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2016-11-14 Probrem of ”New Femininity Test”

I Lady 「新・女子力テスト」問題

電通ギャルラボと国際NGOジョイセフが作った「粉かけ罰ゲーム」CMの件

http://grapee.jp/153401 日本女性の「女子力」は先進国で最下位レベルだった…!ってどういうこと?
http://togetter.com/li/1047549 新・女子力テスト。「コンドームを自分で買ったことある?」→「NO」で粉ぶっかけ懲罰される「日本女性のリプロダクティブ・ヘルスの知識、先進国の中で最下位レベル」広告の意味不明。
http://togetter.com/li/1047527 「女性に粉かけ罰ゲーム動画」が「国際NGOジョイセフ(妊産婦支援団体)×電通」のディストピア
http://gallabo.com 電通ギャルラボ
https://www.joicfp.or.jp JOICEP

https://twitter.com/ykhre/status/797231929602949120 「新・女子力テスト:日本の女子たちは本当に女子力が高いのか?」(雪原さんによる複製版)
https://twitter.com/ykhre/status/797739088568676352 "A Famininity Test: Do Japanese Women Have the High Femininity for Real?" (雪原さんによる英語字幕付き)

ここで取り上げたいのは、CMそのものというより、CMの最後のほう (1'57 くらいから) に出てくる「日本女性のリプロダクティブ・ヘルスの知識、先進国の中で最下位レベル」という字幕。

f:id:remcat:20161114031511p:image
「新・女子力テスト:日本の女子たちは本当に女子力が高いのか?」(雪原さんによる複製版) 1分57秒

https://twitter.com/ykhre/status/797231929602949120

いったい何を指して「最下位レベル」と言っているのだろうか?

「スターティング・ファミリーズ」調査またはIFDMSの問題

CM自体には根拠は提示されていないのだが、製作者の記事を読むと、次のように書いてある。

妊娠に関する知識、ワースト2位の事実
女性の活用が政策に盛り込まれ、多様な施策が検討されている日本ですが、「妊娠に関する知識の習得度」を調べた研究論文では日本は先進国18カ国の中トルコに次ぐ下位から2番目の17位でした。女性のライフプランニングに大きく関わっていくリプロダクティブ・ヘルス/ライツの知識が、普及していないことが証明されたのです。

〔表「妊娠に関する知識の習得度 (2013)」省略〕

(出典:Human Reproduction,28:385-397, 2013)

小川 愛世 (2016-03-08)「ガールミーツガールプロジェクト リレーコラム #03自分を幸せにする「女子力」ってなんだろう。長寿の国、日本女子が抱える「健康の課題」。」(ウェブ電通報)
http://dentsu-ho.com/articles/3775

ここで引用されている論文 (Human Reproduction, 28:385-397, 2013) は Bunting + Tsibulsky + Boivin (2013) "Fertility knowledge and beliefs about fertility treatment" http://doi.org/10.1093/humrep/des402 である。これは、 http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160314/ifdms で紹介した、いわゆる「スターティング・ファミリーズ」調査 (または International Fertility Decision-making Study: IFDMS) の論文。この論文中には、国連の人間開発指数 (HDI) がすごく高い国とそうでもない国にわけたグラフが載っており、日本はその「すごく高い」国の中でいちばん低い得点となっている。

日本ではこの調査結果を真に受けて「日本はトルコの次に知識が低い」などと吹聴して回る産婦人科医や学会やジャーナリストが続出し、ついには「少子化社会対策大綱」(2015年) の数値目標の根拠として採用されるところまで行ってしまったのだが、調査の内容はきわめて質の低いもので、とうてい国際比較に使えるようなものではない。そのあたりのことは http://synodos.jp/science/17194 にまとめたので、そちらを参照していただきたい。なお、調査内容について詳しいことを調べるまでもなく、そもそも 当の論文自体 に、対象者選択の問題で偏りがあることが再三警告されており、研究のスポンサーであった製薬会社が出したプレスリリース でも「調査結果は一般集団を代表するものではなく」「文中に登場する国名についても、〔……〕必ずしもその国を代表するものではありません」とわざわざ断っているくらいなので、論文をちゃんと読みさえすれば、「妊娠に関する知識、ワースト2位の事実」などという根拠に使えないデータであることは明白である。

さらに、この調査で使われている質問項目は次のようなもので、要するに、子供が欲しくなった時に確実に妊娠するにはどうしたらよいか、という系統の知識しか聞いていない。不妊カウンセリングなどを受けて、医師が推奨するハウツー的な知識を仕入れてくれば正解できるのであって、確実に避妊する方法とか、妊娠までに体内で何が起こるかとかいった体系的な知識は必要ないのである。

(1) 女性は36才を過ぎると受胎能力が落ちる
(2) 避妊法を用いずに1年間定期的に性交をして妊娠しなかった場合に、夫婦は不妊であると分類される
(3) 喫煙は女性の受胎能力を低減する
(4) 喫煙は男性の授精能力を低減する
(5) 健康なライフスタイルであれば受胎能力がある
(6) 夫婦10組のうち約1組は不妊である
(7) 男性が精子を産生するなら授精能力がある
(8) 今日では40代の女性でも30代の女性と同じくらい妊娠する可能性がある
(9) 男性が思春期後におたふくかぜに罹った場合には、後で授精能力の問題につながる可能性が高い
(10) 月経が無い女性でも受胎能力がある
(11) 女性が13キロ以上太りすぎていると妊娠できないかもしれない
(12) 男性が勃起できることは、授精能力があることを示す
(13) 性病に罹ったことのある人は受胎能力が減少する

そして、質問文を並べれば一目瞭然だが、翻訳の質が低い。論文 のAppendixに載っている英語版と突き合わせると、13問のうちすくなくとも10問は翻訳に失敗している というべきである。

「子宮頸がん検診受診割合」の問題点

もうひとつ、「知識が最下位レベル」であることの根拠になっているらしいのが、婦人科 (子宮頸がん) 検診の受診率 (37.7%)。「調査対象国22カ国中最下位」とか書いていて、引用しているデータは "OECD Health Data 2013" なのだが、日本のデータ源は2010年の「国民生活基礎調査」のようである。OECD サイトにある現在のデータ には2013年のデータが搭載されていて、もう少し高い値 (42.1%) になっている。こういうデータ集は、各国でちがうやりかたで集めたデータを無理やり接合しているわけで、比較可能かどうかは慎重に検討する必要があるが、上で見たように、IFDMSのようなトンデモ調査を信じている人たちに、そうした検証作業は期待できまい。

ちなみに国民生活基礎調査の各年の結果は http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21kekka.html
調査票は http://www.mhlw.go.jp/toukei/chousahyo/#00450061
2013年版のがん検診の質問項目は http://www.mhlw.go.jp/toukei/chousahyo/koku25ke.pdf 7ページにある。

2013年国民生活基礎調査による各種がん検診 (胃・肺・子宮頸・乳・大腸) の受診率は、日本医師会 https://www.med.or.jp/forest/gankenshin/data/japan/ がまとめている。これによれば、男女とも、検診受診率が全体的に低いのであって、女性の婦人科関連検診だけが低いわけではない。相対的にみれば男性のほうが高いが、これは男性のほうが正規雇用の形で職場健診に組み込まれていることが多いということで説明がつくのではないか。実は、この「新・女子力テスト」を作った「I Lady」のサイト自身の記事にも、次のように書いてあるのである。

有職者女性は職場の健康診断の「オプション」として婦人科検診の機会はあるものの、学生・主婦・非正規雇用の方などはその機会がありません。市町村から案内が来る地域もありますが、強制力はないので本人が自発的に「行こう」と思わなければその機会は失われてしまいます。

「LADY COLUMN あなたのリプロダクティブ・ヘルスのレベルは? ―女性がもっと、「性」に主体的になるために」(2016-07-06)

http://ilady.world/repro/2016/07/06/376/

非正規雇用は「有職者」にふくまないというのがいったいどういう認識からくるのかよくわからないところであるが、それはともかく、これは健康診断の制度がどうなっているかによって受診率が大きく変わることを示している。そうした要因を検討せずに国別の受診率の高低を個人の「知識不足」に結びつけることはできない。

というわけで、「子宮頸がん検診受診割合」が低いからといって、そこから女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツの知識不足を導くのは、3つの点で誤っている可能性がある:

  • 男女共通の問題を、女性特有の問題と取り違えている
  • 健康一般の問題を、リプロダクション特有の問題と取り違えている
  • がん検診の制度の問題を、個人の知識の問題と取り違えている

「模範解答」の根拠の問題

以上のように、「日本女性のリプロダクティブ・ヘルスの知識、先進国の中で最下位レベル」というキャッチフレーズには根拠がない。しかし、これが間違っていたとしても、「新・女子力テスト」であつかっている知識自体がちゃんとしたものであれば、正しい知識を広める役割を持っているという点では肯定的に評価できるかもしれない。

ところが、「新・女子力テスト」の「模範解答」の根拠として http://ilady.world/question_model/ に上がっているのは、つぎのようなものである:

  • オムロンのヘルスケアサイト
  • フランスベッドの睡眠サイト
  • ユニチャームの生理用品サイト
  • 化粧品会社の美容情報サイト
  • 情報通信会社の社会調査レポート
  • テレビ局の医学番組サイト
  • カイロプラクティック治療院サイト
  • オーソモレキュラー療法サイト
  • 産婦人科医院サイト
  • 製薬会社の医療情報サイト
  • 厚生労働省の報告書

適当なキーワードで検索して出てきたウエブサイトを並べているようで、まともな医学書・医学論文が1件もない。しかも、ウエブサイトのほとんどには出典が示されておらず、内容の検証自体ができない。

なかでもひどいのは、つぎのようなサイト。

粉をかけられるべきなのは誰か?

結局、「新・女子力テスト」がやったのは

  • IFDMSのようなトンデモ研究を無批判に受容し
  • 「子宮頸がん検診の受診率が低いのは女性の知識不足が原因」と思い込み
  • ネットで手軽に探した適当なサイトのいい加減な記述を「女子力がUPする模範解答」として示す

ということだった。誰が粉をかぶるべきなのかは明白であろう。

付録:「模範解答」参考資料一覧 [2016-11-20 追加]


「新・女子力テスト」の「模範解答」http://ilady.world/question_model/ の「参考一覧」に上がっているURLの一覧をつくりました。リンク先は、動画公開当時 (2016-03-03) に近い時点のアーカイブにしてあります。

履歴

2016-11-14: 記事作成・公開
2016-11-15: 『Web電通報』コラムがなくなっていたので、The Internet Archive にリンク先を変更: http://web.archive.org/web/20160930122513/http://dentsu-ho.com/articles/3775
2016-11-20: 「模範解答」参考資料一覧を追記

※ 『messy』に次の論稿を寄稿しました:「I LADY. 「新・女子力テスト」とニセ医学:ジョイセフ×電通「粉かけ罰ゲーム動画」の背景」(2016-22-21) http://mess-y.com/archives/37878

2016-09-22 Letter to the editor of Human Reproduction

Misinformation due to a low-quality international multilingual survey


(I submitted the following letter as an online response to the article "Fertility knowledge and beliefs about fertility treatment: findings from the International Fertility Decision-making Study" by L Bunting, I Tsibulsky, and J Boivin, Human Reproducion 28:385-397 (2013). As it was not published on the Human Reproducion website, I posted the following to my blog. For this blog post, hyperlinks were added and the reference style was modified.)

Dear Editor,

I read an article about International Fertility Decision-making Study (IFDMS) by Bunting, Tsibulsky, and Boivin (2013) in Human Reproduction 28(2). Since it was based on data from a large-scale survey conducted in more than 18 countries with 13 languages (in 2009-2010), I was interested in understanding whether it yielded results that were valid and comparable across lingual and socio-cultural differences. After examining the article and other documents, I concluded that the IFDMS does not have a substantial level of validity and comparability. This letter explains why.

Bunting et al. (2013) reported some problems in the measurement. For the Cardiff Fertility Knowledge Scale (CFKS), one of the main topics of the survey, the standardized Cronbach alpha was low in Italy and Turkey (p. 387). This suggests failed measurements due to translation into Italian and Turkish.

In the 'Translations' section of the article (p. 388), there are problems in the process of designing multilingual questionnaires. The questions were framed in English, pre-tested by potential respondents, and then translated. In this process, questions might not have been selected to ensure comparability among different social conditions. Indeed, according to the Appendix, the second item of the CFKS includes a statement 'A couple would be classified as infertile if they did not achieve a pregnancy after 1 year of regular sexual intercourse (without using contraception)' and sets the right answer as 'TRUE'. However, the answer should have depended on the definition of infertility. In Japan in those days, for instance, the standard definition by the Japan Society of Obstetrics and Gynecology (2008, p. 276) applied the term 'infertility' to couples who had not conceived after regular intercourse of 2 years. The item thus failed to capture the existing varieties in the definition of the term.

The questionnaire-making process had another problem; the translated versions were not pre-tested by potential respondents. This could have resulted in unreadable or unanswerable questions being retained in the questionnaire.

This doubt should be confirmed by examining the questionnaires. However, there is no published IFDMS questionnaire. Although the article introduces two URLs, http://www.startingfamilies.com and http://www.startingfamilies.org, the former has expired while the latter is redirected to a webpage carrying no information on IFDMS. A published report on IFDMS (Merck Serono, No date) also contains no questionnaire.

I contacted the correspondence address of the article and directly got the Japanese version of the questionnaire (PDF files for male and female respondents). I have already reported about it in Japanese (Tanaka, 2016a, 2016b).

As an overall impression, the quality of translation is poor. There are many unnatural Japanese phrases among the 17 pages of the questionnaire, as well as spelling errors (e.g., 'atana' instead of 'anata' (=you)). Although different questionnaires were prepared for women and men, they are almost identical. As a result, some questions are unanswerable for male respondents: the questionnaire for men includes questions on the respondent's thought about why he is not pregnant.

There are mistranslations among the 13 items of the CFKS. Many English expressions involving comparisons and tendencies (e.g., 'more', 'never', and 'likely to') were not translated. For some items, Japanese postpositional particles were misused to make unintended connotations. In questions about male fertility, the terms 'fertility' and 'fertile' were translated into a Japanese word that meant artificial insemination. In total, I evaluated 10 of the 13 items to be improperly translated (Tanaka, 2016a).

In addition, the order of the 13 items of the CFKS differs between the English and Japanese versions. It is an elementary mistake not to keep the identical order of a series of questions. This would damage the comparability among questionnaires of different versions, due to the difference in carryover effects.

Regarding the other focus of the article, the six items on fertility treatment beliefs, the quality of translation is somewhat better than that of CFKS. Notwithstanding, there is also an obvious mistranslation: the auxiliary verb 'can' was not translated in the statement 'fertility treatments can cause emotional problems'.

I only read the Japanese questionnaire. I have no information on the other versions. However, as I mentioned above, it is probable that questions were mistranslated in Turkish and Italian. There is no evidence to indicate that the questionnaires in other languages are of better quality than the Japanese one. I accordingly expect no reliable research results with IFDMS, given that the data are unreliable.

As a professional social survey researcher, I am afraid of the spreading of unreliable information based on low-quality surveys. Researchers should make efforts to keep the quality of a survey and reject unreliable research results.

I am not sure whether the reviewers checked the IFDMS questionnaires. But, even if they did, it would be difficult to evaluate all questions in 13 languages. Generally speaking, it is unrealistic for journal editors to appoint native-level speakers for a dozen of languages to review a manuscript.

To check the quality of such multilingual study, the only realistic solution is readers' critical evaluation after the publication. For such evaluation, questionnaires and detailed documents should be accessible. In a traditional way, researchers compile questionnaires and details of the survey in a book-form report and donate it to libraries. With the progress of information technology today, it is convenient to publish them as a supplementary material on the journal website. I hope that the Human Reproduction editorial board will consider it.

References:

2016-09-09 第26回日本家族社会学会大会報告:2016-09-11 (日)

産婦人科・生殖医学で広報・政治活動に使われているグラフの科学的根拠の検討


第26回日本家族社会学会大会で報告をおこないます

  • Date: 2016-09-11 (Sunday) 10:45-12:45
  • Location: 早稲田大学 (東京)
  • Title: 産婦人科・生殖医学で広報・政治活動に使われているグラフの科学的根拠の検討 || Unscientific charts used in obstetrics, gynecology, and reproductive medicine
  • Language: Japanese
  • Keywords: 疑似科学, 人口政策, 妊娠・出産
  • Content: 産婦人科・生殖医学では、科学的根拠のないグラフが広報と政治活動に使われている。これらの問題点を解説するとともに、政府の「少子化対策」との関連を検討する。
  • Presenter: 田中 重人 || TANAKA Sigeto
  • Conference: 第26回日本家族社会学会大会
  • URI: http://www.sal.tohoku.ac.jp/~tsigeto/16w.html

取り上げるグラフの例 (報告要旨画像):
f:id:remcat:20160909182541j:image

スライド →http://tsigeto.info/16w-slide.pdf

2016-08-20 Age-specific marital fertility rates of Hutterites (Sheps 1965)

Sheps (1965) Table 2 によるハテライトの女性年齢別婚姻内出生率 (ASMFR)

2016年3月31日の記事 【解題】高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフの適切さ検証: 人口学データ研究史を精査 - remcat: 研究資料集 のつづき。

年齢別婚姻内出生率 (ASMFR) はハテライトのデータからえられるわけだが、ここでなぜか Bendel and Hua (1978) は、20代前半までに結婚した女性のデータだけに限定するのである。

〔……〕

〔……〕この操作の結果として、年齢が上がるにしたがって新婚の人がいなくなり、結婚から長い年数が経過した人が増えていくデータを使っていることになる。(現代でもそうであるが) 新婚直後がいちばん夫婦仲がよく、時間がたつにつれて仲が悪くなったり疎遠になったりするので、性行動もそれにしたがって変化する。実際、データ元の Sheps (1965) の Table 2 (上記) やその前の Table 1 はあきらかにその傾向を示しており、Sheps 自身も論文中でそのことを指摘している。Bendel and Hua (1978) 推定の25歳以上の部分は、結婚からの年数経過による性行動の不活発化という要因の影響を受けているのであり、加齢による受胎確率の低下を過大に推定していることになる

http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160331/pr

実際どのような感じなのかについて、Sheps (1965) の Table 2 のデータを使ってグラフを描いてみた (データは末尾の Appendix 参照)。北米ハテライトの1950-60年代のデータで、女性の年齢別の婚姻内出生率 (Age-specific marital natality rates) を、結婚時年齢別に集計したものである。

グラフ作成にあたって、以下の加工を加えた。

  • 各系列の最初の年を除外。これは、最初の1年は出生率が低めに出るからである (x歳で結婚した夫婦の子供の大部分は x + 1 歳以降の出産になる)
  • 各系列3年目以降から46歳までについて、前後1年ずつの範囲 (つまり3年間) の移動平均を計算。これは、出生率の高い集団においては年齢別出生率に周期的な変動があるからである (多くの女性が妊娠中であった年の翌年は出生率が上がるが、その間は新たな妊娠が起こらないので、さらにその次の年は出生率が下がる)

また、25歳以降に結婚した女性は人数が少ない (したがって標本誤差が大きい) ことに注意 (Appendix の表画像の * マークを参照のこと)。

f:id:remcat:20160820163730p:image
図1. 女性の結婚年齢別にみた年齢別婚姻内出生率 (3年間移動平均、100人あたり)

図1からわかるように、新婚当初は60%前後の高い出生率を示し、その後下がっていくという共通のパターンがみられる。

30歳以降に結婚した女性の35歳前後の出生率が落ち込んでいるが、これは35歳時の出生率が26%と極端に低いことによる。もしこの26%を外れ値とみなして除外すると、39歳時までは50前後かそれ以上の出生率を保っていることになる。

結婚からの時間経過による出生率低下の効果を確認するため、この各系列の開始時をそろえてプロットしなおしたのが図2。

f:id:remcat:20160821110645p:image
図2. 結婚からの時間の経過と婚姻内出生率 (3年間移動平均、100人あたり)

30歳以降に結婚した女性の出生率の一時的な落ち込み (前述) を除外すると、結婚後5年くらいの間は、どの結婚年齢の場合も60%前後と高い。結婚が遅いと出生率が低いといった傾向はない。

その後は、まず30歳以上で結婚した女性以外については、出生率が少しずつ低下していくことがわかる。この部分は、加齢のせいというよりは、結婚からの年数経過のせいであろう。

30歳以上で結婚した女性の出生率は、10年程度経過すると大きく下がっていく。15年程度経過したところで20代後半で結婚した女性の出生率が大きく下がり、20年程度経過したところで20代前半で結婚した女性の出生力が大きく下がる。実際の年齢に当てはめるとどのようになっているかを図1も併用して考えると、40歳すこし前くらいから、年齢による低下という要因が (結婚からの経過年数にかかわらず) おおきくはたらきはじめることになる。

3月31日の記事 でも論じたとおり、2015年の高校保健副教材で使用された「妊娠のしやすさ」グラフは、20代前半までに結婚した早婚女性のデータ (図1, 図2では点線の2本に相当) だけを抜き出して、それをもとに fecundability を推計した Bendel and Hua (1978) の論文 をもとにしている。それにさらに加工して22歳時のピークをつくったのが James Wood (1989)、それを不正確に写したのが O'Connor et al (1998)、20代のうちに急激に低下するように線を引きなおしたのが吉村泰典 (2013) であるが、このように一連の改変がおこなわれる以前に、すでに データが恣意的に選択されていた のであり、その時点で、20代中ごろから低下の始まるラインが出てくるのは必然であったことがわかる。

Appendix: Age-specific marital natality rates by age at marriage, per 100 married women

Source: M. C. Sheps (1965) "An analysis of reproductive patterns in an American isolate". Population studies. 19(1):65-80. http://dx.doi.org/10.1080/00324728.1965.10406005 Table 2 (page 68).

Image:
f:id:remcat:20160331153633p:image
The area within red lines indicates the data used for the estimation of natural fecundability curve by Bendel and Hua (1978).


Table:

Maternal age at birth <20 20-24 25-29 30+ All
18 29 29
19 40 40
20 71 28 58
21 53 59 56
22 61 60 60
23 62 58 59
24 51 64 61
25 56 58 40 57
26 49 58 73 56
27 55 56 56 56
28 50 54 69 54
29 55 53 62 54
30 46 57 53 0 54
31 55 50 74 68 53
32 39 46 43 60 44
33 50 51 52 56 51
34 39 49 57 59 47
35 46 46 52 26 46
36 37 43 53 64 43
37 42 41 43 40 41
38 39 42 48 67 43
39 34 38 46 42 38
40 38 38 54 36 39
41 28 32 26 25 30
42 17 30 42 26 26
43 21 17 25 18 19
44 20 13 7 25 15
45 11 8 0 8 8
46 2 3 0 10 3
47 3 3 0 0 3

2016-07-11 高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフ問題から考える科学リテラシー

高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフ問題から考える科学リテラシー教育

(東北大学の広報誌『まなびの杜』寄稿予定の小文。推敲途中のもの。)

田中重人◎文
text by Tanaka Sigeto

高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフの問題

二〇一五年、文部科学省が作成した 保健副教材『健康な生活を送るために(高校生用)』改訂版 は、妊娠・出産に関する医学的・科学的知識をはじめて盛り込んだ教材というふれこみで、各高校に配布されたものです。その四十ページには、女性の「妊娠のしやすさ」と年齢との関係を示すグラフが掲載されていました。このグラフの曲線は、二十二歳をピークとして急激に下降するように改変されていて、引用元の論文のグラフとはかけはなれた形状になっていることが指摘され、問題になりました。文部科学省はその後、グラフを訂正しています。(訂正後のグラフにも問題があります が、ここでは触れません。)

実は、このグラフは、今回の教材改訂用に新しくつくられたものではありません。特定の産婦人科医がウェブサイトや講演資料、政府の作成した広報用動画などで以前から使っていた ものでした。私は、この事件をきっかけに、産婦人科や生殖医学における広報・政治活動に興味を持ち、資料を集めてみました。すると、女性の妊孕力の年齢による低下を誇張したものや、妊娠に関する人々の知識レベルが低いことを強調したものなど、妥当性の疑わしいグラフが、ほかにも種々使われてきた ことがわかりました。

日本でこれらのグラフが出回りはじめたのは二〇一二年ごろです。「妊活」「卵子の老化」といったキーワードがマスメディアをにぎわすようになった時期にあたります。日本生殖医学会、日本産婦人科医会といった専門家団体の広報のほか、政府の委員会などでも政策決定の資料として使われ、安倍内閣の「少子化社会対策」に影響をあたえてきました。学校教育に妊娠・出産に関する医学的・科学的知識を盛り込むことになったのは、その一環の出来事でした。

情報源を調べることの大切さ

これらのグラフが使用されてきた経緯をみると、情報の確かさをきちんと調べて間違いを正すという、専門家が本来果たすべき役割分担が機能していないことがわかります。元の論文に載っている図表とはあきらかに数値が違うもの、データの解釈がおかしいものもありますし、どうやって算出した数値なのかということ自体がわからないものもあります。データの出所をさかのぼって確認するという鉄則が守られていれば、出てくるはずのないものでした。しかし実際には、このようなグラフが専門家のお墨付きを得て流通し、世論や政策に影響をあたえてきたのです。「女性の妊娠しやすさは二十二歳がピーク」というようなインパクトのあるグラフは、改変されながらコピーされて流布していきます。そして、いったん「科学的に正しい知識」として広まってしまうと、後から間違いを正すことは困難です。

この問題は、「科学」というものの実態は、社会のなかの営みであり、政治的な駆け引きや時流に強く影響されたものであることを教えてくれます。正しい知識を得ようとするなら、政府や専門家のいうことを鵜呑みにするのではなく、その真偽を常に自分でチェックすることのできるリテラシーが必要です。大学をふくめ、学校での教育というものが、そのような科学リテラシーを育てるものであってほしいと願っています。


f:id:remcat:20160201171332p:image
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/08/17/1360938_09.pdf (2015年8月25日確認)
文部科学省 (2015)『健康な生活を送るために(高校生用)』p. 40 (公表時) のグラフ

田中 重人 (たなか しげと)
1971年生まれ
現職/東北大学大学院文学研究科准教授
専門/社会学・社会調査法
関連ウェブサイト/http://tsigeto.info/misconduct/

履歴

2016-08-16 リンク情報を2か所修正し、4か所追加しました (文章には変化ありません)。
2016-08-29 英訳版を作成:http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160711/en
2016-08-29 独立したページURL http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160711/mori を設定しました。
2016-08-29 東北大学広報誌『学びの杜』へのリンクを追加しました: http://www.bureau.tohoku.ac.jp/manabi/

Scientific literacy in schools: Lessons from a scandal about the 2015 health education material in Japan


(Created: 2016-08-29) This is an English translation of a Japanese manuscript "高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフ問題から考える科学リテラシー", prepared for a Tohoku University's pamphlet, Manabi no Mori.

Falsified chart on women's likelihood of pregnancy

In August 2015, the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology of Japan (MEXT) prepared a revised version of the side-reader for health education in high schools, entitled "健康な生活を送るために" [To lead a healthy life]. MEXT announced it as the first education material including knowledge on pregnancy and childbirth. It was distributed to all high schools in Japan.

On page 40 of the side-reader is a chart that shows the relation between a woman's age and the likelihood of pregnancy. The curve of this chart was manipulated such that it peaks at the age of 22 years and then drops rapidly. The mass media reported that the shape of this chart differs greatly from that in the original paper. After this issue became publicly known, MEXT corrected the chart. (There are serious problems remaining even after the chart was corrected, but we will not mention them here.)

This chart was not newly created for this high school material. A certain influential gynecologist (YOSHIMURA Yasunori, a former Chairperson of the Executive Board of the Japan Society of Obstetrics and Gynecology (2007-2011) and the Japan Society for Reproductive Medicine (2010-2014) who currently serves as Special Advisor to the Secretariat of the Cabinet Office (2013-)) had used it on his website, as lecture materials, and in a movie for public information prepared by the government.

This scandal triggered my interest in public information and political activities expanding over the academic fields of obstetrics, gynecology, and reproductive medicine. I collected documents on the topic and found out that various charts of doubtful validity have been used. Some charts exaggerated decline of women's fecundity by age, while others fabricated Japan’s low level of awareness on pregnancy-related knowledge.

In Japan, these charts first appeared around 2012. It was the beginning of a period during which terms such as "妊活" [activities aiming at getting pregnant] and "卵子の老化" [the aging of the ovum] dominated the mass media. The charts have been used by academic associations such as the Japan Society for Reproductive Medicine (JSRM) and the Japan Association of Obstetricians and Gynecologist (JAOG) in their campaign and lobbying. The charts also served as decision-making grounds by the government. This had an effect on the Abe Cabinet's policy regarding low birthrate. It was part of this policy that the government decided to include knowledge on pregnancy and childbirth in school education.

The importance of investigating the information sources

The details regarding the use of these charts reveal that academics have not fulfilled their responsibilities. The doubtful charts contain data that differs from that used in the original studies, odd interpretations of the data, and data whose methods of measurement and calculation are unclear. Such data should have been rejected based on the principles of academic research to trace the original sources and to confirm the veracity of the data. However, academics did not so. On the contrary, they actively recommended the doubtful charts. It was easy to arouse public attention for a chart that had visual appeal such that "women are most fertile at the age of 22 years" with endorsement by academics. Once such a chart spreads as purported scientific knowledge, it is difficult to correct the errors later on.

This problem teaches us that "science" is actually an institution in society and is strongly influenced by political tactics and the trends of the times. To obtain valid knowledge, we need an adequate level of scientific literacy that will enable us to review literature by ourselves rather than accepting explanations of the government and experts. I hope that school education encourage such literacy.

Figures


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Fig. 1. Age-specific marital fertility (or natality) rates (ASMFR) based on the 1950s-60s data of the Hutterites, who are Christians that do not use contraception or carry out abortion due to religious reasons. Three-year moving average starting from the second year of each column in Table 2 of M. C. Sheps, Population studies 19 (1965). ASFMR are at a high of at least 50% during the newlywed period and decrease as time passes from marriage, which is a common pattern.


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Fig. 2. The falsified chart of women's age-fecundability profile in the high-school side-reader by MEXT (August 2015, p. 40). The original was Figure 1 of Bendel and Hua, Social biology 25 (1978): composited curve of estimates based on data of Hutterites women married young (correspondent with the two dotted lines in Fig. 1) and Taiwanese women aged 16-24. This chart is a product of unscientific manipulation for three times since then. The text on the right of the chart explains the decline in fecundability only with medical/biological terms, without mentioning socio-cultural factor such as age at marriage, sexual behavior pattern during marital life, and family lifecycle. No description about data sources and the meaning of the curve. No appropriate citation.

http://web.archive.org/web/20150822025627/http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/08/17/1360938_09.pdf

See also

Other documents are listed on http://tsigeto.info/misconduct/ (most of them are in Japanese).

Author of this article

Tanaka Sigeto (Associate professor, Tohoku University)
http://www.sal.tohoku.ac.jp/~tsigeto/office.html
http://twitter.com/twremcat