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赤尾晃一の授業だョ! 全員集合 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-06-16 統計で嘘を付く

[]Bグループ 4回

メディアリテラシーと同様,リサーチリテラシーを身につけることは,人に簡単に騙されなくなり,逆に人を欺き煙に巻く術を会得することにもなります。大学で学ぶことの意義の一つだと言えます。「○○と××との間には相関関係がありそうだ」ということを,「○○のせいで××が起こる」と強い因果関係があるかのような「仮説」を立てることは,人を欺くための基本技術だと言えます。

「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ (文春新書)

「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ (文春新書)

パワーポイントはCグループの授業が終了してからアップします。

2008-05-11 スキャンダリズム

[]A-3

使われなかった講義資料(PDF)

(*めくり機能でキーワードが伏せられていますが,PDFで“めくり”は使えません)

最後のスライド(10枚目)に書いたことの説明を省いてしまいました。メディアはしばしば「正義」をふりかざし,スキャンダリズム報道で私的制裁(私刑=メディア・リンチ)に走ります。世論(感情)もそれに同調し,私刑を喝采し,後押しする場合があります。それが本当に「社会正義」の実現につながるかどうかを慎重に見極めることが重要です。

スキャンダルは娯楽としては実に楽しいのです。非がある人や組織を,必要以上に貶めることで社会的制裁を発動し,没落していく様を見るのは,メディアの影響力,ひいては視聴者・読者の力を誇示することにつながり,快感でもあるからです。スキャンダルによって風評被害を受け,本来ならば持ちこたえられるはずの企業が倒産・解散の憂き目を見ることもあります。船場吉兆についても,消滅するまで私的制裁がおさまらない気がします。高級料亭の一軒がなくなったところで,社会への影響は軽微です。

それで本当にいいの? ということを,みなさんが意識してメディアに接するようになれば幸いです。

「船場吉兆はホントに悪いのか?」と多数派に喧嘩を売るエントリーはやっぱり書かないことにします。そんなことに血道を上げても仕方がないですしね。よく似たことを書いているブログにリンクを貼ってお茶を濁しておきます。

2008-04-21 人生いろいろ。新聞もテレビもいろいろ

redtail27332008-04-21

[]A-1 イラク派遣違憲判決をめぐって

新聞の社説当て“クイズ”の答えは図を参照(黄色部分が正解)。「東京/中日新聞」を正解した人が「ゼロ」だったので,つまり「正解者はゼロ」。(1)=朝日新聞の正答率が最も高かった。文章が妙に平易になっているので,よくわかる。最も特徴的な「産経新聞」を「東京/中日新聞」という反対の極に取り違えていた人が多かったのにはビックリ。

今の日本の対立軸を「小さいが強い政府」(規制緩和+“普通の国”=保守派)と「大きいけど弱い政府」(高福祉+憲法9条遵守=リベラル派)としよう。「小さい」側にいるのは,産経・読売・日経。「大きい」側が毎日・朝日・東京(中日)。産経が右端で東京が左端。日経・毎日が“中道”(あるいは,どっちつかず)とも言える。日経はビジネスの論理が貫徹している。ちなみに,「静岡新聞」は産経と読売の間あたりに位置する。静岡県が「保守地盤」であることを反映しているのか?

憲法9条の関係で言えば,産経・読売が改憲派。日経が“解釈改憲派”(集団的自衛権の明確化)。毎日・朝日・東京(中日)が護憲派である。自由民主党・民主党の二大政党は,党内に様々な考えの党員(議員)を抱えているので,このようにスッキリと分類はできない。しかし,産経・読売・日経は自民党(政府)寄りであるのは間違いない。東京(中日)は岡田“ジャスコ”一族との関係からか,民主党寄りだと言える。朝日は社民党に近い。毎日は是々非々というか,旗幟は鮮明ではない(だけどリベラル)。

大雑把に分類するとそんな感じ。朝日・読売・日経の強者三社連合は「あらたにす」という共同サイトを立ち上げている。そこで報道・論調を比べるのも一興。

http://allatanys.jp/index.html

今回は,テレビのナイト・ニュースが同じ題材をどう取り上げているかを体感することが最大の目標。このニュースを30秒〜2分間の短い尺で伝えると,ほとんど記憶に残らない。5分間程度が妥当な尺だと思う。『ニュースウオッチ9』(5分)のバランスが良かった。原告の天木直人を出さなかったこと以外は。TBS『NEWS23』は「画期的判決!!」を強調しすぎて,バランスを欠きがち。TBS『サンデーモーニング』は言うに及ばず。ほぼ同じ立場のコメンテイターが「画期的」を唱和しているにすぎない。意見が対立しているにもかかわらず,「できるだけ多くの角度から論点を明らかにする」という役割を放棄しているとみなされても仕方がない。