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鉄腸野郎Z-SQUAD!(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-03-29

Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?

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最近の韓国映画を観ていて思うのは、面白い映画は2つのタイプに分けられるということだ。まずは“悪夢”的映画、血腥い暴力と“恨”の感情に裏打ちされた、映画ファン一般における韓国映画といえばというイメージの映画群を指している。3月に韓国映画がラッシュで公開されたが3作全てそんな感じ(「お嬢さん」は悪夢映画でありながら、その悪夢を乗り越える映画でもある)で、特に「哭聲」なんかはこの悪夢的な映画の1つの極点と言える作品だと言えるだろう、アレはヤバいよ本当。

そしてもう1つが“白昼夢”的な映画だ。現実と非現実が地続きで繋がっている、あの地に足がつきそうでつかないフワフワ感、そしてその奥に存在している愛や人生そのものへの言葉にはし難い感情の数々、それらを内包した何かとても不思議な感覚を覚える作品群を指していて、代表的な存在は勿論ホン・サンスの諸作である。さて、今回紹介したいのはこの後者に属するだろう、韓国インディー映画期待の新人作家Jang Woo-jing 장우진の第2長編“Autumn, Autumn”(原題:춘천, 춘천)だ。

1985年生まれのJang Woo-jing 장우진は弘益大学校と檀国大学校で映画製作について学んでいた。大学時代から精力的に作品を制作していたが、彼の名を一躍有名にしたのが2014年に手掛けたデビュー長編"A fresh start"だった。兵役から帰ってきたばかりのジヒョン(同名かつ同俳優のキャラが次回作でも登場)は高校時代の友人であったヘリンと関係を持つのだが、彼女が妊娠したことを知り……という一作で、全州国際映画祭で最優秀作品賞を獲得するなど大きく話題となる。そして2016年に彼は待望の第2長編"Autumn, Autumn"を完成させる。

ある夜、青年ジヒョン(Woo Ji-hyeon)は最終列車で故郷の春川へと帰ってきた。ソウルで職を得るために仕事の面接を受けたが、今回も就職の希望はなく疲労感だけが残る。そしてエレベーターに乗っている途中、ジヒョンはある男から話しかけられる。昔からの友人だとは思い出すのだが、彼の名前は思い出せない。ソウルへと仕事に行くらしい男の背中を、何か空しい思いのままジヒョンは眺める。

まず映画は春川を彷徨するジヒョンの姿を追っていく。旧友のミンジョンと再会した彼は酒を呑み交わしながら、積る話に華を咲かせる。その中でジヒョンはさっき会った男の名前がチョンサンであることを知り、彼の母親が亡くなったことすら知らなかった自分に愕然とする。そして泊まる場所もない彼は、これまた友人であるワンの母親の元へ厄介になる一方、彼女のキムチ作りを手伝ったり、食堂の手伝いをしたり、清平寺へとお参りに行ったり……

今作で重要なのは監督の空間への意識だ。夜、ジヒョンは面接を取り計らってくれた友人に電話するのだが、体面からか上手く行ったよと嘘をついてしまう。しかしそんな彼は立つのは薄暗く錆びついた廃墟のような場所であり、そこは不健康な胃液の黄色にも似た寂しく不気味な明かりで満ちている。そして夜が明けた後、彼は変わりゆく春川の姿を否応なく目撃する。重機によって開発されていく大地、薄い青紫の冷たさに覆われた山と船乗り場の風景、昔自分が見たものとはどこか違う風景の数々を目撃することになる。長回しによってそんな風景とジヒョンの抱くそこはかとない悲しみが、凍てついた空気と共に繊細に捉えられていくのだ。

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そんなジヒョンの物語の他に、映画ではもう1つの物語が綴られることにもなる。冒頭においてジヒョンの隣に座っていたヒョジュンとソラン(Yang Heung-joo&Lee Se-rang)の中年カップルがその物語の主人公だ。春川には日帰り旅行で来訪したらしく、ヒョジュンは初めて来たというがソランは元々ここに住んでいたらしい。2人は夜の街を行き、明日に開催される春川マラソンのせいで宿を探すのに苦労しながらも、やっと辿り着いたホテルの部屋で明日はきっと楽しくなることを願いながら眠りにつく。

ジヒョンを描く上でもそうだったが、監督は2人の物語を綴るにも説明的な描写は一切排したミニマルな方法論を取っている。私たちはおそらく、2人がどういう関係なのか疑問に思いながらこの物語を見据えることになるだろう。冒頭で繰り広げる朴訥とした会話を聞くと結婚10何年目かでどこか微妙な状態の中年夫婦に思えるしもしかすると不倫関係かもしれない、相手の距離感をいまいち図りかねるぎこちなさは初めてのデートをする中年男女なのやも、こうして監督は節々に彼らの性格や今までを匂わすような描写を差し込むことで、観客に思考を促していく。

その中で私たちは、2つの物語の主人公が同じような場所を巡るのにも気づくこととなる。春川駅のエレベーター、薄い青紫の冷たさに覆われた山と船乗り場、あのお参りにはうってつけな清平寺。こうして異なる物語、つまりは異なる人生の中で同じ風景が反復されることで“Autumn, Autumn”白昼夢のような感触を得るのだ。いつかの凍えそうな秋の日、寒さが肌に沁みながらもいつしか暖かな微睡みへと誘われていく、そんな感触がある。実際主人公たちはホン・サンス作品の主人公たちのように本当に眠ってしまうことはほぼないが、それでも現実と不思議なズレを見せる世界がここには広がっている。

だが今作の表面上の居心地よさの裏側には、人生の深い倦怠感が横たわっている。3人はいつどこに居ても呆けたような表情を浮かべ、自分がこの場所に立っていることを信じられないでいるようだ。それは彼らの人生への思いとも重なる。ジヒョンはソウルで働くという目標も成し遂げられず、無意味に人生を浪費しているのでは?という思いから逃れられない。もっとマトモな人生を生きてる筈だったのに、どうしてこんなことになってる? この問いは彷徨いの中で幾度なく反復されていく。そしてあの寂しい黄色に包まれた夜、彼はチョンサンに電話をかける。その会話の中で春川と同じように自分も変わりチョンサンも変わったことを、全てが過ぎ去っていくことを悟り、この冷ややかな哀感に秘めていた感情を爆発させる。

そしてヒョジュンとソランの元にも、そんな瞬間が訪れる。監督は数分にも渡る長回しによって、彼らは打ち解けたような雰囲気で料理を食べ酒を呑み交わす姿を撮す。話題は自分の家族についてやカマキリの生態などあちらこちらへと飛びながら、しかし彼らの表情や行動、何よりそこから溢れ出す豊かな感情の数々は一切途切れることなく、画面にも美しく滲み渡っていく。その最中、ビニールカーテンで仕切られた座敷へと太陽の光が降り注いでいく。かと思うと陽光は影に遮られ、冷え冷えとした薄暗さが2人の世界を満たす。数分間にも渡る長回しの中で、光と影は劇的なまでに浮かんでは消えてを繰り返していく。この揺らぎに“彼/彼女と自分はどうなっていくのだろう?”とそんな心が現れてくるのに観客は気づく。だが私たちはまたその奥に、彼らだけでなくジュンスの心にも広がるだろう移ろう思いが見えてくる筈だ。“もっと幸せになりたい” “でも幸せってどういうものだったっけ”……そして3つの孤独な魂は彷徨い続ける、どこかにあるのしれない/どこにも無いのかもしれない答えを探して。

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