2011-02-06
■[日記] 「放置系ブラック研究室で楽しく生きるにあたって」の補足

これは放置系ブラック研究室で楽しく生きるにあたって - 糞ネット弁慶の補足である.
書いた目的
放置系研究室の存在を世に知らしめたかった
そもそも一般的な院生に対して放置系の話をすると全くと言っていいほど通じない.意識高い他大学院生と話していても
私:「や,全然やってないんですけど.」
意識高:「あー,これまでの研究をまとめて修論にしちゃう感じですか?凄いなー.」
私:「え,だから論文とか本当に書いてないんですけど.まだテーマも決まってないし.」
意識高:「またまた〜そんなこと言って出してるんでしょ?ところで次の***(学会名)出します?」
私:「(***ってそもそも何だ……知らないとか言っても通じないだろうし……)や,出さないですね.」
意識高:「そうなんですか.僕なんか***と△△△と◯◯◯出さなきゃいけなくて本当に忙しいし,それが終わればあとは……(以下続く)」
私:「(おれのしってるだいがくいんとはちがう……)」
などという流れになるのを私は数えきれないほど体験してきた.彼らには「研究を殆ど行わない研究室がある」という事実すら認識してもらえないのである.この非対称性,ディスコミュニケーションを埋めるにはあのように事実を脚色すること無く(実際はあれ以上のものもあるが)書くしか無いと考え,ブログにて公開した,
現在放置系な人に少しでも役に立てばと思った
私はid:syou6162やDBCLSの人々の助けによってなんとか自分でどうにかする方法を考え実践する事ができた.しかし,現在放置系に所属している人は恐らくそのようなリソースもなく(放置系とは総じて上下の人的リソースも不足し,またこれは悪化の原因となっている),「何か行動を起こそうにも何をどのようにすればいいのかわからない」状態であることが考えられたので,そのような人に少しでも役に立てばと思い書くに至った.
言いたかった事三行まとめ
- 大学院にはガチ放置な研究室があり,メリットとデメリットがある
- 放置系はメリットを活かせば(人によるかもしれないが)楽しく過ごす事ができる
- 自分は放置系で非常に楽しく,充実した大学院生活(≠研究室生活)を過ごすことができた
その他
何故進学したのか.大学院or研究室を変えるべきではなかったのか
私はそもそも外部院の院試に落ちた.落ちた際私は見事にひがみ根性と「すっぱい葡萄」から「ならばいっそのこと,この自由な研究室で自分の目標を満たすべきだ」と開き直った.よって研究室を変える事無く大学院に進学した.
この馬鹿は何のために進学したのか.目標を考えていたのか.
進学当時は言語化出来なかったが,今になって振り返ると大学院生活での目標は
であった.そう考えると目標の達成度合いは別にしてもどうにか少しは満たせたのではないかと考える.
少なくとも「現状の自分のレベルであれば,まだ自分一人でどうにか学ぶことが出来る」という姿勢は身についた.
研究室生活がそんなに不満なのか.
そうではない.「研究室で指導を受けることがなかった」「ガリガリ論文を書く環境ではなかった」という意味では不満があるが,自由にさせてくださったボスには非常に感謝をしているし尊敬もしている.この欲求は相反するものであり,ないものねだりであることは十分承知のうえである.
全然「楽しく生き」たとは思えないんだけど
実際大学院生活は楽しかったし,やりたい事も色々とできた.しかし
- あまり「こういう活動に励んで楽しかったぜヒャッハー」と書きすぎるのは誰の徳にもならない.「環境なんて言い訳だ努力努力努力努力努力努力」となることだけは避けたかった
- 「放置系は自由で色々できる」と強調しすぎるのは,研究が行えない事への引け目,実績を積み重ねている学生への嫉妬,負け犬の遠吠え,研究を行っている平均的な院生に対するすっぱい葡萄としか見られないのではないか
という点を恐れたため,なるべく自分の体験談を書かぬようにした.よって先の記事では楽しさが伝わらなかったというよりもなるべく楽しさを伝えなかった.

放置されるが、そのまま卒業はできずに人がどんどん留年・休学・退学していく。ゼミの運営は全て学生にやらせ、助言なし。教員はそれそれその性格ごとのやり方で学生を追い詰める。陰口タイプ、脅しタイプ、無視タイプ。ちなみに私の指導教員は脅しタイプで、議論をしようと尋ねたらキレられます。そして、研究室を変えることにしたのですが、“出るのならけじめとして、(あと1か月くらいで)論文を2本投稿しろ”と言われました。論文書いてる人なんて見たことないのに。
わたしも同じく一人で勉強会や学会に出たり、他の研究室のゼミに参加したりしながら、研究目的や手法を考え進めてきました。得られることも多くありました。でも、論文はまともな指導なしにできるものじゃありません。いまは研究室に行くことすらままなりません。
さすがにこれはアカハラのレベルだと思うので,一刻も早く大学の然るべき部署に相談すべきだと思います.
うちも放置そのものです。うちの指導教員は尋ねなければ何の相談にも乗らない人です。かといって相談にいっても
的を得るようなことは全然言わずあいまいで、研究をいい方向に進めるための助言もしてくれません。
私は何でもやっていいと言われ、専門外ですが研究的な体裁は自分も一人で同じように整えてきました。しかし、最近、
「論文として発表されないような知識者が共有している情報を根拠をプラスして研究として成り立つことを提示しろ」と言われたのです。
学内のほかの知ってそうな教授に事情を説明して頼っても指導教員に聞いてくれで断られます。どうすればいいでしょうか?
まだM2という事で修論提出には余裕があると思います.
修論審査制度では,主査/副査などを設けるのが一般的だと思います.
ですので,それらが設けられた時点で,その方々にアドバイスを仰ぎ,彼等からの指摘にのみ的確に答えるべきだと思います.
言い方は悪いですが,その指摘にさえしっかり答えていれば彼等も修論を不可にするという事はできないと思います.
それとは別に,学生相談室のような機関や同級生などに相談なさることをおすすめします.
今もキツイでしょうし,このままじゃ更にきつくなると思います.
もし,のちに問題になった時のためにも「相談した」という証拠を残しておくのは重要だと思います.