Hatena::ブログ(Diary)

remcat: 研究資料集 RSSフィード Twitter

2016-04-30

Menken ほか (1986) の Science 論文から「代表的なデータを抜粋」したと称する日本生殖医学会サイトのグラフについて

問題の所在

日本生殖医学会のサイトにある「女性の年齢による妊孕力の変化」のグラフがいろいろ変なので、以下検討する。

女性の加齢と不妊症を考えるデータとして、避妊法が確立されていない17〜20世紀における女性の年齢と出産数の変化について調べた研究があります。出産数は30歳から徐々に減少し、35歳を過ぎるとその傾向は顕著になり、40歳を過ぎると急速に減少します(図1)。つまり、女性の年齢による妊孕性の低下は、平均寿命がのびてもあまりその変化は変わらない現象であることがわかります。
〔……〕
図1.女性の年齢による妊孕力の変化
f:id:remcat:20160422075510j:image
Menkenらの報告(Menken J, et al. Age and infertility. Science. 233: 1389-1394, 1986)をもとに17〜20世紀における女性の年齢と出産数について代表的なデータを抜粋し作成。年齢の増加に伴い(特に35歳以降)出産数の低下が認められる。

-----
日本生殖医学会広報部 (2013年4月) 「年齢が不妊・不育症に与える影響: Q18.女性の加齢は不妊症にどんな影響を与えるのですか?」『不妊症Q&A よくあるご質問』

http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa18.html

『不妊症Q&A よくあるご質問』の日付は「2013年4月」となっているが、このグラフがいつからあるかはよくわからない。Internet Archive の記録では、遅くとも 2014年7月17日 には存在していたことが確認できる。

さて、出典として提示されている Menken ほかの Science 論文の図を見てみよう。

f:id:remcat:20160422075511p:image
Fig. 1. Marital fertility rates by 5-year age groups

-----
Jane Menken + James Trussell + Ulla Larsen (1986) "Age and infertility". Science. 233: 1389-1394 DOI:10.1126/science.3755843

http://dx.doi.org/10.1126/science.3755843

これは「Marital fertility rates」(婚姻内出生率) のデータであるから、これを単に「出産数」「出生数」として紹介するのは不正確である。さらにそのグラフに「女性の年齢による妊孕力の変化」という見出しをつけるのは問題外であるが、それはともかく。

2枚のグラフをくらべてみると、ずいぶん印象がちがう。どのラインに目が行くかにもよるが、日本生殖医学会のグラフのほうが全体的に上方に偏っており、傾きが大きく見える (後述)。

また、日本生殖医学会のグラフで「▲ 17世紀」となっているラインは、Science 論文 Fig. 1. の注釈では「Hutterites, marriage 1921-30」とある。これは「17世紀」のデータじゃないだろう。「■ 20世紀」のラインは、「Geneva, bourgeoisie, husbunds born 1600-49」だから「20世紀」じゃなさそうだし、右下に行くにしたがってプロット位置がずれていってるような気がする。

データを確認する

Science 論文 Fig. 1. は線が入り組んでいてわかりにくい。この図の元データが載っている本を見てみよう。

f:id:remcat:20160422075513p:image

-----
Jane Menken + Ulla Larsen (1986) "Fertility rates and aging". Ed.= L. Mastroianni + C. A. Paulsen. Aging, reproduction, and the climacteric. Plenum Press. ISBN 0306421429
色線は引用時に追加したもの。
注釈 b の (5) の最後の部分が「1840-1959」となっているが、これはたぶん間違いで、「1840-1859」であろう (Science 論文でも、後述の Henry (1961) でも、そうなっている)。

色枠で囲った数値が、日本生殖医学会のグラフにプロットされていた数値に合致する部分。

  • 「▲ 17世紀」となっていたラインは、20世紀の Hutterites (キリスト教フッター派) のもの (赤枠:番号1)
  • 「■ 20世紀」となっていたラインは、17世紀のジュネーブのブルジョアジーのデータで始まり、途中から19世紀のノルウェーのデータに入れ替わっている (緑枠:番号4と8)

これらの数値をプロットして日本生殖医学会のグラフに重ねてみると、こんな感じである。

f:id:remcat:20160422075514p:image

なんで正確に写さないんだろうかね?

印象のちがい

さて、日本生殖医学会のグラフには「代表的なデータを抜粋し作成」という注釈がついている。しかし「代表的」であることの基準については何も書いていない。だから、なぜこれらのデータだけが描画されているのかはよくわからない。

上の表には、典型的な年齢パターン (Typical age pattern) の数値も載っている (mean polish という方法で求めたものらしい (Menken + Larsen 1986: 152))。これを日本生殖医学会のグラフに加えてみよう。

f:id:remcat:20160425174048p:image

4本のラインのうち、1本 (▼) はほぼ Typical age pattern に沿っている。のこる3本はこれより上方にある。つまり、元の10本のデータのなかで、相対的に高い出生力をもつ集団のものが抜き出されていることがわかる。

ラインの傾きという点で見ると、Typical age pattern から外れている3本のうち2本 (▲ ■) は30代前半までの傾きが大きいため、「多数決」で減少幅が大きく感じられるということがある。また、30代後半では、■ の数値が大きく落ち、20代前半よりも238下がっているため、その点でも減少幅が大きいように感じられる (Typical age pattern では、20代前半から30代後半までの減少幅は141)。

Menken + Larsen (1986: Table III) の10本のデータのうち、このグラフに出てこない残り5本についても、おなじように Typical age pattern を加えて表示してみよう。

f:id:remcat:20160425174047p:image

どのラインも、Typical age pattern との差が小さい。特に30代前半までの間は、ほとんどおなじ傾きのラインになっていることがわかる。

他所での使用例

この日本生殖医学会サイトのグラフとおなじものが、吉村泰典監修『生殖医療ポケットマニュアル』(医学書院 2014) に載っている。

生殖医療ポケットマニュアル

生殖医療ポケットマニュアル

f:id:remcat:20160427100147j:image

-----
高橋 俊文 (2014) "年齢と妊孕力". 編集= 大須賀 穣 + 京野 廣一 + 久慈 直昭 + 辰巳 賢一 (監修= 吉村 泰典)『生殖医療ポケットマニュアル』医学書院. pp. 23-28. ISBN 9784260020350 (p. 24)

この本の23ページには、「Menkenらは北米フッター派 (避妊が禁じられている) の各コホート集団について16〜19世紀後半の記録から女性の年齢と出産数の変化について報告している」とある。しかし、Menken ほかのScience 論文 Fig. 1 の注釈では、フッター派 (Hutterites) とあるのは2件だけ。あとの8件は、ヨーロッパ5、アジア1、アフリカ1、北米1である。

また、『日経DUAL』2014年5月2日の記事にも、おなじグラフが出てくる。

f:id:remcat:20160428145020j:image
図1 女性の年齢別、1000人当りの出生数 Menken J(*1)より改編。4世紀にわたり、環境や栄養状態などが変化しても、出産年齢に大きな変動はなく、35歳を過ぎると急激に低下している

〔記事を最後まで読むと、つぎの注がある: 1.Menken J, et al. Age and infertility. Science. 233: 1389-1394, 1986〕

-----
樽井智子 "30歳が1カ月で妊娠できる確率は20%、40歳で5%". 『日経DUAL』 (2014.05.02)

http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=2574

このグラフは、 http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=8230&page=2 にも転載されている (2016年4月4日付)。当初はグラフの出典をふくめて何の説明もなかったが、現在は追記されている。

データの出所について

Menken ほかが使用したデータは、Louis Henry の1961年の論文からとられている。

f:id:remcat:20160425174936p:image

-----
Louis Henry (1961) "Some data on natural fertility". Eugenics quarterly. 8(2): 81-91. DOI:10.1080/19485565.1961.9987465

http://dx.doi.org/10.1080/19485565.1961.9987465

データは13件あり、出生力の高い順 (正確には、20歳で結婚した女性の完結出生児数 (Mean no. of childern per completed family of women married at 20) の高い順) に並んでいる。「Average」の下の「Great Britain」は、避妊法の普及した社会のデータを比較用に載せてあるものである。

Menken ほかの Science 論文は、これらのうち10件だけをプロットしている。これについての説明は、「The ten populations judged to have reasonable age reporting were retained in later analyses.」(p. 1394 注10) とあるのみ。Menken + Larsen (1986: 151) でも「We (following Coale and Trussell, 1974) have retained the ten for which age reporting is relatively accurate.」とある。後者で言及されている Coale and Trussell (1974) Model Fertility Schedules: Variations in The Age Structure of Childbearing in Human Populations (Population Index 40(2):185-258) によれば「Ten schedules of natural fertility were averaged after discarding schedules known to be based on surveys in which age misreporting was especially prevelant and might have distorted the pattern of fertility.」(p. 188) ということになっている。これらの説明を信じるなら、年齢の記録が不正確なデータを除いて10件を使用した、ということになる。しかし、要するに Henry (1961: Table 1) の13件のうち上から10件を取り出したものが Menken + Larsen (1986) のTable III なのだから、出生力の相対的に低い3件のデータを除いただけなのかもしれない。

Henry (1961) Table 1 下の注釈2によれば、ノルマンディーのデータ (Menken + Larsen (1986: Table III) の番号では6と7) はグラフから求めた (ので精度が低い) とのことである。イランのデータ (番号9) も精度が低いように見える (下一桁が0か5) が、これについては注釈がない。

さらにその下の注釈3 (画像ではつぶれていて読めないが) には、ノルウェーのデータ (Menken + Larsen (1986: Table III) の番号では8) は死産を含んでいたので0.96をかけて補正した、みたいなことが書いてある。大丈夫なんだろうか。

Henry (1961) Table 1 の13件のデータについて http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160430/henry に出典を示す。いずれも、Henry (1961) の Bibliography セクションの記述と簡単なデータベース検索で分かったことだけを記している。これらの文献については、私は内容を確認していない。

remcatremcat 2016/09/13 17:27 日本生殖医学会 (2014)『生殖医療の必修知識』http://www.jsrm.or.jp/publications/pub_index.html
47ページにも載っていることを発見。文章での説明は『生殖医療ポケットマニュアル』のものとほとんど同一(たぶん)。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160430/jsrm