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鉄腸野郎Z-SQUAD!(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016-11-08

Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り

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さてカメルーンである。アフリカの中部に位置する共和制国家で、おそらく前回紹介したギニアビサウ共和国よりは知名度の高い国だろう。例えば2002年の日韓ワールドカップにおいて大分県中津江村キャンプを行ったのはカメルーンで、そういった出来事をを報道するニュースなどでこの国の名前を聞いた人も多いだろう。とはいえカメルーンがどんな国か知っている人は私含めて少ないとは思う。ということで今回はおそらくかなり珍しいカメルーン映画"Ninah's Dowry"とその作家Victor Viyuohを紹介して行こう。

Victor Viyuohカメルーンを拠点とする映画作家だ。幼少時代をカメルーンで過ごした後にアメリカへと移住、最初はルイジアナ州立大学数学を専攻していたが、後にマイアミ大学南カリフォルニア大学で本格的に映画について学び始める。そして2003年には初の短編"Mboutoukou"を監督する。カメルーンの田舎に住む12歳の少年ナポが、寄宿舎に行ってしまう兄の代りに自分は大黒柱になれると奮闘する姿を描き出した作品でSXSW映画祭やオハイオ・インディペンデント映画祭などで作品賞を獲得するなど話題になり、Filmmaker Magazine誌の"注目すべき新人インディペンデント作家25人"の1人に選出されるなどする。そして2012年には初長編である"Ninah's Dowry"を完成させる。

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今作の主人公であるニナ(Mbufung Seikeh)は辛く苦しい日々を送っている。13歳で結婚し、20歳で既に3人の子供を育てているほどだ。夫のメンフィ(Anurin Nwunembom)は家畜を世話する仕事に就いているが、稼ぎは乏しく生活は惨憺たる有り様だった。そんな彼は傲慢な態度でニナたちに接し、暴力を振るうことすらも厭わない。ある日ニナの元に父が危篤との知らせが届くが、メンフィは彼女を家に閉じ込め、どこまでも支配しようとし続ける。

Nina’s Dowry”カメルーンの現在を映し出す作品だ。まず監督はニナたちを取り巻く貧困を息苦しくなるほどの圧力で描き出していく。彼女たちの着る服や住まいは無残なまでにボロボロで、侘しさばかりが胸に募る。メンフィの雇い主は色々と理由をつけ給料を払わない故に、家には食料も塩もない状況であり、その鬱憤は苛烈な暴力として弱い立場にあるニナや子供たちを襲うのだ。貧困はまず人間の肉体を傷つけ、そして心をも傷つけていく。畳み掛ける貧困の連打は観る者の頬を凄まじい勢いで殴りつけていく。

死ぬ前に父に一目でも会いたいというニナの願いを踏みにじるように、メンフィは彼女を家に縛りつけ監禁するまでになる。それでも弟の助けで脱出に成功した彼女は実家に戻り、父を無事看取ることができる。しかし家に戻ればメンフィの暴力が待っている、帰ることは絶対に出来ないとニナはしばらく実家で居候の身となる。束の間平穏な時を過ごしながらも、メンフィの魔の手は容赦なく彼女の元へと迫ってくる。

正直に言えば今作のスタイルはかなり拙い部分も多い。冒頭から顕著なのだが編集のテンポが頗る早く、キチンと統制が取れていない瞬間が幾つも存在する。語りが先を急ぎすぎているという感触ばかりが先立つのだ。そして撮影にも微妙な点が多々あり、カットが変わるごとに自然光か照明の影響か、映像のルックすら変わってしまい、別の時間に撮影しているのが丸分かりなことになっている。編集にも撮影にもガタガタの印象を受けるのだ。しかし今作はこの荒々しさがむしろ作品に異様な力を与えている意味で、稀有な存在感を放っている。

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作品の筋立ても技術と同じくかなりガタガタなのだが、目の離せない引力が存在している。ニナの元には当然と言うべきか怒りを抱えたメンフィが仲間と共にやってくるのだが、その来訪にブチ切れたニナの兄が偶然手に持っていたチェーンソーを公衆の面前で振り回し始めるのだ。社会派的な道筋を行っていたのに、そこへ唐突に挿入される悪魔のいけにえさながらのチェーンソー大立ち回りは観る者を呆然とさせる筈だ。今作にはそういった首を傾げたくなる描写が交通事故さながら観客に突っ込んでくる瞬間がある。そしてそんな状況で今作は何度も姿を変貌させていくのだ。

ニナとメンフィの間では膠着状態が続くのだが、それはニナの妊娠が発覚したことで事態は一気に動く。それを自分への裏切り行為と見なしたメンフィは、ニナに対して婚資の返却を求める。カメルーンを含むアフリカの一部地域では結婚の際、女性側の家族が娘を差し出す代わり、それに応じて男性側の家族がまとまった金を払うという伝統が出来ており、メンフィはその金を返せと主張するのだ。しかし葬式の費用も相まって、ニナたち家族に金は残されていない。怒り心頭のメンフィはニナを拉致し、家へと連れ戻そうとする。

そうして始まるのが何とも突っ込み所の多い逃走劇だ。一瞬の隙をついてニナはメンフィたちから逃げ出すのだが、過激とまでは行かないものの胃が締め付けられる迫力に満ちた暴力、環境破壊すらも厭わないメンフィたちの残虐性、かと思うとお前ら馬鹿だろとしか言い様のない彼らの間抜けさ、それでいて内臓を万力で押し潰すような苦痛。その巧拙は置いておいて、とにかく観客の感情を揺さぶる展開の数々がジャンルの枠を越えて雪崩れ込んでくるのだ。これを観て想起したのは「殺人の告白」「哭聲」といった、ジャンル特盛全部乗せな韓国映画群だった。上記2作までとは行かないが、少なくともこの作品にも何とも形容し難いジャンル越境力が宿っているのは確かだ。

この文章において私は“Ninah’s Dowry”の欠点を幾つも指摘したが、それを補って余りある異様な力が今作には宿っていると断言してもいい。確かに撮影技術には稚拙な部分があり、展開も行き当たりばったりな部分が目立つ。しかしそのガタガタな作品に頗る太い支柱が1本存在する、それがカメルーンに広がる現実への怒りだ。監督はこの国で女性たちや子供たちが置かれる酷い状況に、この国に広がる差別貧困に対し深い憤りを抱いている。誰も語る者が居ないならば、自分が語らなくてはならないという漲る意志が本作にはあるのだ。この意思によって“Ninah’s Dowry”は腐敗したカメルーンに流される涙となり、放たれる一発の強烈な拳ともなる。

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参考文献
https://iffr.com/en/persons/victor-viyuoh(監督プロフィール)
http://www.blogtalkradio.com/indiestreak/2012/12/02/interview-victor-viyuoh-director-ninahs-dowry(監督インタビュー)

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