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2018-05-27 Sun

[]真相と感想、不倫と不憫〜桐野夏生『柔らかな頬』

柔らかな頬〈上〉 (文春文庫)

柔らかな頬〈上〉 (文春文庫)

柔らかな頬〈下〉 (文春文庫)

柔らかな頬〈下〉 (文春文庫)

『柔らかな頬』は、桐野作品の凄みを、端的に示した、代表作である。幼児失踪という事件にたいして、行方の解明という明快なカタルシスを拒否して、そこから巻き起こる波紋の綾を克明に、容赦なく描いていく。結末にいたった読者は、たちつくすとともに、自らの胸の奥を、深く、深く、覗き込まずにはいられないだろう。

福田和也の巻末解説で書かれるように、この小説には明快なカタルシスがない。

上巻の出だしこそ、主人公の家出や不倫など登場人物同士の人間関係にも触れられ、何らかの「真相」解明の材料は揃っている。しかし、実際に5歳の娘がいなくなり、癌に侵された元刑事・内海が登場してから、物語の向かう方向がわからなくなる。

内海は、事件の真相を求めない。証拠や証言を捜査しない。関係者からひたすら「感想」を求めるのだ。

謎の失踪事件でぽっかりと空いた穴を、母親である主人公は勿論、関係者皆が「何らかの解釈」をして埋めようとする。それが「感想」なのだが、「ありえたかもしれない可能性」というより、それぞれが死ぬ間際に見る「走馬燈」に近い。

この小説の中では、下巻に入ってから、別荘のオーナーである和泉正義が有香を殺したパターン(p95〜)、 カスミの母親 が有香を誘拐したパターン(p188〜)、駐在所に勤める脇田が殺したパターン(p254〜)、そして、有香から見た事件(P278 〜)が語られる。

それらはどれも当事者自身の目から語られるため、真に迫り、まさに真実のように語られるが、実際の出来事と乖離があり、それぞれに嘘っぽさが散りばめられている。

幾つかのパターンの「感想」を見る中で、誰もが真相を求めているのではなく、「解釈」を探したがっていることを知る。それが最後まで続いて終わらないところに、この物語の救いのなさがある。


もう一つ繰り返し語られるキーワードは「捨てる」ということ。

主人公カスミは、高校生の時に故郷を捨てて東京に出てきたが、石山との不倫は、そのときと同様に「脱出」、つまり慣れ親しんだ世界を「捨てること」を意味していた。特に「子を捨てること」が大きな意味を持つ。

すでに破滅は見えていた。破滅から二人だけの新しい世界を作ることができるのだろうか。しかし、ほんの刹那でも、この湿った暗い部屋は確かに二人だけの新しい世界ではある。石山カスミの中に入ってきた時、カスミは高い声を上げ、石山とこのまま生きていけるなら子供を捨ててもいいとまで思ったのだった。(上p103〜)

有香の失踪する前日の深夜の出来事であり、カスミは、ここで「子供を捨ててもいい」と思ったことを失踪と結びつけて考え、何度も繰り返して振り返ることになる。

一番辛い想像は、有香が、まさにこの逢瀬をドアの向こう側で知っていたというもので、小説のラストに描かれる。

お母さんと石山のおじちゃんがいる。

瞬時にして、有香は悟った。二人は今、絶対に見てはいけないことをしている。それもなぜかわかった。母親が今そこで思っていることがドアを隔てて有香に伝わってきた。

お母さんは今こう思っているのだ。石山のおじちゃんのために自分たち子供を捨ててもいい、と。(p284)

そして、さらに、カスミは「子捨て」を繰り返す。失踪から4年が過ぎて訪れた北海道で、もう東京に戻らず、有香を探して生きていけばいいのではないか、と思い立つのだ。

有香の妹である梨紗、彼女の立場を考えると不憫としかいいようがない。

姉妹でありながら、親からの愛情に明らかに差がある、だけでなく、母親がより愛情を注ぐ相手が、今はいなくなってしまった人であるということはとても辛い。

浅沼に「因果は巡る」と言われたことを思い出す。両親は浜の食堂でカツ丼やらラーメンやらを作りながら、家出した一人娘を今の自分のように探し回ったのだろうか。親を捨て、自分の裏切りがもとで子を見失い、更にもう一人の子供と夫を捨てようとする身勝手極まりない女。それが本来の姿だった。自分が自分であろうとすることは、このように周囲の人間を悲しませ続ける。(上p273)


あげくの果てのカノン』における「不倫」は「恋愛」とニアリーイコールだったが、『柔らかな頬』における「不倫」は、「脱出」であり「逃避」である。今いる場所から抜け出すこと、今いる家族を捨てることが「不倫」なのだ。

かのんも確かに両親と弟を悲しませるし、境先輩も初穂を悲しませるが、そこに子供がいるかどうかは大きい。

しかも有香は、カスミの生き写しで、いわば自身の分身のような存在。

失踪事件がなかったとしても「石山との生活のためなら、子を捨ててもいい」と思った事実は変わらない。それを罰するカスミの気持ち・後悔でこの物語は貫かれている。


最初に書いたように、この物語にはオチがない。

登場人物も、ある時期のカスミにとって非常に重要な人物だが、すぐに物語から姿を消してしまう占い師・緒方先生など、掴みどころがない。

一方で、カスミ石山も内海も、子細なところまで書き込まれていて、物語の力というより、登場人物たちの魅力・人間臭さ(ここまで特に書かなかったが、ヒモになることで自由を得る石山というキャラクターも相当に面白い)で最後まで読ませる小説となっている。

過去の日記をよんでみると、これまでに読んだ桐野夏生の小説にも共通するようだ。


ただし、これまで読んだものに含まれない要素として、舞台である北海道の持つ引力のようなものがあるように感じる。上手く言えないが、桜庭一樹直木賞『私の男』BL漫画『コオリオニ』は、いずれも北海道の持つ暗い一面・不吉な雰囲気が強く出た物語になっており、『柔らかな頬』もそれに連なる作品と言える。

直木賞を受賞している理由も、単にストーリーや人物造形だけでなく、舞台も含めた全体的な雰囲気が評価されているのかもしれないと思った。


参考(過去日記)

芥川賞直木賞etc の中で読書感想を書いた本をリストアップ。受賞作一覧のページにある選評を読むと、118回で候補作となった前作「OUT」の方が良かったとの声も多い。

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2018-05-20 Sun

[]バランスを崩す4人の恋〜米代恭あげくの果てのカノン』(3)(4)

あげくの果てのカノン 3 (ビッグコミックス)

あげくの果てのカノン 3 (ビッグコミックス)


4巻まで巻を追うごとに階段を上るように面白くなっていく素晴らしい漫画。

前回に引き続き3巻4巻の感想を。


装丁

3巻、4巻で物語は加速度を増す。

特に、4巻では装丁も変化を感じさせる。

それまでの蛍光色を敢えて外してタイトルをシルバーにした4巻は、3巻まで裏表紙に姿を見せていたタイトルで使われていた境宗介がいなくなっている。あらすじの「世界が反転する第4集」の言葉通り、4巻は変化の巻ということだろう。


なお、表紙の絵を見ると、1巻で空に向かって舞い上がった赤い傘は、3巻で下に向かって落ちてきている。

4巻を通じて黄色い長靴を履いている足元は、3巻でくるぶしより上まで水に漬かっている。

一方で1〜3巻で晴れていた空は、4巻になると、夜になり、雨が降り続いている。

遠くにゼリーが見えていることもあり、4巻の表紙、裏表紙は、それまでと比べても最も不安を誘う絵になっている。

帯は3巻は3名、4巻は4名が寄せているが、3巻の最果タヒさんのが素晴らしい。以下に全文書き写し。

不変なものなんてない。愛情も人格も変わりゆくものだ。

けれど、それでもきみは変わらないでくれと願うことが、甘えるということなのかもしれなかった。

永遠に変わらないきみでいて。永遠に愛し続けてくれ。そう願う自分自身が、不変なものなど何一つ持たないのだと気付いたとき、私たちはそのことを、本当の意味で、直視することができるんだろうか?

そんな、知りたくなかった現実がこの物語の先に待ち受けている気がします。そして、私はだからこそ、この物語の行く末を、かのんの恋を見届けたい。


3巻

さて本編。

1、2巻の感想で決定的なことを書いていなかったが、この漫画のメインテーマは「不倫」。

主人公・高月かのんが憧れていた先輩(境宗介)と恋に落ちるという話がメインストーリーの部分だが、先輩には奥さんがいる。つまり、かのん×境宗介の組み合わせは許されない。それゆえの1巻の名台詞「はいと言ったら罰を受ける」だったのだ。

そして役者の揃った2巻を経た3巻こそが最高潮に面白い巻だと思う。

3巻に収録された12話〜17話でメインになる人を挙げると以下の通り。

  • 12話:宗介×初穂
  • 13話:ヒロ×かのん、ヒロ・かのん×宗介・初穂
  • 14話:初穂×かのん、かのん×宗介
  • 15話:初穂×ヒロ、 かのん×宗介
  • 16話:かのん×宗介(北海道
  • 17話:(ゼリー脱走)

とにかく、4人の組み合わせをこれでもかと詰め込んだ12話〜15話がすごい。

特に14話。宗介について楽しく語らう初穂とかのんだったが、初穂が万年筆の話題を出したことで、かのんが自分が許されていないことに気が付く場面。

背筋も凍る怖いシーンのあとで、初穂は、かのんと宗介をわざと会わせる賭けに出る。

その後、かのんと宗介のやりとりに話が移り、「私がいつまでも先輩を好きだと思ってナメてるんですか!?」とかのんが怒りを爆発させるシーンも含めてずっと、以下のような初穂の独白が流れている。

ずっと悪手をくり返してきた。

それがダメなこともわかっていたけど、

宗介が自身の意志で戻ってくると信じたかった。

けれど宗介はあの女を想ったまま。

私たちは似ている。

疑心暗鬼で、そのくせ過剰に期待して

膨らみはじけた期待は怒りに変わる。

怒った彼女は私と同じで醜いでしょう?

面倒でしょう?

嫌な女でしょう?

私はずっとあなたに優しくするわ。

だからお願い、

戻ってきて…

この「戻ってきて」に、宗介がかのんに言う「でも僕は高月さんに会いたかったんだ……!!」が被さるのが残酷だ。


そして15話。

最初、かのんは、宗介を「不倫」だからと否定する。

奥さん以外の女に会いに来るなんて…

そんな人、信用できません…

先輩の「心変わり」を、

浮気の免罪符にしないでくださいっ……!!

そのあと、自分勝手な宗介の言葉を聞いて、かのんは態度を改める。

この変化が大きい。

先輩は、神さまなんかじゃない。

私たちは同じように身勝手な人間で、

それでも先輩の存在は、

こんなにも素晴らしくて…尊い

ここでは「不倫」や「浮気」というロジックはもう出てこない。

その後、ゼリー脱走後の避難所で、先輩からの電話を受けたときのセリフ(19話)にもある通り、かのんは、宗介のことを「クズ」、自分と同じ「クズ」だと捉えて、好きな気持ちを優先させる。

ここでやっと先輩が「信仰」の対象から「好き」の対象に降りて来たのだ。

神様とだったら、とてもじではないが北海道へ逃避行はできない。

そして、北海道逃避行は辛い4巻のための束の間の休息なのでした…


4巻

4巻は、有名人との不倫によって、「社会」からも嫌われる、「友人」からも嫌われる、だけでなく、自分のせいで無数の人が被害を受けているという、ダブル・トリプルで厳しい「炎上」の中で、かのんが何を頼りにして生きるかという状況が描かれる。


ただ、個人的には、この巻のキモは、ひたすら(21話から登場する)新キャラクターの松木平にある。

このキャラクターが出るまでは、主要登場人物は4人それぞれ互いの接触もあり、 バランスが取れていた。

物語テンポを考えても、この漫画の「椅子取りゲーム」では、椅子は4つ。5人目が主要メンバーになろうとすると、どうしても椅子に座れずに押し出されるキャラクターが出てくる。4人の中で割を食うのはヒロしかいないわけで、ヒロのこの台詞は、読者である自分の気持ちをまさに代弁している。

…俺は、

姉ちゃんがこの人とつき合ったら

絶対許さないから

(23話)


勿論、作者は、そんな読者の気持ちは分かっているのだろうから、松木平は、かのんにとって眼中にない存在として描かれる。

そして4巻ラストの24話。

かのんの独白「ついにこの日が、この日が来てしまった。」から始まる24話は、「修繕」による「心変わり」が周囲の人(勿論本人も)に与える辛さが強調される話。

ここでの境先輩は、以前とは目の光が全く違っていて、顔が同じでも別の人間ということがはっきりと分かる。かのんと直接顔を合わせるのは、あれだけラブラブだった北海道逃避行以来の登場なので、落差の大きい「心変わり」は、とてもショック。読者としては18話(4巻最初の話)で、境先輩の半生を辿りながらその内面を見ているからさらにショック。

しかし、一番ショックだったはずの、かのんが、ラストのラストでその思いの強さを改めて見せる。

前後不覚になるまで飲んで二日酔いになったかのんに対して、松木平はこう慰める。

良かったじゃないですか?

次からは普通のおつき合いができますよ。

未来のある恋愛ってことです。

不倫なんて

時間を食い潰されていくだけじゃないですか。

さっさと忘れて、他の人に行ったほうが…

これに対するかのんの言葉。

なんで先輩を好きなことが間違ってるって決めつけるの?

松木平くんの言う未来って何?

セックスしないと、

私たちの恋愛って価値がないの?

私はずっと独りのまま先輩を好きでいたけど、

幸せだったよ。

セックスしてれば先輩と私はもっと続いたの?

私が処女だから、先輩はずっと一緒にいたいって思ってくれなかったの?

先輩とセックスできてたらもっと幸せだった…?

いわゆる「一線」を越えていないかのんだから言える台詞なのかもしれない。しかし、マスコミや見知らぬ人までもが「不倫」を責める中で、それは「間違っていない」と言い切る強さが、かのんにはがある。

いや、かのんだけじゃない。ヒロも「ずっと独りのまま好きでいたけど、幸せ」という状況は重なる。

また、考えてみれば、北海道逃避行のときに、「一線」を越えることを選ばなかった境宗介=「あのときの境先輩」も同じ気持ちだったのかもしれない。最果タヒの言う「永遠に愛し続けてくれ。」という気持ちを3人とも胸に抱えている。

3つの恋心に、頻繁に「心変わり」する宗介をずっと横で見て来た初穂の「暴走した恋心」が事態をどんどん悪化させている状況にあるが、やっぱり主要登場人物は4人でバランスしていることが改めてわかって来る。

…とすると、やっぱり松木平は邪魔で(性格は嫌いじゃないが)、次巻以降でどのような役回りとなるのかはとても気になる。ただ、かのんとつき合う素振りでも見せたら、ヒロと同様「絶対許さない」が…。(笑)


なお、22話によれば

  • 脱走したゼリーはほぼ全域にわたって駆除が完了(ラジオ
  • 駆除だけじゃきっと駄目(初穂)

とあり、ゼリー脱走による避難生活はまだ終わらなさそう。24話では雨に打たれたゼリーがボコボコと増殖する様子が描かれており、これを初穂がどのように阻止するのか、が物語の重要ポイントになる。


参考(過去日記)

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2018-05-19 Sat

[]一刻も早く映画を観たくなるジェットコースター小説〜貴志祐介悪の教典』(上)(下)

悪の教典〈上〉 (文春文庫)

悪の教典〈上〉 (文春文庫)

悪の教典〈下〉 (文春文庫)

悪の教典〈下〉 (文春文庫)

読書に集中できない、そんなモードになっているときは、エンタメに徹した小説を読むことで脳を読書できる流れに慣らしてあげることでスムーズに次の本が読めるようになる…。

どうしても本を読めなかった4月半ばに、そんなライフハックで選んだのは貴志祐介の代表作『悪の教典』。

貴志祐介の本は、これまで、初期作品を中心に抑えていて、評判の良くなかった近作(と言っても2013年)『雀蜂』 も楽しく読んだ気がする。

そこに来て今回、大本命の『悪の教典』(2010年)。これは絶対に間違いないだろう、という確信のもとに読み始めた。


……

面白い。

読み始める時点で、主人公が高校教師で殺人鬼の役回りとなることは知っていたが、その知識がなくても、冒頭から蓮実聖司(ハスミン)は、その危険さを隠そうとしない。

また、映画のキャストも知っていたため、ハスミンのイメージは、最初から伊藤英明だった。それも早く読み進めることが出来た理由かもしれない。


蓮実は、学校のことを「小さな王国」と呼ぶ。

これほどまでにIQが高く、ハーバード大学から一度はアメリカの投資銀行に就職した人間が、なぜ一介の高校教師をしているのか。その理由は下巻で語られるが、蓮実にとって、教師は天職であり生徒は道具。

その王国で築かれた「頭が良く、性格も良く、皆から慕われる先生」という立場をどのような知性を持って守るのか。疑いを持ち始めた何人かの生徒までを騙しきれるのか。

物語前半は、反社会的な犯罪行為を、周囲にいる人たち皆を欺いてやり遂げてきた半生が語られ、漫画『デスノート』のような物語なのかと期待が高まる。


しかし、途中からボロが出始める。

修学旅行中に生徒と密会など、隙のある行動が多過ぎて、とても「緻密なサイコキラー」という感じではなくなる。勿論「殺人鬼」という設定に理想(?)を抱き過ぎなのかもしれないが、ハスミンの超人的な魅力はどんどん薄れていく。

そこに来て、下巻では、美彌の殺人計画があっという間に崩れ去り、目撃者へのフォローも出来ないまま、文化祭準備で多くの人間が深夜まで残る学校が大量殺人の舞台となることが決定する。

…木の葉は森に隠せ。あたりまえのことだが、真理を衝いている。

死体を隠したければ、死体の山を築くしかない。

下巻p189


ハスミン計画性のなさが招いたトホホな決断ではあるが、正直言って、これ以降の展開はクライマックスが連続して、すごく面白い。

ジェイソンが多くの人間を死に至らしめるスプラッター・ホラーのようで、とても映像的。三池崇史監督がこの小説に惚れ込むのもよく分かる。

勿論、スプラッター・ホラー的に面白いということは逆に、小説としてはチープで「あり得ない」、という印象を与えることになる。

ここまでミスを積み重ねておいて、そのミスを隠すために40人全員殺す結論に至るというのは、恐怖よりもハスミンの無能さをよく表している。

これは、リアリティラインが小説と映画・漫画で異なることも影響していると思う。おそらく、『悪の教典』のストーリーは、漫画や映画では、「全然あり」という類の話だと思う。ただ、小説にしてしまうと、設定が雑に思えて仕方がなくなる。

しかし、その難点に目をつぶれば、ラストまでノンストップで読める面白小説になっていると思う。


ハスミンが、ギリギリ超人的な魅力を保っている早水圭介との対決シーン。

ここでは、彼が何故殺人を続けるのか、その理由が自らの口から語られる。

(略)問題があれば、解決しなければならない。俺は、君たちと比べると、その際の選択肢の幅が、ずっと広いんだよ。(略)

かりに、殺人が一番明快な解決法だと分かっていたとしても、ふつうの人間は躊躇する。もし警察に発覚したらとか、どうしても恐怖が先に立つんだ。しかし、俺はそうじゃない。X-sportsの愛好家と同じで、やれると確信さえできれば、最後までやり切ることができるんだよ。


スリルや快楽を求めて殺人に走るのではなく、問題解決のために、殺人という選択肢を除外しないだけなのだ、というこのスタンスに『悪の教典』のアンチヒーロー蓮実聖司の新奇性を見ることができる。「共感性」がない、というのはサイコパスとしてありきたりな特性だが、自己の利益を極限まで追求するその性格は素直にカッコいいと思える部分もある。(念のために書いておくが、対女性への蓮実の態度は最悪だ)


ただ、高校時代の憂実、そして、美彌に手をかけようとしたときに、蓮実自身も驚いた「戸惑い」や、表紙にもなり、途中何度も幻覚として現れたカラスなど、思わせぶりに登場して回収されなかった伏線がいくつかあること。また、どう考えても存在意義が分からないエンディング後のボーナストラック「秘密」「アクノキョウテン」など、不満もある。

それでもエンタメとしては面白かった。

次は読み損ねていたもう一方の大作、『新世界より』を読んでみたい。

新世界より(上) (講談社文庫)

新世界より(上) (講談社文庫)

新世界より(中) (講談社文庫)

新世界より(中) (講談社文庫)

新世界より(下) (講談社文庫)

新世界より(下) (講談社文庫)


参考(過去日記)

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2018-05-13 Sun

[]少数民族と日本人写真家ヨシダナギ『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』

ヨシダ,裸でアフリカをゆく

ヨシダ,裸でアフリカをゆく

2009年11月、エチオピアを訪ねて以来、アフリカ16か国で少数民族を撮り続けた“裸の美人フォトグラファーヨシダナギの全記録。

「相手と同じ格好をすれば、ぜったい仲良くなれる」とずっと思っていたヨシダナギ。彼女が裸族の前で裸になると、いままでになかった歓迎の舞が始まった――。

そんな彼女が大好きなアフリカとぶつかったり、爆笑したり、泣きわめいたクレイジーな紀行が、豊富なビジュアルとともに描かれた一冊です。

全く知らなかったが、グレートジャーニーなどへのテレビ出演でも有名になった“裸の美人写真家ヨシダナギの初の紀行本。

ヨシダナギは 1986年生まれだというので、ちょうど一回り下になる。

2016年に発売された本だが、この中では、最初の旅として「エチオピア1―2009年11月→」(23歳)が、最後の旅として「タンザニア―2014年4月→」(28歳)が書かれており、エチオピア行きが、最初のアフリカへの旅となる。


後半こそ、彼女の特徴である「少数民族と同じ衣装(ほぼ裸のことが多い)になる」というシチュエーションが増えるが、彼女のやりたいことは恰好というよりは、大好きなアフリカに触れること、そこに住む人たちの笑顔を写真に収めることに向いている。

一方で、コミュニケーションについては、現地ガイドに頼らなければならない場合が多く、ガイドとのやり取りにも多くのページを割かれているが、それが面白い。特にマリとブルキファナソでガイドを務めたシセへの悪態がとても面白く、ここから知れるナギの人柄に引き込まれた。

特に好きなのは、不吉な夢を見て不安に思うナギを見て、シセの薦めで超有名な占い師に相談に行く場面。わざわざ遠いところを訪ねてシセが占い師に聞いたのはナギとの相性占いだったという顛末にナギは激怒。

その他、どの場面でもナギはシセに対して常に苛々しているのに、本として楽しい読み物になっているのは、文才があるからなのだろう。


アフリカ現地でのあれこれについては、トイレネタやゴキブリネタも強烈だが、ウガンダ図書館に行った際の話が興味深い。

その図書館は、日本人女性が貧しい町に住む子どもたちに少しでも学ぶ場を与えられたらとNPO法人を立ち上げ、つくったもので、ヨシダナギ図書館のお手伝いに行ったのだった。

しかし、子どもたちは、7歳くらいの年齢でも本を破る、食べる。

白い紙と色鉛筆を渡すと、破る、折る、持ち帰る。

折り鶴を渡しても破る、グシャグシャにする。

同じウガンダでは、仕事に対して不真面目な態度を取ったり、支援慣れをしている人たちを見て、しんどくなる心情も描かれる。


写真家として活動しているヨシダナギの本としては、写真の点数は少ないが、文章だけの面白さで圧倒的に読ませる本。

西武渋谷店で開催されていたヨシダナギ×NAKED「Sing-Sing!」は、ちょうど開催期間が5/13までということで行き逃してしまったが、写真集や著作を追いかけたい作家に出会えてよかった。そして、アフリカのことについてももっと色々と興味を持って知って行きたいと思った。

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2018-05-12 Sat

[]大好きな装丁、大好きなストーリー〜米代恭あげくの果てのカノン』(1)(2)

あげくの果てのカノン 1 (ビッグコミックス)

あげくの果てのカノン 1 (ビッグコミックス)

あげくの果てのカノン 2 (ビッグコミックス)

あげくの果てのカノン 2 (ビッグコミックス)

定期的に繰り返し読み、そのたびに好きになっていく『あげくの果てのカノン』。

5巻が6月12日に発売予定ということで、改めて読み直してみた。

特殊な装丁ではないが、この本ほど、電子ではなくモノとしての本として所持していることの満足感を覚えるコミックはない。

まずは、外側部分から何故この本がこんなに好きなのかを探っていきたい。


装丁

あげくの果てのカノン 1 (ビッグコミックス)あげくの果てのカノン 2 (ビッグコミックス)あげくの果てのカノン 3 (ビッグコミックス)あげくの果てのカノン(4) (ビッグコミックス)

4巻まで並べた装丁のワクワク感は、ここ数年でベストだと思う。

特に1〜3巻までのタイトル文字(背表紙は全体、表紙は「カノン」のみ)の蛍光色。この蛍光色が、廃墟と化した地上世界の背景に映えて心地よい。

さらに、よく見ると、題字は、一部が、主人公カノンの後ろ(背景と人物の間)に入っており、立体感の出る配置となっている。(さらに言えば、カバーを外した表紙はキャラクター不在の廃墟のみの絵となっている)

裏表紙に書かれたあらすじも、重要箇所はタイトルと同じ蛍光色で強調されており、しかもそこがポイントを外さない。1巻裏表紙の「でも、いけない」。2巻裏表紙の「罰を受けるべきは誰なのか」は作品のキモを抑えている。


調べてみると、装丁を手掛けているのは 川谷康久。

雑誌『MdN2017年12月号』 では、 「恋するブックカバーのつくり手、川谷康久の特集」 という特集記事が組まれているという。アオハライドの手書きロゴの作り込みなどもなかなか面白い。


そして何と言っても「帯」。識者による感想と惹句が洪水のように襲ってくる。

叶わなくても、諦められない。だって先輩「以上」が、この世界にいない。全員を不幸にするかのんの「一途な恋」に激しい共感の嵐。(1巻)

これは「恋」か「信仰」か…。純粋なようで、グロテスク。「一途な想い」の根源を問う、恋愛ピカレスク。(2巻)

世界の緊迫と、個人の「一途な想い」の切実さがはじけ飛ぶ、大注目、不倫SF第三集。(3巻)

強く、深く、重く、あなたへの想いは絶えることなく、世界を滅ぼす。(4巻)


そして、コメントを寄せている識者は以下の通り。

中でも志村貴子のコメントにはとても共感した。

1話目からずっと怖かった。

得体の知れない世界もかのんも先輩も。

頬を赤らめたり大粒の涙をだばだばとこぼしたり、かのんの中で爆発する感情がひたすら怖かった。

怖いと先が気になってしまうのでページを繰る手が止められない。

自分がこの世界の住人だったらどんな立場にいるんだろうと考えてまた怖くなった。

隠しておきたい感情を丸裸にされてしまった感じ...やめてやめてかのんやめてー!

かのんの行く末を指の隙間から覗く気持ちで読んでいます。

志村貴子

あげくの果てのカノン』が面白いのは、その怖さ故だと思う。

勿論、かのんの「爆発する感情」、それによって引き起こされる周囲との軋轢が怖いのはその通りなのだが、それを演出する「謎」の多い世界観も怖さを盛り上げる。

2巻の時点で、SLC(異界生物対策委員会)が相手にしている「ゼリー」が何なのかは、ほとんどスルーされているし、昔起きた「襲来」がどのようなものだったのかについても触れられない。地上世界と地下世界という「日常」についても隠すかのように曖昧にされたままで物語が進んでいく。

降り続く雨も怖さに拍車をかける。


食べ物

1巻の裏表紙で境宗介(先輩)がケーキを食べているが、食べ物描写に特徴がある作品だと思う。

志村貴子が「ずっと怖かった」というように、食べ物描写も怖い。

3話目でアップになる目玉焼きとハンバーガー。特に、かのんが押さえたせいで、口に入れる直前に先輩の手から零れ落ちてしまったハンバーガーの気持ち悪さは印象的だ。

フィッシュサンド(魚)しか食べられなかった先輩が、いつの間にか肉を好きになっていた、という「変化する嗜好」への嫌悪感が、少しリアルな絵の中に現れている。


また、第6話(2巻)のかのんがロッカールームで食べるケーキ。とても不味そうなケーキを口に入れながら、かのんは「罰」を味わっている。


そして、初穂が、「高月かのん」からの着信があった宗介のスマホを、味噌汁にそっと浸してしまう怖いシーン。

…だけどね、

勘違いしないで?

そんな一時の感情より、

「結婚」のほうがね、

ずうっと思いの。

わかってるわよね…?

(2巻p201)

どれをとっても負の感情とセットで登場する食べ物が印象的だ。


ストーリー

最後にストーリーについても触れる。


ストーリについては、読んだ誰もが1巻ラストのシーンについて言いたくなるだろう。

勿論自分もそうだ。

近年のストーリー漫画屈指の名シーンで、これを読まなければ始まらない。

しかし、その少し前のシーンにこそ、この漫画で何度も繰り返される「核」の部分がある。

境先輩の誘いを一度は断るかのん。ここで、自らに語りかける言葉は

「はい」って言ったら罰を受ける

でも、そのことを強く思った直後に、かのんは、自分の強い気持ちを裏切って先輩に告白する。1秒前に自分への説得と真逆の行動をとる、この異常な感じこそが、村田沙耶香が「 『恋』ほど無垢な異常はない」と評する、まさにその部分だと思う。


告白後に衝撃的な「罰」を受けた退院後から始まる2巻。

アルバイト先のケーキ屋に来た奥さん(初穂)から釘を刺された帰り道に先輩と再会し、二人っきりになる。ここでも、かのんの罪悪感⇔幸福感の往復に引き込まれる。

先輩が私を抱きしめている

けれどこの人には奥さんがいて

高校時代では絶対にありえなかった。

こうしていることは異常でおかしくて、

これ以上は許されない。(p41)

でも一歩先に行ってしまう。

神さまに触れるなんてことは、

あっちゃいけない

私はこの恋に「希望」を見てはならない。

なのに…(p59)

でも進んでしまう。

私はずるい。

たとえ今が「修繕」の一時的なものだったとしても、

それを幸運だと思っている。

私の「希望」は、

先輩の苦しみや、彼の妻を、

踏み台にして、

やっと「恋」になる。

こんな時に、

目を血走らせる私のほうが、

よっぽど化け物で、

ずっと望んでいたものは、こんなにも醜い。

(p68)

最後にも引用するが、村田沙耶香が2巻の帯に書いている、かのんの「純粋な発狂」こそが、この物語の最大の魅力だと思う。


そんな風にして、かのんを一人称にして進む物語は、一転して8話からそのほかの登場人物心理描写が増えていく。

  • 8話:ヒロの想い
  • 9話:再びかのん(先輩との喧嘩)
  • 10話:初穂の想い〜壊れた万年筆事件
  • 11話:かのん、初穂、ヒロ&かのん、初穂&宗介

そして、「この世界は残酷だ」で終わる2巻最終話(11話)は、かのん、宗介、初穂、ヒロの4人を映して終わる。「一途な想い」を抱いていたのは、かのんだけではなかった。駆け引きというよりは、「一途さ」ばかりが際立つ四角関係が1巻時点より、さらに物語に厚みを与えている。

ちなみに自分が最も応援したいのはヒロ。

かのんの「純粋な発狂」に始終、心を奪われつつ、4人の中で、最も届かない想いを抱えているヒロにこそ幸せになって欲しいとずっと思っている。

それにしても、村田沙耶香のコメントは素晴らし過ぎる。

読者は「私たち」ではない。「恋をする私たち」であり「発情している私たち」なのだ。

この漫画を読んでいると、「恋」を解剖している気持ちになる。

かのんは変わり続けていく先輩に、変わらない恋をしている。

その純粋な発狂は、恋をする私たちの極限の姿のようにも思える。

発情している私たちが残酷な化け物だとしたら、「恋」の根源には一体何があるのか。

震えながらも、その答えが知りたくて、この物語から目を離すことができない。

村田沙耶香2巻帯コメント)

参考

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