Hatena::ブログ(Diary)

remcat: 研究資料集 RSSフィード Twitter

2017-05-28 Ethics of using online texts

日本社会学会 (2009)『社会学評論スタイルガイド』(第2版) 第3.8.2項

日本社会学会『社会学評論スタイルガイド』の規定が 話題になっている ようだが、ちゃんと文言を読まずに解釈している人が多そうで、かつ、ちゃんと文言を読むととんでもないことが書いてある規定なので、ちゃんと説明しておこうと思った次第。なお、私はたぶん1996年から日本社会学会会員で、『社会学評論スタイルガイド』(第1版) がつくられた1999年当時のことはうっすら覚えている。ただし学会の役などやっていたわけではないので、一会員としての情報しか持っていない。

以下、本文。next49「2017年人工知能学会全国大会でのpixiv作品を用いた研究発表」(発声練習) http://next49.hatenadiary.jp/entry/20170527/1495859912 へのコメントに加筆したもの。

『社会学評論スタイルガイド』のなりたちについて簡単な説明

『社会学評論スタイルガイド』は、日本社会学会が発行する雑誌『社会学評論』に載せる原稿の書きかたを決めているもの。基本的に、「書きかた」のガイドである。たとえば「、。 と ,.のどちらを使うか」「著者が大勢いる論文の情報はどう書けばいいのか」といったことについて統一ルールを示している。研究倫理等については論文投稿に必要な範囲のことしか書いていない。

最初につくられたのは1999年。それ以前は『社会学評論』誌には簡単な「執筆要項」の規定しかなく、原稿の体裁不統一が問題になっていた。

『社会学評論スタイルガイド』は,『社会学評論』の執筆要項の書式部分を全面的に拡充・改訂したものである.
〔……〕
編集委員の役目柄,私たちは『社会学評論』に投稿された論文を最終点検しているが,痛感するのは,執筆要項がかならずしも守られておらず,投稿者によって論文の書き方がまちまちであるという残念な事実である.まったくの我流によっているのではないかと思われることもしばしばあった.学会誌にふさわしい誌面の統一性を保持するために,また近年の投稿数の増大に対応して,学会誌としての水準を維持しながら,査読を円滑におこなっていくためにも,ぜひとも書式などにかんする詳細なルールづくりが必要であると判断した.
〔……〕
私たちは1998年春から編集委員会で協議を重ね,成案をまとめる努力をしてきた.日本社会学会理事会,査読を担当する本誌専門委員,データベース委員会委員から意見をうかがったほか,日本社会学会ニュースや本編集委員会のホームページをとおして,一般会員からもひろく意見を募集し,改訂につとめてきた.さらに『社会学評論』の発売元の有斐閣をはじめ,社会学書の出版で実績のある数社の編集者からも参考意見を聴取した.ご意見をお寄せいただいたみなさまに深く感謝申し上げたい.編集委員のなかでも,スタイルガイドを担当された福岡安則委員は,原案作成,専用ホームページサイトの運営・改訂などに労を惜しまれなかった.
-----
長谷川公一 (1999)「刊行のことば」日本社会学会編集委員会『社会学評論スタイルガイド』

http://web.archive.org/web/20090813083742/http://www.gakkai.ne.jp/jss/bulletin/guide.php

このときの「一般会員からの意見」は学会サイト (当時は wwwsoc.nii.ac.jp/jss/) で公開されていたはずであるが、現在は載っておらず、Internet Archive にも記録がない。秘密情報ではないはずなので、学会に問い合わせれば入手可能ではないかと思う。

当時、学会ニュースなどで、公開された草案への意見が募集されていたことは覚えている。私も何か書くべきかと思って考えた記憶はあるのだが、最終的に意見を出したかどうかは記憶にない。

オンラインで公開されるHTML版と冊子体のものがつくられた。冊子体は学会員に配布されたほか、500円で売られている。奥付には「1999年9月25日印刷」「1999年9月30年発行」とある。

f:id:remcat:20170528130941j:image

このあと、『日本社会学会倫理綱領』(2005) 『日本社会学会倫理綱領にもとづく研究指針』(2006) が制定された。

そのあと、2009年になって『社会学評論スタイルガイド』は改訂され、第2版となる。

改訂のポイントは大きくみて3つある.第1は,インターネット環境の普及に伴い,一般化した電子情報の扱い方などにかんして,適切な指針を打ち出す必要があった.これは,今回の改訂の目玉とも言うべき部分であって,「3.8 ウェブ文書からの引用」という節を新たに加え,「4.5 電子化された資料」は大幅に書き足した.旧版の『スタイルガイド』をお持ちの方は,この部分がもっとも異なる箇所なので,ご注意いただきたい.
 第2の改訂のポイントは,旧版が刊行されたときにはなかった「日本社会学会倫理綱領にもとづく研究指針」が2006年10月に制定されたので,その内容を『スタイルガイド』にも反映することであった.旧版には,社会学評論独自の指針として,「バイアス・フリー」や「調査倫理」について述べられていたが,ずれが生じてはいけないので,この改訂版では,それらをけずり,「6.2 論文執筆のさいに守るべき倫理」に,「日本社会学会倫理綱領にもとづく研究指針」の「4.論文執筆など研究結果の公表にあたって」を全文掲載することとした.
-----
片桐新自 (2009)「第2版刊行のことば」日本社会学会編集委員会『社会学評論スタイルガイド』(第2版)

http://www.gakkai.ne.jp/jss/bulletin/guide.php

この第2版もオンライン版と 印刷版 が発行されている。私も印刷版を持っているはずであるが、行方不明。

第2版発行に先立って会員に意見を求める、というようなことはなかったのではないかと思う。オンラインデータベースの書誌情報記述 (4.5.4.1) などひどいことになってるので、意見募集があれば私は絶対に文句を付けたはずである。

第2版第3.8.2項

今回問題になっている のは、第2版 (現行版:2009年8月25日) の第3.8.2項である。10章に分かれている『社会学評論スタイルガイド』のうち、第3章「引用」の第8節「ウェブ文書からの引用」のなかの第3項「ウェブ文書を論文で使用する場合の注意点」。

3.8.2 ウェブ文書を論文で使用する場合の注意点
 図書館等で半永久的に閲覧可能な紙媒体の資料と異なり,ウェブ文書を論文で使用するさいは独自の注意が必要となる.以下に特に注意が必要と思われる点について示す.

(1) 作成者の意思の尊重
 インターネット上に存在する電子情報は万人の閲覧に開かれてはいるが,調査が回答者の協力を必要とするのと同様に,作成者が拒否する場合に論文で使用することはできない.「無断引用不可」「無断転載不可」の意思表示があるウェブサイトや,加入手続きが必要となるインターネット上のコミュニティでのやりとりを論文で使用する場合は,使用許可を得た旨を明記するなどの注意が必要となることに留意する.
-----
日本社会学会編集委員会 (2009)『社会学評論スタイルガイド』(第2版)

http://www.gakkai.ne.jp/jss/bulletin/guide3.php#sh3-8-2

『社会学評論スタイルガイド』第1版 (1999年8月15日) では第3章「引用」は第7節までしかなく、この3.8.2項に該当する記述はなかった。ただし、関連する記述が第6.3節「調査倫理」にあった。これは Internet Archive に残っていないので、冊子版 (1999年9月30日) から引用する。

 当面は,社会学者ひとりひとりが,自分なりの調査倫理を定めて,みずから守るというのが,ベストであろう.
〔……〕
 いずれにせよ,学術雑誌に掲載される論文は,調査対象とした当事者たちに読まれることはない,といった安易な考えに依存してはならない.投稿者自身が熟考して決めた調査倫理にのっとって実施した調査研究の成果を,『社会学評論』に投稿していただきたい.
-----
日本社会学会編集委員会 (1999)『社会学評論スタイルガイド』 p. 32

http://f.hatena.ne.jp/remcat/20170527224541

現行の第2版にはこの記述はない。「調査倫理」(6.3) の節はあるが、ぜんぜんべつの内容 (2重投稿の禁止) である。→ http://www.gakkai.ne.jp/jss/bulletin/guide6.php#sh6-3


(つづく) → 「作成者が拒否する場合に論文で使用することはできない」とはどういうことか

「作成者が拒否する場合に論文で使用することはできない」とはどういうことか

『社会学評論スタイルガイド』第2版第3.8.2項のこの規定、実際には何を要求しているのだろうか?

3.8.2 ウェブ文書を論文で使用する場合の注意点
 図書館等で半永久的に閲覧可能な紙媒体の資料と異なり,ウェブ文書を論文で使用するさいは独自の注意が必要となる.以下に特に注意が必要と思われる点について示す.

(1) 作成者の意思の尊重
 インターネット上に存在する電子情報は万人の閲覧に開かれてはいるが,調査が回答者の協力を必要とするのと同様に,作成者が拒否する場合に論文で使用することはできない.「無断引用不可」「無断転載不可」の意思表示があるウェブサイトや,加入手続きが必要となるインターネット上のコミュニティでのやりとりを論文で使用する場合は,使用許可を得た旨を明記するなどの注意が必要となることに留意する.
-----
日本社会学会編集委員会 (2009)『社会学評論スタイルガイド』(第2版)

http://www.gakkai.ne.jp/jss/bulletin/guide3.php#sh3-8-2

書いてあるとおりふつうに読めば、「インターネット上に存在する電子情報」は「作成者が拒否する場合に論文で使用することはできない」ということになる。よほどひねくれた読みかたをしないかぎり。たとえば、ある研究者が、持論を180度変えたので、以前の論文の使用を拒否する、と意思表示すれば、それ以降、その研究者の過去の論文のうち、オンライン雑誌に載ったものは使用できないことになる (「作成者」の意思が問題であって、「著作権者」の問題ではないことに注意)。そんなバカな。

「ウェブ文書」とは

これに関しては、この項の主題である「ウェブ文書」の定義次第かもしれない。「図書館等で半永久的に閲覧可能な紙媒体の資料と異なり」という部分から推測できるのは、「半永久的に閲覧可能」かどうかが問題なのであって、紙かウェブかが本質的な問題ではなさそうだということである。たぶん、ウェブ上の文書は管理者の意思でいつでも消せるので、情報をずっと残すことをそもそも予定していないことが多い、というところがちがうのではないか。いわゆる「魚拓」サービスにおいて「忘れられる権利」が問題になるのと同じである。しかし、雑誌論文の場合、長く残すことが前提になっている媒体であって、それはウェブ版でもかわりない。そうすると、従来の紙媒体とおなじと考えるべきではないだろうか。

では、雑誌でないものはどうなるか。たとえば 『社会学評論スタイルガイド』オンライン版 は新しい版が出れば上書きされていくので、古い版はのこさない仕組みである。つまり、「半永久的に閲覧可能」な状態にすることを予定していない。だから、もし日本社会学会のサイトに「無断引用不可」と書いてあれば (書いてないと思うが)、『社会学評論スタイルガイド』オンライン版を使用することはできないことになる。

学会は学術的な討論に対して開かれた組織のはずであるから、学術論文での情報利用を拒否するなんてありえない、個別に許諾を求めれば応じてくれるはずだ、と思う読者もいるかもしれない。しかし、学会が情報の利用を拒否するケースは実際に存在する。

私は現在、産婦人科や生殖医学の領域で流通している怪情報の研究 に従事しているのだが、このあいだ、日本生殖医学会 (2014) が編集している専門医医研修プログラム用の教科書『生殖医療の必修知識』 中のあるグラフ (http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160430/jsrm とほぼ同じもの) の利用許諾を申し込んだところ、断られたのである。おかげで、別のグラフを掲載して、「これと同様のグラフが日本生殖医学会が編集した教科書に載っている」と言及する方法にせざるをえなかった (学術出版社には、グラフや写真について著作権者の許諾を求めてそれを証明する文書を添付しないといけない仕組みのところが多い)。

ウェブ文書一般についてこれとおなじことがおこれば、たとえば政府のウェブサイトに載っているさまざまな政策関連情報についても、使用を拒否する権利が政府にあることになってしまう。

「使用」とは

もうひとつの問題は、「使用することはできない」とはどういう意味か、ということである。「引用」とは別のことばが使われているのだから、別の概念と考えるべきだろう。

すこし前にもどると、第3.8.1項につぎのような記述がある。

3.8.1 文献注のつけ方
 引用または参照する場合の文献注のつけ方は,3.2-3.5の引用規則に準ずる.すなわち,ウェブ文書を引用する場合の文献注は,「……引用文……」(著者名 出版年: ページ数)などの形で,ウェブ文書から直接の引用をせず参照する場合の文献注は,(著者名 出版年)または著者名(出版年)という形で,紙媒体の文献注に準じて示す.

 なお,以下に著者名や更新日が不明な場合の対応についても記す.ただし,著者や更新日(作成日)が不明の文書を先行研究として使用することは,原則として避けるべきである.
-----
日本社会学会編集委員会 (2009)『社会学評論スタイルガイド』(第2版)

http://www.gakkai.ne.jp/jss/bulletin/guide3.php#sh3-8-1

この部分での「使用」の使用法をみるかぎり、「引用」と「参照」(引用しないで文献の存在だけを示す) の両方が「使用」に該当するようだ。

そうすると、さらにヒドイことになる。「使用することができない」というのは、単に引用を禁じるだけではなく、「こんな文書があります」という風に言及することすら禁じていると解釈できるからだ。

もっとも、第6.2項にいくと、つぎのような記述もある。

(4) 図表などの「使用」

 オリジナリティの高い図表や写真・絵画・歌詞などを使用する場合は,法律用語としては「引用」ではなく,他者の著作物の「使用」にあたります.その場合には,当該図表・写真・絵画・歌詞などの著作権者から使用の許諾を受けなければなりません.
-----
日本社会学会編集委員会 (2009)『社会学評論スタイルガイド』(第2版)

http://www.gakkai.ne.jp/jss/bulletin/guide6.php#sh6-2

この場合の「使用」はおそらく、著作権法第32条の「引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」という制限をこえるようなかたちで掲載するという意味であろう (つまり、図表や写真・絵画・歌詞などを著作権者の許可なく載せることは正当な引用ではないと日本社会学会は考えているということ)。この解釈をとれば、正当な引用とみなされる範囲で文章を切り取って載せるのはそもそも「使用」ではないので、第3.8.2項の規定とは関係ない。第3.8.2項が関係してくるのは、相当長い分量の文を載せるとか大幅な改変をおこなうとか出典を明示しないなど、正当な引用とはみなされない方法をとる場合に限られる。

『社会学評論スタイルガイド』の他の部分をみても、「使用」ということばの意味について一貫した定義にしたがって解釈するのはたぶん無理ではないかと思う。つまり、はっきりした定義をもつ術語ではなく、文脈に応じてちがう意味で使われていると考えたほうがよいのではないか。

そうすると、第3.8.2項での「使用」はどういう意味なのだろうか?

第3.8.2項で「作成者が拒否する場合に論文で使用することはできない」とくる前には、「調査が回答者の協力を必要とするのと同様に,」という節がある。ここだけ読むと、論文に (具体的な文面として) 何を書くかという問題ではないのかもしれないという気がする。つまり、社会調査において対象者の同意をえずにとったデータを使うことができないのと同様に、作成者が当該の研究での使用を拒否しているデータは使ってはならないということではないか。そうすると、もはや引用とか参照とかの話ですらなく、完全に匿名化したデータによる統計分析の結果を示すことさえ許されない。

私見

なぜこんなことになっているのか。たぶん真相は、『社会学評論スタイルガイド』第2版をつくるときに、あまりよく考えずにこの項目を追加してしまったということではないか。起草者の頭には何かプロトタイプ的な事例はあっただろうが、規定の文章からそれをうかがい知ることはできない。さまざまな事例を想定してこの記述で大丈夫なのか、といった検討はおこなわれていなかったのではないか。

とすると、文面にこだわってもしかたがない。原点にもどって考えよう。この規定は何のために存在するのか。何を戒め、何を護ろうとしているのか。

私見としては、2種類のケースを区別するといいのではないか、ととりあえず考えている。

ひとつは、会員制オンラインコミュニティに研究目的であることを隠して入会し、そこでえたデータを無許可で使うようなケース。「隠して」とか「無許可で」とかの線をどこで引くのかなど、むずかしい問題がいろいろ出てくるが、ただ、これはオンラインでなくても、従来からフィールドワークの際には生じていた問題であって、ことさら「ウェブ文書」云々の項に入れることではない。また、論文を書く以前の、そもそも研究計画をどう立てるかの段階から問題になる話であるから、論文原稿の『スタイルガイド』ではなく、研究全般にかかわる『倫理綱領』などのほうで対応すべきである。

もうひとつは、上でも触れた「忘れられる権利」の問題である。ウェブ文書は削除してしまえば人々の目に触れなくなるものであり、だからこそ気軽に文章を公開できるという側面がある。私もブログ記事を書くときには、「まちがってたら後で修正すればいいや」というので、最低限の校正だけしてアップロードしていることが多い。SNSでの日常的な書き込みやブログのコメント欄やブックマークにいたっては、校正すらしていないことが多い。そうやって気軽に書いたものが、自分の管理のおよばないところにコピーされ、いつまでも人目に「晒される」のが耐え難い苦痛だという感覚は理解できる。そのように感じる人が萎縮してしまって気軽に文章を公開できなくなることも、その人たちへの危害でありうる。また、社会全体にとっても、それは大きな損失をもたらすことかもしれない。実際、いわゆる「ウェブ・アーカイブ」や「魚拓」はなんらかのかたちでオプトアウトする仕組みをとっているのであるから、それと同等の仕組みを学術論文にも導入しようというのはそれほど変な話ではない。

問題は、「忘れられる権利」を認めるか認めないかをどこでわけるのか、ということになる。「変な情報を載せてたけど、あれ削除したから、みんな忘れてね☆」といわれて、それを認めるべきなのかどうか。判断の基準はさまざまだろうし、機械的に適用できるような基準はつくれないだろうが、線引きのためには何を考えないといけないのか、というところから議論しないとしかたないのではないか。

そういう意味では、おさえておくべきなのは第2版の第3.8.2項ではなく、第1版の第6.3節「調査倫理」である。再掲しておこう。

 当面は,社会学者ひとりひとりが,自分なりの調査倫理を定めて,みずから守るというのが,ベストであろう.
〔……〕
 いずれにせよ,学術雑誌に掲載される論文は,調査対象とした当事者たちに読まれることはない,といった安易な考えに依存してはならない.投稿者自身が熟考して決めた調査倫理にのっとって実施した調査研究の成果を,『社会学評論』に投稿していただきたい.
-----
日本社会学会編集委員会 (1999)『社会学評論スタイルガイド』 p. 32

http://f.hatena.ne.jp/remcat/20170527224541


(つづく) → 日本社会学会の責任

日本社会学会の責任

いろいろ書いた が、実際には、『社会学評論スタイルガイド』(第2版) 第3.8.2項が妙な解釈で適用された事例はないと思う。編集委員あるいは査読者は、まず自分の倫理基準に照らして問題がないかを把握し、そのあとで根拠を探すだろうからである。仮に今回問題になった論文が『社会学評論』誌に投稿されてきたとしたら、疑義が提起される可能性は確かにある。しかしその場合、「これではダメだ」という根拠になるとしたらまず『日本社会学会倫理綱領』 の第2条, 第3条や 『日本社会学会倫理綱領にもとづく研究指針』 の 1.(1), 1.(3), 1.(5), 1.(6), 2.(3), 3.(1), 3(2) あたりではないだろうか。

社会学の研究は、人間や社会集団を対象にしており、対象者の人権を最大限尊重し、社会的影響について配慮すべきものである。
〔……〕
プライバシーや権利の意識の変化などにともなって、近年、社会学的な研究・教育に対する社会の側の受け止め方には、大きな変化がある。研究者の社会的責任と倫理、対象者の人権の尊重やプライバシーの保護、被りうる不利益への十二分な配慮などの基本的原則を忘れては、対象者の信頼および社会的理解を得ることはできない。会員は、研究の目的や手法、その必要性、起こりうる社会的影響について何よりも自覚的でなければならない。
〔……〕
第2条〔目的と研究手法の倫理的妥当性〕会員は、社会的影響を配慮して、研究目的と研究手法の倫理的妥当性を考慮しなければならない
第3条〔プライバシーの保護と人権の尊重〕社会調査を実施するにあたって、また社会調査に関する教育を行うにあたって、会員は、調査対象者のプライバシーの保護と人権の尊重に最大限留意しなければならない。
-----
日本社会学会 (2005)『日本社会学会倫理綱領』

http://www.gakkai.ne.jp/jss/about/ethicalcodes.php

1.研究と調査における基本的配慮事項
〔……〕
(1)研究・調査における社会正義と人権の尊重
研究を企画する際には、その研究の目的・過程および結果が、社会正義に反することがないか、もしくは個人の人権を侵害する恐れがないか、慎重に検討してください。とりわけ、個人や団体、組織等の名誉を毀損したり、無用に個人情報を開示したりすることがないか、などについて十分注意することが必要です。
〔……〕
(3)社会調査を実施する必要性についての自覚
社会調査はどのような方法であれ、対象者に負担をかけるものです。多かれ少なかれ調査対象者の思想・心情や生活、社会関係等に影響を与え、また個人情報の漏洩の危険を含んでいます。そもそもその調査が必要なのか、調査設計の段階で先行研究を十分精査しておきましょう。また研究計画について指導教員や先輩・同輩、当該分野の専門家などから助言を求めるようにしましょう。知りたいことが、二次データ・資料の活用によってかなりの程度明らかにできることは少なくありません。調査を実施しなければ知ることのできない事柄であるかどうか、また明らかにすることにどの程度社会学的意義があるかどうか、慎重に検討してください。その上で調査にのぞむことが、対象者の理解を得るためにも、有意義な研究を導くためにも重要です。
〔……〕
(5)研究・調査対象者の保護
対象者の保護に関しては次のことに留意してください。

a. 研究・調査対象者への説明と得られた情報の管理
対象者から直接データ・情報を得る場合、収集方法がいかなるものであろうと、対象者に対し、原則として事前の説明を書面または口頭で行い、承諾を得る必要があります。(a)研究・調査の目的、(b)助成や委託を受けている場合には助成や委託している団体、(c)データ・情報のまとめ方や結果の利用方法、(d)公開の仕方、(e)得られた個人情報の管理の仕方や範囲などについてあらかじめ説明しましょう。とりわけ、なぜ対象者から話を聴くのか、対象者から得た情報をどのように利用し、またどのように個人情報を保護するのか、などの点について、わかりやすく丁寧な説明をこころがけましょう。特にデータ・情報の管理については、具体的に保護策を講じ、それを説明する必要があります。場合によっては、調査対象者から同意書に署名(および捺印)をもらうことなどを考慮しても良いでしょう。

b. 調査への協力を拒否する自由
このように丁寧な説明を試みても、調査対象者から調査の協力を断られる場合があります。協力してもらえるよう誠意をもって説得することが重要ですが、同時に対象者には、原則としていつでも調査への協力を拒否する権利があることも伝えておかなくてはなりません。
調査者は、対象者には調査を拒否する権利があることを明確に自覚していなければなりません。

c. 調査対象者への誠実な対応
いかなる場合にも、対象者に対する真摯な関心と敬意を欠いた研究・調査をしてはならないということに留意してください。
特に研究・調査対象者から当該研究・調査について疑問を出されたり、批判を受けた場合は、真摯にその声に耳を傾け、対象者の納得が得られるよう努力してください。行った研究・調査の成果を守ろうと防衛的になるあまり、不誠実な対応になることは許されません。

(6)結果の公表
a. 調査対象者への配慮
研究・調査結果の公表の際には、それによって調査対象者が多大かつ回復不可能な損害を被ることがないか、十分検討しましょう。
とりわけ社会調査は,調査の企画にはじまり、結果のまとめと公表に至る全過程から成り立つものであり、実査や集計・分析だけにとどまるものではありません。調査対象者には研究結果を知る権利があります。調査結果の公表は、調査者の社会的責任という点からも、適切になされる必要があります。

b. 事前了解・結果公表等の配慮
公表予定の内容について骨子やデータ、原稿などをできる限り事前に示し、調査対象者の了解を得ることも心がけましょう。また対象者から研究・調査結果を知りたいと要望があった場合には、少なくとも要点を知らせるよう最大限努力するとともに、調査対象者が公表された研究結果にアクセスできるよう誠実に対応しましょう。

2.統計的量的調査における配慮事項
(3)データの保護―対象者特定の防止
〔……〕調査票の個番と対象者リストが照合され対象者が特定されることのないよう、調査票、個番、対象者リストを別々に保管するなどの対策を講じることが望まれます。
〔……〕

3.記述的質的調査における配慮事項
〔……〕対象者のプライバシーの保護や記述の信頼性などに、一層配慮する必要が高まります。特に調査の目的と方法、公表のしかたについて対象者に事前に説明し、了解を得ておくことが不可欠です。

(1)事例調査や参与観察における情報開示の仕方の工夫
フィールドワークのなかには、調査者としてのアイデンティティをいったん措いて対象の世界にとけこむことをもっとも重視するという手法があります。このような手法をとる場合、「調査対象者に事前に調査の目的を説明し同意を得ておく」ことが、対象者との自然な関係の構築を妨げることにならないかという懸念が生じることがあります。このように事前に同意を得ることが困難な手法をとらざるをえない場合には、調査結果の公表前に、調査対象者に対して調査を行っていたことを説明し、了解を得ておくことが原則です。

(2)匿名性への配慮
プライバシー保護のために、個人名や地域名を匿名化する必要がある場合があります。ただし、匿名にしても容易に特定される場合もあります。他方、対象者の側が実名で記述されることを望む場合もあります。報告でどのような表記を用いるのか、対象者と十分話し合い、いかなる表記をすべきかについて了解を得ておくことが大切です。
-----
日本社会学会 (2006)『日本社会学会倫理綱領にもとづく研究指針』

http://www.gakkai.ne.jp/jss/about/researchpolicy.php

『スタイルガイド』が参照されるのはつぎの段階、「じゃあどう書けばいいのか」の指針としてであろう。

そういうことなので、政府や研究機関や企業のウェブサイトから文章を引用した論文があっても、それが問題にはなることはなかった。それはそのサイトに「無断引用禁止」と書いてあったとしてもそうであったはずだ。このあたりは、社会学者の間では共有された発想だと思う。

しかし、今後、「うちのサイトには「無断引用禁止」と書いてあるのに、おたくの雑誌に引用されている。削除しろ」という要請があった場合、この『社会学評論スタイルガイド』第2版第3.8.2項を根拠として持ってこられたら、日本社会学会は反論できるのだろうか? あるいは、政治家のSNSでの発言を引用した論文がとがめられたらどうするのか? こうした危惧は、第3.8.2項を素直に読めばただちに出てくるものである。

「「無断引用不可」「無断転載不可」の意思表示があるウェブサイト[略]を論文で使用する場合は,使用許可を得た旨を明記するなどの注意が必要となる」とあるが、大抵のサイトには、公式的なものであるほどこの種の記載があるが、すべてについて使用許可を得なければならないのか。
-----
三谷武司 (2017-05-27) on Twitter

https://twitter.com/takemita/status/868342729712877568

例えば首相のフェイスブックの記事を引用する際、あるいは米国大統領のツイートを引用する際にも使用許可を得なければならないのか。
-----
三谷武司 (2017-05-27) on Twitter

https://twitter.com/takemita/status/868349792308445184

今まで問題になってこなかったのは、おそらく、第3.8.2項を素直に読んで適用するということ自体がなかったからである。しかし今回問題化したことで、いやおうなく「この規定を素直に読んだらこうなりますよね?」という疑問に答えざるをえなくなる。

『社会学評論スタイルガイド』は基本的に原稿の書きかたのガイドであるから、ほとんどの項目には、特にそうでなければならない理由はない。文の終わりには句点 (。) を打ってもピリオド (.) を打ってもいいのであるが、統一する必要はあるから、ピリオドを打て、としてあるだけである。論文で句点を使うなど言語道断、とかいうことではない。

しかし、研究倫理に関することについては、そういうわけにはいかない。ダメなことにはダメな理由があるのであって、規定はそれがわかるように書かれている必要がある。しかし、第3.8.2項目を読んでも、なぜこんな規定が置かれているのかという理由付けを確定することはむずかしい。そして、 (これは推測にすぎないが) 第2版作成当時の委員会メンバーも、そこはちゃんと議論していなかったのではないか。

そういう生煮えのガイドラインが、肯定的な評価を受けて、ウェブ文書を対象に研究するときの標準になってしまうとしたらそれは相当に危険なことであり、それを防ぐ責任が日本社会学会にはある。「日本の社会学分野での初の本格的な執筆ガイドであり,細かいところまで神経の行き届いたその優れた内容から,その後,社会学論文を執筆する人々のもっとも重要な指針となってきた」 と自負するのであれば、単なる自学会の機関誌編集のためのスタイルガイドを超えた、共有財産としてメンテナンスしていく責任があるだろう。

私自身が考える基準はすでに書いた (短時間で考えたものなので、今後意見が変わる可能性は高い)。読者はどう思われるだろうか?