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2016-08-20 Age-specific marital fertility rates of Hutterites (Sheps 1965)

Sheps (1965) Table 2 によるハテライトの女性年齢別婚姻内出生率 (ASMFR)

2016年3月31日の記事 【解題】高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフの適切さ検証: 人口学データ研究史を精査 - remcat: 研究資料集 のつづき。

年齢別婚姻内出生率 (ASMFR) はハテライトのデータからえられるわけだが、ここでなぜか Bendel and Hua (1978) は、20代前半までに結婚した女性のデータだけに限定するのである。

〔……〕

〔……〕この操作の結果として、年齢が上がるにしたがって新婚の人がいなくなり、結婚から長い年数が経過した人が増えていくデータを使っていることになる。(現代でもそうであるが) 新婚直後がいちばん夫婦仲がよく、時間がたつにつれて仲が悪くなったり疎遠になったりするので、性行動もそれにしたがって変化する。実際、データ元の Sheps (1965) の Table 2 (上記) やその前の Table 1 はあきらかにその傾向を示しており、Sheps 自身も論文中でそのことを指摘している。Bendel and Hua (1978) 推定の25歳以上の部分は、結婚からの年数経過による性行動の不活発化という要因の影響を受けているのであり、加齢による受胎確率の低下を過大に推定していることになる

http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160331/pr

実際どのような感じなのかについて、Sheps (1965) の Table 2 のデータを使ってグラフを描いてみた (データは末尾の Appendix 参照)。北米ハテライトの1950-60年代のデータで、女性の年齢別の婚姻内出生率 (Age-specific marital natality rates) を、結婚時年齢別に集計したものである。

グラフ作成にあたって、以下の加工を加えた。

  • 各系列の最初の年を除外。これは、最初の1年は出生率が低めに出るからである (x歳で結婚した夫婦の子供の大部分は x + 1 歳以降の出産になる)
  • 各系列3年目以降から46歳までについて、前後1年ずつの範囲 (つまり3年間) の移動平均を計算。これは、出生率の高い集団においては年齢別出生率に周期的な変動があるからである (多くの女性が妊娠中であった年の翌年は出生率が上がるが、その間は新たな妊娠が起こらないので、さらにその次の年は出生率が下がる)

また、25歳以降に結婚した女性は人数が少ない (したがって標本誤差が大きい) ことに注意 (Appendix の表画像の * マークを参照のこと)。

f:id:remcat:20160820163730p:image
図1. 女性の結婚年齢別にみた年齢別婚姻内出生率 (3年間移動平均、100人あたり)

図1からわかるように、新婚当初は60%前後の高い出生率を示し、その後下がっていくという共通のパターンがみられる。

30歳以降に結婚した女性の35歳前後の出生率が落ち込んでいるが、これは35歳時の出生率が26%と極端に低いことによる。もしこの26%を外れ値とみなして除外すると、39歳時までは50前後かそれ以上の出生率を保っていることになる。

結婚からの時間経過による出生率低下の効果を確認するため、この各系列の開始時をそろえてプロットしなおしたのが図2。

f:id:remcat:20160821110645p:image
図2. 結婚からの時間の経過と婚姻内出生率 (3年間移動平均、100人あたり)

30歳以降に結婚した女性の出生率の一時的な落ち込み (前述) を除外すると、結婚後5年くらいの間は、どの結婚年齢の場合も60%前後と高い。結婚が遅いと出生率が低いといった傾向はない。

その後は、まず30歳以上で結婚した女性以外については、出生率が少しずつ低下していくことがわかる。この部分は、加齢のせいというよりは、結婚からの年数経過のせいであろう。

30歳以上で結婚した女性の出生率は、10年程度経過すると大きく下がっていく。15年程度経過したところで20代後半で結婚した女性の出生率が大きく下がり、20年程度経過したところで20代前半で結婚した女性の出生力が大きく下がる。実際の年齢に当てはめるとどのようになっているかを図1も併用して考えると、40歳すこし前くらいから、年齢による低下という要因が (結婚からの経過年数にかかわらず) おおきくはたらきはじめることになる。

3月31日の記事 でも論じたとおり、2015年の高校保健副教材で使用された「妊娠のしやすさ」グラフは、20代前半までに結婚した早婚女性のデータ (図1, 図2では点線の2本に相当) だけを抜き出して、それをもとに fecundability を推計した Bendel and Hua (1978) の論文 をもとにしている。それにさらに加工して22歳時のピークをつくったのが James Wood (1989)、それを不正確に写したのが O'Connor et al (1998)、20代のうちに急激に低下するように線を引きなおしたのが吉村泰典 (2013) であるが、このように一連の改変がおこなわれる以前に、すでに データが恣意的に選択されていた のであり、その時点で、20代中ごろから低下の始まるラインが出てくるのは必然であったことがわかる。

Appendix: Age-specific marital natality rates by age at marriage, per 100 married women

Source: M. C. Sheps (1965) "An analysis of reproductive patterns in an American isolate". Population studies. 19(1):65-80. http://dx.doi.org/10.1080/00324728.1965.10406005 Table 2 (page 68).

Image:
f:id:remcat:20160331153633p:image
The area within red lines indicates the data used for the estimation of natural fecundability curve by Bendel and Hua (1978).


Table:

Maternal age at birth <20 20-24 25-29 30+ All
18 29 29
19 40 40
20 71 28 58
21 53 59 56
22 61 60 60
23 62 58 59
24 51 64 61
25 56 58 40 57
26 49 58 73 56
27 55 56 56 56
28 50 54 69 54
29 55 53 62 54
30 46 57 53 0 54
31 55 50 74 68 53
32 39 46 43 60 44
33 50 51 52 56 51
34 39 49 57 59 47
35 46 46 52 26 46
36 37 43 53 64 43
37 42 41 43 40 41
38 39 42 48 67 43
39 34 38 46 42 38
40 38 38 54 36 39
41 28 32 26 25 30
42 17 30 42 26 26
43 21 17 25 18 19
44 20 13 7 25 15
45 11 8 0 8 8
46 2 3 0 10 3
47 3 3 0 0 3

2016-07-11 高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフ問題から考える科学リテラシー

高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフ問題から考える科学リテラシー教育

(東北大学の広報誌『まなびの杜』寄稿予定の小文。推敲途中のもの。)

田中重人◎文
text by Tanaka Sigeto

高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフの問題

二〇一五年、文部科学省が作成した 保健副教材『健康な生活を送るために(高校生用)』改訂版 は、妊娠・出産に関する医学的・科学的知識をはじめて盛り込んだ教材というふれこみで、各高校に配布されたものです。その四十ページには、女性の「妊娠のしやすさ」と年齢との関係を示すグラフが掲載されていました。このグラフの曲線は、二十二歳をピークとして急激に下降するように改変されていて、引用元の論文のグラフとはかけはなれた形状になっていることが指摘され、問題になりました。文部科学省はその後、グラフを訂正しています。(訂正後のグラフにも問題があります が、ここでは触れません。)

実は、このグラフは、今回の教材改訂用に新しくつくられたものではありません。特定の産婦人科医がウェブサイトや講演資料、政府の作成した広報用動画などで以前から使っていた ものでした。私は、この事件をきっかけに、産婦人科や生殖医学における広報・政治活動に興味を持ち、資料を集めてみました。すると、女性の妊孕力の年齢による低下を誇張したものや、妊娠に関する人々の知識レベルが低いことを強調したものなど、妥当性の疑わしいグラフが、ほかにも種々使われてきた ことがわかりました。

日本でこれらのグラフが出回りはじめたのは二〇一二年ごろです。「妊活」「卵子の老化」といったキーワードがマスメディアをにぎわすようになった時期にあたります。日本生殖医学会、日本産婦人科医会といった専門家団体の広報のほか、政府の委員会などでも政策決定の資料として使われ、安倍内閣の「少子化社会対策」に影響をあたえてきました。学校教育に妊娠・出産に関する医学的・科学的知識を盛り込むことになったのは、その一環の出来事でした。

情報源を調べることの大切さ

これらのグラフが使用されてきた経緯をみると、情報の確かさをきちんと調べて間違いを正すという、専門家が本来果たすべき役割分担が機能していないことがわかります。元の論文に載っている図表とはあきらかに数値が違うもの、データの解釈がおかしいものもありますし、どうやって算出した数値なのかということ自体がわからないものもあります。データの出所をさかのぼって確認するという鉄則が守られていれば、出てくるはずのないものでした。しかし実際には、このようなグラフが専門家のお墨付きを得て流通し、世論や政策に影響をあたえてきたのです。「女性の妊娠しやすさは二十二歳がピーク」というようなインパクトのあるグラフは、改変されながらコピーされて流布していきます。そして、いったん「科学的に正しい知識」として広まってしまうと、後から間違いを正すことは困難です。

この問題は、「科学」というものの実態は、社会のなかの営みであり、政治的な駆け引きや時流に強く影響されたものであることを教えてくれます。正しい知識を得ようとするなら、政府や専門家のいうことを鵜呑みにするのではなく、その真偽を常に自分でチェックすることのできるリテラシーが必要です。大学をふくめ、学校での教育というものが、そのような科学リテラシーを育てるものであってほしいと願っています。


f:id:remcat:20160201171332p:image
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/08/17/1360938_09.pdf (2015年8月25日確認)
文部科学省 (2015)『健康な生活を送るために(高校生用)』p. 40 (公表時) のグラフ

田中 重人 (たなか しげと)
1971年生まれ
現職/東北大学大学院文学研究科准教授
専門/社会学・社会調査法
関連ウェブサイト/http://tsigeto.info/misconduct/

履歴

2016-08-16 リンク情報を2か所修正し、4か所追加しました (文章には変化ありません)。

2016-05-28 高校保健副教材「健康な生活を送るために」国会質疑

「妊娠のしやすさ」改竄グラフ作成者は吉村泰典氏であることを内閣府が確認

5月25日(水) 参議院行政監視委員会で、高校保健副教材「健康な生活を送るために」(2015年版) についての質疑がありました。委員会の動画は http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/detail.php?sid=3704&type=recorded でみられます (委員会開始後38分20秒あたりから)。質問者は神本美恵子委員(民進党)。副教材全体の改訂のいきさつのほか、38ページの「子供はどのような存在か」のグラフと、40ページの「女性の妊娠のしやすさの年齢による変化」のグラフを取り上げています。

38ページの「子供はどのような存在か」のグラフについては、まだちゃんとまとめていません。概要と問題点は https://twitter.com/twremcat/status/647607430730268672 前後のツイートをごらんください。

40ページの「女性の妊娠のしやすさの年齢による変化」のグラフに関しては、重要な点はつぎの3つと思います。

作成者は吉村泰典氏

これまで、「女性の妊娠のしやすさの年齢による変化」グラフを提供したのが吉村泰典内閣官房参与 (慶應義塾大学名誉教授、元日本産科婦人科学会理事長) であったことは、有村内閣府特命担当大臣 (当時) 2015年10月2日の記者会見 などであきらかになっていました。しかし、誰がこのグラフをつくったのかは、政府側の見解としては示されていませんでした。今回の質疑では、内閣府からの回答として、当該グラフの作成者は吉村泰典氏であることを確認している、と明言されました。

グラフの元データは「正しい」ほうのグラフなのか、という質問に対しては、吉村氏がグラフをどのような経緯でどの時点でどのようにして作成したかは把握していないとの回答。質問者 (神本議員) からは、もし元のグラフを正確に写そうとして作ったグラフならこんなラインには絶対にならないだろう、という主旨のコメント。

文部科学大臣の評価

馳浩文部科学大臣からは、この教材について、早く産んだほうがいいという印象をあたえることはまちがいないと思う、という旨の答弁

厚生労働省の動画サイトについて

副教材40ページの「妊娠のしやすさと年齢」グラフの訂正前とおなじものが厚生労働省の動画サイトで使われている問題 (現在は視聴不可。http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160331/falsified 追記部分のほか、http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160528/mhlw の書き起こしを参照) についても質問あり。厚生労働省からは、今後、閲覧者が必ず見る冒頭のページに「正しい」グラフを掲載して訂正の説明を加える、との回答。

なぜまだ訂正していないのかという重ねての質問に対しては、誤ったグラフが使用されていたことの把握に至っていなかったとの答弁 (おい)。質問者 (神本議員) から、誤ったグラフが政府の他のウェブサイトや広報資料で広く使われているのではないか、調査が必要との指摘。

雑感

この質疑で、政府側見解をいろいろ確認できたのはよかったと思います。ただ、質問者が「正しいグラフ」と言っちゃっているのはどうか。「訂正」後のグラフもおかしいのであり、本来、こういう形で参照すべき研究ではないので。→http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160331/pr

特に、厚生労働省が動画に入れると回答した訂正文がどうなるのか。つぎのようなものであればまあいいと思うのですが。

6分30秒からの「妊娠の適齢期」セクションに出てくるグラフは、改ざんされていることに加え、そもそもデータ操作がおかしい研究結果だという批判を受けているものです。ビデオ中では講師の吉村泰典氏が具体的な数値をあげながら女性の「妊娠の適齢期」について説明していますが、この部分は信用しないでください。

あとは、当該部分にさしかかったところでも、画面に同様の字幕表示を出すべきですね。

厚生労働省 動画「妊娠と不妊について」書き起こし (一部)

5月25日の国会質疑 のせいか、Youtube 上の厚生労働省動画サイト MHLWChannel にあった「妊娠と不妊について」の動画が閲覧不能になっている。どんな内容だったのかを紹介するために、全体の構成と問題部分の書き起こしを掲載しておきたい。

f:id:remcat:20160528203037p:image

URL
https://www.youtube.com/watch?v=mgW51MUELqI
作成者
厚生労働省
表題
妊娠と不妊について
日付
2014-03-05
再生時間
12分5秒

登場人物は2人:

  • 松本 亜樹子 (NPO法人 Fine 理事長)
  • 吉村 泰典 (慶応義塾大学 教授)

f:id:remcat:20160528203036p:image

動画の内容は、基本的に、松本さんが質問し、それに吉村さんが答えるかたちで進んでいく。

目次

  • 妊娠のしくみ (0'34)
  • 不妊の原因 (1'18)
  • 不妊症の検査 (2'20)
  • 少子化の問題点 (4'10)
  • 高齢者の妊娠・出産の問題点 (5'30)
  • 妊娠の適齢期 (6'39)
  • 妊娠する能力の低下の原因 (7'19)
  • 不妊治療による妊娠の可能性 (8'36)
  • 不妊治療の助成制度の変更点 (9'44)

「女性の年齢と妊孕力」グラフ使用箇所の書き起こし


この動画では、22歳をピークとして、加齢とともに直線的に妊孕力が低下するよう改竄されたグラフ が登場する。このグラフの解釈にかかわる部分 (6分40秒から7分40秒くらい) について書き起こしたのが以下。

f:id:remcat:20160528203035p:image

見出し
妊娠の適齢期 (6'39)
松本亜樹子
先生、そうすると、いくつぐらいが女性の妊娠の適齢期といえるんでしょうか。
吉村泰典
〔「女性の年齢と妊孕力」のグラフを指しながら〕このフィリップに、女性の年齢と妊娠する能力、というのがかいてあります。女性が妊娠する能力を妊孕力と申しますが、22歳をこの妊孕力を1といたしますと、年齢とともに妊孕力は下がり、ま、35歳前後になりますと40%前後、40歳になりますと20%前後まで低下いたします。

f:id:remcat:20160417210518p:image

見出し
妊娠する能力の低下の原因 (7'19)

f:id:remcat:20160528203034p:image

松本亜樹子
先生、妊娠する能力は、なぜ低下してしまうんでしょうか。
吉村泰典
それは、卵子の数の減少と、一個一個の卵子のクオリティの低下が非常におおきな原因となってくると思います。ここに、卵子の数の変化をこのフィリップにしめしておりますが、〔以下省略〕

f:id:remcat:20160528203033p:image

参考資料

2016-04-30

Menken ほか (1986) の Science 論文から「代表的なデータを抜粋」したと称する日本生殖医学会サイトのグラフについて

問題の所在

日本生殖医学会のサイトにある「女性の年齢による妊孕力の変化」のグラフがいろいろ変なので、以下検討する。

女性の加齢と不妊症を考えるデータとして、避妊法が確立されていない17〜20世紀における女性の年齢と出産数の変化について調べた研究があります。出産数は30歳から徐々に減少し、35歳を過ぎるとその傾向は顕著になり、40歳を過ぎると急速に減少します(図1)。つまり、女性の年齢による妊孕性の低下は、平均寿命がのびてもあまりその変化は変わらない現象であることがわかります。
〔……〕
図1.女性の年齢による妊孕力の変化
f:id:remcat:20160422075510j:image
Menkenらの報告(Menken J, et al. Age and infertility. Science. 233: 1389-1394, 1986)をもとに17〜20世紀における女性の年齢と出産数について代表的なデータを抜粋し作成。年齢の増加に伴い(特に35歳以降)出産数の低下が認められる。

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日本生殖医学会広報部 (2013年4月) 「年齢が不妊・不育症に与える影響: Q18.女性の加齢は不妊症にどんな影響を与えるのですか?」『不妊症Q&A よくあるご質問』

http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa18.html

『不妊症Q&A よくあるご質問』の日付は「2013年4月」となっているが、このグラフがいつからあるかはよくわからない。Internet Archive の記録では、遅くとも 2014年7月17日 には存在していたことが確認できる。

さて、出典として提示されている Menken ほかの Science 論文の図を見てみよう。

f:id:remcat:20160422075511p:image
Fig. 1. Marital fertility rates by 5-year age groups

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Jane Menken + James Trussell + Ulla Larsen (1986) "Age and infertility". Science. 233: 1389-1394 DOI:10.1126/science.3755843

http://dx.doi.org/10.1126/science.3755843

これは「Marital fertility rates」(婚姻内出生率) のデータであるから、これを単に「出産数」「出生数」として紹介するのは不正確である。さらにそのグラフに「女性の年齢による妊孕力の変化」という見出しをつけるのは問題外であるが、それはともかく。

2枚のグラフをくらべてみると、ずいぶん印象がちがう。どのラインに目が行くかにもよるが、日本生殖医学会のグラフのほうが全体的に上方に偏っており、傾きが大きく見える (後述)。

また、日本生殖医学会のグラフで「▲ 17世紀」となっているラインは、Science 論文 Fig. 1. の注釈では「Hutterites, marriage 1921-30」とある。これは「17世紀」のデータじゃないだろう。「■ 20世紀」のラインは、「Geneva, bourgeoisie, husbunds born 1600-49」だから「20世紀」じゃなさそうだし、右下に行くにしたがってプロット位置がずれていってるような気がする。

データを確認する

Science 論文 Fig. 1. は線が入り組んでいてわかりにくい。この図の元データが載っている本を見てみよう。

f:id:remcat:20160422075513p:image

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Jane Menken + Ulla Larsen (1986) "Fertility rates and aging". Ed.= L. Mastroianni + C. A. Paulsen. Aging, reproduction, and the climacteric. Plenum Press. ISBN 0306421429
色線は引用時に追加したもの。
注釈 b の (5) の最後の部分が「1840-1959」となっているが、これはたぶん間違いで、「1840-1859」であろう (Science 論文でも、後述の Henry (1961) でも、そうなっている)。

色枠で囲った数値が、日本生殖医学会のグラフにプロットされていた数値に合致する部分。

  • 「▲ 17世紀」となっていたラインは、20世紀の Hutterites (キリスト教フッター派) のもの (赤枠:番号1)
  • 「■ 20世紀」となっていたラインは、17世紀のジュネーブのブルジョアジーのデータで始まり、途中から19世紀のノルウェーのデータに入れ替わっている (緑枠:番号4と8)

これらの数値をプロットして日本生殖医学会のグラフに重ねてみると、こんな感じである。

f:id:remcat:20160422075514p:image

なんで正確に写さないんだろうかね?

印象のちがい

さて、日本生殖医学会のグラフには「代表的なデータを抜粋し作成」という注釈がついている。しかし「代表的」であることの基準については何も書いていない。だから、なぜこれらのデータだけが描画されているのかはよくわからない。

上の表には、典型的な年齢パターン (Typical age pattern) の数値も載っている (mean polish という方法で求めたものらしい (Menken + Larsen 1986: 152))。これを日本生殖医学会のグラフに加えてみよう。

f:id:remcat:20160425174048p:image

4本のラインのうち、1本 (▼) はほぼ Typical age pattern に沿っている。のこる3本はこれより上方にある。つまり、元の10本のデータのなかで、相対的に高い出生力をもつ集団のものが抜き出されていることがわかる。

ラインの傾きという点で見ると、Typical age pattern から外れている3本のうち2本 (▲ ■) は30代前半までの傾きが大きいため、「多数決」で減少幅が大きく感じられるということがある。また、30代後半では、■ の数値が大きく落ち、20代前半よりも238下がっているため、その点でも減少幅が大きいように感じられる (Typical age pattern では、20代前半から30代後半までの減少幅は141)。

Menken + Larsen (1986: Table III) の10本のデータのうち、このグラフに出てこない残り5本についても、おなじように Typical age pattern を加えて表示してみよう。

f:id:remcat:20160425174047p:image

どのラインも、Typical age pattern との差が小さい。特に30代前半までの間は、ほとんどおなじ傾きのラインになっていることがわかる。

他所での使用例

この日本生殖医学会サイトのグラフとおなじものが、吉村泰典監修『生殖医療ポケットマニュアル』(医学書院 2014) に載っている。

生殖医療ポケットマニュアル

生殖医療ポケットマニュアル

f:id:remcat:20160427100147j:image

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高橋 俊文 (2014) "年齢と妊孕力". 編集= 大須賀 穣 + 京野 廣一 + 久慈 直昭 + 辰巳 賢一 (監修= 吉村 泰典)『生殖医療ポケットマニュアル』医学書院. pp. 23-28. ISBN 9784260020350 (p. 24)

この本の23ページには、「Menkenらは北米フッター派 (避妊が禁じられている) の各コホート集団について16〜19世紀後半の記録から女性の年齢と出産数の変化について報告している」とある。しかし、Menken ほかのScience 論文 Fig. 1 の注釈では、フッター派 (Hutterites) とあるのは2件だけ。あとの8件は、ヨーロッパ5、アジア1、アフリカ1、北米1である。

また、『日経DUAL』2014年5月2日の記事にも、おなじグラフが出てくる。

f:id:remcat:20160428145020j:image
図1 女性の年齢別、1000人当りの出生数 Menken J(*1)より改編。4世紀にわたり、環境や栄養状態などが変化しても、出産年齢に大きな変動はなく、35歳を過ぎると急激に低下している

〔記事を最後まで読むと、つぎの注がある: 1.Menken J, et al. Age and infertility. Science. 233: 1389-1394, 1986〕

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樽井智子 "30歳が1カ月で妊娠できる確率は20%、40歳で5%". 『日経DUAL』 (2014.05.02)

http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=2574

このグラフは、 http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=8230&page=2 にも転載されている (2016年4月4日付)。当初はグラフの出典をふくめて何の説明もなかったが、現在は追記されている。

データの出所について

Menken ほかが使用したデータは、Louis Henry の1961年の論文からとられている。

f:id:remcat:20160425174936p:image

-----
Louis Henry (1961) "Some data on natural fertility". Eugenics quarterly. 8(2): 81-91. DOI:10.1080/19485565.1961.9987465

http://dx.doi.org/10.1080/19485565.1961.9987465

データは13件あり、出生力の高い順 (正確には、20歳で結婚した女性の完結出生児数 (Mean no. of childern per completed family of women married at 20) の高い順) に並んでいる。「Average」の下の「Great Britain」は、避妊法の普及した社会のデータを比較用に載せてあるものである。

Menken ほかの Science 論文は、これらのうち10件だけをプロットしている。これについての説明は、「The ten populations judged to have reasonable age reporting were retained in later analyses.」(p. 1394 注10) とあるのみ。Menken + Larsen (1986: 151) でも「We (following Coale and Trussell, 1974) have retained the ten for which age reporting is relatively accurate.」とある。後者で言及されている Coale and Trussell (1974) Model Fertility Schedules: Variations in The Age Structure of Childbearing in Human Populations (Population Index 40(2):185-258) によれば「Ten schedules of natural fertility were averaged after discarding schedules known to be based on surveys in which age misreporting was especially prevelant and might have distorted the pattern of fertility.」(p. 188) ということになっている。これらの説明を信じるなら、年齢の記録が不正確なデータを除いて10件を使用した、ということになる。しかし、要するに Henry (1961: Table 1) の13件のうち上から10件を取り出したものが Menken + Larsen (1986) のTable III なのだから、出生力の相対的に低い3件のデータを除いただけなのかもしれない。

Henry (1961) Table 1 下の注釈2によれば、ノルマンディーのデータ (Menken + Larsen (1986: Table III) の番号では6と7) はグラフから求めた (ので精度が低い) とのことである。イランのデータ (番号9) も精度が低いように見える (下一桁が0か5) が、これについては注釈がない。

さらにその下の注釈3 (画像ではつぶれていて読めないが) には、ノルウェーのデータ (Menken + Larsen (1986: Table III) の番号では8) は死産を含んでいたので0.96をかけて補正した、みたいなことが書いてある。大丈夫なんだろうか。

Henry (1961) Table 1 の13件のデータについて http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160430/henry に出典を示す。いずれも、Henry (1961) の Bibliography セクションの記述と簡単なデータベース検索で分かったことだけを記している。これらの文献については、私は内容を確認していない。

Sources: Some Data on Natural Fertility (Louis Henry 1961)

Sources for Table 1 of Louis Henry (1961) "Some data on natural fertility". Eugenics quarterly. 8(2): 81-91. DOI:10.1080/19485565.1961.9987465.

The list below is based on Table 1 and the Bibliography section of Henry (1961) as well as additional information from online databases. Diacritical marks are deleted from French titles. I have not yet read any of the listed documents.

1. Hutterites: marriages from 1921-1930

2. Canada: marriages from 1700-1730

  • Jacques Henripin (1954) La population canadienne au debut du XVIII[e] siecle: Nuptialite - Fecondite - Mortalite infantile (Travaux et documents / Institut national d'etudes demographiques, cahier no. 22). Presses universitaires de France. http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA37121582

3. Hutterites: marriages before 1921

No refenence. Maybe the same sources as 1 (Hutterites: marriages from 1921-1930).

4. Bourgeosie of Geneva: wives of men born between 1600 and 1649

  • Louis Henry (1956) Anciennes familles genevoises: etude demographique: XVIe-XXe siecle. (Travaux et documents / Institut national d'etudes demographiques, Cahier no. 26). Pressses univ. de France. http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA55001312

5. Europeans of Tunis: (notabilities excluded) marriages from 1840-1859

  • Jean Ganiage (1960) La population europeenne de Tunis au milieu du XIXe siecle: etude demographique. Presses Universitaires. http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA80918125
  • L. Henry (1960) "De quelques caracteristiques demographiques de la population europeenne de Tunis au milieu du XIXe siecle". Population (French Edition). 15(5):885-888. http://doi.org/10.2307/1526928

6. Sotteville-les-Rouen (Normandy): marriages and births from 1760-1790

  • Pierre Girard (1959) "Apercus de la demographie de Sotteville-les-Rouen vers la fin du XVIIIe siecle". Population (French Edition). 14(3):485-508. http://doi.org/10.2307/1526799

7. Crulai (Normandy): marriages from 1674-1742

  • Etienne Gautier + Louis Henry (1958) La population de Crulai, Paroisse Normande: etude historique. (Travaux et documents / Institut national d'etudes demographiques, no 33). Presses universitaires de France. http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB10880998

8. Norway: marriages from 1874-1876

  • Statistique generale de la France (1907) Statistique generale du mouvement population 1749-1905.

9. Iran (villages): marriages from 1940-1950

  • Mohammad B. Mashayekhi + Pauline A. Mead + Guy S. Hayes (1953) "Some Demographic Aspects of a Rural Area in Iran". Milbank Memorial Fund Quarterly. 31(2):149-165. http://doi.org/10.2307/3348549
  • Louis Henry (1953) "Aspects demographiques d'une region rurale de l'Iran". Population (French Edition). 8(3):590-592. http://doi.org/10.2307/1525217

10. Bourgeosie of Geneva: wives of men born before 1600

No refenence. Maybe the same sources as 4 (Bourgeosie of Geneva: wives of men born between 1600 and 1649).

11. Taiwan: (rural region of Yunlin) women born about 1900

12. India: (Hindu villages of Bengal) marriages from 1945-1946

  • Frank Lorimer + Meyer Fortes + et al. (1954) Culture and human fertility : a study of the relation of cultural conditions to fertility in non-industrial and transitional societies. UNESCO. http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA37962837

13. Guinea: (villages of Fouta-Djalon) marriages from 1954-1955

  • Etude demographique par sondage en Guinee, 1954-1955: resultats definitifs. Administration generale des services de la France d'outre-mer, Service des statistiques. http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA80976008

2016-04-06

6月18日【シンポジウム】少子社会対策と医療・ジェンダー ― 「卵子の老化」が問題になる社会を考える

最近、「高齢妊娠」や「卵子の老化」、「妊活」などの言葉をよく耳にするようになりました。社会経済的な理由で出産を決意するまでに年齢が高くならざるをえない状況がある一方で、国や自治体の少子社会対策が、「産めなくなる」不安をあおっています。生殖医療技術、妊娠・出産をとりまく生活環境、そして少子社会対策。これらが複雑に絡み合う状況を解きあかし、「卵子の老化」が問題になる社会の核心に迫る公開シンポジウムを開催します。是非、ご参加ください。

少子社会対策と医療・ジェンダー ― 「卵子の老化」が問題になる社会を考える

日時:2016年6月18日(土)午後1時〜5時(開場12時半)
会場:日本学術会議講堂 (〒106-8555 東京都港区六本木 7-22-34)
   東京メトロ千代田線「乃木坂」駅5出口より徒歩1分

参加費無料、参加申し込みの必要はありません、直接会場にお越しください。(先着300名まで)
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総合司会

河野銀子(山形大学教授、学術会議連携会員)

企画主旨説明・ファシリテーター

柘植あづみ(明治学院大学教授、学術会議連携会員)

研究報告

  • 田中慶子(家計経済研究所研究員) 「妊娠・出産をめぐる女性の意識 ― インターネット調査から」
  • 白井千晶(静岡大学教授) 「卵子提供で子どもをもった高齢妊娠女性への調査から」
  • 菅野摂子(電気通信大学特任准教授) 「出生前検査と高齢妊娠の不安と選択」
  • 田中重人(東北大学准教授) 「高校副教材『妊娠しやすさグラフ』をめぐり可視化されたこと

問題提起・提言 

  • 阿藤誠(元国立社会保障・人口問題研究所・所長)
  • 早乙女智子(産婦人科医、京都大学・客員研究員)

コメンテーター

  • 江原由美子(首都大学東京・教授、学術会議連携会員)
  • 小浜正子(日本大学・教授、学術会議連携会員)

(敬称略)



主催:日本学術会議第1部会社会学委員会ジェンダー研究分科会
協力:日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(B)「医療技術の選択とジェンダー:妊娠と出生前検査の経験に関する調査」(研究代表者 柘植あづみ 25283017)研究グループ(略称 妊娠研究会)

[2016-05-27 追記] ポスター (PDF 日本学術会議サイト内)

[2016-08-17 追記] 田中重人報告資料 http://tsigeto.info/16y へのリンクを追加しました。