Hatena::ブログ(Diary)

Yondaful Days! このページをアンテナに追加 Twitter

2017-02-25 Sat

[]「泣ける」ではなく「怒れる」本〜清水潔桶川ストーカー殺人事件―遺言』

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)


犯罪ノンフィクションは、これまでほとんど読んだことが無かったが、映画『凶悪』で気になり、さらには文庫X=『殺人犯はそこにいる』のブームに影響を受けて、少し読んでみようかということになった。まずは、『殺人犯はそこにいる』の清水潔出世作であるこの本。

桶川ストーカー殺人事件の起きた1999年、自分はちょうど社会人一年目で、世間的に話題になるような事件については関心があったはずだが、当時の騒動はほとんど覚えていなかった。自分の記憶力の無さが心配になるが、まっさらな気持ちで本を読むという意味では良かったのかもしれない。


さて、ストーカー規制法成立のきっかけとなった事件なので、頭には「典型的なストーカー事件」を思い浮かべながら読んだが、この事件は、全く典型的なストーカー事件ではない。

「単独犯ではない」「ストーカー本人が直接手を下していない」というのがまず予想外だった。

しかも、一連のストーカー行為の中で、小松自身は6月以降一度も目撃されていない。どう考えても表面上は何の関係もないのだ。

考えているだけではどうもよく分からなかった。闇の組織のようなものがあって、誰かの依頼があると一人の女子大生にさんざん嫌がらせをしたあと亡き者にする、というようなことがありえるのだろうか。

p102


清水潔は、本書の序盤に、事件の不可解さをこのように掲げ、警察よりも先に、その核心に近づいていく。そこがこの本の読みどころなのだが、一部の根本的な疑問は、実は、自分には読み終えてもよくわからなかった。

  • 一人の女性を嫌がらせするために大人数が協力するような犯罪が、なぜ小松和人に可能だったのか(風俗店オーナーから命令されたから、もしくはお金をもらえるからと言って、これほど多くの人間が犯罪行為のために動くのだろうか)
  • 小松和人が口にしていた「俺は新聞や政治家、警察に顔が利くから、犯罪行為を犯しても捕まらない」という事実は本当にあったのか。(上尾署の怠慢捜査は、上からの圧力など、理由があってのことだったのか)

一点目は、小松和人の言によれば「金で動く人間はいくらでもいる」ということになる。清水潔も、「オーナーから言われれば犯罪行為にも手を染めるのかもしれない…」と一定の理解を示しているが、これだけの大人数が動けば、反発する者や止めに入る者が出てこないのだろうか?これはそのまま二点目の疑問につながる。

その二点目については、著者自身も「この一点だけが、私の心の中で未消化の部分」(p350)としているので、「よく分からなかった」という感想で正解ということになる。想像だが、こういった発言に見られる小松和人の自信は、権力的な裏付けがあるものではなく、人心掌握に長けた本人の思い込みなのかもしれない。


しかし、謎は残されても、この本の意義は揺るがない。

本の流れを振り返る。


事件の実行犯である久保田を追い詰め、中心人物である小松の居場所を追う第6章までは、常に警察の先を行って、事件の真相に近づく犯罪ミステリとしてぐいぐい読ませる。

事件後に出たFOCUSの記事タイトルは以下の通りで、これだけでも、だんだんと真相に近づいていく様子が分かる。

中でも、実行犯を実名で報じる12/21号は、警察による逮捕が前提の記事となるため、警察の捜査の遅れから一週掲載を見送り、翌週も別記事を用意していたところ、校了日に「身柄確保」の情報を得て、一転して記事を差し替えるなど、写真週刊誌としてギリギリの勝負をしていることが分かり、最も手に汗握る部分だ。

そんな中で、各社の取材を一切拒否していた被害者の両親が会ってくれると申し出てくれた場面など、事件の真相に近づくだけでなく、次の展開に向けて役者がそろっていく。


そして、この本の一番のポイントである第7章以降。

実行犯は逮捕されたものの、上尾署は何をやったのか。そこまでを積み上げたFOCUS記者にはできない「逮捕」という最後の1ピースを上尾署が重い腰を上げて嵌めたに過ぎなかった。

警察のあまりの無能さ、やる気のなさ、もっといえば悪意に業を煮やした著者は、記事の主眼を変え、3号以降、警察不信に舵を切る。3号以降のFOCUSの記事タイトルは以下の通り。

3号が出て以降、追われるように上尾署や埼玉県警が動き出すのだが、ひとつひとつの対応があまりにも酷い。補章で取り上げられる、上尾署による事件当日の会見の動画が、動画サイトにも挙がっているので、自分も確かめたが、これを見ると、本当に開いた口が塞がらない。(検索すれば「ザ!世界仰天ニュース」という2012年の番組(昨年再放送したとのこと)で取り上げられたときの映像が引っかかると思います)

調書の改竄の話なども、酷すぎるだけでなく、警察に守ってもらう立場の一市民として、とても怖くなってくる内容だ。


なお、本の中では、警察の捜査への不信感が、何度も何度も繰り返し書かれていて、しつこいほどだが、読み手として「またこの話か」と感じた部分は一度もなかった。むしろ丁寧な説明が理解を促し、警察に対する不信感がどんどん怒りに変わっていく心理状況や、本書のメッセージが読み手にもしっかり伝わり、内容と上手くリンクした表現になっていると思った。

また、実際には、この事件にまつわる問題は、警察の対応だけでなく、記者クラブや、マスコミ報道の仕方の問題などもあり、本書の中でも触れられてはいるが、それほど掘り下げられていない。

しかし、とにかく、やはり上尾署の対応が事件発生前から一貫して悪く、相談段階での対応が適切であれば、事件そのものを防げたかもしれない、ということを考えると、焦点を警察批判に絞ったのは良かったと思う。


そして、この本の文庫解説は忘れられない。

時系列を追うと、単行本が刊行されたのは事件の翌年2000年10月。

その後、事件の裁判だけでなく、被害者の両親が埼玉県警に対して国家賠償請求訴訟を起こし、その中で、事件で押収した証拠を警察側が好き勝手に使っているのではないかという疑問が湧いてくる。これらをもとに日本テレビのドキュメンタリー番組「返らぬ遺品 桶川ストーカー殺人事件 再検証」が作られる。事件当日の会見映像は、このときはじめて放送され、反響を呼んだという。

この経緯を加えた補章が追加されたのが、2004年5月に発売された文庫版となる。

この文庫版の解説の何が凄いか?

まず一つは、被害者の父親である猪野憲一さんによる「文庫化に寄せて」という長い文章が付いているということだ。最も近い位置から事件に接し、今後も、事件の記憶とともに生きていく人物が、書く文章なので重みがある。

そして、もう一つは、清水潔本人による文庫版あとがき。これについては特に書かないが、不意打ちを食らった。何と言っていいかわからない。わからないが、この文庫版あとがきがあることで、この本の重みはさらに増した。


ということで、これまでほとんど読まなかった犯罪ノンフィクション

非常に読み応えのある内容でした。

これを機会に少しずつ読んでいこうと思います。次は文庫Xもいいけど、作者が意外なこれかな。

いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件

いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20170225
0000 | 00 |
1974 | 00 |
1997 | 01 |
2004 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 |
2018 | 01 | 02 | 03 |