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2017-12-17 Professional Responsibility for Spreading Unscientific Knowledge

【解題】非科学的知識の広がりと専門家の責任: 高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフをめぐり可視化されたこと

日本学術協力財団の雑誌『学術の動向』22巻8号(=通巻257号) (2017年8月) に書いた記事「非科学的知識の広がりと専門家の責任: 高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフをめぐり可視化されたこと」が J-STAGE (科学技術情報発信・流通総合システム) で公開されました。

http://doi.org/10.5363/tits.22.8_18

「「卵子の老化」が問題になる社会を考える―少子化社会対策と医療・ジェンダー」という特集の一部です。

この記事と特集、その元になった2016年6月18日の日本学術会議シンポジウム、そしてそもそも医学批判に私が首を突っ込むきっかけになった文部科学省作成の保健科目用副教材『健康な生活を送るために』(2015年度版)における「妊娠のしやすさ」改竄グラフ問題についてはすでに何度か書いているので、そちらもお読みください。

J-STAGEからこの記事の 全文PDFファイルがダウンロード できます。それほど長い文章でもないので、お読みいただければ内容はわかると思います。今回は、たぶんあまり一般には理解されていないであろうポイントについて、重点的に解説します。

(1) 「妊娠のしやすさ」グラフの大元の研究自体が、都合のよいデータだけを抜き出したものである

Bendel and Hua(1978)はデータ処理がおかしいので、生物学的な意味での「妊孕力」(fecundity)を表した研究成果とはいえない。というのは、20代前半までに結婚した女性だけを取り出して使っているからである。もし、より晩婚の女性のデータ(図3では点線の2本)を使って推定していれば、30代前半までは妊娠確率がほとんど下がらないという結果になったはずだ。しかし実際には彼らは早婚の女性のデータ(図3では実線の2本)だけで推定をおこなったため、結婚からの時間経過による出生率低下を反映して、30代前半までに妊娠確率が大きく下がる結果となっている。一般に、結婚生活が長引くにつれて夫婦の出生率は低下していくものだが、それは性交頻度の減少などの要因でそうなるのであって、加齢によって妊孕力が低下していくためではない
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田中 重人 (2017) 「非科学的知識の広がりと専門家の責任: 高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフをめぐり可視化されたこと」『学術の動向』22(8). 19-20ページ.

http://doi.org/10.5363/tits.22.8_18

高校保健副教材に載った22歳ピークの「妊娠のしやすさ」グラフについては、それが日本産婦人科学会や日本生殖医学会の理事長を歴任し、現在は内閣官房参与をつとめている高名な医師 (吉村泰典慶應義塾大学名誉教授/福島県立医科大学副学長) によってつくられたという事実 が衝撃をあたえました。しかしそのこと以前に、元になった研究が恣意的なデータ操作をおこなっていたというどうしようもないものであったわけです。そして、そのデータ操作は別に隠蔽されていたものではなく、 論文にそう書いてある のです。

(2) ダメ論文は被引用状況からわかる

とはいえ、Bendel and Hua (1978) による推計 は非常に複雑です。積分記号を使った数式が延々とならぶこの論文を読破しないと、「妊娠のしやすさ」グラフは批判できないのでしょうか?

実はそんなことはなく、文献データベースで引用状況を調べれば、その見当はつけられます (有料データベースにアクセスできなくても、Google Scholar などでも同様のことができます)。

Bendel and Hua(1978)の書誌情報さえわかれば、実際に論文を読むまでもなく、ダメな研究だとの見当をつけることも可能だった。この論文を引用する文献は少なく(Web of Scienceで13件)、その多くは批判対象として言及するか、研究史概観の際に一言ふれているだけだからだ。データや計算方法を検討したうえで肯定的に評価している文献は1本もない(Tanaka 2017)。被引用状況をみれば、一般向け教材で無批判に紹介していい研究でないことは明白なのである。
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田中 重人 (2017) 「非科学的知識の広がりと専門家の責任: 高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフをめぐり可視化されたこと」『学術の動向』22(8). 20-21ページ.

http://doi.org/10.5363/tits.22.8_18

Tanaka (2017) というのはこの3月に『東北大学文学研究科研究年報』66号に載せた論文 です。くわしいことはそちらを見てもらえばいいのですが、論文刊行の翌年 (1979年) には、これは年齢の効果じゃなくて結婚年数の問題でしょ? ってことはちゃんと批判されています。それに対して Bendel and Hua (1978) を擁護する反批判は出てこず、学界内では批判側の議論が正しいものとして通っているわけです。

ここで重要なのは、この研究はダメだということになっている、という研究史上の評価は、被引用文献をたどっていけばそれで確認できるということです。論文の内容が正確に理解できてなくてもかまいません (もちろん理解できればそれに越したことはありませんが)。この点は、専門家の嘘に素人がどう対抗するかを考えるうえですごく大事です。

(3) 非公表の調査結果が政策・世論操作に使われてきた

これは 「スターティング・ファミリーズ」調査 (IFDMS) の話です。

この調査の結果が論文として出版されたのは2013年のことだ(Bunting et al. 2013)。しかし、IFDMSを使った政治活動とメディア露出が始まったのは、その前である。2011年2月には、この調査プロジェクトの代表者 Jacky Boivin が来日し、マスメディア向け勉強会や国会議員向け講演をおこなった。これらの宣伝活動について、Boivin et al.(2011)は、研究の社会的インパクトを示すものと位置づけている。IFDMS をめぐる問題は、「役に立つ」研究であることをアピールしようとした研究者の拙速な行動が引き起こしたという側面もありそうだ。その後、日本産婦人科医会の記者懇談会や国会の質問主意書などでこの調査結果が引用され(Tanaka forthcoming)、日本では「妊娠リテラシーは世界でも最低レベル」だという認識ができていくことになる。
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田中 重人 (2017) 「非科学的知識の広がりと専門家の責任: 高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフをめぐり可視化されたこと」『学術の動向』22(8). 21ページ.

http://doi.org/10.5363/tits.22.8_18

Tanaka (forthcoming) は、10月末に Advances in Gender Research 24巻に書いた論文 なのですが、それよりは、今年5月に出版された『文科省/高校 「妊活」教材の嘘』 (論創社) の第6章「日本人は妊娠・出産の知識レベルが低いのか?: 少子化社会対策大綱の根拠の検討」のほうがわかりやすいと思います。

この調査は、18か国を対象に13言語でおこなったというふれこみのものですが、肝心の調査票が公開されておらず、調査内容の妥当性がチェックされていない状態でした。私は各方面にしつこく問い合わせて2015年11月に調査票 (日本語版のみ) を入手。実際に検討してみたところ、かなりトンデモな内容だったわけです

この調査の質問文には、日本語としておかしい表現が多数ある(西山・柘植編 2017: 146-154)。特に、妊娠・出産に関する正しい知識の割合を測ったとされる尺度については、全13項目のうち10項目以上に翻訳上の問題がある。また、誤答だけでなく「分らない」という回答も0点にされること、日本語版と英語版では項目順序がちがうこと、国によって正解の異なる項目があることなど、翻訳以前の問題もある。到底まともな調査とは呼べないものだが、それが科学的な根拠であるかのようにあつかわれてきたのである。
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田中 重人 (2017) 「非科学的知識の広がりと専門家の責任: 高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフをめぐり可視化されたこと」『学術の動向』22(8). 21ページ.

http://doi.org/10.5363/tits.22.8_18

詳細は http://tsigeto.info/16zhttp://synodos.jp/science/17194 などでも書いてきたので、そちらを読めば状況はおわかりいただけると思います。

もちろん、調査票をはじめとして、調査に関する情報を公開してこなかったIFDMS研究グループの姿勢は問題です。しかし一方で、そのような研究者の売り込みを真に受けて、「日本人は妊娠・出産の知識レベルが低い」と吹聴してきた ジャーナリスト国会議員 の側にもおおきな責任があります。

特に、2011年に研究代表者が来日してマスメディア向け勉強会や国会議員向け講演をおこなったときには、まだどこにも論文が出ていない段階でした。そんな状況で研究成果を売り込まれた場合には、「論文を出版してから出直してきてください」といって門前払いすべき事案だったはずです。そのあと、2013年に論文が出版された際にも、調査票は公表されていなかったのですから、(私がそうしたように) 調査票を請求して、内容がまともかどうかをまず精査すべきでした。各報道機関には世論調査などをおこなう部門があって、調査の専門家がいるはずです。とりたてて専門家でなくとも、「妊娠とは受胎能力、つまり女性が妊娠し、男性が父親になる能力を意味します」「推奨されれば、私の共同体の大多数は不妊治療を (何度でも) 私達にしてもらいたいのではないかと思う」といった文面が並ぶ調査票をみれば、おかしいと思うのがふつうでしょう。

専門家の嘘と戦う方法

専門家・政府・メディアの責任

非科学的知識の広がりと専門家の責任: 高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフをめぐり可視化されたこと では、専門家 (産婦人科医) の責任を中心にとりあげました。記事の最後からふたつめの段落ではつぎのように書いています。

一方で、専門家の側からは、この事件についての説明は、これまでのところおこなわれていない。日本生殖医学会は、2015年9月に、副教材のグラフについて使用を推奨するとの理事長コメント(苛原 2015)を出している。また、前述の要望書を出した9団体は、この問題を追及してきた「高校保健・副教材の使用中止・回収を求める会」の質問書に対し、副教材の訂正後のグラフ(Wood (1989) などによる22歳ピークのグラフ)は「適切なグラフ」であり、IFDMSの結果利用も「適切である」とする回答を寄せている(西山・柘植 2017: 60-74)。しかし、これらの研究の妥当性についての具体的な疑問点には言及がなく、なぜ「適切」といえるのかの根拠は不明のままである。
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田中 重人 (2017) 「非科学的知識の広がりと専門家の責任: 高校副教材「妊娠のしやすさ」グラフをめぐり可視化されたこと」『学術の動向』22(8). 22ページ.

http://doi.org/10.5363/tits.22.8_18

このように専門家側の態度はひどいものでした。一方で、 【解題】 で書いたように、文献を読んで評価する仕組みがきちんとはたらいていれば、この問題は止められたはずのものです。そこに関しては、政府やマスメディアの側にも責任があるというべきでしょう。そして、政府もマスメディアの態度も、専門家と同様にひどいものでした。

内閣府:担当B氏
〔……〕
〔……〕グラフに誤りがあったことを申し訳なく思っております。今、文部科学省さんと、正誤表の対応をお伺いしているところでございまして、けっして意図的に改竄したものではないということはご理解をいただけるかと存じます。正誤表の正しいものとして掲載しましたグラフにつきましては、国際的に評価の定まった学術雑誌に掲載された論文からのものでございまして、信頼性は高いものという認識でございます。また有識者も、「問題はない」ということで聞いております。また、引用の表記についても問題はないという認識でおります。
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高校保健・副教材の使用中止・回収を求める会 (2015)「文部科学省『健康な生活を送るために(高校生用)』平成27年度版についての質問に対する文部科学省・内閣府担当者からの回答」(2015年9月28日会合記録). 4ページ

https://fukukyozai.jimdo.com/app/download/10272092983/Answers_cabinetoffice_mext.pdf

これは、「妊娠のしやすさ」改竄グラフが掲載された高校保健副教材について、市民団体 (高校保健・副教材の使用中止・回収を求める会) メンバーが文部科学省・内閣府担当者と面談したときの、内閣府からの説明です。グラフの誤りについては謝罪しているものの、結局のところは

国際的に評価の定まった学術雑誌に載ったものであれば、たとえ学界で既に否定されている研究であっても、利用してかまわない。引用の際に孫引きで変な解釈をつけても問題はない。「意図的」でなければ改竄もOK。

という見解になっています。(ちなみに、文部科学省の定めた 「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(2014) では「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる、投稿論文など発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざん及び盗用」を「特定不正行為」にふくめています (10ページ)。意図的でなくても改竄は成立するというのが標準の考えかたです。)

さらに、2015年10月2日、有村治子内閣府特命担当大臣は記者会見でつぎのように述べています:

高校生の副教材ということでございますけれども、そのときの妊娠に関するグラフに誤りがございました。これは縦軸と横軸のプロットの場所が誤っていたということで、その資料を提供した方、既に報道でお名前が出ていますが、誤解を招かぬようにという観点から申し上げれば、その有識者は吉村泰典氏、元日本産科婦人科学会理事長でございます。
 御本人からは、これを申し上げる前からですね、私が大臣室にお呼びをいたしまして、なぜこうなってしまったのかの経過を、私自身がやはり責任を痛感しておりますので、しっかりと御本人から聞いて、そして陳謝を御本人もされていました。大変申し訳ないということで、文部科学省に対しても申し訳ない思いを持っておられましたので、私から厳重注意ということを、かなり早い段階で厳しくさせていただいております。
〔……〕
責任の所在という意味では、担当大臣としての私が明確におわびをしておりまして、文部科学省にも申し訳ないということで謝罪を表明しております。また、皆様にも御心配をおかけしたことを申し訳なく思っておりますので、それによって新たな資料、訂正資料を配布していただくことになりましたし、責任という意味では私が取らせて、内閣府の皆さんと共に取らせていただきたいというふうに思っておりますので、チェックをした方というのは特段、公表は考えておりません。
 なぜかというと、十分にその責任は果たしていきたいと我が方も明確に申し上げておりますし、その方々を明確にすることによって、セカンドオピニオンとか、あるいは政府に協力、協力というのは専門的な提供をしていただくということが委縮してしまってはいけないということで、そもそもの資料のデータが正確ではなかった、資料提供された方の名前を明確にさせていただくということで、その制裁はなされているものと理解いたしております。
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有村内閣府特命担当大臣閣議後記者会見要旨 平成27年10月2日

http://www.cao.go.jp/minister/1412_h_arimura/kaiken/2015/1002kaiken.html

経過を本人から聞いたというのですが、その聞き取った内容は、今日まで公表されていません。この状態で責任は大臣と内閣府が取るといわれても、まず真実をあきらかにせよ、としかいいようがないでしょう。結局、大臣は辞職しなかったし、吉村泰典は現在も内閣官房参与をつづけています。

マスメディアに関しては、IFDMS のあつかいが問題でした。http://d.hatena.ne.jp/remcat/20171217/professional で指摘したように、まだ論文がどこにも出ていない (したがって研究内容がチェックされていない) 2011年段階での売り込みに対し、批判的な観点をまったく持たないまま、研究グループの宣伝に乗っかってしまったのです。特にNHKは、質問項目の紹介に手を加え、違和感を持たれにくい表現にして使っていました (http://tsigeto.info/16z) から、単にIFDMS研究グループに乗せられたということにとどまらない、明確な共犯関係がありそうです。IFDMSの問題点が指摘されたあともNHKは間違いを認めていませんし、2016年7月になってディレクターが こんな記事 を書いたりしています。

専門家 (集団) との戦い

このように、でたらめな研究成果の情報が、どこの段階でもチェックを受けないまま、あたかも「科学的」な知見であるかのように社会に流通し、世論や政策を決める力を持ってしまっているわけです。これは非常に困ったことです。専門家の嘘に対抗して社会を守るには、どうすればいいのでしょうか。

本来であれば、政府やメディアの内部で、文献をきちんと読んで評価する仕組みをきちんとはたらかせるべきです。現在の日本社会では、大学院博士課程を修了し、十分な訓練を受けた研究者 (の卵) で職を探している人がたくさんいるので、人材の供給が足りないということはないはずです。問題は、政府やメディアの側に、そういう人材を雇って育てていく仕組みがないということなのでしょう。

もっとも、文献を読める人がいればニセ科学にだまされないですむのかというと、そんなことはないでしょう。すでにみてきたように、実際に根拠となる文献をあげて間違いを指摘したからといって、その指摘が受け入れられて間違いが訂正されるわけではありません。一般的な感覚では、専門家にしたがうことこそが「科学的」なのであって、専門家の主張が嘘であること (それにしたがうのは非科学的であること) を納得してもらうのはすごくむずかしいのです。

おそらく、まず必要なことは、どのような場合に専門家 (の集団) の言っていることを「嘘」だと考えるべきなのか、その基準をつくって共有することです。とりあえず私が持っている基準は、つぎのようなものです。

専門家やその集団の発言が信頼できるかどうかは、文献を網羅的にレビューした結果にもとづいて決めるべきである


これはもちろん、公共の意思決定の場合のことに限ります。これが個人的な意思決定であれば、自分の信頼する専門家がそう言っていたから、ということでじゅうぶんでしょう。なんなら、占いの結果がそう出たから、でもかまいません。しかし、公共の場所で――たとえば学校で何を教えるかについて――意思決定するのであれば、それについてどのような文献があるかを網羅的に調べ、評価するプロセスを経なければなりません。

「妊娠のしやすさ」グラフの例でいえば、産婦人科の医師やその団体がそれを推奨する意見書を出してきたからといって、それを採用してはならないのです。根拠はあくまでも文献のレビューによるべきです。そして、実際に文献をレビューしたところによれば、結論は明白だったわけです。

科学とニセ科学の境界

私たちの社会で「科学」と呼ばれる制度は、一般に、つぎのような特徴を備えていることになっています。

  • 研究成果についての自由な相互批判が活発におこなわれる
  • 研究成果とその批判の履歴が、じゅうぶんな精度をもって文献に記録され、公開されている

このふたつの条件こそが、科学を科学たらしめているものです。相互の容赦ない批判がおこなわれることで、ダメな研究成果は淘汰されていくと期待することができます。そしてそれが文献に記録されているからこそ、後からレビューした人がダメなものはダメだと判断することができるのです。

ここで注意すべきなのは、「自由な相互批判が活発におこなわれる」というのは、「科学である以上はそうであらねばならない」という、いわば建前だということです。「科学」と呼ばれる制度が本当にすべてそのような性質を備えているかどうかは、また別の問題です。上記の専門家の態度のひどさを考えれば、産科・婦人科・生殖医学の領域では、自由で活発な相互批判などというものは存在しない可能性が高いでしょう。その場合、本来は科学とは言えないようなもの (=ニセ科学) が、実際には「科学」と呼ばれており、社会制度上そのようにあつかわれているだけだ、ということになります。

また、相互批判が活発におこなわれているとしても、それは学界内部の話です。学界の外ではそんなことは普通はありません。素人相手で誰も反論してこないような状況であれば、専門家がデタラメを放言することの歯止めは、本人の良心以外には何もないのです。

もし専門家の言説を信用できるとしたら、それは、科学内部での相互批判に耐えて生き残った研究成果に限られます。文献レビューは、学界の外部にいる素人がそのような成果にアクセスする唯一の手段です。そしてそれは、「科学」と呼ばれている制度が本当にその名に価するかを判断する唯一の手段でもあるのです。