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鉄腸野郎Z-SQUAD!(旧館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-06-26

Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街

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さて、ゼロ年代からテン年代にかけてルーマニアは驚くべき作品の数々を以て世界を席巻してきた。そして今その影響は隣国であるブルガリアにも及んでいると言っていいだろう。例えばクリスティナ・グロゼバ&ペタル・バルチャノフ監督作「ザ・レッスン〜女教師の代償」「ツァンコの腕時計」更にロカルノ映画祭で作品賞を獲得したRalitza Petrova監督作“Godless”などなど、優れた社会批評的映画が現れ、ブルガリア映画界は空前の活気を見せている。今回紹介するTodor Matsanov&Grigor Lefterov監督作“Hristo”もまたその系譜に位置する鮮烈な作品と言ってもいいだろう。

今作の主人公は18歳の青年フリスト(Dimitar Nikolov)だ。彼は両親にも社会にも何もかもに見放されて、ブルガリア首都であるソフィアを彷徨い歩く惨めな生活を送っていた。そんな彼が追い求めるのは“普通”の人生を掴むことだけだ。それでも社会はそんなささやかな願いを持つことすらも、フリストに許すことがない。

彼の生活は頗る荒涼としたものだ。工場や建設現場日雇いの仕事を続けながら何とか糊口をしのぎ、埃臭い部屋に帰った後には食事をしてから眠り、それで1日が終わる。彼は安定した仕事に就きたいと考えているのだが、少し働くとクビにされてしまい、また日雇い労働者としての身に戻ってしまう。フリストの人生はその繰り返しでしかなかった。

“Hristo”の核となるのはダルデンヌ兄弟を彷彿とさせる、社会の周縁に生きる者たちに対する透徹した眼差しだ。撮影監督Nenad Boroevichは手振れカメラを効果的に用いながら、フリストの背中を追い続ける。荷物を下ろす、道を歩く、階段を駆けのぼる、駐車場を走り抜ける、そういった彼の一挙手一投足が丹念に撮し取られる故に、彼の抱く息苦しさが観る者の肌を痛烈に突き刺していく。そして世界に満ちる鬱屈がこの肺腑に溜まっていく感覚をも味わうことになるだろう。

そしてBoroevichはフリストだけでなく、彼が生きるソフィアの風景をもレンズに焼きつけていく。朝は薄紫色に、夜は錆色に染まるこの街には正と負が混ざりあうような猥雑な活気が漲っている。自由な躍動を見せる色とりどりのグラフィティが所構わず描かれる一方で、少しでも郊外に出ると打ち捨てられた戦場さながら荒れ果てた光景が広がる。道の片隅でホームレスたちが酒を片手に騒ぎまくる一方で、闇の満ちるトンネルは不穏な瘴気で塗り潰されている。鮮やかな活気と薄汚れた活気、この2つが混ざりあう場所こそがソフィアなのである。

物語が進むにつれと監督たちの観察的な眼差しは、フリストの心へと向いていく。それでも靄に包まれた彼の心を見通すのは容易いことではない。ある時、彼は工事現場でとてつもない騒ぎを起こす。俺に火をつけろ!と喚きたてた後、自分の身体に本当に火をつけてしまうのだ。燃え上がる身体を工員たちに見せびらかすように動くフリストだが、何故そんなことをしでかしたかという問いへ、監督のミニマルな語りは答えを与えない。ただ見据え続けるだけだ。しかし私たちは情報を削ぎ落とされた純粋な行為の先に、彼の心の深淵の一端を目撃するはずだ。そう考えさせる力が本作には宿っている。

そんな中でもフリストは加速度的に社会の底辺へと堕ちていくこととなる。自暴自棄的な態度の果てにとうとう部屋を追い出された彼は、ホームレスにならざるを得なくなる。側溝に落ちていた小銭を集め、段ボールを拾ってお金を稼ぐ姿は頗る衝撃的なものだ。彼は薄汚れ脂にまみれ悲惨な状況に追いやらていくが、監督たちはそれでも視線を逸らすことはない。これがソフィアに広がる現実の一側面なのだと、私たちに強く訴えかける。そして彼はいつしか越えてはならない一線を越えることともなる……

だがダルデンヌ兄弟フォロワーにありがちな、リアリズム一辺倒なだけの映画とは一線を画する光景もまたこの作品には存在している。ホームレスになった時、フリストは近くの川辺へと赴いて顔を洗う。しかし寂しさと惨めさに心を切り裂かれた彼はとうとう涙を抑えられなくなり、涙に耽ることとなる。その時カメラに映る彼の姿は酷く小さい。代わりに私たちは遠くに聳えるビルや、川辺を取り囲む緑、淀みながらも流れる川の水面を見るだろう。ここには孤独の詩情がある。言葉よりも何よりも豊かに彼の心を語る叙情的な瞬間が、この作品には幾度となく存在している。監督たちは生々しさだけが私たちを惹きつけるのではないことを確かに知っているのだ。

フリスト役を演じるDimitar Nikolov、彼は今作が初主演/出演映画ながら作品の魂を苛烈なまでの純粋さで体現していると言っていいだろう。淀みきった切ない眼差しを常に保ちながら、か細い身体に擦りきれた絶望だけを纏いながら、それでも彼は希望を追い求め続けては残酷なまでの挫折を遂げる。そして灯火も言葉をも消え去りながら、その果てにフリストはある選択を叩きつけられる。Nikolovが全身の躍動を以て彼の苦悩を体現する姿には、このブルガリアに満ちるありとあらゆる苦しみすらも浮かび上がっていく。

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私の好きな監督・俳優シリーズ
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その152 Tali Shalom Ezer&”Princess”/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&”Tore Tanzt”/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&”Songs My Brothers Taught Me”/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&”Leones”/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&”Bringing Rain”/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&”Neal Cassady”/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&”The Missing Person”/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&”Marfa şi Banii”/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&”Hîrtia va fi albastrã”/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
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その164 ポン・フェイ&”地下香”/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
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その168 Maya Kosa&”Rio Corgo”/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&”Viejo Calavera”/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&”Las vacas con gafas”/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&”Mañana a esta hora”/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&”Pude ver un puma”/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&”El futuro perfecto”/新しい言葉を知る、新しい”私”と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&”Impolex”/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&”Ballkoni”/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&”Mar”/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&”Graceland”/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
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その181 Jorge Thielen Armand&”La Soledad”/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&”Una hermana”/あなたがいない、私も消え去りたい
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