なる部分があるように感じた。これについて、ブルーバックス『図解 台風の科学』を引用しながら整理しておきたい。(以下、図は『図解 台風の科学』からの引用)

図解・台風の科学 (ブルーバックス)

図解・台風の科学 (ブルーバックス)


台風の合体について

過去最大規模の台風が日本を襲う、というありきたりの設定を避けるための工夫として、小説内では、台風の合体を取り扱っている。

関東地方上陸のコースから外れ、関係者が一旦胸をなでおろした大型台風23号が、あとから生まれた台風24号と衝突して巨大化するという展開だ。


接近した二つの台風の動きについては「藤原の効果」という言葉が知られ、最近は天気予報のニュースでも扱われることが多いように思う。例えば2015年7月にもあったし、2013年にもあった。


上の二つの記事では後者で2009年と2012年の事例があるが、いわゆる「藤原の効果」の状態が継続することはあまりないようだ。

ただし実際には、相互作用する台風のかなりの割合が最終的には相互作用状態から解放されており、重心まわりに反時計回りに回転しながら互いに近づいていくということはめったに起きません。両者が接近し融合するのは、片方の台風が衰弱してしまった場合で、衰弱した台風が他方の渦循環に取り込まれるかたちで融合します。

(P117:第5章 台風はなぜ移動するのか )


ということで、小説の中で台風23号が24号に飲み込まれたあと、想定外のルートを進み出すというのは十分科学的な裏付けがある展開となっている。

ただし、台風23号の動きが鹿児島沖を通過したあと日本に上陸せずに太平洋に消える際に「南東」方向に動くというのが不自然で、この部分はいただけない。日本人なら誰でも知っているように、北上した台風は進路を北西から北東に変えたあとは、そのまま北東に抜けていくのが通常で、これらは太平洋高気圧や偏西風の大きな大気の影響を受けるため、簡単には変わらない。(下図)

f:id:rararapocari:20150906185650p:image

上陸せずに安心⇒一転して改めて巨大化して上陸!というのは、ストーリー上は面白いのだが、どうしても気になってしまう。


台風の規模について

そのようにして23号を取り込むかたちで巨大化した24号(作中の呼び名はジェミニ)だが、上陸前の中心気圧が817hPa、最大瞬間風速は80m前後となっている。

日本上陸時(直前)の中心気圧が低い台風を並べた気象庁のHPによれば、これまでの最低の記録は、いわゆる室戸台風(1961)の925hPa、次いで伊勢湾台風(1959)の929hPaとなっており、ジェミニの中心気圧がいかに低いかが分かる。しかし、温暖化の影響とはいえ、ここまで気圧の低い状況が生じうるのだろうか。

下の図の通り、台風発達のエネルギー源は海面からの熱供給であり、台風が発達して風速が速くなればなるほど、海面からの熱供給も活発になるという正のフィードバック機構が働く。

f:id:rararapocari:20150906185651p:image

しかし、これによって無限に発達し続けるわけはなく、地表面摩擦のために、発達にはブレーキがかかることになる。

エネルギーの供給量が風速に単純に比例するのに対して、地表面摩擦による運動エネルギーの損失量は風速の3乗に比例します。したがって、WISHEのフィードバック機構により風速が強まると、摩擦によるエネルギー損失が相対的に大きくなり、やがては運動エネルギーの生成と損失が釣り合う状態になり、台風の発達は止まるのです。

(p89:第4章 台風はどうして発達するのか)

発達しうる最大の風速は「最大発達速度」と呼ばれ、研究成果では10分平均風速で60〜70m/s(900hPa弱に相当)とされているという。2013年11月にフィリピンに上陸して7千人以上の死者・行方不明者を出した台風30号は上陸直前に際低気圧895hPaを記録し、最大風速は63m/s程度ということなので、これくらいが最大に近いのかもしれない。


しかし、勿論、地球温暖化により海面水温が上昇すれば、さらに低い気圧となる台風もありえ、最新の研究成果(2015年1月6日の報道)によれば、2〜3℃海水温が上がった状態で、「平均風速が1秒あたり85〜90メートル、中心付近の気圧が860hPa(ヘクトパスカル)」に達するという。

地球温暖化がこのまま進むと今世紀中にも、最大で風速が秒速90メートルに達する猛烈な「スーパー台風」が日本列島を襲う可能性が強いという予測を、名古屋大学地球水循環研究センターと気象庁の研究グループが6日発表した。

(中略)

同センターの坪木和久教授らのグループは、今世紀末までに温暖化によって海水温が現在より2〜3℃上がることを想定して、日本付近に近づく台風の発生件数や規模をコンピューターでシミュレーションした。

南海上でスーパー台風が発生しても、従来ならば海水温の低い海域に差し掛かるにつれて次第に勢力を弱めて日本に上陸するものだが、シミュレーションの結果、60年後の2074年から2087年にかけて12個のスーパー台風が発生することが示された。このうち最大級のものは、平均風速が1秒あたり85〜90メートル、中心付近の気圧が860ヘクトパスカルとなった。

研究グループでは「温暖化が進めば、1950年代に日本に上陸した伊勢湾台風などを上回る強い勢力のまま日本に上陸することが予想される。研究結果は今後の防災対策を考えるうえで、有益な資料となる」と話している。

秒速90メートル級のスーパー台風 今世紀末までに日本上陸か? | 地震予測検証・地震予知情報 / 防災情報【ハザードラボ】

なお、過去の最低の気圧は1979年の台風で記録された870hPaだが、上陸時の気圧は970hPa程度となる。

これらを考えれば、地球温暖化の影響が顕著には出ない現状においては、ジェミニの気圧の変化は、やや「やり過ぎ」な感じになっている。このあとでも触れるが、ここまでの規模の台風にしては被害が微少かもしれない。


高潮について

高潮については、風と雨の影響で緊張が続く中、主人公が若手の同僚から川の水面上昇の可能性を示唆されて、そこから対策に向けて動き出すような流れとなっている。

<先輩、面白い計算結果が出ています>

(中略)

<要するにジェミニの海水の吸い上げ現象と、強風による海水の吹き寄せ効果、川の逆流を考慮した荒川の水面上昇です>

(中略)

<計算によると吸い上げ現象で32センチ。強風による吹き寄せが48センチです。その他、川の逆流、満潮時などの影響を加えて、水面上昇は合計約110センチ。これってかなり大きいですよね。>

p435

通常は潮位変化は、シミュレーションによらずとも、吸い上げ効果は気圧差から1hPaの低下を1cmの海面上昇と簡易的に求めることができ、当然、台風が近づけば気象庁始め防災関係者はセットで警戒をしており、誰かに言われないと気がつかないような状況はあり得ないといえるだろう。

主な原因は、海面気圧の変化である。そもそも海面の高さ(標高)は、気圧と海水の水圧の均衡がとれた状態の水位である。1気圧 (約1013 hPa)において海抜は0メートルであり、これよりも気圧が下がると水圧が海面を押し上げる。

1hPa下がる毎に海面は約1cm上昇する。例えば台風など熱帯性低気圧の下で気圧980hPaの場合、33hPa低いので約30から33cm程度の上昇が見られる。

高潮 - Wikipedia

f:id:rararapocari:20150906185652p:image


実際、過去の台風では伊勢湾台風でも+3.45m(天文潮位を加えると+3.45m)の高潮が生じており、死者・行方不明者5000名以上の7割強が高潮災害によるものだったという。

アメリカメキシコ湾沿岸や、ベンガル湾に面したインドバングラデシュでは、日本よりはるかに大規模な遠浅の海が広がっているため、勢力の弱いハリケーンサイクロンによっても大規模な高潮が起こりうる。ベンガル湾奥部では中心気圧960hPaくらいのサイクロンによって最大潮位7〜9m、メキシコ湾奥部では2005年のハリケーンカトリーナによって最大潮位約6mを観測している。 (中略)

日本でこれまでに観測された気象潮の最大値は、伊勢湾台風の時の3.45m(名古屋港)であり、上記の国々では更に高くなると思われる。また天文潮も加えた潮位では、同じく伊勢湾台風の時の3.89mが観測史上日本最大である。災害の起こるおそれがあると予想される場合、沿岸部に高潮警報(注意報)が発表される。

高潮 - Wikipedia

現在では勿論そのための対策も取られているが、ジェミニの場合、海岸近くや河口周辺は想定を超えた水位上昇になる可能性がある。(「ジェミニ」の規模では、通常に比べて約200hPa以上の低下があるから単純計算では、吸い上げ効果だけで200cmは生じることになる。

作品中で扱うことのできる事象は限られていることから、あえて雨と風に絞った内容にしたのかもしれない。


シミュレーションについて

台風上陸までのストーリー上のポイントは、主人公が属する日本防災研究センターの気象シミュレーションモデルが、気象庁が予測していなかった台風同士の衝突による巨大化を先回りして予測しているという部分にある。つまり、気象庁のシミュレーションVS日本防災研究センターのシミュレーションで後者が勝利するという対決が描かれる。

しかし、これは、気象シミュレーションの現状を上手く表していないように思える。

つまり、気象庁をはじめどの国でも気象予測はひとつのモデルを使うのではなく複数モデルの使用を前提としているので、このような形での勝ち負けは付きにくいはずなのだ。

残念ながら、世界のどの数値予報モデルも完全モデルではなく、物理法則を定式化する際に行うさまざまな仮定や簡略化による不完全性、数値予報モデルの離散化にともなう不完全性が存在します。また、初期値の誤差も避けられません。それは観測データの量や質が十分でないだけでなく、データ同化技術もけっして万全なものとはいえないからです。

このような状況下で数値予報を行なうと、誤差が時間の経過とともに増大し、実際とはかけ離れた予報結果が得られることになります。そこで、ひとつの数値予報モデルや初期値からひとつの予報結果を出す(決定論的予報と呼ばれる)のではなく、数値予報モデルや初期値を誤差の範囲内で変えて、何通りもの予報を行なうアンサンブル予報(確率論的予報)が提案され、気象庁をはじめ世界の多くの気象予報センターで実用化されています。

(p173:第8章 台風の予報はどのように行なわれるのか)

実例は以下のページなどに詳しいが、小説の中でのモデルは上の引用文章中の言葉を使えば「決定論的予報」を前提としているが、実際には「確率論的」に、もっと簡単にいえば多数決的に予想しているということになる。


最後に

いろいろと書いたが、台風時の状況を想像してみるにはとても良かったし、防災の日に絡めて読むには最適な本。同じ作者の手掛ける災害サスペンス3部作と括られる『M8』、『TSUNAMI 津波』も併せて読んでみたい。

また、ブルーバックス『図解 台風の科学』は、台風についての最先端の情報をわかりやすく理解できる名著だと思う。NHKスペシャルで取り上げられていてマッデン・ジュリアン振動こそ出て来はしなかったものの、気象の勉強をしている人には絶対オススメの一冊です。

M8(エムエイト) (集英社文庫)

M8(エムエイト) (集英社文庫)

M8 エムエイト (集英社文庫)

M8 エムエイト (集英社文庫)

TSUNAMI 津波 (集英社文庫)

TSUNAMI 津波 (集英社文庫)

TSUNAMI 津波 (集英社文庫)

TSUNAMI 津波 (集英社文庫)


参考(過去日記)

⇒気象の理解については、専門知識だけでなく「イメージ」が必要とされますが、その部分(イメージや比喩)が巧みな本です。また、こちらの小説では、『東京大洪水』では手薄な気象の「観測」についてが詳しいので、その重要性についても勉強になるかも。

⇒洪水害や土砂災害以外にも熱中症や雷災害など、身近な気象災害についての知識が得られる本。自分の「いのちを守る」ためにオススメの一冊。

*1避難について1つと、二次災害を防ぐための対策2つ

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20150906
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