必要に迫られて「障害受容」に関する本を何冊か読んだ。

  • 上田敏、『リハビリテーションを考える』、青木書店、1983年(第三章のみ)
  • 南雲直二、『障害受容』、荘道社、1998年
  • 南雲直二、『社会受容』、荘道社、2002年
  • 田島明子、『障害受容再考』、三輪書店、2009年

 上田さんの本はリハビリテーションの分野ではほとんど古典の位置を占めているもの。彼の障害受容論は日本のリハビリテーション業界に大きな影響を与えてきた。90年代から2000年代にかけて現れた新たな障害受容論(あるいは「障害受容」批判)が南雲さんと田島さんの本だ。
 上田さんの「障害受容論」は、「障害に対する価値観の転換」と「障害受容の段階理論」を二つの柱としている。先取り的に説明しておくと、前者は「障害受容」の内容を表しており、後者は医療従事者が患者(クライエント)の「障害受容」を援助するための方法論を裏付けるものである。
 まず、上田さんの障害受容の定義を見てみよう。

障害の受容とはあきらめでも居直りでもなく、障害に対する価値観(感)の転換であり、障害をもつことが自己の全体としての人間的価値を低下させるものではないことの認識と体得をつうじて、恥の意識や劣等感を克服し、積極的な生活態度に転ずることである。(上田、上掲書、209頁)

 上田さんによれば、障害の受容とは「価値観の転換」を意味する。より正確に言えば、障害は自分の人間的価値を低下させるという価値観から、障害は何ら自分の人間的価値を低下させるものではなく、自分も社会の中で人間らしく生きくことができるという価値観への転換を意味する。
 リハビリテーションが「全人間的復権」である限り、リハビリテーションにとって「障害受容」は必須のものである。では援助者は患者の「障害受容」のためにどう関わればよいのだろうか。それを示すのが「障害受容の段階理論」である。
 上田さんは、キューブラー=ロス(死の受容)を含む何人かの研究者の説をまとめながら、障害受容に至る段階として、(1)ショック期、(2)否認期、(3)混乱期、(4)解決への努力期、(5)受容期、の五段階に分けている。援助者は患者がどの段階にあるかを意識しつつ、障害受容に向けた援助をしなければならない、というわけである。
 田島さんは、「障害に対する価値観の転換」と「障害受容の段階理論」とを組み合わせた上田さんの「障害受容論」は「障害受容のプロセスと目指す状態を同時に示せるので、1970年代における定義に比べて実践に有用であることからリハビリテーション業界に大きなインパクトを与えたのかもしれません」(田島、上掲書、20頁)とまとめている。
 しかしながら、上田さんの障害受容論に対しては、現場のセラピストや研究者から疑問の声があがっている。その代表的なものが南雲さんの「社会受容論」と、田島さんの『障害受容再考』である。
 南雲さんは「障害を負った苦しみ」には「自分自身の中から生じるもの」と「他人から負わせられるもの」とがあり、「障害受容」とは「この二つの苦しみを緩和する方法」であると規定したうえで、前者に対応するのが「自己受容」であり、後者に対応するのは「社会受容」であるとしている(南雲、『社会受容』、3頁)。南雲さんの異議申し立ての核心は、従来の「障害受容」においては、患者が障害を受容すること(自己受容)にばかり力点が置かれており、社会が障害(者)を受容する(社会受容)という、当然語られるべき側面がまったく看過されている、という点にある。
 南雲さんは「自己受容」と「社会受容」は「障害受容」の「両輪」であるといいつつも、「社会受容」こそが重要である、と言う。なぜなら「人が生きる意味を見いだすのは社会の人びととの相互作用においてである」限り、「障害者が再び生きる意味を見いだすことができる」のは「社会受容」においてだからである(南雲、『社会受容』、5頁)。
 ただし、上田さんの「障害受容論」においても、南雲さんの言うところの「社会受容」の重要性は指摘されているので(上田、上掲書、222頁以下)、この点に関する南雲さんの上田さん批判は不当であるように思える。南雲さんの批判の矛先は、上田さんの所論に対するものというよりもむしろ、「障害受容」という言葉が現場で実際に用いられている仕方に対するものである、と理解した方が適切である。
 田島さんも南雲さんと同種の障害受容論批判を展開しつつ、セラピストとして「障害受容」という言葉の現場での用いられ方に対して違和感を表明する。田島さんによれば、「障害受容」という言葉は、例えば「あの患者さんは障害受容ができていない」というかたちで用いられる。具体的には、患者が機能回復に固執していたり、復職支援の場面において自分の能力や適性に対する患者の自己評価が(セラピストから見て)過剰に高いような場合に用いられる。(続く)

リハビリテーションを考える―障害者の全人間的復権 (障害者問題双書)

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障害受容―意味論からの問い

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社会受容―障害受容の本質

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障害受容再考―「障害受容」から「障害との自由」へ

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