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2018-11-19 Mon

[]築地の仲卸と編集のこれから〜碧野圭『書店ガール』(5)(6)

書店ガール 5 (PHP文芸文庫)

書店ガール 5 (PHP文芸文庫)

主役交代の4巻で、今後の「書店ガール」の看板は、宮崎彩加と高梨愛菜が背負っていくのかと思いきや、5、6巻の主役として宮崎彩加に次いで抜擢されたのはと、初の男性主人公となる元祖「書店ガール」の夫・編集者の小幡伸光。

ちょうど編集という仕事に興味を持ち始めた自分にとってドンピシャな題材だ。

最初に、何故今さら編集という仕事に興味を持ち始めたのかを少し説明したい。


まず、今年の夏に、築地の歴史に興味を持って中沢新一アースダイバー 東京の聖地』を読んだ。

この本は、古典的名著『アースダイバー』の続編として、築地明治神宮という、まさに今変わろうとしている二つの場所*1を「聖地」として捉え、その歴史を掘り下げた本。なのだが、築地についての説明は、「仲卸業者」という存在の重要性を強く訴える内容となっていた。

この本を読むまでは、直接、商品の販売に関わる仕事をしていない自分が、あくまで消費者の立場から考えた場合、中の工程は出来るだけ無くした方いいのではないかと思っていた。実際、農産物には「産地直送」というような形もあり、市場で仲卸を挟む意味があまり理解できなかった。

しかし、築地市場には、400年もの歴史をもつ、海洋民族日本人の食文化に関わる暗黙の知恵が、ぎっしりと集積されており、それを担うのが仲卸業者だというのがこの本の主張だ。

アースダイバー 東京の聖地

アースダイバー 東京の聖地


この考え方を強化したのは、映画『築地ワンダーランド』。(Amazonプライムビデオのコンテンツに入っており、プライム会員であれば2018年11月現在では無料で見られる)

この映画はドキュメンタリーで、築地に関わる人へのインタビューで構成されているが、対象のほとんどが仲卸業者。

やはり築地の文化・歴史というのは仲卸が背負っているというわけだ。映画の中では、仲卸の人が実際に卸している店に顔を出し、自分が卸した魚がどのような料理として提供しているのかを客として確かめる。そのことで、自分がその店に卸すべき魚を考え、また、自信を持って薦められるようになる、その気持ちの部分までが伝わってくるようだった。

築地ワンダーランド

築地ワンダーランド


そして、また話が飛ぶが、杉田水脈の新潮45騒動。

このときの小田嶋隆さんのコラムを読んで、仲卸業者とのアナロジーもあって、これまで何となくのイメージで捉えていた編集という仕事への、自分の理解レベルが上がったと感じた。小田嶋さんは、編集という仕事の意味を「魔法」という言葉を使って次のように表現する。

なんというのか、われら出版業界の人間が20世紀の雑誌の世界でかかわっていた「文章」は、単なる個人的なコンテンツではなくて、もう少し集団的な要素を含んでいたということだ。

で、そのそもそも個人的な生産物である文章をブラッシュアップして行くための集団的な作法がすなわち「編集」と呼ばれているものだったのではなかろうかと私は考えている次第なのである。

してみると「編集」は、一種無形文化財ということになると思うのだが、その「編集」という不定形な資産は、この先、文章というコンテンツが単に個人としての書き手の制作と販売に委ねられるようになった瞬間に、ものの見事に忘れ去られるようになることだろう。

書き手がいて、編集者がいて、校閲者がいて、そうやってできあがった文字要素にデザイナーイラストレーターがかかわって、その都度ゲラを戻したり見直したりして完成にこぎつけていたページは、ブロガーブログにあげているテキストとは別のものだ。

ここのところの呼吸は、雑誌制作にかかわった人間でなければ、なかなか理解できない。

で、その違いにこそ「編集」という雑誌の魔法がはたらいていたはずなのだ。

「編集」が消えていく世界に(日経ビジネス・小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明)


しかし、タイトルにあるように、その編集は今「消えていく」。

無駄を省き、コストを節減し、選択と集中を徹底しないと、雑誌は立ち行かなくなっている。

そして、無駄を省き、コストを大量殺戮し、選択と集中を徹底した結果、雑誌からは行間が失われている。


こういった中で、実際に編集の人たちの仕事について、まさに『築地ワンダーランド』の中での仲卸業者の方々を見る視点で知りたいと思っていたのだった。


ということで、そろそろ『書店ガール』の感想に入る。

男性である伸光が主役だということは驚いたが、それ以外に「あれ?」と思ったことが2つあった。

5巻を読んで、最初に「?」と思ったのは、ラノベに対する、若干のマイナス面も含めた描写。自分があまりラノベを読まないように、碧野さんもそれほど読まないだろうという勝手な想像から、(当然取材をしているとは言っても)詳しくない分野を批判的に取り上げるのは怖いなあ…と思ってしまった。

例えば、今回の主人公・取手のエキナカ書店の店長となった25歳の宮崎彩加が、バイトの面接に来た、ずっと下を向いているフリーター男性に対する印象が書かれる。

「どんな本が好きなんですか?」

「漫画とかライトノベルとか……」

やっぱりね、と彩加は思う。読書よりゲームの方が好き、というタイプだ。それほど本も読んでないんじゃないだろうか。

(略)

正直この子はあまり気が進まない。中退したとはいえ、いい大学にいたのだから頭は悪くないだろう。だけど、接客には向いてるとは思えないし、そもそもあまりいっしょに仕事したいタイプではない。

p33


実際には、このフリーターが実際にアルバイトとして採用され、5、6巻で第三のメインキャラクターとなる超重要人物となるので、ここで否定的に描かれるのも納得なのだが、宮崎彩加の「ラノベ読み」に対する印象はあまりよくない。そもそも最初は彩加の書店ではこの段階ではラノベを置いていない。

碧野さんは、ラノベをどのように捉えているのだろうか?とまず思った。


しかし、よく考えると、この5、6巻の主戦場は、まさにそのラノベなのだ。5、6巻の主人公・小幡伸光が新しいライトノベルレーベル「疾風文庫」の編集長として働いているのだから。

そして、読み進めると、その内容があまりにリアリティに満ちていて…というより詳し過ぎることに驚く。

  • こだわりが強過ぎるが有能な契約社員と、能力的には劣るがおおらかな正社員を(契約社員の待遇改善以外の方法で)どう扱うか、という問題
  • 他社のやり手編集者に対して独りごちる「俺たちは敵ではない。いつだって、作家に対しては共犯者だ。」という伸光の含蓄深過ぎる言葉(5巻p110)
  • 漫画と小説の編集過程の違い(漫画の方が作業過程が見えるので、途中段階でチェックする機会が多い)(5巻p149)
  • 実際の編集会議の内容とその反映のさせ方(5巻p151)
  • コミックノベライズにおけるコミック側編集者と小説側編集者のやり取り(物語の中では、最初、漫画家小説家が顔を合わせず担当編集同士でノベライズの中身を議論して険悪なムードになる)6巻
  • アニメ化における編集者とアニメ制作側とのやり取り(ノベライズと同様だが、オリジナル要素の入れ方や、原作では未だ出てこない設定をアニメで先に出すことの是非など)6巻
  • 起きてはいけないミス(編集者が原稿に手を入れる不祥事5巻p143*2ラノベのイラスト指定の入れ替わり6巻p195

また、心情的な視点から「ここまでは書けない」と思った部分は、少しでも本を多く売りたいと、ラノベファンの間でも影響力のある書店員にゲラを読んで貰おうとして伸光らが叱られる場面。

「あのね、木下さんもいるんでこの際言っときますけど、最近版元の人たち、安易に書店員を頼りすぎていませんか?(略)こっちも忙しいですから」5巻p224

こういった書店員側のネガティブな感情は、書店側の取材で得たとしても、編集側の取材で得たとしても、部外者であれば使いにくい題材だろう。


と、挙げていけば枚挙にいとまがない。

前回書いたように、『書店ガール』は、碧野さんが実際の書店をたくさん取材しているから書けた部分がたくさんあることは理解していた。が、ここまで編集の仕事内容に踏み込んだ内容は取材だけでは書けないのではないか?と、不思議に思っていたその謎の答えは、5巻の大森望さんの解説にバッチリ書いてあった。

それもそのはず、著者の碧野圭は、2006年に『辞めない理由』で作家デビューするまで、ライトノベル雑誌の編集者として、十年余のキャリアを持つ。


なるほど!

ここでも参照先として挙げられている「WEB本の雑誌」のインタビュー記事がものすごく読ませる内容で、幼少期からの読書遍歴も面白いが、鈴木敏夫編集長のもとで『アニメージュ』でライターをしていた話や、ラノベという言葉がない時代のドラゴンマガジン富士見書房)編集部での10年間、そしてスニーカー(角川)編集部での話など仕事の話がやはり興味深い。


乙一さんの『GOTH』や谷川流さんの『涼宮ハルヒの憂鬱』の仕掛けを編集部みんなで考えたり、綾辻行人さんの作家本を作ったり。スニーカーに在籍したのは4年間と短かったけれど、面白いことがたくさんありましたね。

というように、自分が大好きな本も碧野さん経由で世に出たものだったのだと考えると凄い。

なお、大森望さんの解説によれば、一人の作家に対して二つの編集部が話し合いを持つ5巻の一場面は、『涼宮ハルヒ』のときに実際にあった話だというが、『書店ガール』に出てくる疾風ノベル大賞のような旧来型の公募新人賞は、だんだんとその労力と売れ行きが引き合わなくなりつつあるという。

ネットでめぼしい作品を見つけて賞を出し、本にする方がはるかに簡単だし、ビジネスとしてもリスクが少ない。次が書けるかどうかも定かでない新人の、海のものとも山のものともつかない作品を手間暇かけて送り出すなどという非合理なシステムは、前盛期の遺物として滅びゆく運命かもしれない。

実際、特に似た作品があるかどうか、いわゆる「パクリ」の問題は、ネットの集合知のチェックを経ている方が安心だ。実際、科学論文にもパクリや改竄がある時代だから、心理的なハードルは低く、誰もが「ついやってしまう」レベルであることを考えると、それを編集部だけで行うのには無理がある。(実際に、今年夏の芥川賞候補作『美しい顔』で盗用疑惑が問題になっている)

やはり、今が過渡期なのだろうか。だからこそ、現在、編集の仕事をしている方々を応援したくなる。


さて、また本の話に戻ると、5〜6巻では、第一回の疾風ノベル大賞を受賞した田中がとてもいい味を出すキャラクターとなっている。

まず、自分の息子が熱心に取り組むことに無理解な親が最後に理解を示すという展開はベタ(先日見た映画『ボヘミアンラプソディ―』も同様の展開)ながら、胸が熱くなる。それだけでなく、序盤から伏線が張ってあるペンネームの話が良い。小説家を目指していた父親の使っていた原滉(はらあきら)に「一」を足して「原滉一(はらこういち)」として作った作品が評価されたことで、弟いわく「お父さんの夢もかなえた」のだ。

6巻で一気にアニメ化の話が出ても、書店のアルバイトをギリギリまで続ける田中は、人間的魅力が増して、成長が楽しみなキャラクターになった。なお、伸光目線では、「原」と作家名で書かれ、彩加目線では「田中」と本名で書かれるのも面白い。


そして何と言っても主人公である宮崎彩加。

新天地の取手で「吉祥寺と違うやり方。地元に愛される店。」を考えて、実際にそれをアルバイト店員たち(田中含む)と実現していく5巻から一転して、閉店を申し渡される6巻。閉店騒動は1巻でもあったが、店を潰さないための努力をギリギリまで続ける1巻とは異なり、どのように店を畳むかという過程が丁寧に描かれる。

そんな彩加も4巻から話のあった沼津の伯母の書店を継ぐことになり、好意を寄せていたパン屋の大田ともグッと距離が近づいたのは素直に嬉しい。

同じく恋愛という意味では、恋愛要素ゼロだった田中が思いを寄せる相手については、やや伏せられたような形になっているが、7巻にも話は続くのだろうか。


ということで、最終巻の7巻は、誰が主役となるのか、だけでなく、田中などサブキャラクターたちのその後も含めて、楽しみが多い。何より、リアル書店は、そして編集の仕事はこれからどうなっていくのか、そういう部分にも期待して読んで行こうと思う。

でも、最終巻なのか…。短い間に一気に駆け抜ける読書となったが、読んでいて本当に楽しいシリーズです。


参考

*1国立競技場明治神宮外苑にある。

*2:小説の中では、編集者側の問題というより、編集者と作家のコミュニケーション問題という扱いとされているが、大森望さんの解説によればよくある話で、2015年末にも似た話があったとのこと。おそらくこちら⇒KADOKAWAが小説発売中止 編集者が原稿を無断改変

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