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鉄腸野郎Z-SQUAD!(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-05-21

Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性

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ヨルゴス・ランティモス監督作籠の中の乙女において、観客の度肝を抜くシーンは余りにも多すぎて枚挙に遑がないが、特に脳髄をブチ震わされた場面を1つ挙げるとするなら、私は終盤での奇妙過ぎるダンスを選びたい。ギターの音色に合わせて最初は割と普通のダンスをしていた姉妹は、音楽が進むにつれまるで己の身体の限界を試すような感じで、凄まじい動きを見せ始める。肉体がひしゃげ、肉体が歪み、肉体が捻じれ、肉体が爆ぜるあの場面、マジに衝撃的だったとしか言い様がない。ある側面ではあれこそがいわゆる"ギリシャの奇妙なる波"の始まりを告げたと言っていいのかもしれない。それ故にこの潮流は、何度もこのブログで話題に挙げているが奇妙な身体性によって規定されていると言っていい。今回紹介する作品は、そんな奇妙な作品群の中でも群を抜いて奇妙な1作"Boy eating the bird's food"だ。

Ektoras Lygizosは1976年ギリシャに生まれた。アテネ大学で演劇などについて学んだ後、彼は舞台演出家としてイプセンチェーホフベケットなどの舞台を上演し名声を博す。現在もどちらかと言えば演劇が主戦場であり、去年は題名の通りアイスキュロス「縛られたプロメテウスを元とした現代演劇"Prometheus Bound by Aeschylus"を上演するなどしている。映画監督としてはヴェネチア国際映画祭で話題を博した短編"Agna niata"(2004)などの作品を製作した後、2012年に長編デビュー作である"Boy Eating the Bird's Food"を完成させる。

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青年ヨルゴス(Yiannis Papadopoulos)は朝起きた時まずやるのはカナリアのエサを変えることだ。檻の中ではばたく鳥の姿を見ながら、彼はフン用の紙を取り換え、ケースに新しいエサを入れる。そして服を着替えると、ヨルゴスは外に出る。ある場所につくと彼は教師らしい男と歌のレッスンをするのだが、歌の途中で何の前触れもなく卒倒してしまう。

今作はそんな青年の謎めいた日常/非日常を描き出す作品だ。物を食べ、外を歩き、様々な場所で働き、帰ってくると眠りにつく。そんな一見普通の生活を送りながらも、彼はどこか周囲の人間とは違うとすぐに分かる筈だ。普段の何気ない動作、卒倒する姿、ある女性(Lila Baklesi)に対する妙な態度、一体彼は何者なのだろうか?

監督の演出は酷くストイックで、観客の誰もが抱くだろうそんな問いに対して簡単に答えを出そうとしない。撮影監督Dimitris Kasimatisの持つカメラはヨルゴスの身体へと異様な肉薄を続け、皮膚に広がる毛穴まで見えてくるような近さで物語を紡ぐ。そして手振れを一切隠さないゆえに、生々しい閉塞感が画面から匂いたってくるのだ。そこに説明的な側面は宿ることがない。

そういった演出もあってか、この作品は劇映画というよりもと動物の生態観察を主としたドキュメンタリーのようにも見えてくる。鳥にエサを与える時の腕の動き、ベランダから身体を乗り出す時の足の動き、何もしていない時の表情の揺れ、視線の忙しない移ろい、そういった物がある種の執拗さで以て描かれる様は有無を言わさぬ迫力に満ちている。そして私たちは正にヨルゴスが、人間というより動物存在へと還元されていく様をも目撃するのだ。

そしてここに見えてくるのはヨルゴスが自身の肉体に対して何らかの切実な違和感を抱いている姿だ。例えば彼はある時風呂場でマスターベーションを行うのだが、射精した後手についた精液を舐め取ることとなる。明らかに常軌を逸脱した行為であるが、同時に自分の身体がどんな物だか分かっていないが故の無邪気な行為のようにも見える。この白い液体は何なのか、白い液体を射出するこの体の部位は何なのか、そういった疑問が彼の行動には滲む。精液を舐めるという行為は、つまり無邪気でありながら切実な自己探求でもあるのだ。

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当然、彼は自分以外の"動物"たちに対しても好奇心や興味を隠すことがない。家では鳥を買い、彼を唯一の友人としてその行動を観察し続ける、それはカメラが彼を観察し続けるようにだ。更にある時はミサへと向かう老婦人の行動を目を皿のようにして眺め、彼女の真似をする。こういった光景が劇中には何度か現れる。そうして自己探求は"生物とは?"という探求とも重なりあうのだ。

ここで振り返りたいのが"ギリシャの奇妙なる波"に属する作品の数々だ。例えばティナ・ラシェル・ツァンガリの第2長編"Attenberg"(レビュー記事)は父の死を前にした女性が他者の身体を通じて私の身体を知り、他者の死を通じて私の生を知る姿が描かれた一作だ。本作では動物学者デヴィッド・アッテンボロードキュメンタリーが構想源の1つであり、演出も動物学的観察を指向している(実際に彼の作品が劇中にも登場する)が、表面的な演出は違うとはいえ、その底にある人間=動物を観察するという姿勢はこの""と共鳴しあっていると言える。

そしてそれを象徴する場面も存在している。"Attenberg"ではSuicide"Ghost Rider"に乗せて身体を奇妙に躍動させる主人公の姿が現れる。これは籠の中の乙女と並び今後の"ギリシャの奇妙なる波"を規定する身体性が発露を遂げた重要なシークエンスであるが、この作品においてもヨルゴスが音楽に合わせて最早ダンスとも言い難いまでのやけっぱちさで、身体を動かす場面があるのだ。この偶然の一致は、もちろん偶然などではない。例えば先述した籠の中の乙女においてもマニエリスムの舞踏が登場したりと、この歪んだ"身体性"は"ギリシャの奇妙なる波"の中核に存在している訳だ。

だがこの作品は動物学とドキュメンタリー的筆致を結い合わせることによって"Attenberg"が成し得なかった境地へと達している、というのもここにおいて奇妙さはコンテンポラリーダンスへと接続されるのだ。正しく言い換えるならば、日常の営為が異様なクロースアップによって断片化させられるその時、日常は現代舞踏さながらの多重的な意味と広がりを宿すのである。ヨルゴスがエスカレーターに乗る姿、ソファーに寝転がる姿、階段を駆け下りる姿、そんな私たちにもお馴染みの行動に今まで見えてこなかった不気味な深淵、奇妙な舞踏性が見えてくる。"Boy eating the bird's food"とは自己探求や生物という概念への洞察を、奇妙な舞踏性を以て独創的に描き出した全くもって謎めいた作品なのだ。その深淵に答えなど存在するだろうか?

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