鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Afia Nathaniel&"Dakhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望

さて、パキスタンという国についてあなたはどのくらい知っているだろうか。まず頭に浮かぶのはノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイの名前だろう。彼女は度重なる反対に会いながらも女子教育の権利を訴え、不正と戦い続けている。そしてこのパキスタンで今問題になっているのが"名誉の殺人"、以前ブログでDaniel Wolfe"Catch Me Daddy"を取り上げた時(この記事を読んでね)少し書いたのでそちらを読んで欲しいが、もう1つ重大な問題がある、それが"児童婚"だ。18歳未満の少女たちが社会的・経済的事情から結婚を強制され、それによる痛ましい事件は後を断たない。ということで今回はこの2つの問題を真正面から取り上げた意欲作"Dakhtar"とその監督Afia Nathanielについて紹介して行こう。

Afia Nathanielパキスタン・バローチスターン州の州都であるクエッタに生まれた。3姉妹の長女で母は英語の教授、父は軍人に所属。小さな頃から映画に携わる仕事がしたいと思っていたそうで、ラホールの学校に通いながらその夢を叶える道を探していたが、ラホールには学校など映画を学べる場所がなく一時的に断念。キネアード女子大学で数学を学び、卒業後はコンピューター・サイエンティストになるが、映画への夢を諦めきれず1番の近道である広告代理店に入社、CM作りを通じて映像製作を学んだ。

しかしそれでも満足できなかった彼女はスイスに飛び、インターンとして2年もの間この国で働く。そんな彼女の努力が認められ、コロンビア大学大学院へと奨学生として留学を果たす。ニューヨークのインディー映画界で更に映画を学びながら、2003年彼女は自身初の監督作"Nadah"を手掛ける。厳格な家庭で育った11歳の少女Nadahがクリケットに抱く飽くなき情熱を描き出すこの作品はロッテルダム国際映画祭でプレミア上映され話題となる。

第2短編は小説家Saadat Hasan Mantoの同名原作の映画化"Toba Tek Singh"、ラホールに位置する精神病院を舞台に、独立後のパキスタンとインドの関係性を描きだす風刺劇でニューヨーク・アジア・アメリカン国際映画祭やロサンゼルスのVC映画祭などで上映された。第3短編は2006年の"Muntazir"で愛と死についてのファンタジー映画だそうだ。ここから映画製作においてはブランクがあるが、2008年には自身の制作会社Zambeel Filmsを立ち上げパキスタン映画界の発展に取り組んだり、母校のコロンビア大学ニューヨーク大学の映画学科で教鞭をとるなど多岐に渡って活動を行っていた。そして2014年、彼女はとうとうの初長編"Dukhtar"を手掛けることとなる。

パキスタンの山間に位置するとある村、そこで10歳のザイナブ(Saleha Aref)は家族と共に暮らしていた。彼女は元気いっぱいで好奇心旺盛で、何にも興味を抱く年頃だった。ある時ザイナブは友達とこんな会話をする「私もいつかこんな家が欲しいな」「それじゃあ結婚しなくちゃね」「……何で?」「そうしないとお父さんが許してくれないからだよ」「ふーん……」そこで会話が終るのだが、彼女には何か納得行かない。

ザイナブが家に帰ると、そこではいつでも母のアラー・ラクリ(Samiya Mumtaz)が待ってくれている。2人は机に向かって今日のことについて話し出す。学校で勉強したのは"PUT"と"BUT"って英語だよ、ほらママも書いてみて。ザイナブにそう促され、ラクリは覚束ない手つきで紙に単語を書き記してみる。Bって太ったお腹が2つ並んでるみたい、そう彼女が言うとザイナブが笑い、そして2人は笑顔を交わしあう。ザイナブにとってママは一番の存在で、ラクリにとって娘は最愛の存在だ。そんな愛おしい風景を、監督は慈しみとヒジャブの鮮やかな彩りを以て映し出す。

しかしラクリにとってこの家庭は居心地の良い場所ではなかった。夫(Asif Khan)との仲は冷えきっており、心は完全に離れてしまっている。家の中、料理を作るラクリと尊大に座る彼を隔てるのは一本の太き柱だ。窒息してしまいそうな状況で彼女は懸命にザイナブを育てているが、過酷な運命は容赦なく2人を襲う。ある日夫は彼女にこう告げる、私の一族と村長の一族が繰り広げる血の復讐、これを止めるための方法はただ1つ、村長に娘を嫁として捧げなくてはならない。余りに一方的な決定にラクリは衝撃を受け、泣き崩れる。娘の尊厳を踏みにじる忌まわしき文化、ラクリはザイナブを連れこの村から逃げだすことを決意する。

ここから描かれるのはラクリたちの逃走劇だ。村長は自分たち一族の名誉を傷つけたとして即刻の殺害を命じる。この"名誉の殺人"など、先にも書いた"Catch Me Daddy"と比べると、あちらがブリテン諸島におけるパキスタン移民にもこの文化は根付いているとそういった観点から描かれていたが、こちらはパキスタン本国における文化の根付きをダイレクトに描いている時点でまた違う意義深さがあると言える。更に先述の通り、パキスタンには映画というメディアが浸透しておらずこういった形で"名誉の殺人"の被害者となる人々の声を届けられる機会は貴重という現実があり、そういう意味でもこの作品の意味は大きい。

だが1つ、"名誉の殺人"という文化を物語として語ろうという気負いばかりが先に立ち、サスペンスを上手く演出できていないのは難点だろう。ステディカム撮影など特に広義のアメリカ映画で良く見る演出を多用するのはいいが、物語を牽引する中心的要素が危機を掻い潜ろうと執拗に追跡してくる敵と主人公たちの息を呑む攻防ではなく、敵・主人公に共通する迂闊さというのは問題だ。大袈裟すぎる音楽と共に本来サスペンスが醸造されて然るべきシーンが妙に弛緩してしまっているには否めない。しかしそれは、監督はこれが長編デビュー作であることの証左であるとそういうことだ。

映画が進むにつれ、気負いは徐々に物語の強度として昇華していく。ラクリとザイナブが出会ったのは極彩色のトラックを駆る男ソハイル(Mohib Mirza)だ、助けを求める2人に対して最初は冷淡な態度を見せる彼だが、やむを得ず逃走に手を貸したのをきっかけに3人は関係の深まりを見せる。特にラクリとソハイルが交わす言葉の数々には、パキスタンという国の歴史と文化、そしてこの国で生きることへの苦悩が滲み渡っている。だからこそ彼女たちの声を映画として紡ぐ意味があるのだと、監督は私たちに強く訴えかける。

"Dukhtar"とはウルドゥー語で"娘"を意味している。この物語は"娘"という名の呪いを痛烈に描く作品だ。だが"Dukhtar"の指し示す存在がザイナブだけではないと分かる時から、この中に光が芽生えることを観る者は感じる筈だ。そう、今作は呪いだけではなく希望をも描き出す。瑕疵は確かにありながらも、"Dukhtar"に宿る未来への輝きは力強くまばゆい。[B]

参考文献
https://filmmakermagazine.com/95069-dukhtar-writer-director-producer-editor-afia-nathaniel-at-the-munich-international-film-festival/(インタビュー)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……
その35 ジアン・シュエブ&"Sous mon lit"/壁の向こうに“私”がいる
その36 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
その37 Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように
その38 Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる
その39 杨明明&"女导演"/2人の絆、中国の今
その40 Jaak Kilmi&"Disko ja tuumasõda"/エストニア、いかにしてエマニエル夫人は全体主義に戦いを挑んだか
その41 Julia Murat &"Historia"/私たちが思い出す時にだけ存在する幾つかの物語について
その42 カミーラ・アンディニ&"Sendiri Diana Sendiri"/インドネシア、夫にPowerPointで浮気を告白されました
その43 リサ・ラングセット&「ホテルセラピー」/私という監獄から逃げ出したくて
その44 アンナ・オデル&「同窓会/アンナの場合」/いじめた奴はすぐ忘れるが、いじめられた奴は一生忘れない
その45 Nadav Lapid &"Ha-shoter"/2つの極が世界を潰す
その46 Caroline Poggi &"Tant qu'il nous reste des fusils à pompe"/群青に染まるショットガン
その47 ベンヤミン・ハイゼンベルク&"Der Räuber"/私たちとは違う世界を駆け抜ける者について
その48 José María de Orbe&"Aita"/バスク、移りゆく歴史に人生は短すぎる
その49 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その50 ナタリー・クリストィアーニ&"Nicola Costantino: La Artefacta"/アルゼンチン、人間石鹸、肉体という他人
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ