「地球環境政治」と「学」の間 RSSフィード

2013-02-18 天気予報はまた明日「雪、かも」と言ってますが・・・

安保理と気候変動

先日の安保理会合は、日本にとっては当然北朝鮮問題が注目の話題だったわけですが、実は、その脇で気候変動の話題も採り上げられました(2月15日)。

といっても、安保理の正式な話題として採り上げられたのではなく、イギリスおよびパキスタンの呼びかけでもたれた特別会合のような位置づけだったようです。私も詳しくは知りませんが。

その場の様子は、Rachel Kyte さんという世銀の方のブログで少し読むことが出来ます

中でも印象的なのは、マーシャル諸島のトニー大臣のお話を書いた下記の部分でしょうか(訳す元気がないので英語のまですいません)。


Perhaps most moving of all, Minister Tony deBrum from the Marshall Islands recounted how, 35 years ago, he had come to New York as part of a Marshall Islands delegation requesting the Security Council’s support for their independence. Now, when not independence but survival is at stake, he is told that this is not the Security Council’s function. He pointed to their ambassador to the UN and noted that her island, part of the Marshall Islands, no longer exists. The room was silent.


我らがClimate Action Network (CAN) 代表のWaelもスピーチをしたようです。CAN International のウェブサイトにプレスリリースが載ってます。OxfamからはTim Goreさんが喋った模様。

こうした、「気候変動を安保理で話す『安全保障』事項に押し上げよう」という動きは、数年前からあります。有名なのはイギリスが推し進めた「気候安全保障」(climate security)という概念でしょう。

ただ、一般の感覚からすると、まだまだ「温暖化と安全保障は違うでしょ」という感じではないでしょうか。

確かに、伝統的に、「安保理が対象とするような安全保障問題」というのは、それこそ今回の北朝鮮の核実験のように、「戦争に関係する、あるいはしかねない事項」というのが一般的な理解だと思います。あるいは、ソマリア紛争のような国内紛争。

ただ、9.11以降のテロが「国と国との戦争」という概念から飛び出たのと同じように、実はそれ以前から、こうした狭い意味での「安全保障」という概念を見直そうと動きはありました。

それはとりもなおさず、一体何を持って「安全(security)が保障された状態」といえるのか、という問いに直結します。戦争は解りやすいので、戦争がない場合だというのは分かり易いですが、最近の世の中では戦争なんてなくなって、安全とは言えない状況はたくさんあります。

たとえば、テロや戦争とはほぼ無縁の南太平洋の島国においては、海面上昇による被害こそが目に見えて生活を脅かす喫緊の危機であり、それがある状態を「安全」とは呼べないだろう、という考え方です。気候変動が巨大なハリケーンを巻き起こし、今までそんなの来なかったようなところに人命を含めた甚大な被害を持たした時、それはただ単に「戦争には関係がないから」という理由で話題にするべきではないものなのか、という問いでもあります。

今回、CANのWaelが言及した事例であれば、2011年にソマリアでの大量の難民が隣国へ逃げ込んだのは、(その時は)紛争のせいではなく、干ばつの後の食糧不足が原因だったと言われています。その原因に、気候変動が一役買っているのであれば、それは人々の「安全」を脅かす脅威とは言えないのでしょうか?それは、「安全保障」のための組織が扱うべき課題ではないのでしょうか?

もう1つは、「気候変動は、戦争を起こすんじゃないか」という考え方です。今回、OxfamのTimは、世界的に発生している干ばつや洪水による食糧生産への影響を事例として挙げたようです。もし気候変動を「一因とする」食糧危機が、社会的に不安定な状況を招き、それが引いては紛争の原因ともなりうるのだとすれば、それは伝統的な意味での安全保障にとっても、十分脅威と言えるのではないか、という考え方です。

前者の「安全保障」という概念自体を広げる考え方も、後者の伝統的な意味での安全保障に影響を及ぼすという考え方も、両方とも、まだまだ主流派になったとは言い難い考え方だとは思います。安保理が、気候変動を脅威として見なして重大決定を出すとは、残念ながら現状では、正直、まだまだなかなか想像が難しいです。

ただ、人々にとって何が安全なのか、戦争に繋がってしまうような紛争の根源は何なのかを考えることのきっかけにはなります。

また、逆に言えば、世界の政策決定者たちも、「戦争・紛争を間際で防げればそれで安全」なんてナイーブな考え方を持っている人はもはや稀でしょう。テロであれば、紛争であれ、その背景には、社会的な不安定があることに、もう誰だって気がついています。問題は、そこからもうちょっと先に進めるか。どう進められるか、でしょうね。

2013-02-16 すごく久々

京都議定書の記念日と移行期に

今日は、あまり知られていないと思いますが、8年前の今日、京都議定書が発効しました。そして、今年は同時に、京都議定書の第1約束期間から第2約束期間への移行期の年でもあります。

京都議定書が持った意義は、単に先進国に排出量削減目標を課したというだけでなく、今日につながるいろんな仕組みをその中身に内包したことで、世界の気候変動政策を後押ししたことだと思います。

しかし、日本は、第2約束期間で削減数値目標を持たないという決定をして、京都から離れてしまいました。

京都議定書がきっかけでこの業界に足を踏み入れた人間としては、忸怩たる思いがあります。

「京都ではもうやっていけない」という決定が、京都よりもより良いものを構想して、自らも対策をやっていく、という決意であったならまだしも、今日の日本の取組みを見る限りにおいては、そうではなかったことが明らかです。

削減数値目標すら失い、対策の遅れは他国のせいにして憚らず、自国の削減よりも他国の削減の重要性のみを説いて回る傾向があります。「日本の素晴らしい技術が広がればもっと削減ができる」という話は頻繁に出てきますが、そうした技術を他国のニーズに合わせて、きちんと広げるような仕組みの構想は未だ出てきていません。二国間クレジットのアイディアがそれだと言われるかもしれませんが、残年ながら、削減目標がない状態でオフセットの仕組みを作ったところでドライブにはなりませんし、政府がお金を出し続けるならば、それは基本的に産業補助金の域を出るものではありません。

京都議定書のホスト国であった国としての誇りはそこにはなく、「忸怩たる」思いを、二重に感ぜずにはいられません。

難しく、厳しい時期ではありますが、国際社会の中で、日本が温暖化対策に先進的な役割を果たしていくことを諦めてはいけないと思います。それは、国内の対策でも、国際的な交渉でも。

「2℃」目標達成のためには、日本の排出量なぞは、2050年時点では事実上ゼロに近い値にしないと難しいことはよく知られています。新興国に厳しい対策を求めたとしても、日本が今よりはるかにチャレンジングな対策をとらなければならないのは、「気候変動という問題を重視するなら」、何も変わらないはずなのです。ならば、私たちは、着実に、対策を実施していくべきではないでしょうか。

京都の記念日にそんなことを思いました。

2012-09-05 まだこれを「残暑」というのか

バンコク会議が終わったようだ

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今年2回目の国連気候変動会議として開催されていたバンコク会合が先ほど終了したようだ。今回は、8月30日〜9月5日までの1週間という短い会合だった。

具体的には、ダーバン・プラットフォーム特別作業部会(ADP)、国連気候変動枠組条約の特別作業部会(AWG LCA)、京都議定書の特別作業部会(AWG KP)という3つの会議体の会合が開催された。

各NGO団体で(うちも含めて)報告やら解説やらがされている。

参加しているスタッフはtwitterでも情報発信しているので、酔狂な人はそれらを遡ってみるのもよいかもしれない。

今回の会合は、年末のカタール・ドーハでのCOP18・COP/MOP8へ向けての前哨戦。

いくつか課題はあるが、

  • ADPの作業計画は決まるのか
  • 必要な削減量と各国が誓約している削減量との甚大な差(ギャップ)を埋めるための方策は出るのか
  • AWG LCAもAWG KPも今年で終えることに一応なっているが、本当に終えることができるのか

といった論点が主なものだろう。

特に最後のポイントについては、さっさと閉じてしまいたい先進国と、きちんと自分たちにとって大事な論点(資金等)を政治的に議論できる場を残しておきたい途上国との間では大きな意見の隔たりがあるようだ。詳しくは上記の色々な報告を参照されたい。

今回の会議成果は、ぼちぼちと国連のウェブサイトにアップされ始めた。

もうちょっと分析してみたいと分からないが、ドーハにおいて、LCA(とKP)の議論から、ADPへと議論を収束していくというのは、先進国が望むほどにはすんなりとはいかないようだ。ダーバンで終了するといったから終了するんだという前に、きちんとそれぞれの論点のケリはつけなければならない。

今回は発表されなかった日本の目標見直しがどうなるかも、次回に向けては不安なところ。

2012-03-30

今日のFT:Appleが労働環境改善を約束したが

Appleファンとして、最近気になっていたのが、iPhoneなどを製造する中国の下請け工場が、労働者を過酷かつ危険な環境下で働かせているとの告発があったことだ。

スティーブ・ジョブス氏の功績もあり、世界で最も成功した企業となりつつあるAppleの醜聞だけに、アメリカのメディアでは結構大きく取り上げられ、複数のメディアが実態を報じていた。中には、一部、ねつ造に近い報道も混じっていたようだが、労働環境が過酷だということ自体は本当らしく、人権団体などから抗議の声が上がっていた。

正確には、Apple自体が所有する工場ではなく、Foxconnというサプライヤーが所有する工場での話らしいが、

Appleが課す厳しいマージンや調達責任の観点から、Appleが特に問題視されていた。

下記のFTの記事は、この問題を受けて、Appleティム・クック氏がFoxconnの工場を視察し、結果として、労働環境の改善を報じたものだ。

記事は、Appleが労働環境改善の要求に応じたことを報じながらも、最後にチクリと、過去に似たような宣言をした後に改善がはかられなかったことを指摘している。もっとも、今回は、外部の委員会の提言を受け入れ、そこが実際にモニタリングも実施するらしいので、その時よりも確実ではあるだろうが。

この、Appleがした受けに出しているFoxconnというのは、つい最近、シャープに出資することが報じられた鴻海(ホンハイ)グループのブランドだ。

Appleにはぜひ問題を改善してほしいが、問題はおそらく氷山の一角で、業界の他の企業にも問題があるのではないかという気もする。

2012-03-28 まだ花粉が飛んでいる

今日のFT:アメリカEPAの発電所対策

アメリカのEPAが新規発電所に関する排出基準を設定したらしい。

新規の発電所に限った対策らしいのだが、面白い動向だ。

アメリカでは、この前の選挙で議会構成が変わる前までは、キャップ&トレード型の排出量取引制度を入れることを内容とする法案が取りざたされていた。しかし、結局いくつかあった法案は入らず、選挙によって共和党有利の議会構図になり、本格的な気候変動政策の導入はストップしたままだった。

そのような中、EPAは、気候変動政策として、既存の権限をベースとして導入できることを常に模索していた。そのうちの1つがこうした発電所規制だった。

キャップ&トレード型の排出量取引や炭素税といった政策を経済的手法とすれば、こちらは直接規制の部類になる。環境規制としてはこうした直接規制の方が歴史は長く(○×という物質を出すことを制限する、等の規制)、ある意味原点回帰とも言える。

かけられる規制は、"1,000 pounds of CO2 per megawatt‐hour (lb CO2/MWh)"とのこと。1ポンドは0.4536キログラムだから、453.6 kg/MWh、日本でよく使われる単位に換算すれば、0.4536 kg/kWhということになる。

上のFTの記事によれば、英国政府の調査ではコンバインドサイクルガス発電は通常780lb-CO2/MWhで、超臨界石炭火力発電所が1,600lbs-CO2/MWhとのことなので、ちょうど、石炭からガスへのシフトを促すことになるようだ。

EPA自身による公式発表は下記にある。

この他、アメリカのNGOも色々と声明やら評価を出しているようだ。

日本と比べるとどうなのだろうか?

単純な比較には問題があるかもしれないが、下記のリンクにあるのは、排出量の計算時に使うことになっている電力の係数である。

0.4536 kg/kWhという数字と比較してみると、これよりも結構大きなところも多い。無論、日本の上の数字は、各社の既存の発電所から出てきた数字なので、あくまで「これから建てる発電所」を対象とした上記規制と純粋には比較できないが。

早速、アメリカのいくつかのNGOも声明等を出している。その辺については、US CANがウェブサイトにまとめている。