Hatena::ブログ(Diary)

remcat: 研究資料集 RSSフィード Twitter

2017-04-18 Session at XIX ISA World Congress of Sociology

Reproductive Rights Under Commercialized and Politicized Medical Discourses

Session at XIX ISA World Congress of Sociology (July 15-21, 2018, Toronto)
Call for Abstract: from 2017-04-25 to 2017-09-30

Description

URL: https://isaconf.confex.com/isaconf/wc2018/webprogrampreliminary/Session9145.html
Session title: Reproductive Rights Under Commercialized and Politicized Medical Discourses
Format: Oral
Language: English
Research Committee: RC32 Women in Society
Organizer: TANAKA Sigeto (Tohoku University)

Call for Abstracts

As the limitations of assisted reproductive technology have become known, particularly for infertile women of advanced age, professionals in the field of medicine, epidemiology, and health education have emphasized educating people about reproductive issues for healthy pregnancy and childbirth. On the Internet, many “fertility sites” target people (mainly women) seeking information about pregnancy, childbirth, and infertility treatments. Books and magazines feature issues on human reproduction. These popularized information sources can include incorrect, inaccurate, or exaggerated messages.

Knowledge about reproductive medicine is also important for governments interested in maintaining their countries' populations from both quantitative and qualitative perspectives. Governments often try to utilize scientific knowledge to control people's reproductive behaviors.

This conduct by professionals and governments is a crucial factor in exploring people's rights and choices, gender relations, and the power structure in reproduction. This session invites papers related to these issues. Examples of expected themes are:

  • the changing discourse on reproduction owing to the globalization of the medical/pharmaceutical industry and institutionalization of evidence-based medicine,
  • debate on how to guarantee the reliability of medical information,
  • relationships between population policy and reproductive medicine,
  • contemporary faces of eugenics, and
  • the tension between the gender movement/policy and gender-based medical/biological science.

Deadlines

Submission deadline is 2017-09-30. Non-members of ISA (and RC32) can submit their proposal for oral presentation in this session from https://isaconf.confex.com/isaconf/wc2018/webprogrampreliminary/Session9145.html

Selection of submitted abstracts will be completed by 2017-11-03.
The results will be notified by 2017-11-30.

Guidelines and deadlines: http://www.isa-sociology.org/en/conferences/world-congress/toronto-2018/guidelines-for-presenters/
Call for abstracts: http://www.isa-sociology.org/en/conferences/world-congress/toronto-2018/call-for-abstracts/
List of all sessions: https://isaconf.confex.com/isaconf/wc2018/webprogrampreliminary/programs.html
Search sessions: https://isaconf.confex.com/isaconf/wc2018/webprogrampreliminary/

History of this page

2017-04-18: Created
2017-04-25: URLs about call for abstract

2017-04-07 Unscientific knowledge and the egg aging panic

非科学的知識の生産・流通と「卵子の老化」パニック

KAKENHI research plan (2017-2019) #17K02069
科学研究費補助金 (基盤研究(C)) 2017--2019年度

分野: 総合人文社会
分科: ジェンダー (gender)
細目: ジェンダー (gender)
細目表キーワード: 科学技術・医療・生命 (science, technology, medicine, life)
細目表以外のキーワード: 生殖医学 (reproductive medicine)
研究代表者: 田中 重人
状況: 内定

研究目的

研究目的(概要)

2010年代に入り、加齢による女性の妊孕性の低下やその原因としての「卵子の老化」という現象に関して、産科・婦人科・生殖医学等の専門家が創った非科学的な知識が、彼らの広報・政治活動によって日本社会に広く流通してきた。このような非科学的知識の生産・流通の実態を調査し、世論や政策との関連を明らかにする。

【研究の学術的背景】

 女性の加齢と卵子の「数」「質」との関連に関する通俗化した医学知識がある。卵子は胎児のうちにつくられるので、加齢とともにその数が急激に減り、質が低下して染色体異常が起きやすくなるために妊娠・出産が難しくなる、というのだ。このような知識を象徴するキーワードが「卵子の老化」である。
 日本で「卵子の老化」ということばが広まったのは、2011年以降 のことである。2009年から2010年にかけてイギリスのカーディフ大学と製薬会社メルクセローノがおこなったInternational Fertility Decision-making Study (IFDMS) の研究成果では、日本の回答者の妊娠・出産関連知識の水準が他の国に比較して非常に低いとされていた。この研究成果がマスメディアによって紹介され、「妊娠リテラシーが特異的に低い社会」としての日本の自己イメージ が形成された。これ以降、卵子は老化するのだから子供を持つのは若ければ若いほどいい、という意見や、そのような知識を身につけさせるべきとする意見が力を持つようになり、政府の政策や学校教育に影響を与えるようになっている。2015年に閣議決定された「少子化社会対策大綱」では、「妊娠や出産などに関する医学的・科学的に正しい知識について、学校教育から家庭、地域、社会人段階に至るまで、教育や情報提供に係る取組を充実させる」という文言が盛り込まれた。これにしたがって、学校教育や政府・自治体の啓発事業などで「妊娠適齢期」の知識が取り上げられている。
 しかし、2015年8月に改訂版が発表された高校保健副教材「健康な生活を送るために」(文部科学省) に掲載された「女性の年齢と妊娠しやすさ」のグラフ (22歳をピークとしてその後急激に低下する「ヘ」の字型のもの) が 改ざんされたグラフ であったこと、このグラフを使用していたのが、日本産科婦人科学会や日本生殖医学会の理事長をつとめた経験を持つ、この分野の第一人者であったことが報道され、このような「医学的・科学的に正しい知識」の正当性が疑問視されるようになった。ところが、関連学会は、このグラフの元となった研究内容やデータの性質、改ざんのいきさつなどについて調査をおこなわず、グラフ作成者の処分もない。
 本研究課題の申請者がこのグラフの出典について調べたところでは、このグラフは1978年の人口学文献に基づいている。これはもともと不適切なデータ処理をしていることが人口学界内部で指摘されてきた文献であった。このデータがそのあと数次にわたって改変され、年齢による低下を極端に誇張したグラフ が最終的に作られ、「卵子の老化」をあらわすものとして使用されていた [2] ([ ] 内は「研究業績」欄の文献番号。以下同様)。また上記のIFDMSに関しても、調査の質問文選定と翻訳の質が極めて低く、国際比較に使える水準のデータではないことがわかっている [1]。これらのほかにも、産科・婦人科・生殖医学の領域では、改ざん・改変されたグラフや不誠実な解釈を施したデータが多数使用されてきた (2016年6月18日の日本学術会議公開シンポジウム「少子社会対策と医療・ジェンダー」 で報告)。
 科学的な研究成果がゆがんだ形で社会に受容されることはめずらしくないが、「卵子の老化」パニックの場合、産科・婦人科・生殖医学等の学会が 非科学的知識を利用した政治活動 を積極的に繰り広げてきた [1] ことが特徴である。
 科学研究におけるデータ捏造や改ざんなどの不正行為は、従来は研究者共同体の中の問題として処理されてきた。これに対して、「卵子の老化」パニックにおける非科学的知識利用の問題は、 研究者共同体が、外部に向けて発信した知識について、どのように責任を持つべきか という問題を提起する。科学研究における倫理問題を、そのような領域まで拡張して論じる必要がある。研究者の提供する知識の正しさは、政府やマスメディアが指名した「有識者」によって判断されるのが常であり、そうした有識者は、たいてい、知識を提供した研究者本人かその「身内」で占められている。中立的な立場から知識を審査する仕組みは機能していないのである。非科学的な知識がチェックを受けずに流通してしまう今回のような事態は、起こるべくして起こったことともいえる。
 一方で、政策との関連については、 「卵子の老化」言説によって、少子化の原因に対する見方が変化 していることが注目される。晩婚化が少子化の原因であるとする人口学的な見方は古くからあり、一定の影響力を持っていた。しかしその場合でも、生物学的な妊孕性低下はそれほど重視されていなかった。これは、加齢による妊孕性低下は30代中ごろまではそれほど大きくないという通説に呼応しており、ある程度晩婚化が進んだ状態でも出生力が上昇することはありうるとの見通しの前提となっていた (稲葉寿 (1993)『厚生の指標』40(1):8-15; 仙田幸子 (2011)『人口問題研究』67(4):22-38)。しかし、高校副教材の「妊娠のしやすさ」の「ヘ」の字型グラフに見られるような、20代のうちから妊孕性が急激に低下するという非科学的知識が政界に浸透した結果、晩婚化は出生力を加速度的に低下させるという認識が一般化している

【研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか】

以上のような問題意識に基づき、つぎのことを明らかにする:
(1) 「卵子の老化」をめぐる非科学的言説が専門家によってどのようにつくられ、流通してきたか
(2) それらの非科学的言説がメディアによってどのように広められ、定着してきたか
(3) 結果としてどのような世論が形成されてきたか
(4) 政府による「少子化対策」などの政策とどのような関連があるか

【学術的な特色・独創的な点および予想される結果と意義】

 「卵子の老化」をめぐる非科学的言説の存在が明らかになったのは2015年後半のことであり、まだその 実態はよくわかっていない。資料を丹念に収集して分析することにより、この実態を探ることが、この研究の特色である。非科学的言説を生み出してきた産科・婦人科・生殖医学の専門家集団内の問題と並んで、保守主義政権が出生促進政策の正当化のためにどのような情報を必要としていたかという観点が重要である。そして、生殖医療技術の発展が喧伝される一方で、実際の不妊治療の成功率の低さが知らされてこなかったという歴史的な事情から生まれた不満が、このような言説が受容された背景となっている。そのような社会状況全体を分析の対象とする。
 この研究は、科学論的な観点からは、 専門家が生み出す言説の正しさを非専門家がチェックする社会制度 がありうるかを検討する素材を提供する点で意義を有している。特に「根拠に基づいた」(evidence-based) 政策決定が標榜される現状では、何を evidence とみなすのか、その正当性を誰が決めるのかといった点について、具体的な事例に基づいた方法論を整備することが社会的に重要である。
 また、「卵子の老化」のような、性に関する科学的知識の生産・流通過程を検討することは、ジェンダー論的な観点から重要な意義を持つ。日本のジェンダー平等政策は「男女共同参画基本計画」によって基本的な枠組を与えられているが、そこでは「身体的性差を十分に理解」することが「男女共同参画社会の形成に当たっての前提」とされている。しかし医学の専門家が非科学的なデータを用いて政治活動を行っている状況で、身体的性差に関する 「正しい」知識を入手するには、知識の生産・流通の過程を監視・評価する仕組みが必要 である。本研究課題は、その先駆的な試みといえる。

研究計画・方法

研究計画・方法(概要)

本研究課題で具体的におこなうのは、つぎの3つである:
(1) 「卵子の老化」関連の雑誌記事、ウエブサイト、政府文書、医学文献などの資料を収集する
(2) (1) の資料に基づき、医学等の研究成果がどのように改変され、流通してきたかの経緯を整理して示す
(3) 世論や政策に対して、「卵子の老化」等の知識がどのような影響を与えてきたかを分析する

【29年度】

「卵子の老化」に関連した資料の収集をおこなう。収集対象は、新聞・雑誌等のマスメディア記事、医学情報を扱うウエブサイト、政府文書、学術論文や書籍など多岐にわたる。

(1) マスメディア
本研究が対象とする「卵子の老化」やそれに付随した加齢と妊孕力の関連などに関する知識は、2011年ごろからマスメディアにあらわれるようになった。NHKのテレビ番組「産みたいのに産めない:卵子老化の衝撃」(NHKスペシャル、2012年6月23日放送) は大きな影響力を持ち、「妊娠リテラシーが特異的に低い国」として日本をとらえる視線を一気に普及させたが、それ以前の段階での知識の普及の過程で大きな役割を果たしたのが、種々の女性向け雑誌記事である (河合蘭 (2015) 『助産雑誌』69(5):410-415)。本研究課題では、そのような雑誌記事を、過去にさかのぼって収集する。

(2) いわゆる「妊活」サイト
妊娠・出産の知識をあつかうウエブサイトが、インターネット上にはたくさんある。それらは、個人や小規模な団体が運営しているもの、大手マスメディアや政府機関が運営しているもの、病院や学会が運営しているものなどさまざまである。多くのサイトでは医師が作成や情報提供に関与しており、加齢による妊孕力の低下を強調したグラフなどが繰り返しコピーされている。これらのウエブサイトは消長が激しく、新規につくられたり、なくなったり、内容が改変されたりするため、リアルタイムで追跡して記録をとる必要がある。

(3) 政府・自治体の広報や審議会の議事録など
「卵子の老化」の知識は、早い時期から国政の場に持ち込まれていた。2012年の国会ではカーディフ大学による調査結果 (上記のIFDMS: 研究業績 [1]) に言及して日本の「妊娠リテラシー」の低さを指摘する質問主意書が提出されている。2013年の「少子化危機突破タスクフォース」においても同様の議論がおこなわれていた。また地方公共団体でも、「卵子の老化」等のグラフは、「婚活」事業を正当化するための根拠として使われたり、一般向け・学校向けの啓発教材に掲載されたりしている。これらの資料を収集し、そこでどのような言説が展開されているか、またそれを正当化するためにどのような知識が動員されているかを調査する。

(4) 医学などの学術文献
上記の (1) (2) (3) のいずれにおいても、非科学的なグラフ等が多用されている。ただし、本研究課題の申請者がこれまでに目にしたところでは、情報の全てが捏造であったケースはないようである (研究業績 [1] [2] など)。何らかの論文や書籍に掲載されたデータを使いながら、その一部をトリミングしたり、グラフのプロット位置を書き換えたり、表題を書き換えて別のデータに見せかけたりする方法が使われている。こうした非科学的知識の生産・流通のプロセスを解明するには、引用元の論文・書籍にさかのぼって、その研究内容を検討する必要がある。

これらの情報を収集するとともに、どのような研究成果がどのように改変されて使われてきたかを示す資料を作り、オンラインで検索可能な情報として公開する。
 また、これらの情報が海外ではどのように利用されているのかについても情報を収集する。アメリカやヨーロッパの医学関連の情報は広く国際的に引用されており、通常の文献収集によって効率的に集めることができる。それ以外の地域のうち、アジア地域に属して日本との社会的諸条件の共通性が高く、出生促進政策をとってきた台湾とシンガポールについては、現地の研究者に問い合わせて、医学関連の情報を重点的に収集する予定である。
 以上のような情報を整理し、現代日本社会における世論や政府のいわゆる「少子化対策」政策に対して、「卵子の老化」等の知識がどのような影響を与えてきたかを分析する。特に、出生力低下の原因について、社会経済的な説明にかわって、医学的な説明が説得力を持つものとして2010年代になって台頭し、政策決定に使われるようになった経緯を、重点的な分析対象とする。

【30年度】

 前年度に引き続き、マスメディア、ウエブサイト、政府機関、学術文献等の資料収集を行う。最新の状況に留意しながら、リアルタイムで情報を集めることに留意する。また、「卵子の老化」関連の非科学的知識が世論・政策に影響を与えてきた経緯について、引き続き分析を進める。
 これらの研究成果について、学会大会等で報告する。特に海外の国際学会においては、妊娠・出産等に関する科学的知識の各国での流通状況と、人口政策等への影響について、各国の研究者と情報を交換する。以上の成果に基づいて、論文を執筆・投稿する。また、書籍執筆のための準備を進める。

【31年度】

 前年度に引き続き、資料収集を行うとともに、分析を進める。
 研究成果について、書籍としてまとめ、公刊する。

研究業績 (研究計画で言及したもののみ)

[1] 田中重人.「日本人は妊娠リテラシーが低い、という神話: 社会調査濫用問題の新しい局面」『Synodos』2016.06.01 (2016) 【査読なし】http://tsigeto.info/16o
[2] 田中重人. 「「妊娠・出産に関する正しい知識」が意味するもの: プロパガンダのための科学?」『生活経済政策』230, pp. 13-18 (2016) 【査読なし】 http://tsigeto.info/16a

2017-03-22 Japanese Association of Medical Sciences 1974 Symposium

1974年日本医学会シンポジウムにおける副会長 (大島研三) あいさつ

世界人口年にかこつけて日本医学会が開いたシンポジウム「初期発生」(1974年8月3-5日、箱根) での大島研三副会長 (当時) の終会あいさつ (一部)。いろいろヒドい。

挨拶
日本医学会副会長 大島研三
〔……〕
本年このような会を持ちましたのは,ことしが世界人口年であるということも1つの契機となってこのような会を持ったのでございますが,皆さま方専門家を前にして釈迦に説法ではございますが,世界の人口はきわめて速い速度で数が増大しつつある反面,質的には退化しつつあるというふうに考えざるを得ないのでございます.
 それは端的に申し上げれば,未熟児,早産児を問わず,早産したもののほとんどすべては産婦人科学の進歩で生かすと,またそこに多少の欠陥がありましても小児外科の進歩でその欠陥を取り除いてまた生かす.昔ならこれすべて死んでおった,自然淘汰されておったものがことごとく生を長らえまして,また私ども内科としては,小児科のみに見られたような諸疾患がわれわれ内科のほうにみな来てしまって,それがまた配偶者を得て子供をつくるということは,結局大きな日で見れば弱体がことごとく生存をいたしまして,それならば優良体はどうであるかと申しますると,これはむしろ社会の組織の問題でございまするが,御承知のように中学卒業生は,学力のいかんを問わず金の卵としてはなはだ高給を得る世の中であるのに反しまして,学力優秀,知能最もすぐれた者は,大学を卒業しても10年やそこらなかなか固定給が得られないという社会情勢は,勢い固定給が得られなければ配偶者を持つこともおそくなる.すなわち子孫を設けることは少ないし,そうでないほうの人はますます繁殖といいましょうか,数がふえていくということは,総体としてこれまた弱体をかかえるとともに人類の退化に非常な拍車をかけることになりつつございます.
 その上に世界の人口を調節するため受胎調節というものが行われますれば,必然的にそれは調節の普及度は知能指数とほぼ比例して普及するはずでございますし,また昨日来お話がありましたように,調節すること自体に,より優秀な子孫を設けることに対する反対の現象も十分に考慮しなければならないということでございますので,人類がより優秀な子孫を持つための本日のような研究,すなわち受精,その前およびそのあとと,人類がこの世に生を得る前後におけるいろいろな事実を深く掘り下げていきまして,そしていかにしたならばより優秀な子孫が得られるかというような基本的な研究をすることは,全く人口調節に対する両輪としてなくてはならない,きわめて必要な研究であると思っておる次第でございます.
〔……〕

-----
『日本医師会雑誌』74(8):944 (1975) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3356047


大島研三 (おおしま けんぞう: 1907-2008) は日本大学医学部教授、内科、特に腎臓学を専門とし、日本腎臓学会 の設立メンバーでもある。(参考: http://doi.org/10.2169/naika.91.1379 ; http://kotobank.jp/word/%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E7%A0%94%E4%B8%89-1060279)

「そう〔=学力優秀〕でないほうの人はますます繁殖」とか「〔受胎〕調節の普及度は知能指数とほぼ比例」とか「人類がより優秀な子孫を持つための」研究が必要とか、なかなかすごいものがある。学会シンポジウムの最後のあいさつがこの内容で、異議が出た形跡もない。これが当時 (1970年代半ば) の医学界では標準的な意見だったと考えていいのだろうか? 旧優生保護法に基づく強制不妊手術を実際におこなっていたわけでもあるし。(→ https://matome.naver.jp/odai/2143486540700807701)

仮にそうだったとして、その後、医学の世界では何らかの反省とか総括があったのだろうか? あるいは、現在でも医学界ではこういう考えかたがふつうだったりするのだろうか?

「卵子の老化」初出? (1974年 日本医学会シンポジウム)

http://d.hatena.ne.jp/remcat/20170322/hakone で引用した1974年日本医学会シンポジウムにおける副会長 (大島研三) あいさつのなかに「昨日来お話がありましたように,調節すること自体に,より優秀な子孫を設けることに対する反対の現象も十分に考慮しなければならないということでございますので」というくだりがある。このあいさつだけ読むと意味がつかめないのだが、これはたぶん、このシンポジウムでのふたつの報告 (美甘和哉「発生異常:細胞遺伝学的見地から」; 西村秀雄「発生異常:奇形発生学的見地から」) についての討論のこと。ここで大島がふたつの避妊法 (荻野式とピル) による発生異常の発生リスクについて質問している。

 大島:〔……〕荻野式調節というのは非常に日本で広く行われておると思うんですが,これを行うとつまり過熟卵が受精する機会,すなわち奇形をつくることが多いかどうかということを専門家のご意見として伺いたいんですが.
〔……〕
 大島:〔……〕将来ピルを日本で広く使われることになる可能性があると思いますが,これが危険が全くないものかどうか,あるいは何か警戒を要するかどうか,どなたかこの機会に教えていただくことができますか.
-----
『日本医師会雑誌』74(8):926-927 (1975) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3356047


これらに対する報告者の答えは、いずれも、これらの避妊法による発生異常のリスクはありえるが、確実なデータはない (これからの課題である) という内容である。

この後の一連の質疑のなかで、鈴木秋悦が「エイジング」ということばを使って、議論を拡大している。

 鈴木 (秋):〔……〕臨床的には,荻野式のリスクということは,卵胞内での卵子の過成熟ということではなくて,排卵後の卵の卵管内でのエイジングの問題に関連してくるんじゃないかと思います.
 私たちも家兎などを使いまして排卵し,後の時間の経過とともに卵管内卵子のエイジングのプロセスを電顕で見ていますが,それによりますと,まず核よりも細胞質に変化が認められています.結論的には,卵子の老化と卵胞内での過成熟は多少こまかいニュアンスのところでやはり違う面があるんではないかと思うんですが、もし美甘先生から何かご意見ございましたら…….
 美甘:いまの鈴木先生のお話で,“卵子の輸卵管内でのエイジング” とおっしゃった現象は私のいう “卵子の輸卵管内過熟” でありまして,遅延受精とも呼ばれる現象であります.古くから “overripeness of the egg” すなわち “卵子の過熟” と呼ばれて来たものであります.この状態の卵子は排卵後受精されないまま長時間卵管内にあって第2成熟分裂の中期以後の成熟過程を経ないで退行変性を開始したものであります.正確には,卵子は精子の侵入を契機に第2成熟分裂を終わって第2極体を放出したときはじめて成熟するものでありますから,ここでいう “過熟卵” は “過成熟卵” と呼ぶべきではありません.過熟という言葉が卵子形成終了後に起こる現象を表すような印象が強く,まぎらわしいことは確かであります.
 私が成熟濾胞内の卵子が排卵の遅延によって退行変性する現象を報告したとき “intrafollicular overripeness of the egg” すなわち “卵子の濾胞内” 過熟と呼び,従来知られた過熟現象もあらためて “Intratubal overripeness of the egg” すなわち “卵子の輸卵管内過熟” と呼び直して両者を区別したのであります.前者は germinal vesicle stage (卵核胞期) で留められた卵子の退行変性で,後者の輸卵管内過熟とは卵子形成過程の異なる時期で起こる現象として明らかに区別されるものであります.
〔……〕
 鈴木 (秋):〔……〕過熟というのはたとえ排卵の時期になっても,なお卵胞内に存在しているということにことばの意味をおつけになっているというふうに理解していたわけですが,もし vesicular stage であれば、当然これは immature ですので,1つの過熟という,成熟度のポイントを,やはり排卵の時期にすでに来ているのに排卵していないというところへ置くのが妥当じゃないかというふうに思いますので〔……〕
 美甘:いまの「過熟」の定義ですが、非常に気をつけて言う方は,overripeness ということばを使わないで,むしろ delayed fertilization (遅延受精) とか,delayed ovulation (遅延排卵) といった表現を使っております.誤解を避けるために「遅延排卵」「遅延受精」であらわしたほうがよいかも知れません.

-----
『日本医師会雑誌』74(8):928-929. (1975) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3356047
文中の「濾」は、原文ではさんずいに「戸」の漢字であるが、機種依存キャラクタであるため、「濾」で代用したもの。
キッコー (〔 〕) のない3点リーダー (…) は原文どおり。

この鈴木質問が、現在までに私が収集している範囲ではいちばん古い「卵子の老化」の用例である。これ (1974年8月5日) 以前の使用例をご存じのかたは、ご一報いただけるとありがたい。

この質問では、「卵子の老化」とは、排卵から受精までの時間の経過による細胞 (質) の変性のことだった。今日の通俗化した用法にみられるような、母体の加齢に並行して起きる細胞数の減少や受精卵の染色体異常の増加を指しているわけではない。

「卵子の老化」その後

1974年の初出 時には排卵から受精までの時間の経過による変性を指していた「卵子の老化」概念は、そのあと、意味する範囲を拡大していくことになる。

“卵子のエイジング” という現象は一般にはあまりなじみのないもののようであるが,近年,心身障害児研究が活発となり,発生異常,染色体異常の成因としてしばしば取りあげられるようになった.現在,これらの研究で問題とされる卵子のエイジングとは,次の3種に分類できるが (Mikamo, 1968),すなわち卵子の形成過程でおこる卵子の質的低下,退行変性であり,いずれも受精能・発生脳の低下をもたらすとともに発生異常・染色体異常の成因となることが認められるものである.
(1) 母体の加齢に伴う卵子の退行変性
(2) 遅延排卵による卵子の濾胞内過熟
(3) 遅延授精による卵子の卵管内過熟
 一定のプログラムにしたがって進行する卵子の形成は,そのいずれの段階においても,許容範囲を越える長時間の滞留を強いられると退行変性を生じ,卵の正常発生能は次第に減退する.卵子形成には、本来その進行が停留するところがあり,また比較的停留しやすいところがある.第一成熟分裂前期の網糸期,排卵直前の卵核胞期,排卵直後の第二成熟分裂中期などはそのような段階で,前述の3種の卵子の退行変性が生ずるところである.

-----
美甘 和哉 (1976)「卵子のエイジングと染色体異常」(特集 老化:その生物学・医学的アプローチ) 『医学のあゆみ』97(9): 459 ISSN:00392359
(Mikamo, 1968) は "Intrafollicular overripeness and teratologic development". Cytogenetics 7:212-233. http://doi.org/10.1159/000129985

この論文では、美甘は「老化」ということばを使わず「卵子のエイジング」と書いている。これは『医学のあゆみ』97(9) の特集「老化:その生物学・医学的アプローチ」のなかの論文であり、特集を構成する41本の論文のほとんどが「老化」をタイトルにふくめているなかで、「エイジング」ということばをあえて使っていることには、何らかの意図があるかもしれない。ほかに「エイジング」をタイトルにふくむのは2件、「Aging」をふくむのが1件、「加齢」をふくむのが13件ある。「老化」にわざわざ progeria ということばをカッコ書きで添えている論文もある。私がたまたま参照した永田和弘・塩田浩平 (編) (2009)『医学のための細胞生物学』南山堂 (ISBN:9784525131210) では「細胞増殖が不可逆的に抑制された状態を細胞老化 cellular senescence, replicative senescence, chronical senescence と呼ぶ」(p. 202) と書いていたりして、専門用語として「老化」を使うにはややこしい事情がなにかありそうではある。

「卵子の老化」という文字列を論文中で使った例は、このさらに3年後になる。

 本稿では,卵子の異常については,とくに最近問題となっている卵子の老化との関連性を紹介したいと思う.
 美甘4〜6) は,卵子の形成過程で生ずる卵子の質的低下あるいは退行変性は、いずれも受精能,発生能の低下をもたらし,発生異常の原因となることを実験的にも証明し,卵子の老化の問題点として
(1) 母体の加齢に伴う卵子の退行変性
(2) 遅延排卵 (delayed ovulation) による卵子の卵胞内過熟 (overripeness)
(3) 遅延授精 (delayed fertilization) による卵子の卵管内過熟
の3点をあげている.

-----
鈴木 秋悦 (1979)「卵子の異常:老化との関連で」(臨時増刊号:性-2) 『代謝』16(202): 1463 http://ci.nii.ac.jp/naid/40002286853
(1) (2) (3) はいずれも原文では丸数字。
美甘4〜6) は前掲『医学のあゆみ』97(9):459-463 のほか、Experientia 24:75-78 と Mikamo K (1962) "Overripeness of the eggs in Xenopus-laevis Daudin" American Zoologist 2(4):541。


内容は上記の美甘の論とおなじであって、卵子形成中に「本来その進行が停留するところ」として (1)、「比較的停留しやすいところ」として (2) (3) があげられていると理解しておけばいいだろう。これらのうち (1) に関する説明はつぎのようになっている:

ヒトを含むほとんどの哺乳類の卵細胞は,胎児 (仔) 期後期にはすでに分裂増殖を完了し,第1成熟分裂前期の休止期 (resting stage) である網糸期 (dictiotene あるいは dictyate stage) にとどまった状態で排卵直前で再び成熟分裂が再開始されるまでのきわめて長い期間,卵巣内にとどめられているわけで,更年期に近い婦人の卵巣内の卵子は,若年層に比較して約3倍にわたる長期間,休止期のままにとどまることになる.この間,卵子になんらかの変性あるいは異常が生ずる可能性は十分に考えられる.

-----
鈴木 秋悦 (1979)「卵子の異常:老化との関連で」『代謝』16(202): 1464 http://ci.nii.ac.jp/naid/40002286853


そのあと長い間、「卵子の老化」ということばが一般的に流通することはなかった。一般の人々の間にこのことばが広まったきっかけは、NHKが2012年に放送した「産みたいのに産めない:卵子老化の衝撃」ということになるだろう。このときには、またしても意味の変質が認められる。

 「卵子の老化を止める方法はない」
 取材した多くの医師はこう口を揃え、無力さを痛感していた。卵子の老化は女性にとって避けられない宿命であり、医療が超えられない壁でもある。
 「美魔女」や「アンチエイジング」といった言葉が飛び交う現代。巷にはいつまでも若々しい三十代、四十代の女性たちが溢れている。いつしか、若さは努力すれば保てる、老いは遠ざけられるものと考えられるようになっていた。しかし、「卵子の老化」は、最先端の医療技術をもってしても止められないという。
 なぜ卵子は老化するのか。それは卵子が、生まれたときからずっと体の中にあり、年齢とともに年を取るからだ。男性の精子が毎日つくられる一方で、女性の卵子は新しくつくられることはない。そのため、女性が年齢を重ねるほど卵子も老化してしまうのだ。
 卵子が老化すると引き起こされるのが、「質の低下」と「数の減少」だ。卵子の「数の減少」というと月経のイメージが強く、「月に一つ」のペースで少しずつ減ると思われがちだが、実は、それをはるかに上回るペースで減少している。
 卵子のもととなる細胞の数が最も多いのは、まだ母親の体の中にいる胎児の頃、妊娠二十週の頃で、約七百万個。それが赤ちゃんとして生まれるときにはすでに三分の一以下に減り約二百万個。初潮を迎える頃には、約三十万個になる。そして三十五歳頃には数万個にまで減少する。一つの卵子を排卵するために、約千個の卵子の元となる細胞が候補となるが、卵子となる一つ以外は全て無駄になる。そのため、一般的に思春期以降、卵子は月に約千個減ると言われる。つまり、「一日に数十個」のペースで減り続けている計算になる。
 卵子の数の減少は、ときに不妊治療の成否を左右してしまいかねない。不妊治療で体外受精を行うとき、排卵誘発剤という薬を使って、卵巣内の卵子を育てた上で手術で卵巣に特殊な管を刺し、できるだけ多くの卵子を採取することが、第一ステップとなる。二十代であれば、一回の手術で十個以上採れることが多いが、三十五歳以上になればその数は減り、四十歳を超えると卵子が採れないことも珍しくはない。卵子が採れなければ体外受精もできないため、子どもを産みたいという願いを断念せざるを得ない夫婦もいるのが現状だ。

-----
NHK取材班 (2013)『産みたいのに産めない:卵子老化の衝撃』文芸春秋 ISBN:9784163763606 p. 25-26


ここでは、もはや排卵の遅れや受精の遅れのことはまったく出てこなくなり、母体とともに卵子も年を取る、というレトリックが前面に出てくるようになる。このようなレトリックはこれ以前の講談社 (2011)『FRaU Body: 妊活スタートブック』(ISBN:9784063895759) や齊藤英和・白川桃子 (2012)『妊活バイブル』講談社 (ISBN:9784062727518) でも使われており、いわゆる「妊活」を特徴づけるものとなっている。

卵子は胎児の時期 (0歳未満) に作られているため、実年齢よりも1歳年上なのだ。そしてあなたと一緒に年を重ねていく。年を取れば、私たちの外見にもシミやシワが増えたり、体力や代謝が落ちるなどの変化が現れる。もちろん卵子も例外ではない。〔……〕
「今のところ卵子をアンチエイジングする方法は見つかっていません。ただ、肉体の老化に個人差があるように、卵子の加齢にも個人差がはあります。卵子に悪影響を与える過労や睡眠不足、過度なダイエットや太りすぎなどに注意して、健康なカラダを維持すれば、健康な卵子を排卵する能力はキープできます」(齊藤先生)

-----
講談社 (2011)『FRaU Body: 妊活スタートブック』ISBN:9784063895759 p. 20
「齊藤先生」は齊藤英和、つまり『妊活バイブル』第1著者と同一人物。

「肉体の老化」の個人差に対比されるのは、個々の卵子間の差ではなく、「卵子の老化」の 「個人差」 なのである! 個別の細胞がそれぞれ固有のライフサイクルを持つという発想はここにはない。ここで齊藤が「卵子」ということばで象徴しているのは、「健康な卵子を排卵する能力」のことであり、それは母体に帰属するものなのだ。

さて、NHK取材班の使ったレトリックでもうひとつ特徴的なのは、「数の減少」を卵子の老化 (の結果) にカウントしたことである。このレトリックは『FRaU Body: 妊活スタートブック』や『妊活バイブル』にはみられなかった。卵子数の減少についての記述は確かにあるが、それは「卵子の老化」とは別項目ということになっていた。NHK取材班は、これらをあえてむすびつけ、卵子の数が減るという現象自体を「卵子の老化」を象徴するものとして使いはじめる。そしてこれ以降、Baker (1971) などの論文に記載されたデータを改変して、20代から30代にかけて急激に卵子が減るかのようにみせかけたグラフが定番アイテムとして定着する。

代表的な例として、河合蘭による2013年の本『卵子老化の真実』のグラフをみておこう:

f:id:remcat:20170221212548j:image

河合蘭 (2013)『卵子老化の真実』文藝春秋 ISBN:9784166609062 p. 32


出典としてあがっている「Baker, 1971」は巻末の参考文献には載っていない。おそらく "Radiosensitivity of mammalian oocytes with particular reference to the human female" American Journal of Obstetrics and Gynecology 110(5): 746-761 だろう。タイトルからわかるように、これは放射線の卵母細胞 (oocyte) への影響についてのレビューである。生殖細胞の形成過程とかその数の変化とかについての研究ではない。ただ、先行研究を解釈するうえで最低限必要な知識についてレビューの前に1節割いており (生物学の配偶子形成の章にあるようなことが書いてある)、そのなかにグラフが出てくるだけである。細胞数が減ると妊孕力が落ちるとかそういうことも別に書いていない。データの性質や計算方法については何も説明がないので、引用先の論文 (成人のデータに関しては (Block 1952)) をみないことには、何をやった研究なのかということ自体がわからない。

ともかく、Baker (19721) のグラフは下記の画像のようなものである。河合のグラフとはほとんど一致しない。頂点の値もちがうし、プロットしている年齢位置もちがう。河合のグラフの横軸は「5歳」から「10歳」の間隔と「10歳」から「20歳」の間隔がおなじくらいになっていたりして、不審である。さらに、Baker のグラフは20代から30代の間はほぼ一定で推移するのに対し、河合のグラフではその期間に直線的に減少しているというちがいがある。(ここではとりあえずBakerの「germ cell」と河合の「卵子」はおなじものを指すと考えておく。)

f:id:remcat:20170322171135j:image

T. G. Baker (1971) "Radiosensitivity of mammalian oocytes with particular reference to the human female" American Journal of Obstetrics and Gynecology 110(5): 748 http://doi.org/10.1016/0002-9378(71)90271-7
注釈の Baker 3 は T. G. Baker (1963) "A quantitative and cytological study of germ cells in human ovaries". Proceedings of the Royal Society of London. Series B, Biological Sciences. 158: 417-433. http://doi.org/10.1098/rspb.1963.0055
Block 24 は E. Block (1952) "Quantitative morphological investigations of the follicular system in women: variations at different ages". Acta Anatomica. 14: 108-123. http://doi.org/10.1159/000140595


どうしてこのような改竄が必要だったのか。河合 (2013) を読むと、本文での説明にあわせてグラフを用意していることがわかる。

女性の卵子は、その女性が胎児の時に作られます (次頁 グラフ4)。作るのは「卵祖細胞」という細胞。卵祖細胞は、妊娠初期に約700万個もの卵子を作り、そこで消えてしまいます。
〔……〕
誕生時、女の子の赤ちゃんの卵巣には、長い休眠状態についている発育途上の卵子が200万個ほどあります。
〔……〕
 誕生後も卵子は、自滅して数が減っていき、思春期までに出生時の10分の1に減少。つまり、初潮を迎える時には、当初700万個作られた卵子はすでに20万個に減っているのです。そして〔……〕卵子は順番に長い眠りから目を覚まし、成熟のプロセスを再開します。

-----
河合蘭 (2013)『卵子老化の真実』文藝春秋 ISBN:9784166609062 pp. 31, 33


「妊娠初期に約700万個」
「誕生時〔……〕200万個」
「初潮を迎える時には〔……〕20万個」

なんのことはない、河合のグラフは自分が文章に書いたことをそのまま図にプロットしているだけなのである。Baker の論文とは関係ないではないか。

さらに、思春期以降の部分。

「卵子が目覚めていく様子は、コップの中で、お砂糖か塩の塊が溶けていくのをイメージするとわかりやすいですよ」
 体外受精に長く取り組んでいる浅田レディースクリニック(愛知県名古屋市)の浅田義正院長は、そう説明してくれました。
 「卵巣に眠っている卵子は『原始卵胞』といって、今の超音波診断の技術ではまだ見ることができないほどとても小さな卵胞。それが、生理周期と無関係に、間断なく起きて来ます。若い人なら、1日平均30〜40個、つまり月に1000個くらいは、新たな原始卵胞が起きて育ち始めるんですよ。
 その小さな小さな卵子は、ほとんどがすぐに消えてしまうのですが、ごく一部のものは数カ月くらい生き続けて医師が目で観察できる大きさになります」
 3ヵ月目に入る頃には、最終選考に残った約1%の卵子の中から、いよいよ、排卵するたった1個の卵子が決まる時を迎えます。それは、卵巣の中でたまたま一番大きく成長したものが選ばれると考えられています。
 ひとつの卵子が決まると、他の卵子はすべてしぼんで、消えてしまいます。この仕組みにより、ヒトは基本的に複数の胎児を宿すことなく、1人ずつ出産します。
 では、この行程が年齢の高い人ではどうなるのでしょうか。高齢出産の人は若い人のように卵子の在庫数がありません。卵子は毎日起きてはなくなっていき、最後はほとんどなくなって閉経になります。ですから、高年齢女性では起きてくる卵子が少なく、従って最後の段階まで生き残る卵子もわずかとなります。
 若い人なら少なくても5個、多い人では20個近い卵子が最終選考に残ることができますが、高年齢の人はそこまで残りません。個人差や月による差もありますが、40歳くらいだと、若い人のおよそ半分くらいか、まったくなくなってしまうこともあります。
 それは、妊娠率も下がることを意味しています。「受精するのはたったひとつの卵子だから、質がよい卵子があれば数は不要では」という気もしますが、生命の自然淘汰の合格基準はとても厳しく、参加者が少なければ「該当者なし」になってしまいます。
 卵子がいよいよ本格的に少なくなると、身体は生理周期を維持できなくなります。卵子の在庫数が1000個を切ると排卵が起こらなくなり、月経も止まって閉経になります。

-----
河合蘭 (2013)『卵子老化の真実』文藝春秋 ISBN:9784166609062 pp. 35-36

この説明のポイントは、数の減少そのものではなく、減少分の減少 (つまりグラフの傾きが加齢とともにゆるやかになっていくこと) を問題にしていることである。若いうちは月に1000個くらいずつ使ってそのなかから最終的にひとつだけが排卵にいたるのに対し、年齢が高い人ではこの「選考」に加わる細胞の数が少なくなるというのだ。グラフでは、30代中ほどに点が打ってあり (「卵子の老化に悩みはじめる」というフキダシ)、そこから傾きがゆるやかになる。まさにこの解説に合致したグラフである。本文でこのような説明をしているところに、Baker 論文のような横ばいのグラフ (20代にはもうほとんど減少しなくなっている) を載せるわけにはいかなかったのだろう。

先に引用したNHKの書籍では、数が減るのがなぜ妊娠に不都合なのかはまったくわからなかった (不妊治療に不都合らしいことはわかる)。河合 (2013) が引用する浅田義正の説明は、そこのところをうまく埋めている。NHK取材班 (2013) には参考文献が出てこないのだが、「月に約千個減る」などの数値が一致していることからみて、河合が引用している浅田義正の説明とおなじ内容を指している可能性は高い。

さて、この浅田義正の説明についての根拠は、河合の本には示されていない。Baker (19721) のグラフでは20代後半以降はほとんど減少しなくなるのだから、Baker (およびそのデータ源である Block) の研究が根拠でないことは明白である (だからグラフを改竄する必要があった)。河合 (2013) の参考文献に挙がっている 浅田の本 を読めば書いてあるんだろうか?

その他、浅田義正の著作はいろいろある模様: http://ci.nii.ac.jp/author/DA11305622

履歴

  • 2017-04-18: Baker論文の年号の間違いを修正: 1972→1971 (2箇所)

2017-03-17 産婦人科医の考える「エビデンス」とは

鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350
という本を借りてきたところ、内容がすごかったのでまとめておく。
鈴木秋悦(すずき しゅうえつ)は元慶應義塾大学産婦人科助教授。経歴は http://www.ohshiro.com/about/adviser.php など参照。



最初に報知新聞記者(軍司敦史)によるインタビューがある。そこで鈴木は執筆の目的についてつぎのように語っている。

私は、これまで医学の領域といわれた専門的なものも、医師と読者が同じレベルで考え、一緒に悩むものと思って書きました。
〔……〕
もう少し専門的なことまで足を踏み入れて、自分で責任を持って判断してほしいのです。自分の体なんですから。センセーショナルな情報に惑わされずに、確かな知識を持ってほしい。そう思って書きました。

-----
鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350 p. 3

欧米では、エビデンス・メディスン、つまり、証拠に基づく医学が主流となりつつあります。
〔……〕
この本ではできるだけデータ、つまり証拠を載せました。そのことで不安を無くしてもらいたいのです。

-----
鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350 p. 4


これらは非常に納得のいく話である。この本が本当にこのような方針で書かれたものだとしたら、さぞかし素晴らしい内容であろう。

……と思って、中身を読んでみると、これがまったくこのインタビューを裏切る「データ」を並べた内容であった。

f:id:remcat:20170315151504p:image
-----
鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350 p. 18

まず、「『結婚1年以内の妊娠の可能性』は30代から急激に減ってくる!」という18頁のグラフ。「Sue Craig 1990」という出典らしき表示があるが、これが何かわからない。この本には文献一覧など載っていないので、著者名と出版年 (?) だけみせられても、原典のたどりようがないのである。ちょっと探してみても、「Sue Craig 1990」という情報でヒットする文献はなく、正体がわからない。

20代前半の数値は96%くらいになっているが、これは1カ月あたりでは24%くらい。Fecundability の値としては高めであるが、そういう研究はあるようである (Baird (2013) "Women's fecundability and factors affecting it" pp. 193-207, ISBN:9780123849786 参照)。しかし、プロットが等間隔ではなく、35歳のところに点を打ってあるあたりがいかにもあやしい。ともかく、データの性質や計算方法などわからなければ、評価のしようがない。こんなものを根拠にして「責任を持って判断」することなどできるわけがないし、「確かな知識」が得られるはずもない。

以下、おなじような調子で、どこから持ってきたのかわからないデータがならぶ。

f:id:remcat:20170315151505p:image
-----
鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350 p. 24

24頁の「なにも治療しなくても不妊カップルが子供を授かる確率」「年齢と不妊率との関係」グラフ。「1995年」とか「米国での調査」とか、ちょっとだけ情報が書いてあるが、それ以上の説明は何もなし。

f:id:remcat:20170315151506p:image
-----
鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350 p. 37

37頁の「精子の数は年々減ってきている?」というグラフに関しては説明(というか批判)はあって、これは「デンマークのスキャケベク医師が発表した「男性の精子数が半世紀で半減し、このままのペースで減っていくと21世紀末には人類が滅亡するのでは」というレポート」だそうで、「世界中の61の論文をまとめて、のべ1万5000人のデータにもとづいたもの」ということである。論文はたぶん Carlsen + Giwercman+ Keiding + Skakkebaek (1992) BMJ 305 http://doi.org/10.1136/bmj.305.6854.609 だと思うのだが、ちゃんと書いてくれないと特定できない。この論文だとすると、抄録を読む限りでは、1930-1991年の論文データベースからとってきた61論文を対象とするメタ分析による研究成果のようである。

鈴木はこの研究が気に入らないようで、「米国では逆に「精子数は変わっていない」が通説になりつつある」(36頁) とか「昔のデータを引っ張りだして同じ土俵で比較しても、データの価値があるとはいえないでしょう」(37頁) とか批判するのだが、裏付けとなる文献などは何も示されない。これで読者の不安が無くなると思ったのだろうか?

f:id:remcat:20170315151507p:image
-----
鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350 p. 43

43頁のこの図「男性不妊症の大半は精子が作られる機能の異常だ!」については、出典表示はおろか、本文中の説明すらなし。

f:id:remcat:20170315151508p:image
-----
鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350 p. 54

54頁には「胎児のときから作られる卵子」という例のグラフが出現。例によって出典表示なし。鈴木は『ヒトの受精のタイミング』(講談社 1982年) や『生殖のバイオロジー』(日本評論社 1983年) では別のグラフを使っていた (http://f.hatena.ne.jp/remcat/20170221212545 参照。出典が書いてないが、たぶん Baker (1972) Acta Endocrinologica 71 http://doi.org/10.1530/acta.0.071S018 等) のであるが、ここに来て、20歳以降なだらかに卵子が減少していくようにみえるグラフを使いはじめる。いまのところ、私が見つけている範囲では、胎児期のピーク以降に卵子数が単調に減少しつづけるタイプのグラフとして最古のものである。

ただ、こういうグラフを使いながらも、鈴木はあくまでも「なぜ数を減らすのか、どんな卵子を捨てているのか分かりません」(55頁) とだけ書く。「卵子が減るから妊孕性が落ちる」みたいな話をしているわけではないのである。そういう乱暴な説を産婦人科医が語りはじめるのは、2011年以降のことになる。

f:id:remcat:20170315151510p:image
-----
鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350 p. 96

96頁のグラフ。本文中に「厚生省は最近、〔……〕生殖医療の意識調査をしました」とあって、これに対応するものだと思うが、この書きかたではどの調査か特定のしようがない。

f:id:remcat:20170315151511p:image
-----
鈴木 秋悦 (2000)『現代妊娠事情』報知新聞社 ISBN:4831901350 p. 117

117頁のグラフ。「クラミジアの陽性率は初期妊婦に意外に多い!」「クラミジアに感染すると卵管障害が起りやすい!」などと書いてあるが、出典不明。本文中にはグラフについての説明は何もない。

とまあ全体的にこんな感じ。いいかげんなデータをならべた本というのはたくさんあるもので、そのなかのひとつというだけの話ならそれで終わりである。ただ、最初のインタビューによれば、著者はこの内容で大真面目に「証拠に基づく医学」(evidence-based medicine) を実践したつもりらしい。そしてこの本は「医師と読者が同じレベルで考え」る本なんだそうだ。つまり医師の考える「エビデンス」というのはこういうものなんだということである。

この本の出版から13年後、おなじ慶應義塾大学医学部の教授であった吉村泰典 (日本生殖医学会理事長 (当時)、内閣官房参与) は人口学の受胎確率 (fecundability) のデータを改竄して年齢と妊孕力の関係をあらわすグラフを創り、「22歳時の妊孕力を1.0とすると、30歳では0.6を切り、40歳では0.3前後となる」(http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160331 参照) といった持論をぶちあげる。このグラフも、データについての説明は一切なく、出典も「O'Connor et al, 1998」としか書いていないという代物であった。

f:id:remcat:20150904063811j:image

吉村やすのり (2013-06-25) 「卵子の老化―続報― 女性の年齢と妊孕力との関係」(吉村やすのり生命の環境研究所)

http://yoshimurayasunori.jp/blogs/%E5%8D%B5%E5%AD%90%E3%81%AE%E8%80%81%E5%8C%96%E2%80%95%E7%B6%9A%E5%A0%B1%E2%80%95-%E5%A5%B3%E6%80%A7%E3%81%AE%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E3%81%A8%E5%A6%8A%E5%AD%95%E5%8A%9B%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82/

このグラフは、日本産科婦人科学会や日本生殖医学会など9つの専門家団体が政府に提出した要望書 でも使われ、文部科学文部科学省が2015年に作成した 高等学校の保健副教材 にも採用された。これらが問題化したことをきっかけに、産婦人科医が広報・政治活動に使ってきたトンデモなグラフの数々 が明るみに出ることになった。

いちおう鈴木(と報知新聞社)の名誉のために書いておくと、『現代妊娠事情』の内容自体はそれほど変なことは書いてないのではないかと思う。あくまでも私の直感のはたらく範囲内では、という限定つきではあるが。現在の産婦人科関連団体が繰り広げているような露骨なデタラメは出てこない。

ただ、出してくるデータにほとんど根拠がないのである。それを「一般向けの書物なので厳密なデータは出していません」ではなく、「データ、つまり証拠を載せました」と書いてしまうところが、著者の非科学性を示している。出典も示さずにもっともらしいグラフをみせることが「確かな知識」を提供したことになるのだ、という態度が学界内で共有されていたとすれば、そこから改竄グラフを使ったプロパガンダまではわずかな距離しかなかっただろう。

2017-03-15 Origin of falsified chart used in high schools in Japan

高校保健副教材「妊娠のしやすさ」改竄グラフの原典について論文発表

2015年8月文部科学省作成の高校保健副教材『健康な生活を送るために』に改竄された「妊娠のしやすさ」グラフが載った問題について、『東北大学文学研究科研究年報』66号に論文を掲載:

TANAKA Sigeto (2017) "Works citing Bendel and Hua on natural fecundability: a literature review on the origin of a falsified chart used in high school education in Japan". Annual Reports of Graduate School of Arts and Letters, Tohoku University. 66: 142-128. http://www.sal.tohoku.ac.jp/~tsigeto/17a.html

このグラフの「原典」である Bendel and Hua (1978) "An estimate of the natural fecundability ratio curve". Social Biology. 25 (doi:10.1080/19485565.1978.9988340) について、内容を簡単に解説したうえで、それを引用する論文計23点の検討結果を報告したもの。Bendel-Hua による推定は年齢の効果を過大推定しており、その問題は何度も指摘されている。したがって、たとえグラフの改竄がなかったとしてもこの推定結果を利用することは不適切であり、そのことは研究史を網羅的にレビューしていればわかったはずであることを指摘している。

Abstract:

This paper reports the results of a literature review on "An Estimate of the Natural Fecundability Ratio Curve" by Bendel and Hua (1978, Social Biology 25). The estimation of this work was the origin of a falsified chart on women's age-fertility profile that was featured in a high school health education material published in 2015 by the government of Japan. The author searched citation databases and collected 23 works citing the study. A review of the 23 works showed that biases and unreliability of the Bendel-Hua estimation had been pointed repeatedly. The results imply that the chart would be inappropriate for educational use, even if it were not falsified. Both the Japanese government and academics are responsible for the inappropriate chart being used without a comprehensive literature review to insure the reliability of scientific knowledge.

http://tsigeto.info/17a

Table of contents:

  • 1. Background
  • 2. Aim and Method
  • 3. Results
    • 3.1. Estimates for Hutterite women aged 25 and over
    • 3.2. Estimates for Taiwanese women aged 16-24
    • 3.3. Other problems
  • 4. Discussion

Information on this paper:

Related articles: