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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか

映画というメディアが生まれて百余年、この映像芸術は様々な形で世界の終わりを描いてきたが、私が一番愛している世界の終わり映画は「ミラクル・マイル」という作品だ。ある理由でロシアから核ミサイルがアメリカへと発射されたのを知った主人公は、最愛の人を助けに走るとそんな映画なのだが、これほど"悪夢"という概念の不条理さ・脈絡のなさを描き切った作品はないと私は思っている。ヘリコプターの操縦士を探そう!と主人公たちが駆け込むのが何故かジムで、ネオンにギラつく中ムキムキの男女が筋肉を鍛え続ける異様な光景、そしてヘリコプター操縦できるやついるか!と主人公が叫ぶと本当に操縦できる奴がいてしまう奇妙さ、そしてラストの希望のなさは余りにも切なくて、ちょっとトラウマレベルだったりする。

ということで、私の好きな監督・俳優その55は、世界の終わり映画史に名を残す、かもしれないし、そうでもないかもしれない、これまた奇妙な映画作品"Parabellum"、そして映画監督Lukas Valenta Rinnerについて紹介していこう。

Lukas Valenta Rinnerは1985年オーストリアに生まれた。自分は生まれながらの創作者だと意識していて、高校の頃から作曲、絵画、小説執筆など様々な創作活動を行っていた。18歳からはスペインに移住するが、その後アルゼンチンに留学、ブエノスアイレスのUniversidad del Cineに入学、「人生スイッチ」ダミアン・シフロン「約束の地」リサンドロ・アロンソ、先日のヴェネチア国際映画祭コンペで銀獅子賞を獲得した"El Clan"パブロ・トラペロを輩出した名門校で映画を学ぶ。

2010年には誘拐された中産階級若い女性の姿を描いた短編"Carta a Fukuyama"で監督としてデビュー、そして2012年に彼はオーストリアとアルゼンチン、引いてはラテンアメリカの架け橋となる制作会社Nabis Filmgroupを設立、現在幾つもの計画を進めているが、ここからはデビュー作"Parabellum"の話に入っていこう。この作品のアイデアが思い付いたのは3年前、2012年のことだという。

"この映画が動き出したのは2012年のことです。マヤ暦の終りが近づいていて、それに伴い"世界の終り"に備えサバイバル入門に参加する人々が多くいました。私にとってこのパニック/ヒステリーは興味深くて、注目に値する出来事でした。そして時が経つにつれ、このトレーニングは現実や日常から逃げ出す1つの方法であり、ある人々にとっては観光旅行のような物だとも分かって来たんです"*1

"私を更に魅了したのは、ブエノス・アイレスから40分ほど行った場所に位置する、ティグレ・デルタという地に広がる独特の風景です。打ち捨てられた島や運河を初めて観た時、生きぬくためにこの辺りを彷徨う観光客たちの姿がふと思い浮かんだんです"*2そして2015年、Rinner監督は"Parabellum"を完成させる。

画面を覆い尽くすのは、鮮烈な赤の色彩。世界はこんな彩りの中で死に絶えていくのだろうか。そう思っていると映るのはとある大きな建物、その中に入っていく1つの人影だ。カメラは彼の背中を追っていき、辿り着くのはオフィスだ。中年男性エルナン(Pablo Seijo)は机に向かって、黙々と事務仕事に励む。何処にでもある日常が繰り広げられ、拍子抜けするだろう私たちの耳に、だがこんなラジオ音声が聞こえてくる。地方では強盗が多発し既に手がつけられない状況にまで陥っています、そうだ、静かにだが世界の終わりは確実に近づいてきている。家に帰り、ある伝言を聞き、そしてベッドで眠ろうとするエルナン、部屋の窓からは街で無数の花火が炸裂する光景が広がる……

そんな状況で、エルナンたち中産階級の人々はとあるツアーに参加する。バスに揺られて幾時間、備え付けられたTVでは男ががなりたてる、今世界は未曾有の自然災害、未曾有の経済危機に襲われています、だからこそ自分を守るため、愛する者を守るため自分たちで動かねばなりません、私たちにその手伝いをさせてもらいたい。エルナンと同乗のツアー客がやってきたのは、ティグレ・デルタという密林地帯、そこに建てられたレジャー施設だ。ここには都会の喧騒から完全に切り離された安らぎがあるだけではなく、もう1つスペシャルな特典があった、それこそ世界の終りを生き抜くためのサバイバル入門コースだったのである。

エルナンたちはこの場所で様々なサバイバル技術を学ぶことになる。まずは基礎体力の増強、自分を守るための護身術に敵を倒すための攻撃法、カモフラージュから食べられる植物などについての知識を学ぶ座学、それらを学ぼうとする彼らの姿をRinner監督は妙な距離感を保ちながらカメラに映し出していく。エルナンたちの身になれば結構切実な問題なのは分かるが、こう遠くからじーっと見ているようなスタンスで描かれると、変に居心地が悪い。この感覚はオーストリア映画ファンにはお馴染みのものだろう、ミヒャエル・ハネケの作品を観るとき、ウルリッヒザイドルの作品を観るとき、あなたはこんな感覚を味わったことがあるはずだ。被写体とカメラの間に横たわる隔たりの感覚、不気味な左右対称、壁とレンズが平行を保ち続けるPlanimetric Shotの多用、世間が言う所の、オーストリアの新たなる戦慄(New Austrian Chillness)の要素がこの映画には詰まっている。

これに関連してのインタビューを少し紹介しよう。
"(オーストリア映画というのは時折"気味が悪い"類の映画だと言及されますが、"Parabellum"にそういった表現は相応しいか?という質問に対し)これは私の考えなのですが、良く言われるオーストリアの伝統という物は文学から始まったと思っているんです。トーマス・ベルンハルトアルトゥル・シュニッツラーオーストリアに生きていた彼らがこの伝統を確立したんです。社会問題に焦点を当てる上で、極めてラディカルな観点を持つ上で、これがオーストリアのやり方なのです。"*3

"(オーストリア映画は――マンネリ化していますが――左右対称の画調で以てリアリティを際立たせようとすることもしばしばですが、それは何か新たな境地に辿り着くためとあなたはそう思いますか?という質問に対して)思うに、そこには2つのスタンスがあります。私は自然な空間に心を動かされます、ですからそれを強調するとかそういうことはしません。セットを作るため美術監督を雇わない時もあるんです、その代わりに空間に隔たりという感触を宿すような構図を作ろうとしますがとても困難な作業です。その感触に辿り着くためにはそれぞれのロケ地が完全でなければならない。ですからフィクション的スタンスに対し、ドキュメンタリー的スタンスを持つようにしています。ドキュメンタリーのスタイルを持ちながらも、構図はフィクション化されたミザンセーヌとして成立するんです"*4

しかしこれだけでは説明出来ない、作品に満ちるみょーーーにシュールでおかしな雰囲気は一体何なのだろう。何か皆すごい真剣なんだけど、ホイヤ!とか言いながらトレーナーに掌底をかます姿は何だか滑稽というか何というか。そうしていずれ分かってくるのが、この映画はギリシャの奇妙なる波(Greek Wierd Wave)とも感覚を共有していることだ。日本では残念ながらヨルゴス・ランティモス籠の中の乙女くらいしか紹介されていないが、この奇妙な、奇妙すぎる波は世界に影響を与え始めていて(この記事で少しムーブメントについて書いているので読んでね)、"Parabellum"にもその奇妙さが確実に息づいているのだ。だがまさか、オーストリアの新たなる戦慄とギリシャの奇妙なる波が、アルゼンチンの密林地帯で混ざりあうとは誰が予想しただろう!

この上で、Rinner監督はまた洞察を深めていく。"第一訓練"が終わったエルナンたちはまた別の場所へと連れていかれ"第二訓練"を始めることとなる。彼らがその手に持つのは銃だ、ハンドガンからショットガンまで様々な銃を持ち、組み立てから射撃まで全てをこなせるよう鍛練を受ける。その姿からはどんどん不穏なものが滲み出ていく。

そして演習だったはずがマジに世界の終りが到来したっぽいのを皮切りに、エルナンたちは演習ではない本物のサバイバルに臨む羽目になる。この映画の白眉とも言うべき、彼らが一線を越える様をロングテイク/ショットで描くシークエンスに始まり、不穏さは更にストイックさすら湛え、延々と、延々とサバイバルは続く。演習で学んだことを忠実にこなすエルナンたちは、だがある疑問にたどり着くこととなる"世界は本当に終わるのか、それとも終わらないのか?"そして叫ぶのだ"終わるんなら、早く終わってくれ!"

"Parabellum"は世界の終りを迎えた人々の心理を、ミニマルなスタイルで描き出す異色作だ。世界は終わるとしても、私は新たな才能の誕生を今は喜びたい。[B+]

Rinner監督、現在はオーストリアで公演されるオペラのための映像作品を準備中、更に長編2作目の脚本も執筆しており、ブエノスアイレスヌーディスト乱行クラブを描いた作品らしい。ということで監督の今後に期待。


参考文献
https://www.filmlinc.org/daily/lukas-valenta-rinner-parabellum-new-directors-new-films/(監督インタビューその1)
http://cineuropa.org/it.aspx?t=interview&l=en&did=285826(監督インタビューその2)
http://www.screendaily.com/festivals/rotterdam/tiger-directors-lukas-valenta-rinner-parabellum/5082233.article(監督インタビューその3)

私の好きな監督・俳優シリーズ
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その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
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