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鉄腸野郎Z-SQUAD!(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-04-04

リュウ・ジャイン&「オクスハイド供/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)

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さて、餃子である。餃子はとても美味しい、ニンニクと肉が沢山入っている餃子はとても美味しい、個人的にはニラとかはいらない。みんなバランスだなんだとか言うが、ニラにせよなんにせよニンニク以外の野菜とかは全然必要ない、それは餃子に限らないのだが。タレは普通に醤油とラー油を混ぜたものを使っているが、時々はお酢の中にコショウだけをとにかくブチ込みまくったタレで食べたりする、どちらもとても美味しい。今年の正月は外食で中華料理を食べたりした。最初は普通に王将にでも行こうという話だったのだが、年始のせいか閉まっていて、しばらく良い感じの店を探すのだが当然見つからず、もうここで良いやと入った所で中華料理を食べたのだった、美味しくなかった。餃子も肉汁とかは出ない、シュニャシュニャするのだ、外食は美味しいし自分が作らないものは美味しい、そんな2つの思いを完膚なきまでにブチ壊す美味しくない餃子の世知辛い余韻を引き摺りながら、私は中華料理屋を後にした。無駄に長くなってしまったが、今回紹介するのは餃子の映画である、133分の殆どを餃子作りに費やす映画史に残る驚異の映画である。

リュウ・ジャイン(劉伽茵)は1981年北京に生まれた。高校の頃から映画監督を目指し始め、北京電影学院入学し映画について学んでいた。23歳の時に卒業制作として初長編である"牛皮"(英題:Oxhide)を監督する。全編自宅で撮影された本作は、牛革を加工し生計を立てる両親と彼らの娘であるジャイン監督の日常を長回しで描き出したドキュドラマでベルリン国際映画祭でプレミア上映され批評家賞&カリガリ映画賞を獲得し、バンクーバーや全州、香港などで上映され話題となり、映画批評家Shelly Kracierは"ここ数年間で最も重要な中国映画"と評される。そして2009年には"牛皮"の続編である「オクスハイド供を監督する。

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1人の中年男性が万力で牛革を固定し、革を馴らしていく。ある程度その作業を終えた後、彼は革を万力から取り出して、何処かから工具を取り出す。工具を手に持ち熟練の手捌きによって革を加工していく。「オクスハイド供の冒頭はそんな孤独な作業工程を映し出す、本当にただただ映し出す。カット割りもなければ、カメラが何らかの動きを見せることもない、真正面からどっしりと腰を据えて眼前の光景を撮影し続ける、それはいつまで続く、いつまで続くのかと観客は思いながらマイペースに5分、10分、15分……

日常への親しみと他に類を見ない"持続"の緊張感が糾える縄のごとく私たちに提示される中で、しかし本番はまだここからだ。男ザイピン(リュウ・ザイピン)の元にやってくるのは彼の妻フイフェン(シア・フイフェン)だ。そして彼は作業台から万力などの工具を下ろし、台を動かし、何を始めるかと思えば料理である。メニューは餃子、だが既製品を何かする訳ではない、餃子の皮から手作りである。ご察しの通り映画はここから餃子作りを描く訳だが、驚くべきはこれ以降110分のほぼ全てが餃子作りただそれだけに費やされる、しかもショット数計8つの長回しのみで。

だが日常をただ撮すのみに終わる訳ではもちろんない。ザイピンは用意したボウルに小麦粉を投入、お湯を少しずつ投入しながら粉を混ぜていく。匙加減が重要だ、粉が溶けるのを見極めながら湯の投入は慎重に行っていく。そして妻フェイフンの方はどうかと言えば、具に入れるニラを手で処理する、一本一本指で泥を落としていくのだ。カメラはそんな彼らの手元と材料をストイックに撮し続けるのだが、その時私たちの耳にはある音が届いてくる筈だ。小麦粉を混ぜる時に調理器具同士がガツガツとぶつかる音、ニラがパキパキと折れる時の微かな響き、何処からか小さく唸る音が聞こえてきたかと思うとどんどん増幅しいつしか轟音ともなる、おそらく電車が引き起こす類いの騒音。監督はいわば日常という名の交響曲に親しみ深いまでに生々しい生活の実感を私たちに見せるのだ。

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この画が本当に20分くらいずっと続く。

そしてそこに彼らの娘であるジャイン(監督が兼任)が帰ってくるとなると話はまた変わってくる。料理も中盤戦が始まるのだが、ジャインは母のニラ切りを手伝うことになる。どのくらいの長さで切ればいい?とジャイン、まあ4mmくらいでいいんじゃないと母、するとジャインはフレームから消え戻ってきたかと思うとその手には何と定規、律儀にニラを4mm図ろうとするのだが、案の定こんなん図れんわ〜と速攻投げ出す。"料理下手クソな奴あるある"的なコントが繰り広げられる訳だが、何とも言えないニヤつきが浮かぶのを止められない人はきっと多い筈だ。

こんな状況でニラを切り始めるジャインだが、もう危なっかしい、ザック……ザック……と彼女としても恐る恐る切っているのが露骨で冷や冷やし、父親にド下手と馬鹿にされればウルセーと睨み、そんな不器用ならもう良いから代わってと母親に言われれば私がやるから!と意地になって切り続け、結構アレなニラが量産されていく。だが長回しの醍醐味とはなんだろう、行為が絶え間なく描かれることでその行為を1つのスリリングな連続体として観察できることだ、私たちはジャインのニラ切りを見るうちに分かるだろう、最初は本当に不器用だし色々あって10分くらいニラを切り続けるが、その10分の間にも彼女の切り方は確実に上達していっているのだと。コツを掴んだのかちょっとずつ切るスピードが早くなっていく、1人の人間が例え些末なことにしても"成長"を遂げる瞬間に私たちは立ち会うことが出来る。こういった瞬間の数々に「オクスハイド供の輝きは増していく。

こういった日常の営みを固定長回しで描き出すスタイルというのはシャンタル・アケルマン映画史上最も偉大なる傑作ジャンヌ・ディエルマン様式をそのまま踏襲していると言える。だが様式だけは模倣しながら内実を伴わない作品が多い一方で「オクサハイド供はそのエッセンスを正当に受け継いでいる。私たちは家事行為――ここでは料理――を息の長い撮影を通じてこの目に焼きつけることとなるが、単純であると思われている家事がいかに精緻な技術に支えられ(例えば父ザイピンの見せる餃子の皮作りにはデルフィーヌ・セイリグが見せる手捌きが容易に思い出される)、いかに多くの時間が費やされ、ひいては日々の生活がいかなる犠牲の元に成り立っているのかを、家事そのものを直栽で且つ力強いな観察によって描ききっているのだ。

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そして料理中、ザイピンたちは色々とお喋りを繰り広げるのだが、そこから彼が店を経営しておりしかし状況は芳しくないことが伺える。契約がどうだとか、あの新しく雇った女性がどうだとか、商品の値下げ問題だとか聞いているこちらまで世知辛くなってくるような会話の数々。ジャンヌ・ディエルマンの舞台が70年代ベルギーなら「オクスハイド供の舞台はゼロ年代中国であり、日常に立ち上がってくる物はまた違ってきながら、それでいて資本主義に翻弄される市井の人々の苦悩は時代を越えて痛烈なものだということも同時に語られる訳だ。

だが長回しの持続時間と共にジャンヌ・ディエルマン「オクスハイド供が大きく異なるのは"部屋"の存在である。前者は台所やリビング、風呂場や寝室など様々な場所を行き交うが後者は狭苦しいリビング一室のみで物語は進む。大きな部屋はその一室しか存在しないようで周りには工具など様々な物が散らばり、台所もないので作業台がそのまま台所の代替品となる、しかもガスコンロもないのでプロパンガスの容器が剥き出しでそのまんま置いてあるという有り様だ。台と大人3人で既にすし詰めといった状態だが、その狭い中でジャイン監督は最良のアングルを計算しながらカメラを据えて9つの完璧なショットを作る。

そしてここからこそ人が生きることのエネルギーが溢れだしていくのだと監督は熟知している。ジャンヌ・ディエルマンの場合はカメラと被写体がある程度の距離感を保てるほどの広さが潔癖的な閉塞感を生み出し、見えない牢獄としての日常を観る者に訴えかける作劇方法を取っていたが「オクスハイド供において一見すれば息苦しさそのものである部屋の風景は生命力の源だ。餃子の具の包み方でプチ喧嘩に発展する父と娘の姿、餃子を何個づつ分けるか暗算で計算しようとする3人の姿、ニンニクを剥きまくる娘の姿、その1つ1つが生命力に溢れているのだ。そして長い長い時間を経て餃子は完成する。その頃には私たちのお腹もペコペコな筈だ、さあ日々が来ることに感謝して、いただきます。

「オクスハイド供カンヌ国際映画祭を始め、ロカルノロッテルダムブエノスアイレスウィスコンシン、そして大阪などの映画祭で上映されて話題を博す。2010年には短編"607"を監督、現在は母校の北京電影学院で脚本執筆などの教鞭を取りながら、三部作の最終作"牛革"の製作に取り組んでいる、らしいが情報は余りない。今年お披露目か?という噂も立っているのだが定かではなく、でも公開されるとしたら絶対に観たいよ!ということでジャイン監督の今後に超超超超超期待。

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父ちゃん…………

参考文献
http://dgeneratefilms.com/liu-jiayin(監督プロフィール)
http://offscreen.com/view/interview_liu_jiayin(監督インタビュー)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&”Take Out”/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &”Mapa para Conversar”/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &”Body Rice”/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &”Parabellum”/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &”Lucifer”/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &”René”/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&”Yardbird”/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &”Lamma shoftak”/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &”El último verano de la Boyita”/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&”Nana”/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &”El color de los olivos”/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&”Attenberg”/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&”I am Jesus”/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &”Los últimos cristeros”/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& ”Corridor #8”/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& ”Code Blue”/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& ”Simshar”/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&”Gözetleme Kulesi”/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &”Dukhtar”/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &”Araya”/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &”Felix & Meira”/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& ”Mouton”/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
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