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2018-03-28

Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ

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何の変哲もない一般人が、もし人を殺せる銃というものを手にしたとしたら……こういった設定は日本でも一定の人気があるようで、中村文則「銃」高野雀「世界は寒い」など何作かパッ思いついたりする。これは世界的にも(もちろんアメリカを除いて)興味深いテーマらしく、今回はアルゼンチンにおいてこのテーマを扱ったDarío Mascambroni監督作"Mochila de plomo"を紹介して行こうと思う。

Darío Mascambroni監督は1988年アルゼンチンコルドバに生まれた。学生時代から映画業界に携わりながら、脚本と監督業について学ぶ。2016年には初長編である"Primero enero"を監督、離婚したばかりの父と彼の息子が共に過ごす最後の夏休みを描いた作品はブエノスアイレス・インディペンデント国際映画祭(BAFICI)でアルゼンチン映画最高賞を獲得するなど話題になる。そして2018年には第2長編である"Mochila de plomo"を手掛けることとなる。

今作の主人公は12のまだ幼い少年トマ(Facundo Underwood)だ。彼はアルゼンチンコルドバ、寂れた郊外の町に住んでいる。父親はある事情でこの世を去り、母親はトマを見捨て遊び呆けている。そんな壊れた家族の中で、トマはくすんだ日々を送っていた。

監督はそんな彼の日常を淡々とかつ丹念に描き出していく。トマは学校終わりに夜まで友達サッカーに興じ、帰りは夕闇の中を自転車で駆け抜けていく。だが家に帰っても母は居ない。独りで食事をし、ベッドに潜り込んで夜が更けるのを待つ。その間ずっと、トマの顔には深い深い影が刻まれている。

だがある日、彼はひょんなことから一丁の銃を手に入れることになる。彼はそれをバッグに突っ込み学校へと出かけ、遅刻を咎める教師に対して反抗的な態度を取ってみせる。銃のおかげで少し気の大きくなった彼は、そうしてある思いを募らせていく。

今作は"もしただの一般人が銃を持ったとしたら……"という設定の常道を行きながらも、そう表だって銃が使われることはない。代りに焦点が当たるのはトマの父を巡る物語だ。作品が進むにつれ、彼は何者かに殺害されたらしいことが分かってくる。そしてその男が出所したことを知り、トマは銃を手にして町を彷徨うこととなる。

撮影監督であるNadir Medinaが映す郊外の風景は、観る者の心に冷えた風を吹かすような荒涼さに満ちいてる。堆く積まれた廃品の山、崩れかけ残骸と化した外壁、弱々しく揺れる植物の群れ。画面に張りついた錆色の鈍さはそのままトマの心象風景とも重なっていく。

この"Mochia de plomo"の核となっている存在はトマを演じるFacundo Underwoodに他ならないだろう。ドタドタと走る姿が頼りないようなただの子供でありながら、笑顔という概念を刈り取られた顔に浮かぶ諦念と寂しさは深い。そんな彼が銃を持ち、影を更に濃厚なものとしていく様は悲痛であり、だからこそ最後にトマが銃口を向ける時、無邪気な子供から大人にならなければならない瞬間は私たちの胸を撃ち抜いていくのだ。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&”Lamb”/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&”A batalha de Tabatô”/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&”Woman Undressed”/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&”Ninah’s Dowry”/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&”Aloys”/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&”Já, Olga Hepnarová”/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&”Córki dancingu”/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&”Girl Asleep”/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&”Hooligan Sparrow”/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&”Yek khanévadéh-e mohtaram”/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&”Pharmakon”/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&”Centaur”/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&”Montanha”/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&”Mister Universo”/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&”Park”/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&”Le Parc”/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&”How Heavy This Hammer”/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&”Adiós entusiasmo”/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&”O lună în Thailandă”/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&”Ce lume minunată”/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&”Autumn, Autumn”/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&”Jours de France”/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&”Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală”/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&”Ejercicios de memoria”/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&”Prevenge”/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&”Dearest Sister”/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&”Orly”/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&”One Week and a Day”/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&”A blast”/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&”Boy eating the bird’s food”/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&”Ingen ko på isen”/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&”Makala”/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&”La idea de un lago”/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&”Teesklejad”/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&”Shelly”/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&”Hristo”/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&”Amnestia”/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&”Hotel Dallas”/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&”El auge del humano”/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&”Godless”/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&”Hounds of Love”/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&”Hunting Flies”/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&”Scary Mother”/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&”3/4”/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&”Dene wos guet geit”/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&”Strange Colours”/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&”Hello Destroyer”/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&”Szatan kazał tańczyć”/私は負け犬になるため生まれてきたんだ

2018-02-22

ネイサン・シルヴァー&"Thirst Street"/パリ、極彩色の愛の妄執

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ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
ネイサン・シルヴァー&”Soft in the Head”/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
ネイサン・シルヴァー&”Uncertain Terms”/アメリカに広がる”水面下の不穏”
ネイサン・シルヴァー&”Stinking Heaven”/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
ネイサン・シルヴァーの略歴と彼の長編作品についてはこの記事参照。


ブライアン・デ・パルマ、その名を聞く者には崇高か侮蔑かを抱く者に別れるだろう。だが超絶技巧、絢爛豪華、映画は虚構だと開き直りながらスクリーンで自由に舞い踊る様は唯一無二と言っていいだろう。そんな彼は、そもそもヒッチコック模倣揶揄されながら、彼自身数々の模倣を産みだしてきた。米インディー映画界の恐るべき子供であるネイサン・シルヴァーによる最新作"Thirst Street"はその最先端にある作品だ。そしてそれはデ・パルマが作れなかったデ・パルマ的傑作でもある。

この映画の主人公はジーナ(「女教師」リンゼイ・バージ)という女性、CAとして世界中を飛び回る日々を送っている。彼女にはポールという恋人がいた。だがすれ違いが原因である日自殺を遂げてしまった。傷心を引き摺るジーナは、それでもパリで立ち寄った占い師に全てを変える新たな出会いがあると予言されることとなり……

物語の序盤はそんな彼女の日々を小気味よく描き出していく。冒頭からして夢見る脳髄を覗きこむような16mmの粗く豊かな色彩感覚が目を惹くが、彼女の日常が揺るがされるにつれ、世界は着実に姿を変えていく。ある時泊まるホテルの一室を満たす、鮮血を思わす原色の赤はそれを象徴しているだろう。だがこれらはまだ序の口に過ぎないのだ。

ジーナは同僚たちと共に訪れたキャバレージェローム(「垂直のまま」ダミアン・ボナール)という名の中年男性と出会う。何かを感じ取り濃厚な一夜を過ごした彼女は、その後も頻繁に彼に会いに行くようになる。相手からは気軽なセックス相手としか思われていない一方で、ジーナはこんな思いを募らせていく――彼こそが私の運命の相手だ!そう簡単に逃してたまるか!

デ・パルマ作品は手法も特徴的だが、その根幹に共通して存在するのは"妄執"というべき概念である。例えば愛のメモリーにおける失踪した妻に似た女への狂おしい愛、例えばボディ・ダブルにおけるカメラ越しに見た女への執着。"Thirst Street"には正にそんな"妄執"が存在しているのだ。ジェロームのために仕事を捨てパリに引越し、彼の働くキャバレーに仕事を見つけ、彼の誕生日パーティーにまで乱入し騒ぎを起こす。しかし彼の元恋人であるクレメンス(「ジェラシー」エステル・ガレル)が現れた時から、ジーナは更なる捻じれを見せ始める。

シルヴァー監督は彼女の妄執を様々に視覚的な形で描いてみせるが、注目すべきはその色彩感覚だ。ここにおいて妄執は極彩色として顕れるのだ。蜥蜴の皮膚さながら艶めかしく光る緑、酩酊と恍惚に揺らめく黄、愛に脈打つ心臓を思わす赤、しかし全てを残酷なまでに染め上げる深い青……

そんな監督の才気に応えるかのように、ジーナを演じるリンゼイ・バージも熱演を見せてくれる。神経衰弱ギリギリの女役を演じさせたら右に出る者は居ない彼女だが、瞳孔開きっぱなしで愛を求める姿はさながら獲物を執拗に追い続ける鮫だ。彼女については以前ブログ特集記事を書いたのだが、その時彼女の額にある突起物が印象的だと記した。今回それが妄執の増すごとに輝きを増していくようなのだ。しかも劇中、その傍らに傷痕さえ穿たれ、妄執はもはや留まる所を知らなくなる。

シルヴァーは過去作品において"私たちはいかに他者と相容れないのか?"というのを徹底して描いてきた映画作家だ。今作においては関係性に異様な執着を見せる狂熱のストーカー女の姿を通じて、それを描き出していると言える。だがデ・パルマを思わす演出手法といい、彼は以前とはまた違う新たなフィールドへ繰り出しているという印象をも受ける。その源泉は今作の舞台であるフランス・パリだろう。以前のシルヴァー特集記事で記した通り、彼は12歳の頃からアルチュール・ランボーの詩に親しみ始め、フランス語を習得し自分で詩を書ける程の語学力を得ている。その原体験ゆえか、パリの街並みや妖しい地下世界にフェティシズム的な憧憬が見え隠れしている。

そして起用した俳優も注目点だ。ジェローム役はフランス鬼才アラン・ギロディの最新作「垂直のまま」で主演を演じたダミアン・ボナール、そしてクレメンス役は巨匠フィリップ・ガレルの娘エステル・ガレルであり、フランス映画史にも視線は注がれているのだ。このフランスへの偏愛が炸裂して、"Thirst Street"という映画はシルヴァー作品の中でも最も映画的な快楽に満ちたものとなっていると言えるだろう。

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ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &”Super Sleuths”/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& ”Red Knot”/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &”Faults”/ Let’s 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &”Obvious Child”/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&”The Spectacular Now”/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &”As high as the sky”/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&”6 Years”/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&”Fort Tilden”/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&”Cop Car”/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&”The Fits”/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&”Free in Deed”/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &”The Comedy”/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &”I Believe in Unicorns”/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &”The Sleepwalker”/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&”Uncertain Terms”/アメリカに広がる”水面下の不穏”
その19 Anja Marquardt& ”She’s Lost Control”/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&”Entertainment”/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&”L for Leisure”/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &”Farah Goes Bang”/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & ”The Girl in The Book”/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & ”The Mend”/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&”Sleeping with Other People”/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&”Bone Tomahawk”/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&”I Remember Nothing”/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&”Fort Buchnan”/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&”They Look Like People”/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&”Dreams, Drones and Dactyls”/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&”James White”/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&”Christmas, Again”/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&”The Passage”/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&”Low Tide”/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&”Henry Gamble’s Birthday Party”/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&”Soft in the Head”/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&”Stinking Heaven”/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&”King Jack”/少年たちと”男らしさ”という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&”Art History”/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&”Songs My Brothers Taught Me”/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&”Butter on the Latch”/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&”The Idiot Faces Tomorrow”/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&”Field Niggas”/”Black Lives Matter”という叫び
その45 Kris Avedisian&”Donald Cried”/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&”Krisha”/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&”Impolex”/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&”Men Go to Battle”/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&”Coyote”/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&”Ape”/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&”Buzzard”/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&”The Alchemist Cookbook”/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&”Kicks”/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&”Female Pervert”/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&”The Arbalest”/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&”Tower”/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&”Christine”/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&”OK, Good”/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&”Hunter Gatherer”/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&”Brawl in Cell Block”/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩
その63 パトリック・ブライス&”Creep 2”/殺しが大好きだった筈なのに……

2017-12-14

Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ

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Katarzyna Rosłaniec1980年ポーランドマルボルクに生まれた。グダニスク大学で学んだ後は、ワルシャワ映画学校、アンジェイ・ワイダ映画学校などで勉学に励み、映画に対する技術を養っていく。そして2009年には初の長編作品"Galerianki"を監督し、消費主義の中心地であるショッピング・モールを舞台に少女たちの欲望を描き出した。2012年には第2長編"Bejbi blues"を監督、前作に続いて10代の少年少女が抱く欲望の数々を赤裸々に描き出した作品でベルリン映画祭Generation 14plus部門の最高賞を獲得することとなった。そして2016年には新作である"Szatan kazał tańczyć"を完成させる。

今作の主人公はカロリーナ(Magdalena Berus)という26歳の女性だ。彼女は「人形」という作品で世に出たばかりの新人作家だが、今作がポーランドロリータと評され爆発的なヒットを遂げることとなる。これがきっかけで彼女はパーティにブックツアーにと世界中を駆け回る日々を送り始めるのだったが……

"Szatan kazał tańczyć"はそんなカロリーナの享楽の日々を描いた作品だとひとまず言うことが出来る。彼女はカメラマンと裸になってハイテンションで撮影したかと思うとセックスに耽る。ある時は酒を細い身体にブチ込みすぎた故の泥酔で醜態を晒し、ある時はベルリンの片隅で売人と共にヤクを吸ってトリップするのだ。

そんな姿を映しだす画面(撮影監督Virginie Surdej)は縦が長く横が短いいわゆる"インスタグラム画角"という奴で、例えばグザヴィエ・ドランなど新鋭作家が使う様式がこの作品には適用されている。という訳で監督がそこに収まる画にも相当気を使っているのは劇中から窺い知れる。極彩色の中で中年男性とセックスするカロリーナの姿、カロリーナと友人の女性が消火器の泡でベチャベチャの公衆便所に横たわる姿、そういった風景の数々に監督の美意識が徹底しているのだ。

では今作自体が軽薄で浮ついた印象を与えているかというと、むしろ逆だ。カメラ越しに透けて見える監督自身の視線は頗る冷徹だというのを、序盤で観客は悟ることになるだろう。彼女は享楽の間隙から静かにカロリーナが堕落していく様を見据えていくのだ。部屋のトイレで独り、蹲りながらゲロを便器へブチ撒ける彼女の哀れさにそれは象徴されている。

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監督はそうして積み重なる享楽の狭間に見える影こそを引き出していく。例えば自分の身体をめぐる母親との軋轢、例えば将来にも関わる心臓の重大な欠陥、例えば大成功したデビュー作に続く第2作はどうすればいいのか。そういった要素が全てカロリーナの肩に伸し掛かっていき、繊細な彼女の心は破滅へと向かっていく。

そして劇中に満ち始めるのは観る者の臓腑を腐らせるような不穏さだ。病は常に悪化し続け、私たちの耳には彼女が吐きだす吐瀉物や咳の響きがこびりつくことになる。更に彼女の周りには男たちが纏わり続けるが、特に見知らぬ男が彼女をナンパする際の緊張感は女性の日常に存在する緊張とも共鳴しあう類のものとなる。こうしてその狭間に現れることとなる言葉こそが""という忌まわしき言葉なのだ。

ある意味でその禍々しさと対立しあうように、今作において執拗に表れる要素が赤裸々な性欲だ。カロリーナは破滅から目を逸らすためかひっきりなしに男たちとのセックスを遂げる。だが彼女はそれで満たされることがない。ゆえに独りの時、男と一緒の時でさえも自慰行為に耽ることになる。性器を必死に擦り、時には相手の男の腕を使ってまで擦り続ける様には絶望的なまでに絶頂を求める彼女の悲哀が滲む。だが今作が容易く突き抜けないのと同じように、彼女も絶頂へは辿りつくことがない。何処へも辿りつけない空虚さだけがそこにはあるのだ。

今作の核となる存在は主人公であるカロリーナを演じるMagdalena Berusに他ならないだろう。周りに広がるクソったれな世界に唾を吐きかけるように尖った口と眼光鋭く険しい目つき、しかし裸になった時に見えるのは一瞬に折れ曲がってしまいそうな繊細で弱々しい身体つき、この相反する身体性が今作を支えていると言っても過言ではないだろう。倦怠感と破滅の淀んだ予感に重い心を引き摺り続ける生き地獄を私たちに語るのは、彼女の身体に他ならない。

"Szatan kazał tańczyć"はあらかじめ破滅を宿命づけられた女性の姿を忌憚なく描き出した物語だ。それを自身も知っていたのだろう、ヤゴダが劇中で常に聞いている歌においてはこんな絶叫が響き続ける。私は負け犬になるため生まれてきた、負け犬になるために……

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私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&”Lamb”/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&”A batalha de Tabatô”/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&”Woman Undressed”/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&”Ninah’s Dowry”/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&”Aloys”/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&”Já, Olga Hepnarová”/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&”Córki dancingu”/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&”Girl Asleep”/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&”Hooligan Sparrow”/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&”Yek khanévadéh-e mohtaram”/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&”Pharmakon”/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&”Centaur”/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&”Montanha”/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&”Mister Universo”/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&”Park”/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&”Le Parc”/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&”How Heavy This Hammer”/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&”Adiós entusiasmo”/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&”O lună în Thailandă”/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&”Ce lume minunată”/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&”Autumn, Autumn”/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&”Jours de France”/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&”Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală”/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&”Ejercicios de memoria”/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&”Prevenge”/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&”Dearest Sister”/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&”Orly”/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&”One Week and a Day”/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&”A blast”/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&”Boy eating the bird’s food”/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&”Ingen ko på isen”/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&”Makala”/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&”La idea de un lago”/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&”Teesklejad”/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&”Shelly”/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&”Hristo”/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&”Amnestia”/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&”Hotel Dallas”/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&”El auge del humano”/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&”Godless”/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&”Hounds of Love”/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&”Hunting Flies”/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&”Scary Mother”/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&”3/4”/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&”Dene wos guet geit”/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&”Strange Colours”/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&”Hello Destroyer”/カナダ、スポーツという名の暴力

2017-10-27

アドリアン・シタル&"Pescuit sportiv"/倫理の網に絡め取られて

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さて、私は常々ルーマニア映画界の動向を追っている訳であるが、今年のアカデミー外国語映画賞ルーマニア代表には何とブログでも紹介したアドリアン・シタル監督作「フィクサー」が選ばれることになった。記事に詳しいが、倫理観を巡るこの一作は私とルーマニア映画との関係にとってとても大きなものである故に、この采配はとても嬉しかった。そういう理由も込みで以前から私はアドリアン・シタル監督特集というものをこのブログで行いたかったのだが、あいにく彼の全長編を観る機会がなかなか存在せず後回しになっていた。だがこう書くということはである、とうとうその機会が巡ってきたということだ。さあ、早速ではあるが今回からルーマニア映画界で倫理を問い続ける俊英作家アドリアン・シタル監督特集を行っていこうと思う。まず最初は彼が2007年に製作した初監督長編“Pescuit Sportiv”を紹介していこう。

今作の主人公はミハイとミハエラ(「エリザのために」アドリアンティティエニ"Marfa si banii" Ioana Flora)という男女、彼らがクーラーボックスや釣り道具を車に載せて向かう先は、ブカレストの郊外に広がる森だ。ここでピクニックを楽しもうという訳である。端から見れば彼らは年の離れた恋人同士に見えるが、事態はそう単純なものではないらしい。そしてその単純でなさによってアリ地獄に引き込まれようとは、ミハイたちは想像もしていなかった。

序盤においてシタル監督は、車内における会話を通じてミハイらの関係性を解剖していく。もう教師の仕事なんて飽き飽きだ、あの校長にはもう耐えられない……アイツに俺たちの関係を話したのか、ううんまだ、遅かれ早かれ気づかれるのに何やってるんだよ……両者とも腹に何か抱えているようで、突発的な怒りや不安がこれでもかと画面に打ちつけられていく。その間、カメラは車内からほぼ出ることはないが、このミニマルさはルーマニア映画界の巨人クリスティ・プイウの初監督作“Marfa și banii”に似ている(ミハエラ役のIoana Floraは実際出演もしている)こうして今作は“ルーマニアの新たなる波”に連なるポテンシャルを見せながらも、独自の路線へとひた走ることともなる。

情緒不安定に会話を繰り広げる2人だったが、森に着いた途端に彼らは飛び出してきた女性を轢いてしまう。気が動転したミハイたちは全てを無かったことにしようと、彼女を森へと運び捨ててしまおうとするのだが、折よくそこで彼女は目覚めてしまう。アナと名乗る女性(オーケストラ!」マリア・ディヌレスク)を無下にも出来ず、成り行きからピクニックへと同行させる羽目になるのだったが……

序盤からも明らかであるが、この“Pescuit Sportiv”は会話劇として構成されている。川辺に辿り着いた後、ミハイは釣りにミハエラは日光浴にとそれぞれの休息を楽しむが、アナは彼らの元へとやってきてはちょっとした波乱を巻き起こす。関係は何年続いているの?何で仕事辞めちゃったの?ずかずかと土足で人の心に入り込み、機銃掃射のように言葉を浴びせていくとフラっと何処かへと去り、また戻ってきてミハイたちの心を掻き乱していく。それが繰り返されるうち、彼らの心の奥底にある泥つきが吐き気のように画面へと込み上げてくるのだ。その光景はロマン・ポランスキー「水の中のナイフ」などを思わせるものだ。

物語を追っていくうち気づくのは、独特のカメラワークだ。それというのも今作、ホラー映画でもないのにPOV様式が起用されているのだ。Adrian Silisteanuのカメラは登場人物たちの視線と完全にシンクロしており、私たちは常に誰かの瞳を通じて人々の表情や行動を目の当たりにすることとなり、同時にカメラの震えやちょっとした移ろいによっても被写体を眼差す方の人物機微をも知ることになる。故にとにかく会話に加え映像自体の情報量も多いのだが、それを加速させるのがシタル監督自身が手掛ける編集だ。目まぐるしいカット割りは多少の荒さを感じさせる(私としてはショーン・ベイカーの諸作を想起した)が、そこには水面下でのたうち回る感情のうねりが表されているのである。

物語には、シタル監督が一貫して追究する倫理への問いがやはり見られる。例えば職業倫理(教師という職業における理想と現実、公と私をいかに擦り合わせるのか)、性の倫理(不倫というものは許されるのか)、生命の倫理(事故に巻き込んだことを隠すべきか、もし彼女が死んでいたら?)などそういった答えを出すのが難しい問いのアマルガム的な存在こそが今作であるとも言えるだろう。この複雑な問いを体現するのがアナという謎めいた女性だ。彼女を演じるマリア・ディヌレスクトリックスターとしてのアナをまるで無邪気な悪魔さながらの存在感で演じ、ミハイたちも、何より観客である私たちの倫理観を揺さぶりにかかる。こうして“Pescuit sportiv”倫理的な問いの難しさ危うさを、荒々しい力を以て描き出す作品だ。そしてここで蒔かれていった種は、様々な形で豊穣を迎えることになるが、それはまた次の機会に語ることとしよう。

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参考文献
http://pov.imv.au.dk/Issue_25/section_3/artc8A.html(監督インタビュー)

ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & ”A fost sau n-a fost?”/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & ”Aferim!”/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & ”Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism”/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &”Comoara”/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&”Autobiografia lui Nicolae Ceausescu”/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&”Marfa şi Banii”/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&”Hîrtia va fi albastrã”/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&”Boogie”/大人になれない、子供でもいられない
その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&”Aurora”/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&”Toată lumea din familia noastră”/黙って俺に娘を渡しやがれ!
その15 Paul Negoescu&”O lună în Thailandă”/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その16 Paul Negoescu&”Două lozuri”/町が朽ち お金は無くなり 年も取り
その17 Lucian Pintilie&”Duminică la ora 6”/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
その18 Mircea Daneliuc&”Croaziera”/若者たちよ、ドナウ川で輝け!
その19 Lucian Pintilie&”Reconstituirea”/アクション、何で俺を殴ったんだよぉ、アクション、何で俺を……
その20 Lucian Pintilie&”De ce trag clopotele, Mitică?”/死と生、対話と祝祭
その21 Lucian Pintilie&”Balanța”/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&”S-a furat o bombă”/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
その23 Lucian Pintilie&”O vară de neuitat”/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
その24 Lucian Pintilie&”Prea târziu”/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&”Terminus paradis”/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
その26 Lucian Pintilie&”Dupa-amiaza unui torţionar”/晴れ渡る午後、ある拷問者の告白
その27 Lucian Pintilie&”Niki Ardelean, colonel în rezelva”/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&”Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală”/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その29 ミルチャ・ダネリュク&”Cursa”/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
その30 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その31 ラドゥ・ジュデ&”Cea mai fericită fată din ume”/わたしは世界で一番幸せな少女
その32 Ana Lungu&”Autoportretul unei fete cuminţi”/あなたの大切な娘はどこへ行く?
その33 ラドゥ・ジュデ&”Inimi cicatrizate”/生と死の、飽くなき饗宴
その34 Livia Ungur&”Hotel Dallas”/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎

2017-10-26

パトリック・ブライス&"Creep 2"/殺しが大好きだった筈なのに……

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いわゆるPOV映画という奴は数多くあるがどこもこれもダメダメな作品ばかりだ。手振れカメラがグラグラ揺れるだけの奴に、最後の最後まで怪物出すのを勿体ぶる奴、いきがった若者がぺちゃくちゃ喋ってばっかの奴にと挙げればキリがない。そんな中で米インディー映画界のスター兄弟であるデュプラス兄弟が2014年に製作したホラー作品「クリープ」は一際異彩を放つ存在だった。とある映像作家が新聞広告に惹かれ山奥のコテージに赴き余りにもキモいオッサンと遭遇してしまう本作は、POVという演出によって怖さキモさが増幅する、正に内容と形式が合致するお手本のような作品だった。

実はこの作品のレビューを昔書いたのだが、データがぶっ飛んでどっかに行ってしまった。そんな私を嘲笑うかのように、この2017年に続編である“Creep 2”が完成してしまった。1を紹介していないのは心苦しいが、ネットフリックスで絶賛配信中なので気になる人はそれを見てもらって、ここではパトリック・ブライス監督作の“Creep 2”を紹介していくことにしよう。

さて、前作から幾らかの時が経った今、アーロンと名前を変えたあの殺人鬼(ゼロ・ダーク・サーティ」マーク・デュプラス)は殺戮を続け、その場面を撮影し続けるという変態的行為に耽っていた。しかしある悩みが持ち上がり始める。最初は楽しいから人を殺しまくっていたはずなのに、それがいつしかルーティン化して、楽しみを感じられなくなってしまったのだ。そうして倦怠感を抱くアーロンは自分の存在意義に苦悩することとなる。

そんなある日彼の前に現れたのがサラ(「ハンパな私じゃダメかしら?」デジリー・アッカヴァン)という女性だ。彼女は売れないドキュメンタリー作家で、新聞広告を載せている人の元に押しかけて、その出会いの一部始終を自分の作品にするというミランダ・ジュライ気取りの映画製作をしていた。そして広告に惹かれてやってきた彼女の前で、アーロンは言う。俺は連続殺人鬼なのさ、と。

そうして2人は出会う訳だが、ここから始まるのは頗る奇妙なドキュメンタリー製作だ。フランシス・フォード・コッポラの言葉を引用しながら、殺人者である自分の生きる意味を再び見つけるために作品を撮りたいとアーロンは主張する。それを信じさせるため、彼はサラに自分で撮ったスナッフ動画を見せたり、2人の間にある壁を取り払いたいと全裸になったり、完全にヤバい。だがこの完全なるヤバさはサラにとって魅力的に過ぎる被写体であり、カメラ片手に作品製作が幕を開ける。

振り返ると「クリープ」前作はホラー寄りだったと言える。冒頭から顕著な驚かし描写で観客にショックを与え、男の底知れない存在感は彼らに生理的な嫌悪感を与えるとそんな作りが印象的だった。それを考えると今回はコメディ方面に舵を切ったと言うべきだろう。前作の主人公アーロン(名前が同じなのはある理由から偶然ではない)は男の行動にいちいち驚きまくっていたが、サラは違う。驚かされても微動だにせず、カメラを常に回し続ける。予想外の展開に苦笑いを浮かべるアーロンの姿は、惨めさへの笑いを誘う。この笑いが予告するように、ドキュメンタリー撮影でも一筋縄では行かない珍道中が繰り広げられることになるのだ。

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しかしアーロンとサラの関係が密なものになるにつれて、どこか微妙な雰囲気が醸造され始める。サラは奇矯な行動に出まくるアーロンの中に理由の伺い知れない悲しみを見出だして、親愛の情を抱き始める。それでいてその行動や悲しみの全てが演じられた偽りであるかもしれないとの疑いも捨てきれない。監督のブライスはこの親愛と疑心へのふらつきをPOVという演出で生々しく捉えていく。そして被写体であるアーロンはそのふらつきを一心に受けながら、だんだんとサラを巻き込んで暴走を始める。

この流れにも関連するが、前作には1つの大きなテーマがあった。それは愛である。正確に言えば初めて誰かに恋をした時の心模様が「クリープ」には刻まれているのだ。相手に気に入られたいから色々頑張るけど全てが空回っていく光景、どこまで距離を詰めていいのか分からずプライベートな領域に土足で踏み込んでしまう失敗、そういうものを「クリープ」は描いていた。だが青春もので見られるそういった描写を、本作はホラー映画として解釈している故に、作品には恋の甘酸っぱさの先にある危うさ気持ち悪さが全面に押し出されている。「クリープ」ネットフリックス配信中なので、観てもらえば意味は分かってもらえると思う。

さて“Creep 2”にもその要素が引き継がれている訳だが、前作のアーロンがただのヘタレで殺人鬼の恋パワーに成す術もなく呑み込まれていったのに対して、今回は違う。今作の愛のお相手サラを演じるのはデジリー・アッカヴァン、このブログでも紹介したテン年代の米ロマコメを代表する一作「ハンパな私じゃダメかしら?」の監督兼主演の新鋭であり、愛についての経験は折り紙つきである。その胆力で以てホラー映画の皮を被ったキモい恋パワーに立ち向かっていく様は力強い。例えば「サプライズ」などの逆に殺人鬼をボコりにかかる女性たちの系譜の先に彼女はいるとも言えるかもしれない。

だが“Creep 2”のテーマはそこにあるのではない。それを語るにあたっては希代の殺人鬼を演じるマーク・デュプラスにご登場願う必要がある。今回の彼は“俺は殺人鬼だ!”と言うかと思えば、ドキュメンタリー撮影の難しさに根をあげ“俺、本当は殺人鬼じゃないんだよ”と弱音を吐くかと思えば……という、自分が一体何者か自分で分かっていないような、情緒不安定男を怪演している。つまり彼は前作でキモさを突き抜けさせることで新境地を開拓しながら、今作では他作品でいつもやっているような中年男を演じているのだ。そしてそれは意図的なものだろう。何故なら今作のテーマは正に“中年の危機”なのだから。

今まで曲がりなりにも自分の信じた道を生きてきた。しかし中年に差し掛かってくると、自分の今やってることがルーティン作業のように思えて、楽しみも感じられなくなる。そうなると誇りに思うべき過去も無駄なものとしか思えなくなり、自分の生きる意味すら見失ってしまう。これから自分は一体どうすればいいんだろう。デュプラス兄弟はこの“中年の危機”というべき代物を自身の監督作、プロデュース作において何度も何度も描き出してきた。“Creep 2”も正にその系譜に位置する作品でありながら、1つの大きな違いがある。それはいつも彼らが描くのは市井の人々であったのが、今回は恐ろしき連続殺人鬼だということだ。マーク・デュプラスはこの中年の危機を殺人への倦怠感に重ね合わせることで、彼のフィルモグラフィで最も奇妙なコメディホラーを作り上げたと言えるだろう。そして実はこの「クリープ」シリーズ、三部作の予定らしく、掉尾を飾る“Creep 3”の完成が大いに待たれるところである。

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ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &”Super Sleuths”/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& ”Red Knot”/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &”Faults”/ Let’s 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &”Obvious Child”/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&”The Spectacular Now”/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &”As high as the sky”/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&”6 Years”/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&”Fort Tilden”/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&”Cop Car”/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&”The Fits”/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&”Free in Deed”/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &”The Comedy”/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &”I Believe in Unicorns”/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &”The Sleepwalker”/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&”Uncertain Terms”/アメリカに広がる”水面下の不穏”
その19 Anja Marquardt& ”She’s Lost Control”/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&”Entertainment”/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&”L for Leisure”/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &”Farah Goes Bang”/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & ”The Girl in The Book”/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & ”The Mend”/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&”Sleeping with Other People”/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&”Bone Tomahawk”/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&”I Remember Nothing”/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&”Fort Buchnan”/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&”They Look Like People”/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&”Dreams, Drones and Dactyls”/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&”James White”/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&”Christmas, Again”/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&”The Passage”/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&”Low Tide”/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&”Henry Gamble’s Birthday Party”/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&”Soft in the Head”/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&”Stinking Heaven”/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&”King Jack”/少年たちと”男らしさ”という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&”Art History”/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&”Songs My Brothers Taught Me”/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&”Butter on the Latch”/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&”The Idiot Faces Tomorrow”/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&”Field Niggas”/”Black Lives Matter”という叫び
その45 Kris Avedisian&”Donald Cried”/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&”Krisha”/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&”Impolex”/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&”Men Go to Battle”/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&”Coyote”/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&”Ape”/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&”Buzzard”/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&”The Alchemist Cookbook”/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&”Kicks”/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&”Female Pervert”/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&”The Arbalest”/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&”Tower”/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&”Christine”/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&”OK, Good”/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&”Hunter Gatherer”/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&”Brawl in Cell Block”/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩