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鉄腸野郎Z-SQUAD!(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-01-27

Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて

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舞台の中心に立つ一人の若者、彼の周りで動き回るのは黄金の毛並みを閃かせるライオンと、勇壮な縞模様を誇るトラだ。そんな恐ろしい猛獣たちに、しかし若者はたじろくことがない。彼は鞭を振るい猛獣たちを操って、観客に驚くべき光景の数々を見せてくれる……私たちは映画やテレビ、時には実際にこの目で猛獣使いの勇姿を目撃したことが一度はあるのではないだろうか。だがこういった文化は、例えば時代遅れだとか動物愛護観点から問題があるだとかそういった理由によって、消えていこうとしている現状がある。今回紹介するのはそんな文化を描き出す作品"Mister Universo"とその監督Tizza Coviだ。

Tizza Covi1971年5月6日、イタリアボルツァーノに生まれた。子供時代をパリやベルリンで過ごした後オーストリアに移住、ウィーンの大学で写真について学ぶ。ここで彼女は公私に渡るパートナーRainer Frimmelと出会い、共同で作品を手掛けたり自身の製作会社Vento Filmを設立・経営するようになる。

そしてCoviは写真家として活動する傍ら、2001年にはFrimmelと共に初の長編ドキュメンタリー"Das ist alles"を監督、トルストイの生地として有名なロシア西部の街ヤースナヤポリャーナに生きる人々を描き出した作品だそう。2005年にイタリア全土を巡るサーカス団で生きる女性を描いた作品"Babooska"を製作した後、2009年には彼女らにとって初のフィクションとなる作品"La pivellina"を監督する。ローマサーカスの曲芸師として生活する女性がある日公園に捨てられた少女を見つけるが……という作品で、カンヌボンベイ、ヒホン、リスボンなど世界各地の映画祭で賞を獲得、2009年のオスカー外国語映画賞オーストリア代表に選出されるなどCoviとFrimmelの名は一躍有名となる。

この後も彼女らはコンスタントに作品を製作、2012年には舞台俳優である老人の心の彷徨いを描き出した劇長編"Der Glanz des Tages"を、2014年には第二次世界大戦後の世界を映した写真家エリック・レッシングの生涯と功績を描くドキュメンタリー"Der Fotograf vor der Kamera"を手掛け話題となる。そしてCoviらは2016年に待望の新作である"Mister Universo"を監督することとなる。

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今作の主人公は20歳の青年タイロ(Tairo Caroli)、彼はローマ郊外のサーカスで猛獣使いとして活躍する日々を送っている。だが彼自身この現状には全く満足していない。愛する虎の一匹が老衰で亡くなったのをきっかけに、残った若い猛獣たちが自分の言うことを聞いてくれなくなり、それと同時にサーカス団の景気が悪くなってきているのを肌に感じ始めている。もうこの仕事も潮時かな、恋人の曲芸師ウェンディ(Wendy Weber)はそう言い、タイロも色々と自分の将来について考え始める。

そんなタイロのサーカスでの生活ぶりが“Mister Universo”の前半部では描かれていく。愛する猛獣たちに餌をやったり、ウェンディの愛犬と戯れたりと生き生きした表情を見せる一方で、サーカス団それ自体の空気感は余り良くない。景気の悪さからか団長もメンバーもピリピリし、いちいちタイロに突っかかり、逆にタイロも彼らに突っかかっていく。そしてここには様々な国の人々が集まっているが、彼らが手を取り合うというのは余りない。お前らルーマニア人は俺らの国へマフィアになりに来たんだろこの野郎!なんて罵倒が飛び交い、何だか微妙に厭な感じだ。

そんな中ダメ押しの一手とばかりに、タイロは大事にしていた鉄の腕輪を失くしてしまい、調子が二番底まで落ちてしまう。その鉄の腕輪は伝説的な怪力を持った男“ミスター・ウニヴェルソ”によって幸運を授けられた御守りだった故、それが消えて幸運すら消え去ってしまったという訳である。このままじゃ何やってもダメだ、そう思ったタイロはもう一度“ミスター・ウニヴェルソ”に鉄の腕輪を作ってもらうため、彼を探す旅に出ることを決意する。

ここから映画はほのぼの系ロードムービーへと姿を変える。タイロは車で彼の居場所を知る人を探すため、家族や親族の元へと足を運ぶ。母親の元では何とフェリーニ作品やダリオ・アルジェント「フェノメナ」に出演したこともあるという老齢のチンパンジーと出会ったり、車がエンストを起こした時に助けてもらった叔父とは彼が歌手だった頃の有名曲を歌ったりと微笑ましい交流の数々がとりとめもなく綴られていき、彼らの人の良さやおおらかさに観ているこっちも笑顔を抑えられなくなってくる。

そんな微笑ましさを更に強めるのが、イタリアに広がる風景だ。撮影監督も兼任するFrammelはタイロの乗る車の窓から印象的な風景を幾つも切り取っていく。緑の息づく山が聳え立つ方向へと走り続ける車と彼らが追い抜かす少年の小さな背中、助手席の車窓から見えてくるサーカスの大きなテント、中でも印象的なのはとある坂道の存在だ。登り坂な筈だのに、何故だか車や溢した水がどんどん上に登っていくという不思議な状態となっていて、タイロは現地の住民や物知りっぽいオッサンに話を聞いてみたりするのだが、この謎が解き明かされることはない。

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監督の略歴を読んでピンと来た方もいるかもしれないが、監督たちはイタリアサーカス文化に大いに関心を寄せており、これを題材として劇長編/ドキュメンタリーを問わず映画を制作し続けているが、今作もその系譜に位置する作品で、タイロやウェンディらは実在の人物である。それ故に撮影の空気感も相まってドキュメンタリー的な感触を濃厚に宿している訳だが、その一方で上述の坂道チンパンジーのような、どこか現実離れした不思議な雰囲気が立ち現れてくることも多い。それって本当のこと?嘘じゃないの?そんな疑問がフワフワと頭に浮かんできたりする訳である。

そして監督たちはどこか現実離れした空気をイタリアスピリチュアル的な側面へと接続していく。タイロを心配するウェンディサーカス団の一員にタロットカードで彼の運勢を占ってもらうかと思うと、彼女は子供の頃に親しかったロマの女性から聞いた悪運祓いの方法を実践したりする。それと平行して、タイロはある時キリスト教徒巡礼に巻き込まれ、奇妙な時間を過ごすという描写がある。イタリアという国の基盤にはキリスト教が存在し文化を形なしているが、ロマの言い伝えなど共に生きる文化もまた存在している、つまりそれがあってこそのイタリアなのだと監督たちは語る。

更にこの物語の中心となる怪力男“ミスター・ウニヴェルソ”という存在自体がどこか迷信的でお伽噺めいている。ミスターは確かに存在しており、タイロの兄やウェンディの母は彼らにミスターがいかに凄い怪力を持っていたかを語る。10人の男と綱引きをしながらミスターはたった1本の腕だけで男たちを捩じ伏せてみせた、あんな凄い人は居ないよ……そう語る人々の目は輝き“そんなの信じられない!”という驚きと“でも彼は本当にいた!”という喜びに満ち溢れている。映画に登場する人々にとって彼の存在は幸運の象徴であり、夢そのものなのだ。

だが映画を観るうち私たちも感じるだろう。“Mister Universo”という物語の根底にあるのは、切なさというしか言い様のないものだということに。かつては栄華を誇ったサーカスも今は衰退の一途を辿り、タイロが愛した虎たちも老いからは逃れられない。一つの文化が正に終りへと向かっている。そんな状況において監督はある使命感を持っている。彼女たちはインタビューにおいてこんな言葉を残している。"私たちは映画を作るのは、将来今と同じではいられないだろう多くの物事を留めておくためです。ライオンや虎の調教師が存在しなくなるのはもう時間の問題でしょう、そもそも彼らは存在しない方がいいんです(中略)それでも彼らの存在は人間性と大いに関係があります。ですからそういった存在を何らかの決めつけなしに留めることこそ重要なんです"

サーカス団も猛獣使いもロマの言い伝えも、そして“ミスター・ウニヴェルソ”も時が流れる限り、いつか消え去ることからは逃れられないだろう、それは分かってる。だが例え跡形もなく消え去ったとしても、彼らが宿していた心までは消えない、いつまでも世界で生き続けてくれる、そう信じていたい。“Mister Universo”からはそんな切実な祈りが聞こえてくる。

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