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鉄腸野郎Z-SQUAD!(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-06-20

Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す

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この前、アリス・ロウの“Prevenge”について記事を書いた時、今ホラー映画界で妊婦ホラーが再び隆盛の時を迎えていると記した。それらは独自の趣向を凝らしており、例えば“Prevenge”は自身も妊娠中であった監督がその不満や体験をぶつけまくったホラーコメディで、同じく英国産の“The Ones Below”ローズマリーの赤ちゃん仕込みの正統派ポランスキー流スリラーであったりする。さて、今回紹介するAli Abbasi監督の長編デビュー作Shelly妊婦ホラーに社会批評的な要素が付け加えられた異色作と形容することが出来るだろう。

ルーマニアブカレスト出身の女性エレナ(「汚れなき祈り」コスミナ・ストラタン)は故郷を離れ、デンマークの山奥へとやってくる。人里離れたその場所に住むのはルイーズとカスパー(Ellen Dorrit Petersen&Peter Christoffersen)という夫婦だ。手術をしたばかりのルイーズのため家政婦を必要としていた2人はエレナを招き入れ、共同生活を行うこととなる。

序盤において物語はエレナとルイーズが関係性を築いていく姿を丹念に描き出していく。エレナは5歳の息子を持つシングルマザーであり、ルーマニアでは生活費を稼げない故にデンマーク出稼ぎに来たという事情がある。その一方でルイーズは不妊症を患い、それが彼女の人生に影を落としている。互いに傷を持った2人は哀しみを少しずつ理解しあい、関係を深めていく。だがある時から状況が変わっていく。共同生活を始め数日が経った後、ルイーズはエレナに1つの提案を行う。ルーマニアでアパートを買えるほどの莫大な報酬と引き換えに、代理母として自分たちの子供を産んで欲しいというのだ。少しの葛藤の後、エレナは提案を受け妊娠することとなるのだが、それが彼女の人生を一変させるとは誰も予想していなかった。

今作はここから感情の機微を掬いとるドラマ作品から、不気味なゴシックホラーへと転調を果たす。時が経ちお腹が膨らんでいくにつれて、普通とは違う異変がエレナを襲い始める。皮膚を覆いつくす異様な痒み、ドス黒い絶望に満たされた悪夢の数々、その劇的な変化はエレナの精神を危機的状況へと追い詰めていく。そして彼女は“赤ちゃんが私を殺そうとする!”と叫びながら、膨らんだ腹を殴り続ける……

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彼女の狂気はエレナとルイーズの関係性を変えていくが、Abbasiと撮影監督Nadim CarlsenSturla Brandth Grøvlenがその様を観察していく。彼らは一定の距離を保ちながら、幽霊のように息を潜ませ、目の前で起こる非日常的な崩壊を映し出すのだ。その透徹した眼差しは、同時に彼女たちを取り囲む環境へも向けられる。静かな湖畔と冬の森林地帯、荒涼たる寒さが全てを覆い尽くされるそれらには森厳な雰囲気が宿る。そしてその奥に彼女たちを狂気へと押しやる悪意が存在しているのではないか?と、そんな不穏な予感が観る者の心に兆し始めるのだ。

この超常的な不穏さは間違いなく今作の核となる要素だが、Abbasiの観察的なアプローチはやはり重要でありながらそれとは真逆の要素、つまりは社会批評的側面をも浮かび上がらせていく。先述した通りエレナはルーマニア出身だ。ルーマニアEUにおいては最貧国として数えられる国であり、EU加盟以後は特に若い人材の国外流入が激しさを増している(逆に親世代の、若い子供世代を国外に移住させたいという思いを描いたのがクリスティアン・ムンジウ監督作「エリザのために」とも言える)その理由は当然本国では良い仕事にありつけないからだ。エレナ自身大学に通って会計学について学んでいたと語る場面があるが、その経験が意味を成していないのは今作の状況からして明らかだ。

そんなエレナを雇い入れるのがルイーズたちだが、彼女たちは明確に富裕層に属している。恵まれた生活を営む状況にありながら、個人の嗜好から敢えて電気のないヒッピー的な自然回帰の生活を行っている。そう出来る余裕があるという意味では物質的にも精神的にも更なる自由があることを意味してもいるだろう。そこに1つだけ欠けていたのが子供の存在な訳だ。最初はエレナと理想的な関係を築きながら、明らかに狂気に堕ちていく彼女に対して、ルイーズは適切な処理を施さず、赤ちゃんが生まれるのだけを待ちわび続ける。その醜悪な光景は、特権層が貧困に喘ぐ人々を搾取する光景と重なりあう。そして犠牲者の苦しみはホラーとして増幅し、この悍ましさを鮮烈に語るのだ。

Shellyはグロテスクなゴシックホラーと社会批評的な要素の融合を成し遂げた印象的な一作だ。そうしてこの世に産まれ落ちた赤子は泣きわめくことを止めはしない。何故なら彼女はヨーロッパという共同体の咎を背負っているのだから。

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その154 Chloé Zhao&”Songs My Brothers Taught Me”/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&”Leones”/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&”Bringing Rain”/米インディー映画界、孤高の禅僧
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その171 Lina Rodríguez&”Mañana a esta hora”/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&”Pude ver un puma”/世界の終りに世界の果てへと
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その176 Lendita Zeqiraj&”Ballkoni”/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
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その232 Asaph Polonsky&”One Week and a Day”/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
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