山岸凉子スペシャルセレクションI 『わたしの人形は良い人形』

わたしの人形は良い人形 (山岸凉子スペシャルセレクション)

わたしの人形は良い人形 (山岸凉子スペシャルセレクション)

このシリーズは、収録作の一覧をみたところ既読のものばかりだったので、パスしようとしてた。のだけど、たまたま興味をもったホラー好きの友人が読みたいというので、表題作が入っている別な文庫本のほうを貸してあげたのであった。そんなところに、今度は別方面からこのシリーズの情報が入り、紙質がいいしこれからも刊行は続くということで、これなら愛蔵版としてずーっと手元に置いておけるかなと思い購入。
で、この1巻には以下の短編が収録されている。

  • わたしの人形は良い人形
  • 鬼来迎
  • ハーピー
  • グール
  • 白眼子

山岸ホラーの代表作であり、後のジャパニーズホラーの礎にもなった(とおれは思っている)「わたしの人形は良い人形」でがっつりと印象づける(ちなみに、リアルタイムでこの中編を読んだときには、竹内陽と田原真彦のコンビが活躍する連作になるのかと思ってた)。続く「鬼来迎」と「ハーピー」では、正解を明らかにはせずにどちらとも解釈できるというのが怖さを倍加させるし、表情や所作のひとつひとつに重層的な意味を持たせるという、漫画ならではの表現がさらなる恐怖を演出する。「グール」も、短い中に恐怖と人間の業が凝縮されている。
そして最後の「白眼子」が、ただの恐怖・オカルトものにはとどまらない、実にいい作品なのだ。敗戦直後の日本なんて、人々は生きるために精いっぱいで、むき出しの欲望を隠そうともしていなかったろう。昭和40年代ですら、傷痍軍人は盛り場にあふれていて、年金で博打に明け暮れるような人もいたのだ。そんな時代に、この白眼子のような人物が実在した(らしい)というのがひとつの驚きだ。いっぽうで、メインの舞台が北海道であることは個人的に身近な距離感を与えてくれるし、白眼子の周囲にいる人物も実は味のある人物が多かったりして、「聖人君子とその使途たち」みたいな話にはなっていないところがいい。
これが描かれたのが2000年ということで、バブル期の清算がやっと一段落つこうかというところだったんじゃないかな?実際にはこの直後に9・11が起きてしまうわけだけど、幸と不幸の量は皆等しく同じ、というメッセージは、この時代に宛てたものではないのかと思えてくる。