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2017-03-14

Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと

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今とても幸せだ、今自分の人生はとても充実している、そう言葉で呟いてみた時、それとは真逆の思いが首をもたげてくる時がないだろうか。今幸せじゃない、自分の人生はこんな筈ではなかった、もしあの時別の選択肢を選んでいたら自分はもっと幸せな人生を歩んでいたかもしれない……幸福と不幸は忌々しいほどに表裏一体でどんな時にもあったかもしれないいつかへの郷愁を誘ってくる。今回紹介するのはそんなままならない思いを赤裸々に描き出したロマンス映画“O lună în Thailandă”とその監督である、ルーマニア映画界の新人作家Paul Negoescuについて紹介していこう。

Paul Negoescu パウル・ネゴエスク1984年9月5日、ブカレストに生まれた。国立演劇映画大学(UNATC)で映画製作について学び、ルーマニアの国民的映画監督Lucian Pintilie ルチアン・ピンティリエなどの元で経験を積む。映画監督としては"Examen"(2006)や"Acasă"(2007)、"Târziu"(2008)など短編を精力的に手掛けるが、彼の名が一躍有名になったのが2012年の"Orizont"だった。黒海で失踪した漁師の謎を描いた短編でカンヌ国際映画祭批評家週間やミラノ映画祭で上映されヨーロッパで広く話題となる。そして同年彼は初の長編監督作"O lună în Thailanda"を完成させる。

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この物語の主人公は青年ラドゥ("Aurora"Andrei Mateiu)、彼は恋人のアディナ(Ioana Anastasia Anton)と共に幸せな生活を送っている。大晦日であるこの日も何も変わらない筈だった。朝から盛んにセックスをして、怠惰な朝を過ごした後には飼い犬のマッチと散歩に行き、そしてアディナの実家で食事をした後には友人であるアレックス(フィクサー」トゥードル・イストドル)と合流してニューイヤー・パーティーに赴く。物語の前半はこういった些細な日常の風景を、ゆったりとしたテンポで描き出す。その端々にはかけがえない幸福感が宿りながら、しかし名状しがたい何かが首をもたげるのにも私たちは気づくだろう。

大晦日の最中、アレックスと買い物に出掛けたラドゥは、人混みの中に見知った顔を見つける。彼はその姿を追うのだが、あえなく見失ってしまう。そしてパーティーに赴きながらも、ラドゥの心からはあの顔が離れることはない。今まで忘れることのなかった、今まで忘れることの出来なかった顔、ナディア(Sînziana Nicola)という名のかつて愛した人。新年が近づくにつれ思いは加速度的に膨らんでいき、遂には衝動的にアディナに別れを告げて、彼はナディアを探しに夜のブカレストへと飛び込んでいく。

そんなラドゥの姿をNegoescuと撮影監督アンドレイ・ブティカ Andrei Buticăはフラフラと揺れ動くカメラワークで以て追っていく。新年の到来に浮かれ騒ぐ人々を尻目に、彼は無表情を顔に張りつけながら、ナディアの姿を見つけだそうとクラブや街中を歩き続ける。自分が恋人と別れたと聞いて口説いてくる女友達を相手にもせず、そんなん見間違えだろと笑うアレックスの話も聞かず、彼はストイックなまでに夜へと歩を進める。カメラに映るその背中にふざけた態度など微塵も見られない、そこにはだんだんと妄執にも似た鈍い哀愁すら浮かび始めることになる。

そして彼を取り囲むブカレストという都市がその哀愁を更に際立たせる。大盛況のクラブは喧騒と極彩色とに包まれ、新しき1年の始まりに湧きたつ。外でははしゃぎ回る若者たち爆竹を炸裂させるという新年恒例の景色が広がっている。その一方で道路を駆け抜けるタクシーは手を上げる人々を無視して、苦々しい面持ちで凍てついた空気を裂いていき、建物の壁をビッシリと覆うグラフィティの数々は影の中で寂しく錆びていく。今作に現れるブカレストは新年を迎えたことの喜びと寒々しい孤独が美しく交わりあう世界なのだ。

この“”において特徴的なのは長回しの多用だ。次回作“Doua lozuri”でもこの手法は受け継がれるが、本作ではたゆたいと震えを伴う長回しが多く使われている。先述したラドゥの背中を追い続けるトラッキング・ショットは勿論のこと、登場人物たちがただ立っていたり会話をしていたりする場面にも不思議な揺れが伴うのだ。例えば会話する人々の顔を映す時、カメラはフラフラと人々の間を揺れ動く。まるで微睡みのせいで不安定になった筆跡のようだが、この揺れは場の空気を巧みに捉えながら、更にラドゥの揺れ動く感情をも表している。表面的に感情を露にすることは殆どないが、彼の心で激動が起こっていることは明らかだろう。それをこの揺れと、長回しゆえに省略されることのない行動や表情の移り変わりが何より雄弁に語っていくのだ。

そんな中で物語にはある思いが滲み始める。恋人にも友人にも恵まれて確かに幸せな生活を送っていた、それでも……それでも考えてしまうことがある、もしかしたなら自分にはもっと幸せな人生があったのではないか、そんな考えが頭から離れることがないとそんな思いが。この思いは悲痛であり絶望的な響きを持っている。何故ならこれに終りなどある訳がないからだ、どこかで満足しなければキリがない、見上げる宙に終りなどないのと同じように。ラドゥも周囲の人々と同じように妥協を続けながら、しかし元恋人であるナディアの影が彼を突き動かしていく。彼女と別れなければ、自分の人生はもっと、もっと幸せな筈だったんだ。彼女に会いたい、彼女に会いたい……

そして監督はラドゥをある地点へと導く。今作の終盤はその場所で理想と現実が静かに、しかし激しくぶつかり合う濃密さを伴っている。おそらく今作に最も近い存在はサラ・ポーリーテイク・ディス・ワルツだろう。人生への妥協と新たなる愛への高揚の間で揺れ動く女性の姿を描いたこの作品は“O lună în Thailandă”の宿す精神と正に重なりものだ。それは今作が21世紀以後に作られたロマンス映画の中でも随一に心破れるような作品であることをも意味しているだろう。“O lună în Thailandă”は切なくも絶望的であり、身勝手で不穏なる移り気な愛と過ぎ去る時についての物語だ。生きるということは他人を深く傷つけることであり、他でもない自分自身をも深く傷つけることであり、それはこの世界に生き続ける限りおそらく永遠に終わらないのだ。

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