Hatena::ブログ(Diary)

remcat: 研究資料集 RSSフィード Twitter

2018-09-07 2010年代日本における「卵子の老化」キャンペーンと非科学的視覚表象

直線的に減少するよう捏造された妊娠確率のグラフ

図8はインターネットから拾ってきたグラフに基づいてつくったもので、女性のlikelihood of getting pregnant (妊娠の確率) が年齢とともに直線的に低下していくように見えるデータです。このデータは、よくlikelihood of infertility (不妊の確率) をあらわす上昇曲線との組み合わせで出てきます。その種のグラフは広くネット上で見かけるものであり、Google 画像検索では200件以上ヒットします (2016年11月5日)。

図8: 「Likelihood of getting pregnant」曲線

f:id:remcat:20180905203404p:image
-----
インターネット上の情報から作成 [38]

http://tsigeto.info/17m

このようなネット上のグラフのなかには、Helen A. Carcio編の本 [39] を出典として表示している例があります。この本には12ヶ月以内に妊娠する割合 (%) として86、78、63、52の4つの数字が並んだ表がでてきます (表1)。これらは、図8の20-30代の数値とおなじです。しかしデータの出所について説明がないため、どこから来た数値なのかわかりません [38]。

表1: “Probability of pregnancy with advancing age” (Carcio, Management of the Infertile Woman [39] p. 39)

f:id:remcat:20180905203746p:image

http://tsigeto.info/remcat/quot/Carcio-1998.html

残りの3つは M. Sara Rosenthal の本 [40] から来ているようです。この本には表2のような7つの数値があがっていて、最後の3つが図8の40代以降と一致します。

表2: “Fertility through the ages” (Rosenthal, The Fertility Sourcebook, 2nd ed. [40] p. 5)

f:id:remcat:20180905203744p:image

http://f.hatena.ne.jp/remcat/20161011180038

このRosenthalの表は問題です。妊娠の確率をあらわすのではない数値に「Likelihood of getting pregnant」という誤った見出しをつけたものだからです。本当は、これらの数値は、さまざまな自然出生力*1 集団における年齢別婚姻内出生率の平均値 [42] を、20代前半の値を基準として相対的な比率に直したものです。たとえば20代前半で値が「100%」なのは、その年齢層を基準値と決めたからであって、100%の確率で妊娠することを意味しているのではありません。40代後半の値が「5%」なのは、この年齢層の婚姻内出生率の平均が0.024であり、20代前半の0.460 (=基準値) のおよそ5.2%にあたる [42] からです。つまりこの表は見出しを改ざんしているのです。そればかりか、「Presuming optimum health」(最適な健康状態を仮定) という原典 [41] になかった注釈もつけ加えています。

つまるところ、図8のグラフに科学的な根拠は全然ありません。プロットされた7つの点のうち、4つは出所不明。残る3つも、本来は妊娠の確率をあらわすのではない研究成果に、あたかも妊娠の確率の数値であるかのような誤情報を加えて偽装したものです。これらを組み合わせることを思いついたのが誰かはわかっていませんが、CarcioとRosenthalの両氏が当該グラフの普及に責任を負うべき立場なのは確かです。

この無根拠なグラフは、産婦人科の領域で長年広く使われてきました。インターネットの不妊情報サイトでよく見るだけではありません。アメリカでは、CNNのキャスターとニューヨーク大学の医師が共同で執筆した書物 [43] に同様のグラフが出てきます。ドイツでは、学術論文に同様のグラフが載ったり、Carcioのデータ (表1) が無批判に引用されたりしてきました [38]。日本では、このグラフを若い女性に見せて人生設計を変えさせる実験 [17] が、厚生労働省の補助でおこなわれていました。最近では、福岡市がつくったライフプラン教育のための動画 [44] で、これとよく似たグラフが使われています。

([ ] 内の数字は文献番号です http://tsigeto.info/18l#bib 参照。)

-----
「直線的に減少するよう捏造された妊娠確率のグラフ」『2010年代日本における「卵子の老化」キャンペーンと非科学的視覚表象』, 7ページ

*1:「自然出生力」(natural fertility) は、子供を何人持つかを人々が意図的に制御していない状態を指す人口学用語です [41]。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証