山本弘『去年はいい年になるだろう』(PHP研究所)

 微妙。個々のネタも*1設定も考察も実にこの人らしく楽しいんだが、しかしワクワク感*2を感じない。そもそも枝分かれ型の時空改変である以上、作中の葛西伸哉*3がp.129で指摘したようなモヤモヤ感が残りどこかスッキリしない話になるのは必然ではあるんだが。どうせなら『時砂の王』ぐらいに割り切るか、さもなけりゃ『クロノアイズ』並みの豪快な大技で乗り切ってくれれば気にはならんのだけど、大技に頼れないのがハードSF作家の矜持で、割り切れないのがまさに私小説的パートで語られる絶望なのであろう。
 そういう部分より気になるのは、お話自体の作りだな。SFと言うよりは、SF的発想をベースにした私小説であって、*4 正直、古参ファンとしてはなかなかにむず痒い。*5 特に前半部。自作の内容をネタにした自分語りが連続するあたり、山本弘の本は本作が初めて、という人の感想を聞きたいものだ。
 ところで、どうもpp.315-318あたりの星雲賞やら『SFが読みたい!』やらのくだりが薄ら寒い。賞されることへの欲求を、誇張して書いてるのか正直なのかはたまたこれでも主観的には抑えてるのか。まさかと思うが、ラノベやSF出身で、ジャンル小説でないもので文芸賞を取って、その後パタリとジャンル小説を書かなくなったり「しばらくは書かない」と宣言したりした、S氏やU氏に倣おうとかいうんじゃありませんように。SFっぽさの薄さと賞賛欲求に、つい、そんなことを思ってしまったり。

去年はいい年になるだろう

去年はいい年になるだろう

*1:ただし、そろそろ「次から次へと『と』ネタの怒濤」には飽きてきたかも。

*2:いわゆる「センス・オブ・ワンダー」なのかな?

*3:葛西伸哉氏からのご指摘は、物語の根幹の部分に取り入れさせていただいていますとのことなんで、イコール現実の葛西氏なんだろう。しかし、ってことは、作者はこの論点を見落としてたってこと?

*4:むろん、「あの小説のこの部分に書いたことは実体験がベースだ」「これまでも私小説的要素のあるものばかり書いてきた」と本作に書いてあること自体がフィクションである可能性もあろうけど。

*5:自分がpp.341-345の高校生と違って、作品のファンであって作者のファンではないということを改めて確認できた気もするが。