多島斗志之『黒百合』

「六甲山に小さな別荘があるんだ。下の街とは気温が八度も違うから涼しく過ごせるよ。きみと同い年のひとり息子がいるので、きっといい遊び相手になる。一彦という名前だ」父の古い友人である浅木さんに招かれた私は、別荘に到着した翌日、一彦とともに向かったヒョウタン池で「この池の精」と名乗る少女に出会う。

扉文で「文芸とミステリの融合を果たした傑作長編」と紹介されているこの作品。父の友人の別荘に招かれた少年が、そこで出会う少年・少女と3人で過ごす夏休みのできごとを描く章の間に、なにやらいわくありげな過去の章が挟み込まれる構成になっています。ミステリーのはずがなかなかそれらしい事件は起こらず、ようやく事件が発生した頃には残りページもわずか。特に推理が展開されるわけでもなく、どういう決着がつくんだろうと思って読みすすめていくと…、なるほどその手できましたか、という感じで見事に騙されました。真相はさりげなく描写されており、詳しい解説があるわけではないので、読み流しているとミステリーとしての仕掛けに気づかないこともあるかもしれませんね。

ミステリーのネタとしては、シンプルながらなかなか切れ味鋭いものがありましたが、青春小説部分がやや退屈だったかなという印象。「このミステリーがすごい!」にランクインしていることを知っていたため、少々身構えて読んでしまったところもあるので、できれば内容に関してなにも情報がない状態で読みたかった小説ではあります。