四間飛車がわかる本-高野秀行

4861370213四間飛車がわかる本 (最強将棋レクチャーブックス 4)
高野 秀行
浅川書房 2008-07

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高野秀行五段の7年ぶりの新刊。この本の書名は4年前には予定されていたもので、ようやく出版の運びとなったようだ。

浅川書房というひとつの権威からの出版ということで過剰な期待を持って読んだ。というのも、今までの浅川書房の書籍のレベルを落とすはずもないし、そもそも著者高野が今までに書いた二冊の本『これにて良し?―四間飛車VS急戦定跡再点検』(毎日コミュニケーションズ,1999/09,絶版)、『これで簡単 形勢判断』(毎日コミュニケーションズ,2001/09,絶版)*1を高く買っているからでもある。高野と浅川のコンビでなにが出てくるか、と。過去の二冊は書名からもわかるように定跡の一変化を取り上げ、簡単に形成判断を下してその後の方針を示していて、定跡を覚えて指してみたものの定跡通りに進んでしまってからその先どうしたらいいか分からなくて困っている人向けに丁寧に書いてくれていた。かく言う私も初心者だったころに、定跡を覚えたはいいもののその通りに進んでしまったらその後どうしよう、むしろ定跡を外してくれればと思った経験がある。定跡通りに進んで欲しいのか欲しくないのかわからなくなるのだ。痛し痒し。まあこういう気持ちは強くなっても多かれ少なかれ変わらぬのだが。相手がどこで変化してくるか楽しめるようになれれば初心者は卒業か。この本もそういった相手側の工夫を楽しめるようになるための本である。

昨今の定跡関連の書籍は主に、定跡を全く知らない人が読むべき「定跡入門書」と、難解な最新定跡を詳しく解説した「解説本」とに二分されていて、その間には大きなギャップがある。そのギャップはもちろんたくさん指せば埋まると言えば埋まるのだが、そこを埋めるための道しるべとなるべき本がこの本と言える。定跡の手の意味を理解することと、特にその戦法固有の感覚、指し回しの背景となる感覚を言葉にした「感覚本」といえる。
「感覚本」は例えば『ホントに勝てる四間飛車』『四間飛車を指しこなす本〈1〉』など類書は少なく、この本はそれらに続く本といえるだろう。
定跡を徹底的に洗い直してあり、取り上げる手順は今までの棋書と一線を画す。一手指した方がよく見える手を交互にぶつけ合うプロの自己満足と言っても過言ではない変化は避けている。勝ちやすい変化、勝ちにくい変化という視点で局面を見て、その理由について詳述しているのがよいところだ。今までの定跡書で取り上げた手を推奨しないのはなぜか、その理由について言葉を尽くして解説している。それは裏を返せば、類似局面で、あるいは全く関係のない将棋を指しているときにその考え方の応用が利くということでもある。
四間飛車を指しこなす本〈1〉』では定跡手順重視、『ホントに勝てる四間飛車』では感覚重視。この本はその中間を行く感じか。

居飛車四間飛車の対抗形の急戦定跡のうち、斜め棒銀と早仕掛け、棒銀の三つに絞って詳述している。

たとえばこのp65からの項が特徴的である。






















△7五歩 ▲6七銀 △7三銀引 ▲4六歩 △7四銀 ▲4七金
△6四歩 ▲3六歩 △4二金上 ▲5八飛 △7三桂 ▲3七桂

定跡党ならちょっと立ち止まってしまう手順である。△7三銀引の瞬間に▲7六歩と合わせるのが普通の棋書だからだ。しかし、高野は高美濃から中飛車に振り直す手法を薦める。こういう局面ではこう指すものなのだ。こういった指し回しが肌になじんでいるかどうかで振り飛車党としてのセンスに開きが出ると言える。
当然
△8六歩 ▲同 歩 △6五歩
居飛車が全面攻撃をかけてくるが、そこから振り飛車らしい手筋を駆使して駒を捌いていく。

高野の書く文体はですます調であるのに、軽すぎず、押しつけがましくもない。メリハリが効き、言いたいことが伝わってくる良い文章を書く。二色刷で見栄えもきれいに仕上がっている。すべての図にキャプションが入っていて、本文とかぶらないちょっとした解説になることもあり、理解を助けるだろう。

この本を薦める対象は、

  • 定跡を一通り覚えてはみたものの、なぜその手を選ぶのかわからない級位者。
  • もう一歩、幅を広げたい有段者。
  • 級位者に教える教材を探している高段者。
  • ちょっと変わった手順も押さえておきたい定跡マニア

としておきたい。棋書コレクターと浅川書房ファンは薦めなくても買うだろう。
ゼロから定跡を学ぼうという初心者には少し難しいかもしれない。一旦他の簡単な本を読んでから二冊目として読むと丁度いいのではないだろうか。

二点ほど残念に思ったところを挙げておきたい。
急戦定跡のみを取り上げていて、持久戦は触れてさえいないのは続編を待てということなのだろうか。穴熊全盛の将棋界において本書の内容だけではちょっと足りない。感覚重視なら、もっと感覚によれば持久戦にも応用が利いたかなと思わないではない。現時点で持久戦は四間飛車を指しこなす本〈2〉四間飛車を指しこなす本〈3〉あたりを薦めておきたい。
もう一点、高野の前二冊では、高野独自の工夫として形成判断を表で示すということをしていたのだが、今回の書籍ではオリジナルといえるほどの工夫は感じられなかった。決して悪い本ではない。むしろかなり良い本だ。だがもっと革命的に棋書を変えてくれないかと期待していた。あらかじめ線の引いてある原稿用紙を埋めるのではなく、白紙に絵を描くように。
将棋の定跡書の金鉱にはまだ鉱脈が眠っていると私は思う。

*1:中古で¥12,500て何の冗談?