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2018-08-18

Russell Harbaugh&"Love after Love"/止められない時の中、愛を探し続けて

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死は誰の元にも平等にやってくる。あなたの元にも、そして信じたくはないだろうが、あなたの大切な人の元にも。あなた自身の後にあなたの人生は続くことはないが、しかしあなたの大切な人の死の後にはあなたの人生は否応なく続いていく。その時、あなたはその事実にどう対峙するだろうか。泣きわめく、ただただ眠り続ける、死んでないかのように陽気に振る舞う、自分自身の人生をも終わらせる……あなたはどれを選び、どれを選ばないだろうか。さて、今回紹介するのはそんな大切な人の死の後にも続く人生を描き出していく、Russell Harbaugh監督によるデビュー長編“Love after Love”を紹介していこう。

Russell Harbaughインディアナ州エヴァンズヴィル生まれ、ニューヨークを拠点とする映画作家だ。コロンビア大学で映画について学び、現在はホフストラ大学で脚本執筆の教鞭を取ってもいる。実際に脚本家として"The Mend"という映画を手掛けているが、これについてはブログで紹介記事を既に書いているので読んでね。映画監督としては2011年に短編"Rolling on the Floor Laughing"を製作、母の誕生日に実家へと帰ってきた兄弟が謎の男と共に母への愛を競い合うというドラマ作品で、ミラノ映画祭やサンダンス映画で上映されると同時に、MOMA主催のNeww Directors/New Filmsに今作が選出されるなど広く話題になる。そしてサンダンスのディレクターズ・ラボに参加した後、2017年には初の長編作品である"Love after Love"を完成させる。

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この物語の中心となるある平凡な1つの家族、父グレン(「ボルケーノ」ギャレス・ウィリアムズ)に母スザンヌ(「グレイストーク -類人猿の王者- ターザンの伝説」アンディ・マクダウェル)、兄ニコラス(「ある神父の希望と絶望の7日間」クリス・オダウド)に弟クリス(James Adomian)の4人家族だ。ある日彼らは友人たちを招待してパーティーを開催する。皆が楽しそうに冗談を語り、美味しい料理に舌鼓を打つ中、グレンの様子が少しおかしい。声が掠れ、心なしか動きもぎこちない。そう彼は重篤な病に冒され、もう長くはないという状況にあったのだ。

次の瞬間、カメラには呻き声を上げるグレンの姿が映る。もはや介護されなければ身体すら動かせない状態にまで悪化してしまったのだ。スザンヌがベッドで横たわるグレンを献身的に介護し、ニコラスはその様子を心配げに眺める。しかし彼女たちの努力も空しく、グレンは家族を置いてこの世から去ってしまう。

この“Love after Love”はここからこそ始まると言っていいだろう。今作は夫であり父であった最愛の人の死の後に広がる家族の風景を描き出す作品なのだから。彼を見送ったのち、スザンヌは喪失の悲しみに暮れながら、日々を陰鬱に過ごしていく。動揺を隠せないニコラスは恋人であるレベッカ(“The Knick” ジュリア・ライランス)との関係に安らぎを見出だせず、2人の間には深い溝が横たわり始める。そしてクリスは悲しみの余り、思いも寄らぬ行動に打って出ることになる。

この物語のトーンは驚くほど淡々としたものだ。監督のHarbaughと編集のMatthew C. Hart&John Magary(後者は映画監督としても活躍、デビュー長編"The Mend"についてはレビュー執筆済み)は1つの出来事に拘泥することなく、線ではなく点として日常を次々と並べていく。繋がりが意図的に希薄化された物語には、時の過ぎ去る感覚、いうなれば諸行無常の感覚が濃厚だ。日々はあれよあれよと進んでいく。母は孤独から逃れるため新しい愛に身を重ね、ニコラスはレベッカと別れてエミリー(「チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密」ドリー・ヘミングウェイ)という名の若い女性と婚約することとなる。その出来事1つ1つはいともあっさりと過ぎ去っていき、人生は変化していく。

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今作の特筆すべき要素としてChris Teagueによる撮影の美しさがある。16mmフィルムで撮られた故、常時枯れ葉色の粒子が画面を覆っている。まるで秋の日に漂うほのかな暖かさとその中にふと兆す侘しさが画面内に同居しているようで、物語には深い情感が宿っていく。

だがそれ以上に感動的なのは傷ついた登場人物たちを演じる俳優陣、特にアンディ・マクダウェルクリス・オダウドだ。表向き冷静に最愛の夫の死に対処しながらも、時には感情を爆発させたり、自身を苛む孤独から目を背けるため新たな愛を探していく複雑な中年女性を、マクダウェルは温もりある共感と共に演じていく。その一方でニコラスは愛に不誠実でありそれ故に不安定な生活を送る人物であり、子供っぽい性格を露にしながら父の死を何とか受け入れようと足掻く。オダウドは全てをさらけ出しながら、そんな彼を体現していく。2人を含め俳優たちの皆が、日常に根差した感情のうねりを劇的にではなく、これでもかと繊細に捉えていくのだ。それがまた新たな感動を生み出していく。

そして誰が望もうと望むまいと、時は流れていく。一応の決着がつく事象があれば、そのままうやむやになる事象もある。全ては平等に流れていきながらも、それぞれが平凡な日々の中にそれぞれの救いを見つけていく。それを象徴するのがクリスのスタンダップコメディだ。彼は舞台に立ち、死んだ父親についてのネタを連発していく。観客たちは笑う時もあれば笑わない時もある。しかしクリスの表情は晴れ晴れとしている。カメラを彼の顔の前に据えた数分にも渡る長回しによって、監督は確かな救いの存在を明らかにする。

“Love after Love”は最愛の人の死の後にも塞き止められない時の流れの中で、それでも愛や生きる意味を探し求める家族の物語だ。この物語は死によって幕を開け、死によって幕を閉じる。それなのに何故こんなにも生きることの喜びや愛おしさに満ち溢れているのだろうか?その答えはこれを観る人々それぞれの心の中に、言葉を越えた美しさとして宿っていくのだろう。

ちなみに後日談。“Love after Love”の感想をTwitterで呟いたら監督がその呟きをお気に入りに入れてくれた。なのでTwitter上で“本当に、本当にこんなにも美しい映画を作ってくれてどうもありがとう!この映画は今年観た中でもベストの1本だよ。これからも頑張って!”と感謝したら、“優しい言葉をありがとう!観てくれたことに感謝”と秒速で返信が来た。映画が良ければ人柄もいい、最高か。ということでHarbaugh監督の今後に超超超期待。

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ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &”Super Sleuths”/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& ”Red Knot”/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &”Faults”/ Let’s 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &”Obvious Child”/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&”The Spectacular Now”/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &”As high as the sky”/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&”6 Years”/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&”Fort Tilden”/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&”Cop Car”/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&”The Fits”/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&”Free in Deed”/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &”The Comedy”/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &”I Believe in Unicorns”/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &”The Sleepwalker”/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&”Uncertain Terms”/アメリカに広がる”水面下の不穏”
その19 Anja Marquardt& ”She’s Lost Control”/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&”Entertainment”/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&”L for Leisure”/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &”Farah Goes Bang”/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & ”The Girl in The Book”/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & ”The Mend”/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&”Sleeping with Other People”/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&”Bone Tomahawk”/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&”I Remember Nothing”/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&”Fort Buchnan”/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&”They Look Like People”/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&”Dreams, Drones and Dactyls”/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&”James White”/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&”Christmas, Again”/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&”The Passage”/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&”Low Tide”/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&”Henry Gamble’s Birthday Party”/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&”Soft in the Head”/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&”Stinking Heaven”/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&”King Jack”/少年たちと”男らしさ”という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&”Art History”/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&”Songs My Brothers Taught Me”/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&”Butter on the Latch”/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&”The Idiot Faces Tomorrow”/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&”Field Niggas”/”Black Lives Matter”という叫び
その45 Kris Avedisian&”Donald Cried”/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&”Krisha”/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&”Impolex”/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&”Men Go to Battle”/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&”Coyote”/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&”Ape”/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&”Buzzard”/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&”The Alchemist Cookbook”/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&”Kicks”/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&”Female Pervert”/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&”The Arbalest”/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&”Tower”/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&”Christine”/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&”OK, Good”/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&”Hunter Gatherer”/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&”Brawl in Cell Block”/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩
その63 パトリック・ブライス&”Creep 2”/殺しが大好きだった筈なのに……
その64 ネイサン・シルヴァー&”Thirst Street”/パリ、極彩色の愛の妄執
その65 M.P. Cunningham&”Ford Clitaurus”/ソルトレーク・シティでコメdっjdjdjcjkwjdjdkwjxjヴ
その66 Patrick Wang&”In the Family”/僕を愛してくれた、僕が愛し続けると誓った大切な家族
その67 Russell Harbaugh&"Love after Love"/止められない時の中、愛を探し続けて

2018-08-17

Patrick Wang&"In the Family"/僕を愛してくれた、僕が愛し続けると誓った大切な家族

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さて皆さん、アメリカのアジア系映画作家と言われて誰が思いつくだろうか。例えば「ドゥーム・ジェネレーション」の鬼才グレッグ・アラキ「SAW」シリーズに「死霊館」シリーズをブームに押し上げたホラー映画界の立役者ジェームズ・ワン、最新映画「クレイジー・リッチ・アジアンズ」が超話題のジョン・M・チュウ「トルク」「ブラッディ・スクール」など振り切れた作品ばかり作る異才ジョセフ・カーンなどの名前があるだろう。それでもアメリカ映画界にはアジアの血を受け継ぐ映画作家がとても少ない。そんな中で今回は、軒並み外れた才能を発揮するアジア系映画作家Patrick Wangと彼の長編デビュー作にして大いなる叙事詩“In the Family”を紹介していこう。

Patrick Wangテキサス州に生まれた、現在はニューヨークを拠点とする映画作家だ。好きな映画監督トニー・リチャードソンジョン・カサヴェテスオーソン・ウェルズイングマール・ベルイマンなど演劇にルーツのある人物が多く、自身も演劇をしていたことがあるという。マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学について学び、この分野でしばらく仕事を続けていた。しかし彼はある時一念発起して映画作家を目指し始める。まず脚本家として2006年に"Little Mary"を手掛けるが、その後には様々な困難に直面し、なかなか計画を進めることが出来ないでいた。そんな中で父が病床に伏したことをきっかけに、自費で映画を製作することを決意、そして2011年に彼は初長編である"In the Family"を監督する。

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今作の主人公であるジョーイ(Wang監督が兼任)は数学教師のコディ(Trevor St. John)や彼の連れ子である6歳の少年チップ(Sebastian Banes)と共に、幸せを絵に描いたような生活を送っていた。私たちはまず彼らの幸福な日常の素描を眺めることとなる。ジョーイが朝起きると、チップが彼の胸に飛び込んできて、最近ご執心なドラゴンについてあれこれ質問してくる。そんな光景にコディは微笑みを隠せない。朝食を終えてチップを学校へ送った後、2人はそれぞれの職場へと向かい仕事に励む。この日はチップの友人の誕生会があったが、ジョーイは残念ながら仕事が忙しくて向かうことが出来ない。それでも夜には3人が揃い一家団欒、眠たくないとグズるチップをコディはベッドに連れていき、そうしていつものように1日が終わっていく。

しかし翌日の朝、ジョーイの元にある電話がかかってくる。通勤途中にコディが事故を起こし病院に運ばれたというのだ。彼は急いでコディの元に向かうのだが、容態がどうなのか全くハッキリしない。看護師に尋ねようとも、まともに取り合ってくれないのだ。更に彼の妹であるエリン(Juliette Angelo)と共に面会に赴こうとすると“家族”以外の方には面会を許可できませんと拒まれてしまう。病院の対応に打ちひしがれるジョーイの元に、そして最悪の報が伝えられることとなる。

“In the Family”は最愛の家族を失った男の姿を描き出す、168分にも渡る喪失についてのエピックだ。しかしインディーズ映画としては規格外のランタイムはこの映画に必要不可欠だ。コディの葬式が終わり、家へと帰ってきたジョーイは食卓の椅子に腰を据え、不在中に届けられた手紙を機械的に確認していく。その時私たちはチップが台所で何かしようとしている姿を目撃するだろう。コーラのボトルを担いでコップに注ぎ、そしてジョーイがいつも飲んでいるビールを持っていき、慣れない閂を使って蓋を何とか開く。差し出されたビールをジョーイは無言のままで飲み、チップもまたコーラを口に注ぎ込む。この5分間、カメラはただ淡々と目の前の光景を写し取っていく、そこに誰かの声も介在することはない。それでも彼らが抱く喪失の痛みは静かに、だからこそ痛烈な密度を以て迫ってくる。もうコディは居ない、もうコディがここに戻ることはない。

しかし世界はジョーイたちが喪失と対面する時間すらも与えようとしない。彼はアイリーンと再会した際、驚くべき事実を聞かされる。コディは遺書を残しており、そこには家の名義や愛息子であるチップの養育権をアイリーンに一任すると記されていたのだ。だがこの遺書が執筆されたのは彼の妻が亡くなった直後であり、自分とパートナーになる前に書かれた物であると知ったジョーイは彼女に反論するのだが、遺書が存在する限り法はアイリーンたちに味方する。そして彼は成す術もなく愛するチップを奪われてしまう。

物語はそうしてジョーイが直面する苦境を描き出していく。同性のパートナーを持つ人々に対して、異性愛を前提にして作られた規則や法律は残酷な形で作用していく。例えば病院において家族と認められなかった状況(今作の製作は同性婚が認められる以前の2011年で、今現在はその状況がある程度改善されていると信じたい)や、弁護士に対しパートナーが同性だと告げた瞬間に対応がおざなりになるなど露骨に作用するのだ。更にジョーイがアジア系であること、孤児院で育ったことなども絡み合うことで、事態は複雑なものになる。

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そうして社会の袋小路へと追いやられていく様を、撮影監督のFrank Barreraは余計な感傷を排しながらじっくりと描き出す。彼のカメラは被写体から幾分距離を取りながら、彼らの行動の1つ1つを静かに観察していく。それ故に例えばジョーイたちが共に生きてきた証の刻まれた邸宅、ある男性が所有する本の装丁を修理するためジョーイが赴く広々とした書斎など登場人物の背景に見えてくる空間もまた、そこに満ちる複雑な感情を私たちに語ってくれる。だがその撮影の中で特に印象的なのは、ジョーイの後頭部を映し出すショットだ。ぼうっと椅子に座っている、仕事に勤しんでいる、そんな何気ない時間に浸るジョーイをカメラは後ろから捉え続けるのだ。その時私たちは、表面上は常に冷静さを保ち続けるジョーイの黒々とした髪に闇を見出だす。逃れられない悲しみへと彼は徐々に引きずり込まれているような不吉な予感。それは眼差す私たちに対しても作用し、否応なしに愛する者の喪失を内省させる。

それでも濃密な息苦しさに、ふと何かが現れる瞬間がある。ジョーイは色褪せた日常の中でコディとの日々を思い出す。仕事を通じてコディと初めて会ったあの時、妻を失い酒に溺れていた彼に寄り添っていたあの時、そして互いの中に深い愛を見出だし唇を重ねあったあの時。その1つ1つの思い出には暖かさが染み渡っている。そしてこの温もりはジョーイに確かな力を与え、彼の周りには助けになってくれる誰かが集まるようになる。今作には胸を掻き毟るような痛み、社会がもたらす不条理、日常に根づいた差別や悪意など人が生きるにおいて避けられない負の側面が多く綴られながら、Wang監督はそんな世界で人々が持つ良心を愚直なまでに、どこまでも信じていこうとする意志があるのだ。

そして彼の意志が、ジョーイと私たちを家族という言葉に宿る輝きへと導く。ある時、ジョーイは自分の今まで生きてきた軌跡について語る。自分を残してこの世を去った生みの親たち、自分を引き取りジョーイという言葉と誇りを授けてくれた育ての親たち、自分を深く深く愛してくれた唯一無二の存在であるコディ。彼らの愛によって生かされていたジョーイは、そして家族の思いを背負いながら息子であるチップを生涯懸けて愛していきたいと語る。“In the Family”は類い稀な愛の物語だ、家族という言葉は今作によって新たな豊かさと温もりを獲得することになった。

さて"In the Family"完成後、彼は様々な映画祭に今作を送るのだがどこでも上映されない不遇の日々を送る。しかし最終的にサンディエゴ・アジア映画祭でプレミア上映された際、同じく映画作家であるデイヴ・ボイル Dave Boyle(藤谷文子北村一樹が共演を果たしたアメリカ映画「マンフロムリノ」が有名)の激賞を受けた後、New York Times映画評論家ロジャー・イーバートも本作を絶賛、それによって今作はアメリカ中で公開が決定するなど話題となった。

そして2015年にはLeah Hager Cohenの同名小説を原作とした待望の第2長編"The Grief of Others"を完成させる。新しく生まれた赤ちゃんを病気で失った夫婦が元の生活を取り戻そうと苦闘するという物語で、SXSW映画祭でプレミア上映後、カンヌやゴールウェイで上映されるなどして高評価を得た。最新作は2018年完成予定の"A Bread Factory"だ。とある小さな町の文化芸術センターを舞台にした群像劇風のドラメディ映画で、2部作になる予定だという。キャストもアメリカ人俳優からオペラ歌手や台湾のTV司会者、シンガポールのスター俳優などなど多様性に溢れたものとなっている。ということでWang監督の今後に期待。

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ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
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その65 M.P. Cunningham&”Ford Clitaurus”/ソルトレーク・シティでコメdっjdjdjcjkwjdjdkwjxjヴ

2018-08-15

M.P. Cunningham&"Ford Clitaurus"/ソルトレーク・シティでコメdっjdjdjcjkwjdjdkwjxjヴ

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最近このブログで紹介してきた奇妙な映画として(注:この記事は結構前に書いて放置していたので、実際は最近じゃない)挙げられるのは、ダミアン・マニヴェルによる愛の劇的な移ろいを描いた“Le parc”(レビュー記事読んでね)
や、引きこもりの母親に振り回されるきょうだいの姿を描き出したコロンビア映画“Adios entusiasmo”(レビュー記事読んでね)などだろう。しかし私はこれらに勝るとも劣らない奇妙すぎる映画を見つけてしまったのである。ということで今回はM.P. Cunningham監督作“Ford Clitaurus”を紹介していこう。早速本編をどうぞ

ユタ州は最大都市ソルトレーク・シティ、ここにMPにテイラーにブライス(M.P. Cunningham&Taylor Young&Bryce Van Leuven)という若者たちが住んでいた。彼らは何だか適当に町をフラつき、食料雑貨店で店番する傍ら歌なんか唄ったり、プールサイドでタコスを頼んだり、公民館みたいな所でワークショップを開いたり、何だかそういう感じのダラダラな日々を送ったりしていた。そんな感じで日々は過ぎていく感じだった。

と、まあ粗筋はこんな感じであり、つまりはアメコメに良くあるモラトリアムな若者たちが無意味に若さを浪費していく系映画な訳だ。そこに実は芸術家として身を立てたくて苦労してるなんて設定も付いてくるとなると、超低予算だけどSXSW映画祭やらトライベッカ映画祭やらでなら一発当たるかもしれない(実際は上映すらされない)的なインディー映画有象無象の1本としての貫禄は充分すぎるほどだろう。

がそういう凡百の映画とは何かが違うことに、観ているうち早々気づく筈だ。ある時GMたちは町の郊外で開かれる犬のテーマパークに赴き、牧羊犬が羊たちを追っている姿をボーッと眺める。かと思ってたら、いきなり映画が別次元の何かに変容する瞬間を目撃することになる。パソコンのバグか?vimeoがやらかしたか?それともこれは悪夢か?いや、これは現実だ、この異常な歪みは完全に現実だ!

今作は何とも味わい深いシュールなコメディと次元がねじ曲がったような奇妙な断絶/飛躍が混ざりあっている作品だ。これを観ながら思い出すのは現代ロシア文学界の異形ウラジミール・ソローキンである。今でこそ彼はグロテスクでファニーなSF作品を連発しまくっているが、昔はもっとポストモダン的な内容以上に形式にこだわる作家だった。短編集「愛」と長編「ロマン」を読めば分かるが、最初は普通だった登場人物が唐突に電波発言垂れ流したり、ウンコを喰い始めたり、dっjdjdjcjkwjdjdkwjxjヴぃwcdj府ぃ府ぃ府ぉしsじゃかjをうぃうぃfhvっjdjあzhdjうぃかjwksじゃjsjxでけいえいえっややjsと文章が乱れたかと思うと、そのまま作品が終わるという異常な光景が広がる。小説をただの文字の連なりと解釈し、悪意に満ちた切断の遊戯に勤しむ彼の作風は、読んだ当時本当に衝撃だった。

この唐突に全てがひっくり返る、ぶっ壊れる感覚をこの“Ford Clitaurus”は共有しているのだ。まるでソローキンが超低予算でインディーコメディを作ったという風に。最近いわゆる“ギリシャの奇妙なる波”など過去の映画史とはまた異なる文脈を伴った奇妙な映画が現れ始めているが、今作はそういった作品とも違う暴力的なまでの脱線が繰り出され、そしてしれっと普通に戻り再び暴力的な脱線が始まる。ここまで荒っぽい奇妙さを持ち合わせた映画というのは余りないだろう。おそらく短編映画だからこそ出来る技であるのかもしれない。

そして今作の奇妙な空気を支える大きな存在は変な男女3人を演じる俳優たちだろう。とはいえ、大分前に観たので結構忘れちゃったのだが(冒頭とこのセンテンス以外は当時書いて放置してた文章)ポーカーフェイスで一際変な姿をお披露目するロン毛野郎がいて、彼こそがこの映画の監督であるM.P. Cunninghamなのだ。それから……あー、何書こうとしたんだっけ、当時の私。正直丸っきり忘れてしまった。だって1年くらい前だし。まあ………………いいか。とにかく面白くて奇妙だったのは覚えてるから、観て損はないと思う。vimeoに丸々アップされてるはずから好きな時に観よう。ということでバイバーイ。

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ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &”Super Sleuths”/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& ”Red Knot”/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &”Faults”/ Let’s 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &”Obvious Child”/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&”The Spectacular Now”/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &”As high as the sky”/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&”6 Years”/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&”Fort Tilden”/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&”Cop Car”/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&”The Fits”/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&”Free in Deed”/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &”The Comedy”/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &”I Believe in Unicorns”/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &”The Sleepwalker”/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&”Uncertain Terms”/アメリカに広がる”水面下の不穏”
その19 Anja Marquardt& ”She’s Lost Control”/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&”Entertainment”/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&”L for Leisure”/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &”Farah Goes Bang”/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & ”The Girl in The Book”/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & ”The Mend”/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&”Sleeping with Other People”/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&”Bone Tomahawk”/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&”I Remember Nothing”/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&”Fort Buchnan”/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&”They Look Like People”/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&”Dreams, Drones and Dactyls”/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&”James White”/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&”Christmas, Again”/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&”The Passage”/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&”Low Tide”/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&”Henry Gamble’s Birthday Party”/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&”Soft in the Head”/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&”Stinking Heaven”/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&”King Jack”/少年たちと”男らしさ”という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&”Art History”/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&”Songs My Brothers Taught Me”/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&”Butter on the Latch”/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&”The Idiot Faces Tomorrow”/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&”Field Niggas”/”Black Lives Matter”という叫び
その45 Kris Avedisian&”Donald Cried”/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&”Krisha”/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&”Impolex”/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&”Men Go to Battle”/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&”Coyote”/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&”Ape”/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&”Buzzard”/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&”The Alchemist Cookbook”/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&”Kicks”/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&”Female Pervert”/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&”The Arbalest”/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&”Tower”/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&”Christine”/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&”OK, Good”/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&”Hunter Gatherer”/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&”Brawl in Cell Block”/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩
その63 パトリック・ブライス&”Creep 2”/殺しが大好きだった筈なのに……
その64 ネイサン・シルヴァー&”Thirst Street”/パリ、極彩色の愛の妄執

2018-02-22

ネイサン・シルヴァー&"Thirst Street"/パリ、極彩色の愛の妄執

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ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
ネイサン・シルヴァー&”Soft in the Head”/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
ネイサン・シルヴァー&”Uncertain Terms”/アメリカに広がる”水面下の不穏”
ネイサン・シルヴァー&”Stinking Heaven”/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
ネイサン・シルヴァーの略歴と彼の長編作品についてはこの記事参照。


ブライアン・デ・パルマ、その名を聞く者には崇高か侮蔑かを抱く者に別れるだろう。だが超絶技巧、絢爛豪華、映画は虚構だと開き直りながらスクリーンで自由に舞い踊る様は唯一無二と言っていいだろう。そんな彼は、そもそもがヒッチコックの模倣と揶揄されながら、彼自身数々の模倣を産みだしてきた。米インディー映画界の恐るべき子供であるネイサン・シルヴァーによる最新作"Thirst Street"はその最先端にある作品だ。そしてそれはデ・パルマが作れなかったデ・パルマ的傑作でもある。

この映画の主人公はジーナ(「女教師」リンゼイ・バージ)という女性、CAとして世界中を飛び回る日々を送っている。彼女にはポールという恋人がいた。だがすれ違いが原因である日自殺を遂げてしまった。傷心を引き摺るジーナは、それでもパリで立ち寄った占い師に全てを変える新たな出会いがあると予言されることとなり……

物語の序盤はそんな彼女の日々を小気味よく描き出していく。冒頭からして夢見る脳髄を覗きこむような16mmの粗く豊かな色彩感覚が目を惹くが、彼女の日常が揺るがされるにつれ、世界は着実に姿を変えていく。ある時泊まるホテルの一室を満たす、鮮血を思わす原色の赤はそれを象徴しているだろう。だがこれらはまだ序の口に過ぎないのだ。

ジーナは同僚たちと共に訪れたキャバレーでジェローム(「垂直のまま」ダミアン・ボナール)という名の中年男性と出会う。何かを感じ取り濃厚な一夜を過ごした彼女は、その後も頻繁に彼に会いに行くようになる。相手からは気軽なセックス相手としか思われていない一方で、ジーナはこんな思いを募らせていく――彼こそが私の運命の相手だ!そう簡単に逃してたまるか!

デ・パルマ作品は手法も特徴的だが、その根幹に共通して存在するのは"妄執"というべき概念である。例えば愛のメモリーにおける失踪した妻に似た女への狂おしい愛、例えばボディ・ダブルにおけるカメラ越しに見た女への執着。"Thirst Street"には正にそんな"妄執"が存在しているのだ。ジェロームのために仕事を捨てパリに引越し、彼の働くキャバレーに仕事を見つけ、彼の誕生日パーティーにまで乱入し騒ぎを起こす。しかし彼の元恋人であるクレメンス(「ジェラシー」エステル・ガレル)が現れた時から、ジーナは更なる捻じれを見せ始める。

シルヴァー監督は彼女の妄執を様々に視覚的な形で描いてみせるが、注目すべきはその色彩感覚だ。ここにおいて妄執は極彩色として顕れるのだ。蜥蜴の皮膚さながら艶めかしく光る緑、酩酊と恍惚に揺らめく黄、愛に脈打つ心臓を思わす赤、しかし全てを残酷なまでに染め上げる深い青……

そんな監督の才気に応えるかのように、ジーナを演じるリンゼイ・バージも熱演を見せてくれる。神経衰弱ギリギリの女役を演じさせたら右に出る者は居ない彼女だが、瞳孔開きっぱなしで愛を求める姿はさながら獲物を執拗に追い続ける鮫だ。彼女については以前ブログで特集記事を書いたのだが、その時彼女の額にある突起物が印象的だと記した。今回それが妄執の増すごとに輝きを増していくようなのだ。しかも劇中、その傍らに傷痕さえ穿たれ、妄執はもはや留まる所を知らなくなる。

シルヴァーは過去作品において"私たちはいかに他者と相容れないのか?"というのを徹底して描いてきた映画作家だ。今作においては関係性に異様な執着を見せる狂熱のストーカー女の姿を通じて、それを描き出していると言える。だがデ・パルマを思わす演出手法といい、彼は以前とはまた違う新たなフィールドへ繰り出しているという印象をも受ける。その源泉は今作の舞台であるフランス・パリだろう。以前のシルヴァー特集記事で記した通り、彼は12歳の頃からアルチュール・ランボーの詩に親しみ始め、フランス語を習得し自分で詩を書ける程の語学力を得ている。その原体験ゆえか、パリの街並みや妖しい地下世界にフェティシズム的な憧憬が見え隠れしている。

そして起用した俳優も注目点だ。ジェローム役はフランスの鬼才アラン・ギロディの最新作「垂直のまま」で主演を演じたダミアン・ボナール、そしてクレメンス役は巨匠フィリップ・ガレルの娘エステル・ガレルであり、フランス映画史にも視線は注がれているのだ。このフランスへの偏愛が炸裂して、"Thirst Street"という映画はシルヴァー作品の中でも最も映画的な快楽に満ちたものとなっていると言えるだろう。

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ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
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その25 レスリー・ヘッドランド&”Sleeping with Other People”/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
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その38 ネイサン・シルヴァー&”Stinking Heaven”/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
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その40 ジョセフィン・デッカー&”Art History”/セックス、繋がりであり断絶であり
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その53 Joel Potrykus&”The Alchemist Cookbook”/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&”Kicks”/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&”Female Pervert”/ヒップスターの変態ぶらり旅
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その57 Keith Maitland&”Tower”/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&”Christine”/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&”OK, Good”/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&”Hunter Gatherer”/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&”Brawl in Cell Block”/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩
その63 パトリック・ブライス&”Creep 2”/殺しが大好きだった筈なのに……

2017-10-26

パトリック・ブライス&"Creep 2"/殺しが大好きだった筈なのに……

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いわゆるPOV映画という奴は数多くあるがどこもこれもダメダメな作品ばかりだ。手振れカメラがグラグラ揺れるだけの奴に、最後の最後まで怪物出すのを勿体ぶる奴、いきがった若者がぺちゃくちゃ喋ってばっかの奴にと挙げればキリがない。そんな中で米インディー映画界のスター兄弟であるデュプラス兄弟が2014年に製作したホラー作品「クリープ」は一際異彩を放つ存在だった。とある映像作家が新聞広告に惹かれ山奥のコテージに赴き余りにもキモいオッサンと遭遇してしまう本作は、POVという演出によって怖さキモさが増幅する、正に内容と形式が合致するお手本のような作品だった。

実はこの作品のレビューを昔書いたのだが、データがぶっ飛んでどっかに行ってしまった。そんな私を嘲笑うかのように、この2017年に続編である“Creep 2”が完成してしまった。1を紹介していないのは心苦しいが、ネットフリックスで絶賛配信中なので気になる人はそれを見てもらって、ここではパトリック・ブライス監督作の“Creep 2”を紹介していくことにしよう。

さて、前作から幾らかの時が経った今、アーロンと名前を変えたあの殺人鬼(「ゼロ・ダーク・サーティ」マーク・デュプラス)は殺戮を続け、その場面を撮影し続けるという変態的行為に耽っていた。しかしある悩みが持ち上がり始める。最初は楽しいから人を殺しまくっていたはずなのに、それがいつしかルーティン化して、楽しみを感じられなくなってしまったのだ。そうして倦怠感を抱くアーロンは自分の存在意義に苦悩することとなる。

そんなある日彼の前に現れたのがサラ(「ハンパな私じゃダメかしら?」デジリー・アッカヴァン)という女性だ。彼女は売れないドキュメンタリー作家で、新聞広告を載せている人の元に押しかけて、その出会いの一部始終を自分の作品にするというミランダ・ジュライ気取りの映画製作をしていた。そして広告に惹かれてやってきた彼女の前で、アーロンは言う。俺は連続殺人鬼なのさ、と。

そうして2人は出会う訳だが、ここから始まるのは頗る奇妙なドキュメンタリー製作だ。フランシス・フォード・コッポラの言葉を引用しながら、殺人者である自分の生きる意味を再び見つけるために作品を撮りたいとアーロンは主張する。それを信じさせるため、彼はサラに自分で撮ったスナッフ動画を見せたり、2人の間にある壁を取り払いたいと全裸になったり、完全にヤバい。だがこの完全なるヤバさはサラにとって魅力的に過ぎる被写体であり、カメラ片手に作品製作が幕を開ける。

振り返ると「クリープ」前作はホラー寄りだったと言える。冒頭から顕著な驚かし描写で観客にショックを与え、男の底知れない存在感は彼らに生理的な嫌悪感を与えるとそんな作りが印象的だった。それを考えると今回はコメディ方面に舵を切ったと言うべきだろう。前作の主人公アーロン(名前が同じなのはある理由から偶然ではない)は男の行動にいちいち驚きまくっていたが、サラは違う。驚かされても微動だにせず、カメラを常に回し続ける。予想外の展開に苦笑いを浮かべるアーロンの姿は、惨めさへの笑いを誘う。この笑いが予告するように、ドキュメンタリー撮影でも一筋縄では行かない珍道中が繰り広げられることになるのだ。

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しかしアーロンとサラの関係が密なものになるにつれて、どこか微妙な雰囲気が醸造され始める。サラは奇矯な行動に出まくるアーロンの中に理由の伺い知れない悲しみを見出だして、親愛の情を抱き始める。それでいてその行動や悲しみの全てが演じられた偽りであるかもしれないとの疑いも捨てきれない。監督のブライスはこの親愛と疑心へのふらつきをPOVという演出で生々しく捉えていく。そして被写体であるアーロンはそのふらつきを一心に受けながら、だんだんとサラを巻き込んで暴走を始める。

この流れにも関連するが、前作には1つの大きなテーマがあった。それは愛である。正確に言えば初めて誰かに恋をした時の心模様が「クリープ」には刻まれているのだ。相手に気に入られたいから色々頑張るけど全てが空回っていく光景、どこまで距離を詰めていいのか分からずプライベートな領域に土足で踏み込んでしまう失敗、そういうものを「クリープ」は描いていた。だが青春もので見られるそういった描写を、本作はホラー映画として解釈している故に、作品には恋の甘酸っぱさの先にある危うさ気持ち悪さが全面に押し出されている。「クリープ」はネットフリックスで配信中なので、観てもらえば意味は分かってもらえると思う。

さて“Creep 2”にもその要素が引き継がれている訳だが、前作のアーロンがただのヘタレで殺人鬼の恋パワーに成す術もなく呑み込まれていったのに対して、今回は違う。今作の愛のお相手サラを演じるのはデジリー・アッカヴァン、このブログでも紹介したテン年代の米ロマコメを代表する一作「ハンパな私じゃダメかしら?」の監督兼主演の新鋭であり、愛についての経験は折り紙つきである。その胆力で以てホラー映画の皮を被ったキモい恋パワーに立ち向かっていく様は力強い。例えば「サプライズ」などの逆に殺人鬼をボコりにかかる女性たちの系譜の先に彼女はいるとも言えるかもしれない。

だが“Creep 2”のテーマはそこにあるのではない。それを語るにあたっては希代の殺人鬼を演じるマーク・デュプラスにご登場願う必要がある。今回の彼は“俺は殺人鬼だ!”と言うかと思えば、ドキュメンタリー撮影の難しさに根をあげ“俺、本当は殺人鬼じゃないんだよ”と弱音を吐くかと思えば……という、自分が一体何者か自分で分かっていないような、情緒不安定男を怪演している。つまり彼は前作でキモさを突き抜けさせることで新境地を開拓しながら、今作では他作品でいつもやっているような中年男を演じているのだ。そしてそれは意図的なものだろう。何故なら今作のテーマは正に“中年の危機”なのだから。

今まで曲がりなりにも自分の信じた道を生きてきた。しかし中年に差し掛かってくると、自分の今やってることがルーティン作業のように思えて、楽しみも感じられなくなる。そうなると誇りに思うべき過去も無駄なものとしか思えなくなり、自分の生きる意味すら見失ってしまう。これから自分は一体どうすればいいんだろう。デュプラス兄弟はこの“中年の危機”というべき代物を自身の監督作、プロデュース作において何度も何度も描き出してきた。“Creep 2”も正にその系譜に位置する作品でありながら、1つの大きな違いがある。それはいつも彼らが描くのは市井の人々であったのが、今回は恐ろしき連続殺人鬼だということだ。マーク・デュプラスはこの中年の危機を殺人への倦怠感に重ね合わせることで、彼のフィルモグラフィで最も奇妙なコメディホラーを作り上げたと言えるだろう。そして実はこの「クリープ」シリーズ、三部作の予定らしく、掉尾を飾る“Creep 3”の完成が大いに待たれるところである。

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ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
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その18 ネイサン・シルヴァー&”Uncertain Terms”/アメリカに広がる”水面下の不穏”
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その32 Charles Poekel&”Christmas, Again”/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&”The Passage”/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&”Low Tide”/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&”Henry Gamble’s Birthday Party”/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&”Soft in the Head”/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&”Stinking Heaven”/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&”King Jack”/少年たちと”男らしさ”という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&”Art History”/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&”Songs My Brothers Taught Me”/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&”Butter on the Latch”/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&”The Idiot Faces Tomorrow”/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&”Field Niggas”/”Black Lives Matter”という叫び
その45 Kris Avedisian&”Donald Cried”/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&”Krisha”/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&”Impolex”/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&”Men Go to Battle”/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&”Coyote”/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&”Ape”/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&”Buzzard”/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&”The Alchemist Cookbook”/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&”Kicks”/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&”Female Pervert”/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&”The Arbalest”/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&”Tower”/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&”Christine”/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&”OK, Good”/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&”Hunter Gatherer”/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&”Brawl in Cell Block”/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩