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2018-06-09 Sat

[]Q女子高と東電OLとマルチ1人称〜桐野夏生『グロテスク』

グロテスク〈上〉 (文春文庫)

グロテスク〈上〉 (文春文庫)

グロテスク〈下〉 (文春文庫)

グロテスク〈下〉 (文春文庫)

名門女子高に渦巻く女子高生たちの悪意と欺瞞。「ここは嫌らしいほどの階級社会なのよ」。

「わたし」とユリコは日本人の母とスイス人の父の間に生まれた。母に似た凡庸な容姿の「わたし」に比べ、完璧な美少女の妹のユリコ。家族を嫌う「わたし」は受験しQ女子高に入り、そこで佐藤和恵たち級友と、一見平穏な日々を送っていた。ところが両親と共にスイスに行ったユリコが、母の自殺により「帰国子女」として学園に転校してくる。悪魔的な美貌を持つニンフォマニアのユリコ、競争心をむき出しにし、孤立する途中入学組の和恵。「わたし」は二人を激しく憎み、陥れようとする。

圧倒的な筆致で現代女性の生を描ききった、桐野文学金字塔


桐野夏生『柔らかな頬』を読んだ直後にこの本を読んだ。

『柔らかな頬』では、女性主人公の娘(幼児)が行方不明になるが、娘を失った喪失感が書き込まれる一方で、あまり作中には登場しない、行方不明の娘の妹が、愛情を向けられずに、不憫さを感じてしまった。

だからこそ、読み始めたときは、主人公の視点から妹と母親について語られる『グロテスク』では、『柔らかな頬』の「妹」の視点から家族関係が改めて語られているような気がした。


ところで、この小説は、上巻の裏表紙のあらすじ(上述)を見て、女子高生の物語だとばかり思いこんでいたが、実は、東電OL殺人事件を土台に構成された物語だということを後から知った。

読み終えての感想だが、実際の事件だからこそ、桐野夏生の「イタコ文体がとても効果的だと思った。

これまで何作か読んでいた桐野夏生だが、あまり連続で読むことはなかった。

今回連続して読んでみると、この人の特徴が、テーマ選び以上に、その文体にあると感じた。つまり、複数の1人称視点(マルチ1人称)で物語が描かれるということ。

『柔らかな頬』も桐野夏生特有のマルチ1人称視点が有効に機能する物語だった。

あの物語は主人公カスミの視点だけでも成り立つ物語だった。最初に「おっ」と思ったのは、不倫相手である石山の視点が含まれること。しかし1人称だからといって、石山は共感すべき、もしくは同情すべき人間として描かれていない。下巻では、ダンディさがなくなりパンチパーマのヒモと化した石山から興味を失うし、読み手からしても、1人称で描かれていることで、その行動原理は理解できても、別に応援したくなるキャラクターではない。

つまり、 「1人称」 によって、読者はシンパシーを感じるのではなく、テーマパークのライドに乗るような形で、読者は複数の登場人物の中に乗り込むことになるのだ。

男に、女に、少女に、母に、様々なキャラクターの心情をイタコのように書き綴った「マルチ1人称」文体、それが桐野夏生の一番の特徴であるように思う。


今回は、『グロテスク』では、それが「手記」の形を取り、それぞれの中で登場人物同士が互いを蔑んでいることで、通常の「マルチ一人称」のケース以上に、主人公を含む全員に対して「信頼できない語り手」感が強くなる。

このこと、実際の『東電OL殺人事件』を扱っているということと、強くマッチしているように思う。

桐野夏生の事件に対するスタンスは、語り手の「わたし」の冒頭の言葉に現れている。

でも、どうしてなんですか。前にも伺いましたが、あの事件の何がそれだけあなた方の興味を惹くのでしょう、わたしにはわかりかねます。犯人とされる男が密入国者の中国人だからですか。チャンといいましたっけ。チャンが冤罪だという噂があるからですか。

和恵とユリコとあの男の、三者三様の心の闇があるとおっしゃるんですか。あるわけないじゃないですか。わたしは、和恵もユリコもあの仕事を愉しんでいたと確信しています。そして、あの男もね。いいえ、殺人を愉しんだという意味ではございません。だって、あの男が殺人犯かどうかなんて、わたしは知りませんもの。知りたくもありません。

p86

つまり、この小説自体が、事件の加害者・被害者の「心の闇」に迫るために書かれたわけではない。

一方で、事件と無関係な登場人物にも全く共感できない。語り手の「わたし」は明らかに性格に難ありだし、高校時代は学年トップの成績を修めていたもう一人の主要登場人物で、Q女子高出身者のミツルは、ある宗教団体に入信して幹部に登り詰め、その宗教団体がテロを起こして6年間服役していたという波乱の人生で、共感は難しい。

他人の心の奥底は分からない。誰が嘘をついているかも分からない。

しかし、人それぞれに、それぞれの行動原理で行動して、その中で時に犯罪が起きる。


ということで、この物語は、主要登場人物であるQ女子高出身の4人+チャン(5章の語り手)の5人それぞれの「理屈」を知る、そこに面白さを感じるという意味では、未知の動物の生態を知る「わくわく動物ランド」的な物語であるともいえるかもしれない。

しかし、それらが相当特殊であるにもかかわらず、それぞれの登場人物の行動原理の「種」の部分は誰もが持っていると「感じさせる」。

そここそが桐野夏生の「マルチ1人称」の描写がいかに真に迫っているか、実在感で溢れているか、を示す部分だと思う。

ラストで、主要登場人物の中では一番「真っ当」な生き方を辿っていた「わたし」は、ユリコや佐藤和恵と同じく「怪物」の道を選ぶことになる。この部分は、あらすじだけ聞けば、陳腐に思えてしまうが、ここまでの「わたし」の、「ユリコ」の、「チャン」の、そして「佐藤和恵」の1人称の文章を読み進めて来た読み手からすれば、かなり素直に受け止められる終わり方になっている。

文庫解説で斉藤美奈子は、『グロテスク』の魅力として、「容貌や頭脳において逆立ちしても勝てなかったユリコやミツルを凌駕するほどの変貌」を遂げた和恵の「逆転のドラマ」を挙げ、次の部分を引用している。

あたしは復讐してやる。会社の面子を潰し、母親の見栄を嘲笑し、妹の名誉を汚し、あたし自身を損ねてやるのだ。女として生まれてきた自分を。女としてうまく生きられないあたしを。あたしの頂点はQ女子高に入った時だけだった。あとは凋落の一途。あたしは自分が身を売っていることの芯にようやく行き当たった気がして声を出して笑った。

下巻p293

このラストも、佐藤和恵と同様に、社会に対してわだかまりを持ち続けて来た「わたし」による社会への復讐の形なのだろう。

『グロテスク』で、グロテスクな怪物に変貌した人物として描かれているのは、佐藤和恵であり「わたし」だが、そうさせたのは、社会の構造の歪つな部分だ。東電OL殺人事件が興味を惹くのは、もちろん、その関係者の特殊性があってのことだが、その背景になっている部分に、多くの人が関心を持っているから今も語られることの多い事件となっているのだろう。

その意味では、上巻が、それぞれの登場人物というよりはQ女子高の人間関係にスポットライトを当てていたのはとても巧いと思う。(そしてQ女子高のモデルとなった高校の実態が今もこのようなものなのか知りたくなる)


桐野夏生の小説は、代表作『OUT』や、タワーマンションを舞台にした近作『ハピネス』『ロンリネス』も含め、まだまだ読んでいないものが沢山あるので、どんどん読み進めていきたい。


参考(過去日記)

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