During the Remains of the Day

2005-10-04 郵貯350兆円のコントロール

stoptheKoizumiブロガー同盟

Stop the koizumi

 明日の記事にも改めて書くけれども、存在感のあるブログ「世に倦む日々」がはじめた「STOP THE KOIZUMI − 改革ファシズムを止めるブロガー同盟」運動に賛同する。加盟したいと思う。トラックバックを送っておきたい。いまという時代を1930年代の繰り返しとするのか、それとも1860年代まで時計を戻せるのか。我々は大きな岐路に立っているように思う。

郵貯350兆円のコントロール

 経済の話をもう少し続けたい。郵貯350兆円が市場に放出されたとき何が起きるかというシミュレーションだ。350兆の大部分は現在、最終的に国債引き受けに回されているのは、ある程度情報収集した方ならご存知の通り。そこで、今後350兆円をどうするかというあり得るシナリオ群は、2つの極の間に位置づけられる。片方の極はいままで通り、国債の引き受けに回す。もう片方は、完全に国際金融市場に放り出しハゲタカの食うに任せる。もちろん制度がゆるむので、財務省の意図通りに完璧なコントロールがもはやできないのは言うまでもないが。

 国債引受-----------中間点1----------------中間点2----------金融市場放出

(郵貯預金を                     (郵貯を完全廃止

国債購入に誘導)          その後は各金融機関の取りあいに任せる)

      (郵貯資金を国内銀行に誘導  (郵貯のゆるやかな廃止

       銀行には国債引受を強制)    国債をゆるやかに国際放出)

 おそらく財務省は中間点1の落としどころをねらっている。現在のところ国内銀行は、金融検査を通じていくらでも言うことを聞かせられる状態にあるからだ。左端の選択肢を、リスクをとらない日本人の個々の預金者に強制・誘導するのは無理だろう。右端はハゲタカに日本を委ねる選択で最悪だが、何もしなければこの選択肢が実現し、作り出される落差でやがてアジア通貨危機みたいなことが起きる。中間点2というのは近代経済学の教科書的にもっとも望ましい手段だが、問題は、ボツワナ並みの格付けになっている日本国債を買ってくれる海外投資家がいるのかどうかという点だ。十分に低価格(高金利)になれば買うだろうが、そのとき日本の国内金利は暴騰することになり、住宅ローンを抱えるサラリーマン家計に悲劇が訪れる。こうしてみると、実は中間点1しか選択肢がない、というのが真相に近い。じつは財務省といえどもかなり手を縛られているように見えるが、また何か手品のような手法を見つけるのだろうか。それとも、わがなきあとに洪水は来たれ、ということか。かれらはいつでも宗主国アメリカに逃げ出せるのだから。