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2017-04-17

パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?

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さて、パラグアイである。1954年、軍事クーデターによってアルフレド・ストロエスネルが最高権力者に君臨したその時から、ラテンアメリカ諸国でも随一に長く過酷独裁政権が幕を開ける。1989年にやはりクーデターで彼が政権を追われるまで30年もの間、国民は監視と粛清の恐怖に怯えながら過ごすことなり、多くの人々に傷を残すこととなった。さて今回はそんな独裁政権下の時代を描き出した、パラグアイ出身のドキュメンタリー作家パス・エンシナによる第2長編"Ejercicios de memoria"を紹介していこう。

Paz Encina パス・エンシナ1971年パラグアイアスンシオンに生まれた。ストロエスネル政権下で子供時代を過ごした後アルゼンチンに移住、ブエノスアイレス国立大学で映画について学ぶ。在学中から短編作品を精力的に手掛けるが、彼女の名を一躍高めた作品が2006年製作の初長編ハンモック」(原題Hamaca paraguaya)だった。1930年代パラグアイを舞台に、国の先住民族であるグアラニー族の姿を描き出した作品でカンヌある視点部門では国際批評家賞を、サンパウロ国際映画祭では特別賞を獲得するなど話題になる。そして"Rio Paraguay"シリーズや短編"Viento sur"を製作した後、彼女は2016年に第2長編であるドキュメンタリー"Ejercicios de memoria"を完成させる。

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庭先に転がっているのは腐った果実、蟻がたかり半分以上が喰い尽くされた中で、黒ずんだ種がまるで歯のように露になっている。家の中に広がっているのは何処か埃臭い空気、設えられた寝室にも料理が用意されたリビングにもそれは漂い、差し込む陽光の中で埃の粒が美しくも不気味に輝いている。そしてとある部屋の片隅で編み物をするのが寂しい背中をした孤独な女性、何かの絵を描こうとしながらもふとした瞬間に指を怪我してしまう。そんな風景の数々には懐かしさが滲みながら、しかしどこか不穏に浮かんでは消えていく。

1978年、ある1人のパラグアイ人男性が亡命先のアルゼンチン・パラナで行方不明となる。彼の名前はアグスティン・ゴイブル医師として働きながら反体制派として活動していた人物だった。その失踪から40年、独裁政権崩壊から30年が経った後、ロヘリオとロランド、そしてハスミンという3人の子供たちが故郷への帰還を果たした。そして彼らはあの頃について振り返り始める。

"Ejercicios de memoria"はそんな彼らの告白からパラグアイの負の歴史を語ろうとする作品だ。しかし今作はただ告白を真正面から撮す訳ではない。ロベリオらの言葉を聞きながら、私たちは別の風景を目撃することになるだろう。鬱蒼たる森の中、4人の少年少女が並び立って歩いていき、他愛もない遊びを繰り広げる。木に登っていったり、湖で水遊びをしたり……それは一見告白に関係ないもののように見える。しかし観客はこの光景はロベリオたちの子供時代を描いているのに、いつしか気づく筈だ。

ロヘリオは語る、あの時代には一体何が起こるかなんて予想も出来なかった、だから僕たちは自分を守るために武器を持っていなければならなかったんだ。そんな言葉に呼応するように子供たちはある物を作り始める。カメラが一人の少年の手元に近づいていく時、そこに映るのは彼が木の枝を削り鋭い刃物を作る姿だ。そしてその奥では太い木の幹を槍のように持ち、遠くへと勢いよく投げつける。それはある側面で子供の遊びに見えながら、ある側面では脅威に対抗する切実な術でもある。

こうして彼らの思い出は否応なしに暴力と繋がっているが、それは父であるアグスティンの思い出も例外ではない。優しく頼れるパパ、人々を助け導く勇敢なパパ、だからこそ彼は弱者を踏みにじる体制に反旗を翻し、水面下で行動を続ける。子供たちが森に打ち捨てられた廃墟へ、自分たちだけの秘密基地へと進んでいくその時、しかし40年後に生きる彼らは語る。父はある女性から武器を受け取っていた、大統領を暗殺するためだ、この場所でなら計画を完璧に成し遂げられると信じていた。

今作において印象的なのはMatías Mesaによる撮影だろう。まるで埃の一粒がフワフワと漂うように、カメラは暖かな日差しの満ちる森に流れる時間を映し取っていく。そんな陽光の移ろいには確かな懐かしさが存在している。ロベリオたちはまるで微睡みの中に夢を見るといった風に、あのかけがえのない日々を想う。それ故にこの映像と言葉は同じ時代を描いているなのに、著しく乖離している印象を受ける。だがそれは彼らの偽らざる思いなのだろう。光溢れるあの頃に戻りたいという郷愁、暴力に踏みにじられたあの頃に対する恐怖や悲しみ、監督はこの乖離によってこそ彼らの引き裂かれた心の実体を浮かび上がらせる。

パラグアイの忌まわしき歴史を語り継いでいかなくてはならない、だが私たちは一体“どう”語ればいいのだろうか?"Ejercicios de memoria"が独創的であり得るのは、この問いを様々な形で探求するからこそだろう。映像と言葉の詩的なまでの乖離など、監督はここで語りの実験を幾度も行うが、もう1つ印象的な場面が存在する。ある時映るのは色とりどりの写真だ、アグスティンが妻や子供たちと写る写真の数々。皆が満面の笑みを浮かべている物があれば、父がひっついてくるのを嫌がって不機嫌顔を見せる少女の写った物もある。だがその次には家の外観を捉えたような白黒写真が現れる、それは当局による隠し撮り写真であるのがすぐに分かる。対置される2種類の写真は、幸福と不穏さが表裏一体であった時代を鮮烈に語っていくのだ。それでももう30年前に独裁政権は崩壊し、パラグアイには新たなる時代がやってきたとそう言えるかもしれない。だがまだ終わっていない、監督やロベリオたちは言う、あの歴史は終わることなく今にまで続いている、この映画はそれを語り継ぐために作られたのだと。

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参考文献
https://vimeo.com/user7170507(監督公式vimeo)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&”Princess”/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&”Tore Tanzt”/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&”Songs My Brothers Taught Me”/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&”Leones”/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&”Bringing Rain”/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&”Neal Cassady”/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&”The Missing Person”/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&”Marfa şi Banii”/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&”Hîrtia va fi albastrã”/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
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その163 Betzabé García&”Los reyes del pueblo que no existe”/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&”地下香”/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
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その169 Kiro Russo&”Viejo Calavera”/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&”Las vacas con gafas”/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&”Mañana a esta hora”/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&”Pude ver un puma”/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&”El futuro perfecto”/新しい言葉を知る、新しい”私”と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&”Impolex”/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&”Ballkoni”/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
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その179 Alessandro Aronadio&”Orecchie”/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&”Die Einsiedler”/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&”La Soledad”/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&”Una hermana”/あなたがいない、私も消え去りたい
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