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2015-12-03

「証拠はある」の危険性

| 02:29

この仕事をしていると,依頼者の主張の裏を取る,証拠で確認することが不可欠である。

※本記事は,【法務系Advent Calendar 2015】の企画のもとに書いたものです。もとは別のテーマで書くつもりだったところ,まとまらなかったので,一般的なテーマを差し込むことにしました。


システム開発トラブルの対応では,例えば,

  • (ベンダの主張)ユーザは仕様変更として追加費用を払うことを認めた
  • (ベンダの主張)確かに当初納期には遅れているが,ユーザと合意の上で延期したのだ
  • (ユーザの主張)遅れについてはベンダのマネジャーが自分の責任だと認めて謝罪した
  • (ユーザの主張)データ移行も当初の契約の範囲に含まれていることを確認した

などなど,多様な点で双方の主張が食い違うことがある。


こういう説明を依頼者から聞くとき,話を大きく遮らない程度に,「それって何か記録が残っていますか?」と聞かなければならない。特に,通常のストーリーとは異なる場合には(例えば,納期に遅れていることに発注者たるユーザが同意していることを主張したい場合など)。すると,「ちゃんと証拠はあります。会社に戻ればあるはずです。」という答えが返ってくることも多い。相談に来られた際,すべての記録を持参してくることはできないし,いちいち記録との照合をしていたのでは,話が前に進まないので,そこは「じゃあ,あとで確認させてください」ということにして前に進める。


そして,依頼者の説明を元に,相手方との交渉に臨んだり,準備書面を書こうとして,送られてきた記録を見てみると「うーむ」と唸ってしまうことはよくある。「証拠」とされたものが,事実の存否を推認するのにほとんど作用しないと思われるのである。あるいは場合によっては,むしろ不利になる材料になり得るということすら少なくない。


具体例を挙げてみよう*1。例えば,ベンダが,ユーザの要望に応えるために,エンジニアを10人追加投入し,その分の請求ができるかという場面において,ベンダは「来月から10人増やすこと,それは別途費用がかかることはユーザの承認を得ている。」と主張していたとする。そこで「何か証拠ありますか。」と尋ねて出てくるものとしては次のようなものが多い。


【その1:会議を録音したもの】

ベンダA氏「おっしゃることを全部期限までに実現しようとすると,来月からはかなり体制を強化しなければなりません。10名くらい,今から協力会社にも声をかけて手配したいと思います。さすがに月初に10名は無理ですが,なるはやで対応します。」

ユーザX氏「それができないと当社の業務が回らないから,とにかく頼むよ。」

これでは,ユーザX氏は,人が増えることを認識したといえるものの,追加請求をされることを同意したとは読み取れない。そのことをベンダA氏に尋ねると,たいていは「協力会社にかけあって人を集めるんだからタダで済むわけないじゃないですか。費用が増えることは当然わかっていたはずです。」などと言われる。証拠そのものから直接は読み取れず,追加の説明(しかも必ずしも経験則に照らして十分説得的ではないもの)が必要なことは多い。


【その2:議事録】

ベンダA「課題No.195以降の『重要度 大』案件に対応するため,次月から10名ほど増員する。ついては,作業環境の準備をお願いしたい。」

ユーザX「了解した。」

ベンダA「協力会社に声をかけるので追加費用については相談させていただきたい。」

ユーザX「何より稼働を最優先に考えている。」

こういう議事録はホントに多い。ベンダとしては,はっきりと「追加費用をお支払いいただく。」と書きたいところ,そう言い切れなかったために控えめに書いてしまったようなケースである。この議事録を,追加請求の根拠として出してしまうと,ユーザからは「相談したいとの要望はあったが,具体的な費用の提示はトラブルが顕在化するまでなかった。むしろ,費用を払うなどと同意したことはまったく読み取れない。」という反論が来る。


【その3:社内のメール】

(ベンダ)B部長

お疲れさまです。本日,(ユーザ)X課長から「来月以降は今のままの体制で大丈夫なのか」と聞かれたので,10名ほど増員が必要だと申し上げたら「とにかく頼む」と言われました。先週,仕様変更案件を実施することについてはご承認いただいているので,追加請求は可能だと思われます。

ベンダ株式会社 A

これも同様。「ベンダの体制が不安だったから,しっかりやれ,としか言っていない」と一蹴されることもある。


【その4:体制図,座席配置図,入館証申請書などの資料】

こうした資料は,いずれも同様に人が増えたこと,それをユーザも認識していたことの証拠とはなるものの,やはり肝心の追加費用が発生することについて認識していたことの根拠としては乏しい。そもそも,もともとの契約形態が請負だった場合,こうして人が増えたというだけでは当然に追加請求できることにならない。


同様に「仕様変更することには同意してもらった」という事実について,証拠とされる文書を見せてもらうと,表題は「課題管理シート」となっていて,その分類が「障害」「バグ」となっていたもの除いて一方的にカウントしていただけだったりすることも少なくない。


証明力の弱い証拠を以って,相手方との交渉や訴訟に臨むのは,かえって危険でもある。相手方に「もっとも強い根拠とされるものがその程度なのか」という安心を与えてしまうかもしれない。


逆に,自らに不利益な証拠(典型的には「お詫び」が書かれたメールやレター)についての釈明を聞くことも多い。自らの不利益な事実を認めた証拠は,信用性が高いと考えられるから,当然叩き潰しておかなければならないが,これが容易ではない。東京地判平25.5.31*2では,ベンダからのお詫びや反省が書かれた顛末書について,「真意に反して作成させられた」と反論したものの,「詐欺や脅迫などの不当な圧力により原告の意思に反して作成されたことを認めるに足りる証拠もない。」とされている。ただし,こうした一見すると不利益な証拠も,丁寧に経緯を聞いてみると,合理的な事情が見えてくることがあるので簡単にあきらめるわけにはいかない。


こういうときにやってはいけないことは,「どうしてきちんと合意内容を書面に残しておかなかったの」「どうして部長の決裁もなくそんな書面を出してしまったの」などと担当者を詰ることである。紛争対応最中は,将来に向けた施策を議論する場ではないし,担当者がへそを曲げたり,委縮したりして,その後の協力を十分に得られなくなってしまう。さらには,紛争対応中に,担当者が会社を辞めてしまう率は異常に高いので(当職調べ*3),対応は慎重に行いたいところ。


トラブルが常に訴訟になるわけではない(むしろ訴訟になるのはごく一部)ので,トラブルの対応において常に厳密な証拠が要求されるわけではない。証拠がなければ交渉時に主張してはならないというわけでもない。しかし,依頼者の「事実Aがある」という説明に依拠して法的構成を組み立てても,それが訴訟において耐えうるレベルかどうかは,弁護士でなくても検討しておく必要がある。


証拠が弱いというときに,その人の言い分がウソであると決めつける必要はない。想像力を駆使して,主張を裏付ける他の証拠がないかを探ることも重要である。


トラブル時の方向を決定する際には,社内の「声が大きい人」や「会社が不利益を受けると立場が悪くなる人」の意見に左右されることが多い。そういうときに「これでは証拠として弱いな」という趣旨のコメントをすると反発される。それはその人個人を責めているのではないということが理解されにくい*4


法務や弁護士は,当事者として闘うことが求められているものの,単に「声の大きい人」に同調するだけではなく,冷静に証拠と言い分を対照しながら評価するという姿勢を維持したいもの(当たり前)。

*1:ありそうな例を挙げてみたものの,これは現実の紛争事例ではなく,あくまで架空の事例である。

*2:別館ブログ http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20140113/1389541907 参照

*3:kataxさんもそういうツイートをされていたけれど。 https://twitter.com/katax/status/671844547316420608 

*4:「そんな明確な証拠があれば苦労しない。そこを何とかするのがあんただろう。」という声も聞こえてくる。

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