Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

「氷山の一角」としての言葉〜せきしろ×又吉直樹『まさかジープで来るとは』

日経新聞日曜版11/1の文化欄に載った角田光代のエッセイが面白かった。

猫とは話ができる、と私は思っているが、人間の言葉ではないものを、人間の言葉に訳そうとすると、ちょっと難しくなることに気づいた。(中略)
いや、人間の言葉にしようとするから特定できないのであって、なんとなく、猫が発信していることはわかるのである。そのぜんぶをまぜこぜにした、「あー、もー」というようなことである。そして、こういう気分のほうが言葉より先にあるのだよな、と思い出す。(中略)
言葉が先にあったのではない、言葉にならないあふれるような感情に、やむなく言葉をあてはめたのだ。

つまり、言葉は万能ではないし、言葉は、まさに「氷山の一角」であって、それが伝えたいことの全てを表現することはできない。逆に言えば、発せられた言葉の背景には、色々な状況があり、感情があり、言葉の選択があって、はじめて誰かに伝わるのだ。
今回とりあげた『まさかジープで来るとは』は、そういう「氷山の一角」としての言葉を強く意識できる一冊。


この本自体は、2年くらい前に読んだが忘れていた。
いつも行っている紀伊国屋新宿南店のビブリオバトルの9月の回で、この作品の前作にあたる『カキフライが無いなら来なかった』を紹介した人がいて、だいぶ前に読んだこの本のことを思い出した。当時、いたく気に入って、気に入った句を沢山メモしていたにもかかわらず、色々と面倒でブログにアップしていなかったので、これを機会に再読してみた。
結果、やっぱり面白い。


『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』は、ひとことで言えば自由律俳句集ということになる。あとに引用するが、五・七・五という定型に縛られない俳句がひたすら並ぶ。
それらを実際に読めば、言葉選びの意図は伝わるが、この本では、ご丁寧に15編の散文がついている。
例えば、せきしろの句に次のようなものがある。

飼育ケースだけはまだ物置にある

これを読むと、それだけで、飼育ケース「だけは」ということは、中に思い入れのある生き物を飼っていたんだな、と、飼育ケースそのものよりも、飼育ケースの中に目が向くようになる。飼育ケースのバックグラウンドを想像してしまう。句だけでも十分な力を持っているが、わざわざ、その背景となっているカブトムシへの憧れと失望の思い出を披露してみせる。氷山の一角の、海面下に隠れた部分を見せてもらえる。


このように2人のどの句をとって見ても、言葉そのものよりも、そこに至る状況や人間関係、会話の流れに目が向く。せきしろが、あとがきで書いているように、これらの句を書く側は勿論、読む側も「言葉」や「表現」に真剣に向き合うことが求められる。そういう意味では、なかなか集中力のいる読書になるが、TwitterFacebookなどのSNSも当然「表現」なわけで、自分の日常と地続きなことだからこそ、ときどき「言葉」や「表現」に向き合っていく時間をつくりたい。

好きな句ピックアップ

せきしろ:偶数ページ)
同じ手すりを握ってきた老人 36
何の骨だと思う 38
シールだらけのタンスが捨てられている 42
ボウリング場ハイタッチが近づいてきた 50
ああそうかピザを切るやつか 82
楽しそうに黙とうの真似をする子供 74
上京した時からこの看板はある 80
相撲を取る以外の遊びもあるだろう 82
角から犬犬婆さんの順 84
中が丸見えの家だ遺影とテレビ 144
本当に福笑いをやるのか 162
八割くらいポイントカードの厚み 182
托鉢の人が思い出し笑い 186
繰り返された注文がいきなり違う 196
まさかジープで来るとは 264
持ってる地図帳にはソ連 286
一か所に集められた桜の花びらはゴミ 292
診察室から子供の泣き声自分は次 294
小学一年生はもう放課後 300
あの家だけ起きてる 326
飛び越えられるかどうかぎりぎりの川幅


又吉直樹:奇数ページ)
イントロは良かった 7
道を教えてくれそうな人が通らない 41
最後の手段を一つ前の人にやられた 47
教員用便所がここまで清潔だとは 55
新しい鞄を見て旅への意気込みにひく 57
あの不良少年去年までは地域のゴミ拾いにも参加してた 59
カゴの中身でカレーとばれないか 75
「で」という顔で待たれている 85
急行が徐行している 95
初めて発音するデザートを頼む 95
味がある顔という褒め方 107
普通の人間などいないと言うがたまにいる 143
行けたら行くで来たためしが無い 159
恐竜の話はもういい 163
どのように褒めていたのかもっと詳しく 181
ようは自慢話 187
礼服に数年前の招待状 193
自分が注文した料理が余っている 219
買うと伝えても店員が喋る 231
バンド組もうぜと言われている 253
太鼓を叩き出す前の顔 255
一応褒めるが保身のために少しけなす 261
目配せの意図は解らないが頷く 265
間違えて押した階で降りる 269
思い入れの強過ぎる店名がある 275
駄目な例で名前を挙げられている 283
何でも良いよ寿司で良いよ寿司が良いよ 283
今帰ると同じ電車になるから待つ 285
豚丼ダイエットって知ってるか 289
設定が複雑な居酒屋で化物に説明されている 289
新品の便覧開いて臭って離すと正岡子規 293
筒の蓋を抜く卒業の音 295
焦げた玉葱の輪をサンチュの裏へ隠す 307